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15巻
15-3
†
翌日、シンたちはティエラたちのいる場所へ向かう準備をしながら、知り合いにエルクントを出る旨を伝えて回ることにした。
今までの国ならばささっと出発してしまうのだが、エルクントは王族から元プレイヤーまで関わった者も多い。
また小言を言われないように、ギルドに旅に出ると伝えた後まず向かったのが、ヒラミーのいる魔術学院だ。
元プレイヤー同士、何かあったら連絡をくれと伝えたところで、どこで話を聞きつけたのかルクスリアがやってきた。
「もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
シンの右手を両手で握って胸元に持っていきながら、ルクスリアは上目使いで話しかけてくる。その仕草からは、「ここに留まって」という言葉が、口にしなくても伝わってきた。
「仲間から伝言が届いたんだよ。ちょっと面倒ごとに巻き込まれてるみたいでな。パーティを組んでる以上、放ってはおけないだろ?」
その視線だけで選定者でも落とせそうだと思いつつも、シンはルクスリアの手をゆっくりと解きながら言う。
わざわざメッセージが来たということは、助力が必要な事態になっているということなのだから。
「知り合いに挨拶したらすぐに発つつもりだ」
「慌ただしいなぁ」
「仕方ありませんね。ほら、ルクスリアさんも諦めが悪いですよ」
合流してから日が浅いマサカドが肩を落としながら言い、ヒラミーもルクスリアを宥めながら同意した。ただ、寂しいという雰囲気を隠そうとはしない。
ゲーム時代も、今の時代も知っている元プレイヤー同士。せっかくなら一緒の国で、と思ってしまうのだ。
「元悪魔だもの、当然よ」
ヒラミーに止められているルクスリアも、引き止めるのは無理だと悟っているようだ。演技ではなく、本当に残念そうにしている。
「……でも、そうね。仕方ないわね。私もついていきたいけれど、ここにも愛着があるからそうもいかないし」
魔術学院の保健医。その肩書きが、もうすっかり馴染んでしまっているようだ。
天使となってから、ルクスリアのいる保健室はなんだか神々しい雰囲気がある、そう噂になっているとマサカドが補足した。
「何かした覚えはないんだけれど」
「せっかくだし、もう少し天使らしい振る舞いをしたらどうよ?」
「シンがお淑やかな方が好みだって言うなら、考えてもいいわよ?」
シュニーに視線を向けて言うルクスリアに、シンは両手を上げて降参を示す。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、これ以上は冗談ですまなくなる気がした。
「まあ、何はともあれ、お世話になりました。近くに来たときは寄っていってください。歓迎します」
「次は俺のいるときに来てくれよな」
まだ回る場所が残っているので、ヒラミーたちは気を使って次に行くよう促してくる。
この調子では延々と話し込んでしまいそうなので、シンも応じることにした。
「残念だけれど、また会えるのを楽しみにしているわ」
さすがに諦めたようで、ルクスリアも別れの言葉を口にする。
シンが返事をしようとすると、ルクスリアはすっと顔を寄せて、別の言葉を紡いだ。
「戦いの後にもらったあれ、なんだかあなたに包まれてるみたいに感じるから、それでしばらくは我慢することにするわ。次はあなた自身で温めてね?」
「ちょ、おまっ⁉」
最後の最後で爆弾を投下してきたルクスリアの口を急いで塞ぐも、後の祭り。
離れた位置にいるヒラミーたちは首をかしげているが、シンのすぐ隣にいたシュニーには聞こえていないはずがない。
シンが恐る恐る視線を動かすと、いつもと変わりない微笑を浮かべるシュニーがいた。
(寒気がするほどいつものシュニーだ)
変わりないことがこんなにも恐ろしいのか、と実感するシン。能力では負けていないが、尻にしかれていると言えた。
「さあ、シン。そろそろ次に向かわないと出発前に日が暮れてしまいますよ」
「あ、ああ、そうだな。じゃあ、またな。何かやばそうなことがあったら遠慮なく連絡しろよ」
シュニーの笑顔に急かされて、シンは足早に学院をあとにした。
残りはシーリーンたちのいる王城と、ヴァルガンたちのいる工房だ。
学院生のレクスたちにも会っていきたかったが、今回のアワリティア襲撃事件の影響で、問い合わせやら使者やらがたくさん来ているようで、しばらく動けないらしかった。
仕方がないので餞別代わりのアイテムと手紙をヒラミーに預けてある。
「そうか。行ってしまうのか。残念だ。ナムサール殿も直接礼を言いたがっていた」
「仲間からの救援要請ですからね。あと、ナムサールさんも回復してよかったです」
まだ自力で動くのはつらいようだが、ナムサールは意識を取り戻して順調に回復していると、シーリーンが教えてくれた。
眠りから覚めたナムサールは、今回の事件の責任をとって騎士団長を辞すると言ったらしい。
しかし、クルンジード王が失態を埋めるだけの功績を積めと言い放ち、思いとどまらせた。
ナムサールがダメなら、ファガルやシーリーンでもほとんど差はなかったとシンたちが話したこともあり、より一層の鍛錬を積み、王国のために戦うと宣言したようだ。
実際問題、辞められたら後釜になれるほどの実力者がいない。
それだけナムサールと勇者2人は、エルクントにおいて重要な立ち位置にいるのだ。
「では、俺たちはこれで。わざわざ時間を取ってもらってすみませんでした」
訓練の時間に押し掛けてしまったので、短めに切り上げる。
ファガルたちは引き止めたそうにしていたが、仲間からの救援要請と聞いてはそれもできない。諦めたように苦笑しながら見送ってくれた。
シンとしても、王城に長居すると面倒事がやってきそうだったので、さっさと退散する。
いきなりいなくなるのは不義理だと思い、とくに関わりのあった人のところを回っているが、あまり時間をかけていられないのだ。
足早に道を進み、すっかり見慣れた工房の扉を開く。
受付にはヴァール。その近くにドワーフが3人ほど。
今までの経験で、彼らがシュニー目当てなのはわかっている。
「こんにちは、シンさん。ユキさん――なんだか急いでいます?」
「よくわかるな。ちょっと急用が出来て、すぐに発つことになったんだ。一言もなくっていうのもどうかと思ってさ。挨拶に来た」
「っ⁉」
「それは、残念ですね。師匠も残念がると思います」
シンの言葉に、ヴァールは一瞬目を見開いたあと肩を落とした。
近くにいたドワーフ3人組が、なぜかこの世の終わりのような顔をしている。
「おやっさんは?」
「職人たちの会合に行っています。幾分か落ち着いてきたとはいえ、街の復興はまだまだですから。いつごろ発つんですか?」
「残念だな。俺たちは今日発つんだ。馬車を使うより走ったほうが速いから、その辺の準備がいらないからな」
「え、今日ですか⁉」
訪ねてきた当日に出発するとは思っていなかったようで、ヴァールは驚いていた。
「急いでるのはそういうことなんだ。ヴァルガンさんには、次に来たとき、また鍛冶談義に花を咲かせようと伝えておいてくれ」
「……わかりました。お気をつけて」
ヴァールとドワーフ3人に見送られ、門への道を歩く。
ドワーフ3人が泣きながらハンカチを振っているのが、妙に印象に残ったシンだった。
「さて、じゃあ行くか」
「はい」
シンとシュニーはエルクントの門を出て、人の目がないところまで移動してから走り出した。
【隠蔽】を同時にかけているので、ここからは他人の目を気にせず速度を出すことができる。
向かう先は『ラナパシア』と呼ばれる、エルフの園のひとつ。
シンには心当たりがなかったが、シュニーは行ったことがあるという。
「世界樹の復活か。ティエラのメッセージによると、完全に枯れてるわけじゃないらしいし、なんとかなるといいんだけどな」
「そうですね。私はどちらかというと、ティエラのほうが心配です」
「ティエラが? どういうことだ?」
シュニーの表情と声音から、シンの胸中は嫌な予感でいっぱいだ。
「ラナパシアの園は、ティエラの故郷なのです。おそらく、メッセージにあった話し合いが進まないのもそのせいでしょう」
「……なるほどな」
シンの脳裏を、以前映像として見た女性の亡骸を抱いて泣き叫ぶティエラがよぎる。
「ティエラはもう大人ですし、そこまで心配する必要はないのかもしれません。ですが念のため、心にとどめておいてください」
「わかった」
シュニーはさほど強い危機感は持っていないようだ。
考えてみれば、ティエラが故郷をなくしてからずっと一緒にいるのがシュニーである。シンよりもはるかに付き合いが長い。
自分よりは信頼できると、シンはシュニーにうなずき返した。
実際時間だけはあったわけで、折り合いをつけていてもおかしくはない。なにせ3桁に及ぶ年数があったのだから。
「それにしても、とばされた先が故郷の近くとか。なんだか意図的なものを感じるな」
思い返すと、ティエラの故郷の名前は聞いたことがなかった。
メッセージにもそれについては書かれていなかったし、ティエラが呪いの称号を得てしまった後、何があったのかはシンも大まかにしか知らない。
世界樹の巫女という特異な存在だった所以だろうかと、シンは思考を巡らせる。
ただ、一緒にいるのはユズハやカゲロウに加え、経験豊富なシュバイドだ。もし本当に危険が迫っていれば、そちらから心話で連絡が来る。
メッセージには詳しい内容までは書かれていなかったが、どうやら膠着状態になっているらしい。それを打破するために、シンたちの手を借りたいという内容だった。
「とりあえず、休みは取りつつ急ぐってことで」
夜は月の祠でしっかり休み、あとはすべて移動に当てる。ラナパシアに着いたとき疲れを残さないようにしつつ、最大速度で向かうことにした。
「わかりました。ああ、そういえば、あとで伺いたいことがありますので、夜に少し時間をください」
「ああ、了解だ」
シュニーの言葉に、気軽に返事をするシン。
しかし、シンは忘れていた。一刻一秒を争うような事態ではないが故に、避けて通れない追及が来るということに。
「ルクスリアさんが言っていた、シンに包まれているようだという言葉の意味。しっかりと、説明してもらいますからね?」
「うぐっ⁉」
その夜、シンがどんな説明をし、その結果何をすることになったかは、2人だけが知る秘密である。
†
エルクントを出て1週間。シンとシュニーはラナパシアの園へ辿り着いた。
通常の馬車であれば1ヶ月以上かかる道のりも、高いステータスに任せた高速移動なら短縮が可能だ。
馬車のように通る場所を選ばず、森でも岩場でも駆け抜けられるので、移動距離も短くて済む。
シュニーが何度か訪れたことがあるというのもよかった。
シンだけならば、地図と地形を照らし合わせながら進むのにもっと苦労したのは間違いない。ナビゲーション機能などないのだ。
「着いたのはいいけど、なんか歓迎されてないっぽいな。めちゃくちゃ睨まれてるし」
「おかしいですね。以前来たときは、ここまで物々しい警備ではなかったのですが」
ラナパシア外縁部。森と草原がくっきりと分かれたその場所からが、ラナパシアの国内なのだとシュニーは言う。
ピクシーの作る『苑』と似ていて、魔術的な結界でモンスターの侵入を防いでいるらしい。
城壁はないので無防備に見えるが、実際は園の中へ入れる場所は限られているという。
とはいえ、それを過信するのは愚の骨頂。モンスターが押し寄せる可能性もある外縁部には、相応の力を持った兵士が配置されていた。
園への入口付近にはとくに多く配置されている。つまりは門番のようなものだ。
逆に言えば、門番の位置で見えないはずの出入口がわかってしまうのだが。
「エルフにヒューマンか。ここから先は我らの国、意図せずこの場へ来たならば、すぐに引き返すがいい」
姿を見せているエルフのうち、他よりも装備が一段上のエルフがシンたちに向かって叫んだ。
長命で若い外見の者が多いエルフの中にあって、声を上げたエルフはヒューマンでいうところの40~50代ほどの外見をしていた。
相応に年を重ねているのだろう。鋭い眼光は、シンたちの心のうちを見透かそうとしているようだ。ただ、剣呑な雰囲気をまとっていても、問答無用で攻撃してくることはなさそうだった。
――――【アナハイト・ルーデリア 魔弓士 レベル233】
【分析】がエルフの情報を看破する。エルフたちの中でもとくにレベルが高い。
職業は、魔剣士の弓バージョンとも言うべき魔弓士。
スキル構成によっては単独で複数の敵を殲滅することもできる、ゲーム時も人気のあった職のひとつだ。
「俺たちはラナパシアに用があって、訪ねてきました。そちらと敵対する気はありません」
「入国希望者か。何か身分を証明できるものはあるかね?」
シンは身分証にもなるといわれた冒険者カードを取り出す。ただし、すべての国で通用するわけではないらしいので、そのときはティエラたちにここまで来てもらうつもりだ。
「ふむ、冒険者か。なに……ランクA、だと?」
冒険者カードに記されたランクを見たエルフが、顔つきを厳しくしてシンを見る。
驚かれるのは慣れてきたシンだが、目の前のエルフからは驚きの他に敵意に似た警戒心が感じられた。
シュニーのカードも見ているはずだが、そちらは反応がない。こちらはランクがCだからだろうか。
「俺のランクが、何か?」
「……いや、失礼した。ヒューマンでその外見ならば、かなり若いのだろう? ランクAになるような者は、ある程度年齢を重ねている者という印象があったのでね」
すぐに表情を和らげてエルフの男性は答えた。最初こそ声高に威圧してきたが、会話のときまで同じ口調ではないらしい。
若くしてAランクになるような人物と聞いて、シンがすぐに思い浮かべられるのはヴィルヘルムくらいだ。
しかし、ヴィルヘルムもまた選定者。それ以外の実力者も、元プレイヤーやサポートメンバーといった一般人とは言えない面々ばかり。
普通はベイルリヒトのギルドマスターであるバルクスのように、それなりに年齢を重ねているものなのだろうとシンは思った。そういうバルクスも選定者なのだが。
「それで、高ランクの冒険者がいったいこの国になんの用かな? この国には冒険者ギルドはないから、素材を採取しても近隣の国まで品質を維持したまま持っていくのは困難だが」
「目的は別にあるんです。それにしても、ギルドがないんですか? てっきりどこの国にもあると思っていました」
国をまたいだ組織である冒険者ギルドは、ほとんどの国や都市に存在する。
シンがこれまで見てきた中でも、それなりの規模の国や街には冒険者ギルドがあったのだ。さすがに小さな漁村などにはなかったが。
しかし、冒険者ギルドがないにもかかわらず、アナハイトはAランクがどういうものか理解しているようだ。
「我が園は、さほど外との交流を持っていないからね。国としての規模も、他と比べればかなり小さい。故に自前の戦力だけで、モンスターの被害から民を守れるんだ。はっきり言えば、外から来る者はほとんどいない」
有名な観光地があるわけでも、近くに貴重な素材の採取ポイントや珍しいモンスターが出るわけでもない。
そもそも世界樹があることは秘密にされている。
シンは、ティエラやシュニーから聞いていたから知っているのであって、それがなければシンもラナパシアを訪れることはなかっただろう。
「正確に言うと、俺たちはティエラというエルフに会いに来たんです。ラナパシアの園に滞在していると連絡をもらったので」
はっきり言っておかないと中に入れない雰囲気だったので、シンはティエラの名前を出した。
「ティエラ様に?」
「様?」
返ってきたのは予想と少し違う反応だった。
アナハイトにとって、ティエラは「様」をつけて呼ぶほどの存在らしい。
アナハイトはシンをじっと見つめている。後ろに控えていたエルフのうち、一部が弓に矢を番え始めていた。
「穏やかじゃないですね」
エルフたちを視界に収めながら、シンはアナハイトに話しかける。アナハイトが、背後でエルフたちが動き始めていることに気づいていないとは思えなかった。
「今、園の中は少々騒がしくてね。君のような強者が訪ねてきたとなれば、余計な騒動が起こるのではないかと懸念してしまうのさ」
朗らかに言うアナハイト。どうやら、後ろのエルフたちほどではないにしろ、歓迎はしてくれないようだ。
シンたちはまだ明確に狙われたわけではないので大人しくしているが、弓が引かれることになれば相応の対応をする。
今の状況を鑑みるに、どうやらティエラは手紙に書いてあった以上に、厄介なことに巻き込まれていると確信せざるを得なかった。
「騒ぎを起こすつもりはないので、入れてもらえませんかね?」
「すまないが時間をもらいたい。先ほども言ったが、君の存在は騒動の火種になりかねないんだ。ただのヒューマンならば、ここまで過剰な反応はしなくていいのだがね」
入れてくれと言うシンと、入れたくないという態度を変えないアナハイト。
互いの主張は平行線。まだ無理に押し入るような状況ではないので、シンはいったん引き下がることにした。
「仕方ないですね。そちらも職務である以上、ここで俺たちがごねても仕事が増えるだけでしょうし、出直すことにします」
「すまないね。連れにエルフがいるのだからわかっているとは思うが、忍び込もうなどとは考えないことだ。そうなったら我々も今以上に、職務に励まなければならなくなる」
「はは、さすがにそんな無謀なことはしませんよ」
互いに笑顔。しかし内容は物騒なものだ。
そして、忍び込むのが無理、とは言わないシンだった。
翌日、シンたちはティエラたちのいる場所へ向かう準備をしながら、知り合いにエルクントを出る旨を伝えて回ることにした。
今までの国ならばささっと出発してしまうのだが、エルクントは王族から元プレイヤーまで関わった者も多い。
また小言を言われないように、ギルドに旅に出ると伝えた後まず向かったのが、ヒラミーのいる魔術学院だ。
元プレイヤー同士、何かあったら連絡をくれと伝えたところで、どこで話を聞きつけたのかルクスリアがやってきた。
「もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
シンの右手を両手で握って胸元に持っていきながら、ルクスリアは上目使いで話しかけてくる。その仕草からは、「ここに留まって」という言葉が、口にしなくても伝わってきた。
「仲間から伝言が届いたんだよ。ちょっと面倒ごとに巻き込まれてるみたいでな。パーティを組んでる以上、放ってはおけないだろ?」
その視線だけで選定者でも落とせそうだと思いつつも、シンはルクスリアの手をゆっくりと解きながら言う。
わざわざメッセージが来たということは、助力が必要な事態になっているということなのだから。
「知り合いに挨拶したらすぐに発つつもりだ」
「慌ただしいなぁ」
「仕方ありませんね。ほら、ルクスリアさんも諦めが悪いですよ」
合流してから日が浅いマサカドが肩を落としながら言い、ヒラミーもルクスリアを宥めながら同意した。ただ、寂しいという雰囲気を隠そうとはしない。
ゲーム時代も、今の時代も知っている元プレイヤー同士。せっかくなら一緒の国で、と思ってしまうのだ。
「元悪魔だもの、当然よ」
ヒラミーに止められているルクスリアも、引き止めるのは無理だと悟っているようだ。演技ではなく、本当に残念そうにしている。
「……でも、そうね。仕方ないわね。私もついていきたいけれど、ここにも愛着があるからそうもいかないし」
魔術学院の保健医。その肩書きが、もうすっかり馴染んでしまっているようだ。
天使となってから、ルクスリアのいる保健室はなんだか神々しい雰囲気がある、そう噂になっているとマサカドが補足した。
「何かした覚えはないんだけれど」
「せっかくだし、もう少し天使らしい振る舞いをしたらどうよ?」
「シンがお淑やかな方が好みだって言うなら、考えてもいいわよ?」
シュニーに視線を向けて言うルクスリアに、シンは両手を上げて降参を示す。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、これ以上は冗談ですまなくなる気がした。
「まあ、何はともあれ、お世話になりました。近くに来たときは寄っていってください。歓迎します」
「次は俺のいるときに来てくれよな」
まだ回る場所が残っているので、ヒラミーたちは気を使って次に行くよう促してくる。
この調子では延々と話し込んでしまいそうなので、シンも応じることにした。
「残念だけれど、また会えるのを楽しみにしているわ」
さすがに諦めたようで、ルクスリアも別れの言葉を口にする。
シンが返事をしようとすると、ルクスリアはすっと顔を寄せて、別の言葉を紡いだ。
「戦いの後にもらったあれ、なんだかあなたに包まれてるみたいに感じるから、それでしばらくは我慢することにするわ。次はあなた自身で温めてね?」
「ちょ、おまっ⁉」
最後の最後で爆弾を投下してきたルクスリアの口を急いで塞ぐも、後の祭り。
離れた位置にいるヒラミーたちは首をかしげているが、シンのすぐ隣にいたシュニーには聞こえていないはずがない。
シンが恐る恐る視線を動かすと、いつもと変わりない微笑を浮かべるシュニーがいた。
(寒気がするほどいつものシュニーだ)
変わりないことがこんなにも恐ろしいのか、と実感するシン。能力では負けていないが、尻にしかれていると言えた。
「さあ、シン。そろそろ次に向かわないと出発前に日が暮れてしまいますよ」
「あ、ああ、そうだな。じゃあ、またな。何かやばそうなことがあったら遠慮なく連絡しろよ」
シュニーの笑顔に急かされて、シンは足早に学院をあとにした。
残りはシーリーンたちのいる王城と、ヴァルガンたちのいる工房だ。
学院生のレクスたちにも会っていきたかったが、今回のアワリティア襲撃事件の影響で、問い合わせやら使者やらがたくさん来ているようで、しばらく動けないらしかった。
仕方がないので餞別代わりのアイテムと手紙をヒラミーに預けてある。
「そうか。行ってしまうのか。残念だ。ナムサール殿も直接礼を言いたがっていた」
「仲間からの救援要請ですからね。あと、ナムサールさんも回復してよかったです」
まだ自力で動くのはつらいようだが、ナムサールは意識を取り戻して順調に回復していると、シーリーンが教えてくれた。
眠りから覚めたナムサールは、今回の事件の責任をとって騎士団長を辞すると言ったらしい。
しかし、クルンジード王が失態を埋めるだけの功績を積めと言い放ち、思いとどまらせた。
ナムサールがダメなら、ファガルやシーリーンでもほとんど差はなかったとシンたちが話したこともあり、より一層の鍛錬を積み、王国のために戦うと宣言したようだ。
実際問題、辞められたら後釜になれるほどの実力者がいない。
それだけナムサールと勇者2人は、エルクントにおいて重要な立ち位置にいるのだ。
「では、俺たちはこれで。わざわざ時間を取ってもらってすみませんでした」
訓練の時間に押し掛けてしまったので、短めに切り上げる。
ファガルたちは引き止めたそうにしていたが、仲間からの救援要請と聞いてはそれもできない。諦めたように苦笑しながら見送ってくれた。
シンとしても、王城に長居すると面倒事がやってきそうだったので、さっさと退散する。
いきなりいなくなるのは不義理だと思い、とくに関わりのあった人のところを回っているが、あまり時間をかけていられないのだ。
足早に道を進み、すっかり見慣れた工房の扉を開く。
受付にはヴァール。その近くにドワーフが3人ほど。
今までの経験で、彼らがシュニー目当てなのはわかっている。
「こんにちは、シンさん。ユキさん――なんだか急いでいます?」
「よくわかるな。ちょっと急用が出来て、すぐに発つことになったんだ。一言もなくっていうのもどうかと思ってさ。挨拶に来た」
「っ⁉」
「それは、残念ですね。師匠も残念がると思います」
シンの言葉に、ヴァールは一瞬目を見開いたあと肩を落とした。
近くにいたドワーフ3人組が、なぜかこの世の終わりのような顔をしている。
「おやっさんは?」
「職人たちの会合に行っています。幾分か落ち着いてきたとはいえ、街の復興はまだまだですから。いつごろ発つんですか?」
「残念だな。俺たちは今日発つんだ。馬車を使うより走ったほうが速いから、その辺の準備がいらないからな」
「え、今日ですか⁉」
訪ねてきた当日に出発するとは思っていなかったようで、ヴァールは驚いていた。
「急いでるのはそういうことなんだ。ヴァルガンさんには、次に来たとき、また鍛冶談義に花を咲かせようと伝えておいてくれ」
「……わかりました。お気をつけて」
ヴァールとドワーフ3人に見送られ、門への道を歩く。
ドワーフ3人が泣きながらハンカチを振っているのが、妙に印象に残ったシンだった。
「さて、じゃあ行くか」
「はい」
シンとシュニーはエルクントの門を出て、人の目がないところまで移動してから走り出した。
【隠蔽】を同時にかけているので、ここからは他人の目を気にせず速度を出すことができる。
向かう先は『ラナパシア』と呼ばれる、エルフの園のひとつ。
シンには心当たりがなかったが、シュニーは行ったことがあるという。
「世界樹の復活か。ティエラのメッセージによると、完全に枯れてるわけじゃないらしいし、なんとかなるといいんだけどな」
「そうですね。私はどちらかというと、ティエラのほうが心配です」
「ティエラが? どういうことだ?」
シュニーの表情と声音から、シンの胸中は嫌な予感でいっぱいだ。
「ラナパシアの園は、ティエラの故郷なのです。おそらく、メッセージにあった話し合いが進まないのもそのせいでしょう」
「……なるほどな」
シンの脳裏を、以前映像として見た女性の亡骸を抱いて泣き叫ぶティエラがよぎる。
「ティエラはもう大人ですし、そこまで心配する必要はないのかもしれません。ですが念のため、心にとどめておいてください」
「わかった」
シュニーはさほど強い危機感は持っていないようだ。
考えてみれば、ティエラが故郷をなくしてからずっと一緒にいるのがシュニーである。シンよりもはるかに付き合いが長い。
自分よりは信頼できると、シンはシュニーにうなずき返した。
実際時間だけはあったわけで、折り合いをつけていてもおかしくはない。なにせ3桁に及ぶ年数があったのだから。
「それにしても、とばされた先が故郷の近くとか。なんだか意図的なものを感じるな」
思い返すと、ティエラの故郷の名前は聞いたことがなかった。
メッセージにもそれについては書かれていなかったし、ティエラが呪いの称号を得てしまった後、何があったのかはシンも大まかにしか知らない。
世界樹の巫女という特異な存在だった所以だろうかと、シンは思考を巡らせる。
ただ、一緒にいるのはユズハやカゲロウに加え、経験豊富なシュバイドだ。もし本当に危険が迫っていれば、そちらから心話で連絡が来る。
メッセージには詳しい内容までは書かれていなかったが、どうやら膠着状態になっているらしい。それを打破するために、シンたちの手を借りたいという内容だった。
「とりあえず、休みは取りつつ急ぐってことで」
夜は月の祠でしっかり休み、あとはすべて移動に当てる。ラナパシアに着いたとき疲れを残さないようにしつつ、最大速度で向かうことにした。
「わかりました。ああ、そういえば、あとで伺いたいことがありますので、夜に少し時間をください」
「ああ、了解だ」
シュニーの言葉に、気軽に返事をするシン。
しかし、シンは忘れていた。一刻一秒を争うような事態ではないが故に、避けて通れない追及が来るということに。
「ルクスリアさんが言っていた、シンに包まれているようだという言葉の意味。しっかりと、説明してもらいますからね?」
「うぐっ⁉」
その夜、シンがどんな説明をし、その結果何をすることになったかは、2人だけが知る秘密である。
†
エルクントを出て1週間。シンとシュニーはラナパシアの園へ辿り着いた。
通常の馬車であれば1ヶ月以上かかる道のりも、高いステータスに任せた高速移動なら短縮が可能だ。
馬車のように通る場所を選ばず、森でも岩場でも駆け抜けられるので、移動距離も短くて済む。
シュニーが何度か訪れたことがあるというのもよかった。
シンだけならば、地図と地形を照らし合わせながら進むのにもっと苦労したのは間違いない。ナビゲーション機能などないのだ。
「着いたのはいいけど、なんか歓迎されてないっぽいな。めちゃくちゃ睨まれてるし」
「おかしいですね。以前来たときは、ここまで物々しい警備ではなかったのですが」
ラナパシア外縁部。森と草原がくっきりと分かれたその場所からが、ラナパシアの国内なのだとシュニーは言う。
ピクシーの作る『苑』と似ていて、魔術的な結界でモンスターの侵入を防いでいるらしい。
城壁はないので無防備に見えるが、実際は園の中へ入れる場所は限られているという。
とはいえ、それを過信するのは愚の骨頂。モンスターが押し寄せる可能性もある外縁部には、相応の力を持った兵士が配置されていた。
園への入口付近にはとくに多く配置されている。つまりは門番のようなものだ。
逆に言えば、門番の位置で見えないはずの出入口がわかってしまうのだが。
「エルフにヒューマンか。ここから先は我らの国、意図せずこの場へ来たならば、すぐに引き返すがいい」
姿を見せているエルフのうち、他よりも装備が一段上のエルフがシンたちに向かって叫んだ。
長命で若い外見の者が多いエルフの中にあって、声を上げたエルフはヒューマンでいうところの40~50代ほどの外見をしていた。
相応に年を重ねているのだろう。鋭い眼光は、シンたちの心のうちを見透かそうとしているようだ。ただ、剣呑な雰囲気をまとっていても、問答無用で攻撃してくることはなさそうだった。
――――【アナハイト・ルーデリア 魔弓士 レベル233】
【分析】がエルフの情報を看破する。エルフたちの中でもとくにレベルが高い。
職業は、魔剣士の弓バージョンとも言うべき魔弓士。
スキル構成によっては単独で複数の敵を殲滅することもできる、ゲーム時も人気のあった職のひとつだ。
「俺たちはラナパシアに用があって、訪ねてきました。そちらと敵対する気はありません」
「入国希望者か。何か身分を証明できるものはあるかね?」
シンは身分証にもなるといわれた冒険者カードを取り出す。ただし、すべての国で通用するわけではないらしいので、そのときはティエラたちにここまで来てもらうつもりだ。
「ふむ、冒険者か。なに……ランクA、だと?」
冒険者カードに記されたランクを見たエルフが、顔つきを厳しくしてシンを見る。
驚かれるのは慣れてきたシンだが、目の前のエルフからは驚きの他に敵意に似た警戒心が感じられた。
シュニーのカードも見ているはずだが、そちらは反応がない。こちらはランクがCだからだろうか。
「俺のランクが、何か?」
「……いや、失礼した。ヒューマンでその外見ならば、かなり若いのだろう? ランクAになるような者は、ある程度年齢を重ねている者という印象があったのでね」
すぐに表情を和らげてエルフの男性は答えた。最初こそ声高に威圧してきたが、会話のときまで同じ口調ではないらしい。
若くしてAランクになるような人物と聞いて、シンがすぐに思い浮かべられるのはヴィルヘルムくらいだ。
しかし、ヴィルヘルムもまた選定者。それ以外の実力者も、元プレイヤーやサポートメンバーといった一般人とは言えない面々ばかり。
普通はベイルリヒトのギルドマスターであるバルクスのように、それなりに年齢を重ねているものなのだろうとシンは思った。そういうバルクスも選定者なのだが。
「それで、高ランクの冒険者がいったいこの国になんの用かな? この国には冒険者ギルドはないから、素材を採取しても近隣の国まで品質を維持したまま持っていくのは困難だが」
「目的は別にあるんです。それにしても、ギルドがないんですか? てっきりどこの国にもあると思っていました」
国をまたいだ組織である冒険者ギルドは、ほとんどの国や都市に存在する。
シンがこれまで見てきた中でも、それなりの規模の国や街には冒険者ギルドがあったのだ。さすがに小さな漁村などにはなかったが。
しかし、冒険者ギルドがないにもかかわらず、アナハイトはAランクがどういうものか理解しているようだ。
「我が園は、さほど外との交流を持っていないからね。国としての規模も、他と比べればかなり小さい。故に自前の戦力だけで、モンスターの被害から民を守れるんだ。はっきり言えば、外から来る者はほとんどいない」
有名な観光地があるわけでも、近くに貴重な素材の採取ポイントや珍しいモンスターが出るわけでもない。
そもそも世界樹があることは秘密にされている。
シンは、ティエラやシュニーから聞いていたから知っているのであって、それがなければシンもラナパシアを訪れることはなかっただろう。
「正確に言うと、俺たちはティエラというエルフに会いに来たんです。ラナパシアの園に滞在していると連絡をもらったので」
はっきり言っておかないと中に入れない雰囲気だったので、シンはティエラの名前を出した。
「ティエラ様に?」
「様?」
返ってきたのは予想と少し違う反応だった。
アナハイトにとって、ティエラは「様」をつけて呼ぶほどの存在らしい。
アナハイトはシンをじっと見つめている。後ろに控えていたエルフのうち、一部が弓に矢を番え始めていた。
「穏やかじゃないですね」
エルフたちを視界に収めながら、シンはアナハイトに話しかける。アナハイトが、背後でエルフたちが動き始めていることに気づいていないとは思えなかった。
「今、園の中は少々騒がしくてね。君のような強者が訪ねてきたとなれば、余計な騒動が起こるのではないかと懸念してしまうのさ」
朗らかに言うアナハイト。どうやら、後ろのエルフたちほどではないにしろ、歓迎はしてくれないようだ。
シンたちはまだ明確に狙われたわけではないので大人しくしているが、弓が引かれることになれば相応の対応をする。
今の状況を鑑みるに、どうやらティエラは手紙に書いてあった以上に、厄介なことに巻き込まれていると確信せざるを得なかった。
「騒ぎを起こすつもりはないので、入れてもらえませんかね?」
「すまないが時間をもらいたい。先ほども言ったが、君の存在は騒動の火種になりかねないんだ。ただのヒューマンならば、ここまで過剰な反応はしなくていいのだがね」
入れてくれと言うシンと、入れたくないという態度を変えないアナハイト。
互いの主張は平行線。まだ無理に押し入るような状況ではないので、シンはいったん引き下がることにした。
「仕方ないですね。そちらも職務である以上、ここで俺たちがごねても仕事が増えるだけでしょうし、出直すことにします」
「すまないね。連れにエルフがいるのだからわかっているとは思うが、忍び込もうなどとは考えないことだ。そうなったら我々も今以上に、職務に励まなければならなくなる」
「はは、さすがにそんな無謀なことはしませんよ」
互いに笑顔。しかし内容は物騒なものだ。
そして、忍び込むのが無理、とは言わないシンだった。
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