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「むぅちゃん」「ろんくん」
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「ご、ごめんなさいっ。その、いっぱい、しちゃって……っ♡」
「ううん。僕もいっぱいしたくてせがんじゃったし。……宿泊まで、しちゃったね♡」
「は、はい……ッ♡♡♡」
むぅとした、初めてのセックス。
それはあまりに気持ちよくて気持ちよくてとめられなくて、はじめは休憩だけのつもりだったのに、結局、宿泊して次の日まで続いてしまった。今日はお互い仕事があるのに始発で朝帰り。それだけセックスに夢中になっちゃったのがすごく恥ずかしくって、でも……同じくらい、嬉しく思ってしまう。
だって、あのむぅと、画面越しに見てるしかなかったむぅと……そんなに気持ちいいセックスが、できたんだから。
「逆方向なんだよね。そんなに家は、遠くないんだっけ」
「はい。20分くらいですっ」
「そっか。」
「……。」
そして今は駅のホーム。むぅと俺は偶然使う電車が一緒で、でも、上りと下りが逆方向だった。だから一緒に、同じホームで始発を待っている。先にむぅの電車が来るから、むぅがそれに乗ったらお別れだ。
俺はハキハキと返事をするけど、頷いたむぅはそれきり黙ってしまって。そこには、なんとも言えない、沈黙が流れる。
「……」
「……」
セックスは気持ちよかった。少なくとも俺は久しぶりのセックスで我を忘れちゃうくらい興奮したし、空っぽになるくらい射精もした。最後は一緒にお風呂も入って、ゆっくりキスを、して……。それは思い出すだけでも、とてもとても幸せな時間だった。
だからこれで終わりなのかなって思うと、少しだけ、さみしい。
そりゃ、こんなオフパコができただけでもラッキーだ。これ自体がものすごい幸運なんだって、それは、俺にだってわかってる。でも、今日セックスをして、やっぱり俺はむぅが好きなんだって、そう自覚してしまって。それなのにまた画面越しにむぅを見るだけの生活に戻ることができるのかなって、そう思う。もう俺はむぅの顔も、身体も、味も、声も、瞳も……。そしてまだ誰も見つけたことのないほくろだって知ってしまったのに、また、ただの視聴者のひとりに戻るなんて、できるのかなって。
「……。」
そんなの、いやだ。
こうやっていろんな意味でむぅと繋がれたのに、それをこのたった一回きりでおしまいにするなんて、絶対、後悔するに決まってる。むぅとこうやってオフパコできたのだって、俺が勇気を出して動いたからだ。それならまた、俺が、動かなきゃ。電車が来る前に。お別れをする前に。ちゃんと。言わなきゃ。
──俺と、また、会ってくれますか、って。
「っ。」
……でも、俺が口を開くのと同時に、するり、と俺の手へ、むぅの手が触れた。それはすぐに繋ぐ形になって、きゅっと手が、握られる。ハッとしてむぅのほうを見れば、むぅは顔を真っ赤にして……地面を見て、うつむいていた。
「……ろんくん。また……僕と、会ってくれるかな?」
「っ。む、むぅちゃんっ」
「僕ね。今日のセックス、すっごく、気持ちよかった。すっごく……よかった……♡ろんくんとセックスできて、ほんとによかったって、思った……♡」
「ッ……♡」
「だから……♡だから、ね。また、僕と、会って……。セックス……して、くれる?」
「ッ──!♡♡♡」
こてん、と首を傾けて、ゆっくりと顔を上げて、まっすぐに俺を見つめたむぅに、ぶわわわっ、と熱が巡る。もう、ほんとに、ほんとうにトドメを刺されたみたいに、むぅをかわいいと思う気持ちが、むぅを好きな気持ちが、一気に俺の中で、爆発する。
「す、するっ!しますっ!したいっ!俺っ、むぅと、またっ、会いたいですっ!!」
「……あははっ。ろんくん、声、おっきいよ……ッ♡僕がむぅって、バレちゃうよ……っ♡」
「あっ。ご、ごめ……ッ、んッ!♡」
きぃん、と朝のホームに響く大声に、くすくすと、むぅは笑って。そこでまた俺はやっちゃったんだ、と気づいて。だから慌てて謝ろうとすれば、そっとむぅは、俺へ──キスを、する。
「ん……♡」
「ッ……♡」
短い、触れるだけのキスに、ちゅ、と音を立てて唇が離れる。目の前にあるむぅの顔は心から幸せそうに蕩けていて、それだけで俺は息を呑んでしまう。そうすればまるでタイミングを図ったように、ホームへ始発の電車が滑り込んでくる。ふわりと風でむぅの髪が舞い上がって、電車が止まって。開くドアとホームドアに、静かにむぅは、手を離す。
「そろそろ行くね。あとでDMからLINEの招待、送るから。また──日にち、合わせようね♡」
「あっ……!」
電車に乗り込んでいくむぅに俺は、思わず、声をかける。連絡先を聞けないかもっていうのが不安なんじゃない。むぅは絶対、そんな不義理なことはしない。それは、ちゃんと、信じている。
……じゃあなんで声をかけてしまったのかというと、そこでふと、気になっていた疑問が浮き上がってしまったからだ。今聞くようなことじゃない。それはきっと、今じゃない。それを俺もわかっていて、でも、今じゃないと、聞けない気がして──。
「む、むぅっ、っ、むッ、睦生、さんっ!」
「?」
「な、なんで──なんでっ、俺を、いいって思ってくれたんですかっ?なんで、俺に、決めてくれたのっ?」
だから、俺はそこで初めてむぅの本当の名前を呼んで、そう、まっすぐに、尋ねた。
するとむぅは、ほくろのある手の甲を俺へ見せるように、唇へ人差し指を当てて。
俺をまた骨抜きにする可愛い笑顔で、いたずらに、明るく笑った。
「──ひみつ♡」
・
・
・
「え?誕生日?ごめんね、むぅはあんまりそういう話しないんだ。非公開にさせてほしいな」
なんで?どうして?そんなコメントが一斉に返ってくる。それはそうだ。誕生日なんて、配信者的には一大稼ぎイベント。集客だってできるし、公開しない人のほうが少ないだろう。でも、やっぱりそういう僕個人のパーソナルな部分を公開するのは、なんとなく嫌だった。ここではスケベが大好きな、ただそれだけの『むぅ』でいたい。だってここは僕が自分の好きなことを好きなだけ表現できる、大切な場所だから。だからそれだけで……十分なんだ。
でも、視聴者のみんなはそうはいかないみたいで。まだ「教えて~」とか「知りたい~」とか、「ヒントちょうだい!」なんてコメントが流れてくる。
「ひ、ヒント?えぇ……。なしなしっ。お祝いなんていらないよ。むぅのスケベなところを見てくれるだけで、むぅは嬉しいから。ありがとうね♡」
そう言ってから、あ、と思った。『ヒント』なんて言ったあとに、こんなこと言って、まずかったかなって。僕の誕生日は3月9日。だから、ありがとうって言葉が、そのままヒントになっちゃうかな……って。でも、その発言には「天使~♡」「無欲~♡」「推せる~♡」みたいな嬉しいコメントが溢れるだけで、僕の不安はあっさりと、杞憂に終わった。
ほっと胸を撫で下ろして、その日は何事もなく終わって。ばいばい、と手を振った配信停止直前、常連視聴者のカロンさんから、初めて──3900円の、スパチャが来た。
「……。」
すぐに配信は停止して、真っ暗になった画面の横に、最後に送られたカロンさんからのスパチャが映る。メッセージも絵文字もなにもない、まっさらな、無言のスパチャ。
でも僕は、その文字列を、ゆっくりと、液晶越しに指先でなぞる。
「カロン、さん……。」
名前を呼ぶ。
言葉にする。
──その瞬間、僕の内側で……とくん、と心の奥が、鳴った気がした。
「ううん。僕もいっぱいしたくてせがんじゃったし。……宿泊まで、しちゃったね♡」
「は、はい……ッ♡♡♡」
むぅとした、初めてのセックス。
それはあまりに気持ちよくて気持ちよくてとめられなくて、はじめは休憩だけのつもりだったのに、結局、宿泊して次の日まで続いてしまった。今日はお互い仕事があるのに始発で朝帰り。それだけセックスに夢中になっちゃったのがすごく恥ずかしくって、でも……同じくらい、嬉しく思ってしまう。
だって、あのむぅと、画面越しに見てるしかなかったむぅと……そんなに気持ちいいセックスが、できたんだから。
「逆方向なんだよね。そんなに家は、遠くないんだっけ」
「はい。20分くらいですっ」
「そっか。」
「……。」
そして今は駅のホーム。むぅと俺は偶然使う電車が一緒で、でも、上りと下りが逆方向だった。だから一緒に、同じホームで始発を待っている。先にむぅの電車が来るから、むぅがそれに乗ったらお別れだ。
俺はハキハキと返事をするけど、頷いたむぅはそれきり黙ってしまって。そこには、なんとも言えない、沈黙が流れる。
「……」
「……」
セックスは気持ちよかった。少なくとも俺は久しぶりのセックスで我を忘れちゃうくらい興奮したし、空っぽになるくらい射精もした。最後は一緒にお風呂も入って、ゆっくりキスを、して……。それは思い出すだけでも、とてもとても幸せな時間だった。
だからこれで終わりなのかなって思うと、少しだけ、さみしい。
そりゃ、こんなオフパコができただけでもラッキーだ。これ自体がものすごい幸運なんだって、それは、俺にだってわかってる。でも、今日セックスをして、やっぱり俺はむぅが好きなんだって、そう自覚してしまって。それなのにまた画面越しにむぅを見るだけの生活に戻ることができるのかなって、そう思う。もう俺はむぅの顔も、身体も、味も、声も、瞳も……。そしてまだ誰も見つけたことのないほくろだって知ってしまったのに、また、ただの視聴者のひとりに戻るなんて、できるのかなって。
「……。」
そんなの、いやだ。
こうやっていろんな意味でむぅと繋がれたのに、それをこのたった一回きりでおしまいにするなんて、絶対、後悔するに決まってる。むぅとこうやってオフパコできたのだって、俺が勇気を出して動いたからだ。それならまた、俺が、動かなきゃ。電車が来る前に。お別れをする前に。ちゃんと。言わなきゃ。
──俺と、また、会ってくれますか、って。
「っ。」
……でも、俺が口を開くのと同時に、するり、と俺の手へ、むぅの手が触れた。それはすぐに繋ぐ形になって、きゅっと手が、握られる。ハッとしてむぅのほうを見れば、むぅは顔を真っ赤にして……地面を見て、うつむいていた。
「……ろんくん。また……僕と、会ってくれるかな?」
「っ。む、むぅちゃんっ」
「僕ね。今日のセックス、すっごく、気持ちよかった。すっごく……よかった……♡ろんくんとセックスできて、ほんとによかったって、思った……♡」
「ッ……♡」
「だから……♡だから、ね。また、僕と、会って……。セックス……して、くれる?」
「ッ──!♡♡♡」
こてん、と首を傾けて、ゆっくりと顔を上げて、まっすぐに俺を見つめたむぅに、ぶわわわっ、と熱が巡る。もう、ほんとに、ほんとうにトドメを刺されたみたいに、むぅをかわいいと思う気持ちが、むぅを好きな気持ちが、一気に俺の中で、爆発する。
「す、するっ!しますっ!したいっ!俺っ、むぅと、またっ、会いたいですっ!!」
「……あははっ。ろんくん、声、おっきいよ……ッ♡僕がむぅって、バレちゃうよ……っ♡」
「あっ。ご、ごめ……ッ、んッ!♡」
きぃん、と朝のホームに響く大声に、くすくすと、むぅは笑って。そこでまた俺はやっちゃったんだ、と気づいて。だから慌てて謝ろうとすれば、そっとむぅは、俺へ──キスを、する。
「ん……♡」
「ッ……♡」
短い、触れるだけのキスに、ちゅ、と音を立てて唇が離れる。目の前にあるむぅの顔は心から幸せそうに蕩けていて、それだけで俺は息を呑んでしまう。そうすればまるでタイミングを図ったように、ホームへ始発の電車が滑り込んでくる。ふわりと風でむぅの髪が舞い上がって、電車が止まって。開くドアとホームドアに、静かにむぅは、手を離す。
「そろそろ行くね。あとでDMからLINEの招待、送るから。また──日にち、合わせようね♡」
「あっ……!」
電車に乗り込んでいくむぅに俺は、思わず、声をかける。連絡先を聞けないかもっていうのが不安なんじゃない。むぅは絶対、そんな不義理なことはしない。それは、ちゃんと、信じている。
……じゃあなんで声をかけてしまったのかというと、そこでふと、気になっていた疑問が浮き上がってしまったからだ。今聞くようなことじゃない。それはきっと、今じゃない。それを俺もわかっていて、でも、今じゃないと、聞けない気がして──。
「む、むぅっ、っ、むッ、睦生、さんっ!」
「?」
「な、なんで──なんでっ、俺を、いいって思ってくれたんですかっ?なんで、俺に、決めてくれたのっ?」
だから、俺はそこで初めてむぅの本当の名前を呼んで、そう、まっすぐに、尋ねた。
するとむぅは、ほくろのある手の甲を俺へ見せるように、唇へ人差し指を当てて。
俺をまた骨抜きにする可愛い笑顔で、いたずらに、明るく笑った。
「──ひみつ♡」
・
・
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「え?誕生日?ごめんね、むぅはあんまりそういう話しないんだ。非公開にさせてほしいな」
なんで?どうして?そんなコメントが一斉に返ってくる。それはそうだ。誕生日なんて、配信者的には一大稼ぎイベント。集客だってできるし、公開しない人のほうが少ないだろう。でも、やっぱりそういう僕個人のパーソナルな部分を公開するのは、なんとなく嫌だった。ここではスケベが大好きな、ただそれだけの『むぅ』でいたい。だってここは僕が自分の好きなことを好きなだけ表現できる、大切な場所だから。だからそれだけで……十分なんだ。
でも、視聴者のみんなはそうはいかないみたいで。まだ「教えて~」とか「知りたい~」とか、「ヒントちょうだい!」なんてコメントが流れてくる。
「ひ、ヒント?えぇ……。なしなしっ。お祝いなんていらないよ。むぅのスケベなところを見てくれるだけで、むぅは嬉しいから。ありがとうね♡」
そう言ってから、あ、と思った。『ヒント』なんて言ったあとに、こんなこと言って、まずかったかなって。僕の誕生日は3月9日。だから、ありがとうって言葉が、そのままヒントになっちゃうかな……って。でも、その発言には「天使~♡」「無欲~♡」「推せる~♡」みたいな嬉しいコメントが溢れるだけで、僕の不安はあっさりと、杞憂に終わった。
ほっと胸を撫で下ろして、その日は何事もなく終わって。ばいばい、と手を振った配信停止直前、常連視聴者のカロンさんから、初めて──3900円の、スパチャが来た。
「……。」
すぐに配信は停止して、真っ暗になった画面の横に、最後に送られたカロンさんからのスパチャが映る。メッセージも絵文字もなにもない、まっさらな、無言のスパチャ。
でも僕は、その文字列を、ゆっくりと、液晶越しに指先でなぞる。
「カロン、さん……。」
名前を呼ぶ。
言葉にする。
──その瞬間、僕の内側で……とくん、と心の奥が、鳴った気がした。
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