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10巻
10-1
島国ヒノモトで天下五剣を探す旅を終え、『黒巫女神社』のギルドハウスに帰還したシン一行。
天下五剣の一振り『童子切安綱』を浄化する最中、ティエラと互いの記憶の一部を共有したシンは、彼女に自らの過去を明かす決意を固めた。
シンの目を真っ直ぐに見つめて、ティエラが言う。
「……教えて。私は、あなたのことが知りたい」
「わかった。少し長くなるけど、聞いてくれ――当時の俺は、まだ人の悪意ってやつを本当の意味で理解していなかった。大切なものが突然失われてしまうってこともわかってなかった」
ティエラを見つめ返して、シンは続きを口にした。
「これから話すのは『栄華の落日』よりさらに前。俺たちがこの世界を『ゲーム』と呼んでいたときの話だ」
†
MMO‐RPG【THE NEW GATE】が、VR(ヴァーチャル・リアリティ)へと移行して1年ほどが経ったある日。
非現実であったはずのそれは、現実へと姿を変えた。ゲーム内での大きな変化はふたつ。
ログアウトが不可となり、ゲーム上の死が本当の死になった。
理解不能の事態に、冷静に対処できた人間は少なかった。
混乱による死者は500名を超えるとまで言われたが、その数が多いのか少ないのかは誰にもわからない。
突然の出来事ではあったが、不幸中の幸いとでも言うべきか、プレイヤーたちのステータスが初期化されることはなかった。
長い時間をかけて鍛えてきたレベルとステータス。強力な装備や貴重なアイテム。ギルドハウスに、フレンドとの連絡手段。そういったものが残っていたのだ。
そして、絶望的なデスゲームを終わらせるべく、今日もとある男がダンジョンに挑んでいた。
「おらぁぁあああ!!」
男の掛け声とともに、薄暗いダンジョンに赤い軌跡が描かれた。刃が通った後に現れる残光だ。
刃は空を裂き、軌道上にいた巨人型モンスター、ギガンテス・モスの右足を断ち切った。
右足の脛から下を失い、倒れる巨体。その身長は5メルを超えており、体にごつごつとした岩を貼り付けているせいか、ただ倒れるだけでも周囲の地面を揺らす。
大きく振動する地面はプレイヤーの行動を制限し、追撃を遅らせる効果すらあった。
「残りHP3割。そろそろ攻撃モーションが変わる頃合か」
横たわったギガンテス・モスを視界に収めながら、男はそうつぶやいた。
男の名は、シン。
戦っている相手は、ダンジョン最奥でプレイヤーを待ち構えるボスモンスターだった。
シンが口にしたとおり、HPゲージが3割以下を示すレッドゾーンに突入したギガンテス・モスの身に変化が生じる。
バトルアックスを握っている2本の腕の付け根から、さらに2本の腕が生えてきたのだ。それに呼応するように、ボス部屋の天井が崩れ、長大な槍と剣が降ってきた。
「そうきたか」
肉体に変化があるタイプだったかと冷静に分析して、シンは魔術スキルを発動させる。
「念のため、弱点が変わってないか確かめさせてもらう」
シンの言葉に乗って、七属性の魔術がギガンテス・モスへと殺到する。
炎と水の弾丸。光と雷の槍。風と土と闇の爪牙。
本来単発で放たれるはずの魔術が、一度に7つ。四本腕となったギガンテス・モスといえど、対処しきれない数だ。
シンが放ったのは、魔術スキルの威力を底上げする【魔術威力強化】と、7種複合魔術スキル【エレメンタル・ブラスト】の合わせ技。モンスターの弱点となる属性を見極めると同時に、ある程度のダメージも与えられるコンボ攻撃だ。
モンスターの特性によっては回復させてしまうこともあるが、ギガンテス・モスはダメージを負っていた。魔術が命中した際のダメージ量の違いから、炎と風に対して強く、雷と闇に弱いことがわかった。
問題はそのダメージが微々たるもの、ということだ。
「弱点は変わりなしか。でも、魔術への防御力がさらに上がってるな」
ギガンテス・モスはもともと魔術に対して高い防御力を備えている。
シンならば遠距離から一方的に攻撃し続けることも不可能ではない。しかしHPが減ったことによる防御力増加の効果で、シンの魔術ですら有効なダメージを叩きだすのは難しいと考えられた。
残る術は、接近戦による直接攻撃しかない。
「まあいいさ。もともと、遠くからちまちま撃って終わるなんて思ってないからな!」
手数の多い魔術で牽制しつつ、シンは愛刀である『真月』を握る手に力を込めた。スキルの発動と同時に、赤い波紋が一層の輝きを放つ刃を闇色のオーラが覆い、その上で深紅の雷が弾ける。
3種複合武芸スキル【黒華閃】。
魔術による弾幕を目くらましに、シンは瞬時に距離を詰めて背後に回った。
移動系武芸スキル【縮地】と【幻舞】を組み合わせた高速移動に、ギガンテス・モスはシンの姿を見失ったようだ。
片足を斬られたせいで動きが制限されているのもあるのだろう。体に命中する魔術スキルを無視して、シンを探している。
「っ!!」
声は出さず気合だけを込めて、シンはギガンテス・モスの背に向け『真月』を振り下ろした。
赤熱し闇をまとった刃が強靭な皮膚を切り裂く。追い打ちをかけるように、傷口に雷光が迸る。
斬撃の威力に、ギガンテス・モスは前のめりにバランスを崩した。
悲鳴を上げながらもどうにか背後へと反撃をしようとするが、雷属性の持つ極短時間の麻痺効果によって動きがぎこちない。無理に攻撃しようとしたツケが回り、再び床へと倒れ込んだ。
その隙を見逃すシンではない。もともとそうなることを見越して背後から攻撃を仕掛けたのだ。
ギガンテス・モスが起き上がるのにそう時間はかからない。しかし、シンがその背に着地し、スキルを発動するほうがはるかに速かった。
「終わりだ!」
『真月』の刀身を、今度は橙色のオーラが包む。剣術系武芸スキル【タイラント・ビート】だ。
剣術と刀術の両武芸スキルは、得物が刃物なら共通して使えるものが多い。刀で剣術スキルを使うと多少威力が落ちるデメリットはあったが、シンはスキルの効果を重視しており、刀なら刀術しか使わないというようなこだわりは捨てていた。
背後から弱点である後頭部への攻撃で、クリティカル判定によりダメージは増加。そのうえ、スキルの効果もあって一方的に攻め立てているのだ。ギガンテス・モスのHPゲージがゼロになるのは、もはや時間の問題だった。
「んー! 体は疲れてないはずなのに、肩が凝った気がする!」
大きく伸びをして、シンは緊張を解く。
ボスを撃破し、ダンジョンを攻略したシンは、その入り口まで戻ってきていた。朝からダンジョンアタックに挑んでいたが、戻ってきてみれば、すでに西の空に日が傾きつつある。
肉体的な疲労はシステムとして存在するが、今は全回復している。どちらかといえば、精神的な疲労があった。いくら肉体が全回復していても、それを操る人間の精神はそうはいかない。
この世界での死は本当の死。デスゲームとなった【THE NEW GATE】では、もはや死に戻りはできない。
相手がボスモンスターだろうと、初心者用フィールドの雑魚モンスターだろうと、戦うならば命懸けなのだ。長時間命のやり取りをしていれば、心が疲労するのは当然と言えた。
「ふぅ。これで、残るダンジョンは、だいたい半分くらいか」
デスゲームとなった【THE NEW GATE】のクリア条件は、最終ダンジョンである『異界の門』のボスモンスターを倒すことらしい。本当にゲームから解放されるのかはわからないが、プレイヤーはひとまずそれを目標にしている。
最終ダンジョンに挑戦するためには、前段階としていくつものダンジョンをクリアしなければならない。クリアすると、封鎖されていたフィールドが開放され、段々と最終ダンジョンに近づいて行くのだ。
デスゲーム開始当初は、すべてのプレイヤーがホームタウンのひとつ『カルキア』へと集められ、その周囲しか移動することはできなかった。
シンのマップには、ほぼすべてのフィールドの地形データが記録されている。それに目を向けると、およそ半分ほどが移動不可能を表す半透明の表示になっていた。
開放されたフィールド――それはシンをはじめとした、ダンジョンに挑んだ者たちの勇気と犠牲の証だ。ここまで来るのに、すでに4ヶ月かかっていた。
「まだ1人でもいける。でも、後半はそうはいかないかもな」
はぁ、とため息をついて、シンはボスのドロップ品を確認していく。場合によっては、次のダンジョンの攻略に役立つアイテムがあったりするからだ。
一応レア装備のドロップもしているのだが、シンの装備のほうがはるかに性能が高いので、ほとんど用がない。
「……今回は、とくになしか」
画面をスクロールしていた手を止めて、シンはメニュー画面を閉じた。装備以外のレアアイテムも、次に向かうダンジョンでとりわけ有効そうではなかったのだ。
ダンジョンから転移ポイントまでの移動中、襲ってくるモンスターを片手間に薙ぎ払いながら、シンは何とはなしに空を見上げた。雲ひとつない晴れ渡った空は、ほんの少しだけ、シンの心を軽くしてくれる。
「お! 戻って来た! なあ、攻略はどうなった?」
ホームタウンのひとつである『ケルグンスク』に転移すると、待ってましたとばかりに声をかけられた。ダンジョンボス攻略に向かったことはとくに隠してもいなかったので、どこからか情報を仕入れて待っていたのだろう。
「無事終わったよ。次のフィールドにも行けるようになった。わかってるとは思うけど、先に進むなら十分注意してくれ。ダンジョンのボスも、俺の知っていたのとは違う変化をしていたからな」
顔見知りとなって久しいハイビーストの青年、ラオの手の甲に刻まれた紋章を視界の端に収めながら、シンは答えた。
長剣を噛み砕く獅子がモチーフとなっている紋章は、今現在もっとも勢力の強いギルド『荒獅子』のものだ。ギルドマスターは獅子のハイビーストだと、シンは記憶している。
「おう。こちとら『荒獅子』豪脚隊だ。いざってときゃあ、さっさと尻尾をまくさ」
ライオンを思わせる猫耳をピンと立たせながら、人懐っこい笑みを浮かべて得意げに言ったラオは、街の雑踏へと姿を消した。
ギルド『荒獅子』は、偵察や情報収集などを担当する「豪脚隊」と、戦闘を担当する「豪拳隊」に分かれている。シンの知る限り、ラオは豪脚隊の中でも隊長クラスと遜色ない猛者だった。
シンとしては、なぜそんな人物が自分の帰りを待つ待機係なのか、さっぱりわからない。部下にやらせる仕事だろうと思うが、他のギルドのことに首を突っ込む気はないので放っていた。
「少し、街を歩くか」
転移ポイントの前にいつまでも突っ立っているわけにもいかない。一言つぶやいて、シンは足を踏み出した。ダンジョン攻略という命懸けの冒険をしてきたからか、街の景色を眺めているとどこかほっとする。
「お、シンじゃねぇか。今日もダンジョンかぁ?」
目的もなく歩いていたシンに声をかけてきたのは、串焼きの屋台を営んでいる男だった。わざとふけ顔のアバターをつくり、屋台のおっちゃんをロールしているプレイヤーである。
言葉遣いに遠慮がないのもそのせいだが、そもそも、シンは少し前までここの常連だったのだ。
「どうも。新しいフィールドを開放してきました。また新しい食材が出回るかもしれないですよ」
デスゲームとなってからは、新しいフィールドが開放されると、実装準備中だったと思われる素材やアイテムが発見されることがあった。中には優秀な素材もあり、シンもいくつか確保していた。
「ほほう、そりゃいいことを聞いた。ほれ、ダンジョンに1人で挑む英雄に、こいつはサービスだ」
「英雄は勘弁してくださいよ」
困って笑いながら、シンは突き出された串焼きを受け取った。この御仁は一度言い出したら聞かないのだ。
英雄というのは、一部のプレイヤーがシンを呼ぶときに使う呼称のひとつ。デスゲームが始まった当初、レベルやステータス、装備といったものがそのまま残っていることに気づいたプレイヤーたちは、すぐに上級プレイヤーを探した。ダンジョンをクリアするためには、上級プレイヤーの団結が必須と考えたのだ。
そして、ゲームにログインしていた上級プレイヤーの中で、飛び切り最高のプレイヤーがいることが判明するのにそう時間はかからなかった。
最強と名高いギルド『六天』のメンバーにして、最高の装備を作製するハイヒューマンの鍛冶師。
シンの存在に多くのプレイヤーが沸き立ち、希望を見出した。
他者を寄せ付けない強さは、逆に他のプレイヤーが足手まといになるという課題をも浮上させたが、それも些細な問題と誰もがシンに期待していた。
上級プレイヤーと協力して初級のダンジョンを瞬く間に攻略し、さらに中級を制覇。その速度は、人々に期待を持たせるには十分すぎる成果だった。
そして、上級プレイヤーが苦戦する上級ダンジョンですら、シンはソロで攻略していた。
今日シンがクリアしてきたダンジョンも、シン以外のプレイヤーでは荷が重いのだ。すべてのプレイヤーがログインしていたならそうではなかったのだが、現状ではシンが攻略の要だった。
ゆえに、人々はシンを『英雄』と呼んで称えた。
「勝手に期待して、勝手に失望して。今じゃ羨望と嫉妬が入り混じってわけわかんなくなってるとか。笑えないよなぁ」
そう、人々がこぞってシンを英雄と呼び称えていたのは、もう過去の話だ。
上級のダンジョンに挑むようになって、シンの攻略速度は目に見えて落ちた。ダンジョンの難易度が上がればモンスターも強くなり、罠やギミックもより複雑に、より危険になる。
いくらシンといえども、デスゲーム化によってどう変化しているかもわからない上級ダンジョンを、初級の低難度ダンジョンと同じようにクリアできるわけがない。
しかし、それがわからないプレイヤー、もしくはわかりたくないプレイヤーがいた。
攻略速度が落ちているのはシンが手を抜いているからだ。本当はクリアしたくないのだ。
そんな、何の根拠もない言葉がささやかれ出したのは、上級ダンジョンに挑み始めてまだ2週間しか経っていないときだった。
多くのプレイヤーたちの抱いた『期待』。
純粋にシンならきっとやってくれるという、『信頼』と同義の『期待』を抱いた者は、実際にシンを知るほんの一握りのプレイヤーだ。
そうではない大多数の『期待』は、自分たちが何もしなくても勝手にクリアしてくれるだろうという、自らの努力を放棄した義務の押しつけだった。
「ちっ、自分だけいい装備で楽しやがって」
串焼きを食べながら歩いていたシンの耳に、嫉妬と憎悪の混じった言葉が引っかかる。
視界の端、視線を向けずに確認すれば、低ランクの装備を身にまとった男が横道の壁に寄りかかって座っていた。レベルは40とかなり低い。
シンはすぐに、初心者プレイヤーだと看破した。
「誰彼構わず装備なんて回せるかっての。素材だってただじゃねぇんだぞ」
男の存在を無視してしばらく歩き、お気に入りのスイーツショップの看板が見えてきたところで、シンは胸のうちを吐き出した。ぼそりとつぶやくような音量だったせいで、その言葉は誰に聞かれるともなく雑踏の喧騒に消える。
シンが鍛冶師ということで、武器を融通してほしいと望む者は多くいた。しかし、シンは武器を渡す相手をできる限り厳選するようにしていた。
シンが漏らした、素材がただではないというのも理由のひとつだ。しかし実のところ、一番の理由は別にある。
それは、デスゲームとなった今でもプレイヤーを狩ることをやめないPK、プレイヤーキラーと呼ばれる者たちの存在だった。下手にばら撒いて彼らに強力な武器が渡ってしまえば、不幸な犠牲者が増えるだけなのだ。
ゆえに、ダンジョン攻略に力を入れている攻略組のギルドマスターやパーティのリーダーといった、限られたプレイヤーにだけ武具を提供している。と言ってもあくまで貸与であり、譲渡ではない。もしPKが紛れ込んでいた場合に、武器を取り上げるためだ。
ところが、一般のプレイヤーからは単に装備を出し渋っているように見えるようだった。
そもそも全員分の武器を作るなどシン1人では無理な話だ。それなのに、自分と有力者だけで強力な武器を独占している、という噂すらあり、シンは辟易していた。
「どうしたニャン? シンニャン、なんか元気ないニャ」
疲れた時には甘いもの。嫌な噂は忘れるようにしつつも、なんだかなぁ、と気落ちしながらケーキを眺めていたシンに、スイーツショップ『招き猫』の店主、マタタビが声をかけてくる。
猫っぽいしゃべり方はギルド『猫人族語尾研究会』の非公式ルールなのだとか。シンも知り合いが「シンにゃー」と呼んできたのを丁重にお断りした記憶がある。
マタタビの種族はヒューマンなのだが、『ビースト変身セット』という装備によって頭には橙色の髪に合わせたネコミミ、ミニスカートの中からは髪と同じ毛並みの尻尾が生えている。秋葉原のメイド喫茶で見かけるような、露出の多い美少女ネコミミメイドがそこにいた。
店内にいる店員は、皆似たような格好だ。マタタビの身長は160セメル程度。胸元の開いたメイド服なので、シンの目線の高さだと少しばかり目の向けどころに困る。
「ああ、いえ、ダンジョンのボスを倒してきたところなんですよ。たぶんそのせいです」
「また無茶したニャ? シンニャンは頑張りすぎニャ」
真面目そうには聞こえない話し方とは裏腹に、マタタビの表情はとても真剣なものだった。
「わかってますよ。でも、こうでもしないと、早期クリアは難しそうなんです」
「他人の言うことなんて気にしニャければいいのに、シンニャンは変なところで真面目ニャ。仕方ニャい……そんなシンニャンに、うちからプレゼントニャ」
マタタビはメイド服の胸元から1枚のカードを取り出した。アイテムボックスは意識すれば大抵の場所から使用できたが、その位置で使用するプレイヤーを見たのは初めてだ。豊満な胸の谷間からカードが出てきたようにしか見えない。
「ニャニャーン! うち特製の、マタタビクッキーニャ!! これ食べて元気出すニャ」
「ありがとうございます。でも、できればもう少し静かに渡してもらえると。あと、取り出すところももうちょっと考えてください」
「なにかマズかったかニャ?」
ため息をつくシンを見て、マタタビは首をかしげた。その表情からは、本気で言っていることが伝わってくる。
「周囲の目が痛いんですよ。実は狙ってやってませんか?」
アバターという仮初の肉体ではあるが、それでも美少女ならば注目を浴びる。
大半のアバターは用意されたサンプル内から、好きなものを組み合わせて作られる。ゲームならよくある方式で、当然、その顔はリアルそっくりという保証はない。
そんな量産型(サンプルの多さから組み合わせが被ることはあまりないが)のプレイヤーに対し、リアルの体格や顔の造形をそのまま反映したアバターを使う者たちもいた。
マタタビがこれに該当する。
フルスキャン・アバターとも呼ばれるそれは、作り物であると同時に本物で、顔ばれの危険が大いにあった。しかし、そもそもそういったアバターを使う者たちは、ゲームを介して顔を売ることを目的としている場合がほとんどだ。
シンの知っている範囲でも、そうした有名プレイヤーが企業にスカウトされて、アイドルデビューしたという話があった。マタタビもそれ狙いだと公言している。
プレイヤーの男女比7:3、または8:2だと言われる【THE NEW GATE】では、リアルでも美少女であるマタタビの人気は、並みいる女性プレイヤーの中でも上位に入る。
男性プレイヤーの間では、マタタビはまさにアイドルの如き有名人なのだ。非公式とはいえファンクラブもあり、親衛隊なるものまで存在するという。
事実、今も複数のプレイヤーから敵意を向けられていた。マップ上の光点のいくつかが、敵を示す赤に変わっているのだ。
気を使ってくれるマタタビには悪いが、余計なトラブルが起きないことをシンは祈った。
「シンニャンはうちの初めての人だからニャー。特別ニャン」
頬に手を当てて照れた様子を見せるマタタビ。
その発言が飛び出した直後、向けられる視線に強い殺意が乗った気がした。ゲームのはずなのに、気配のようなものがわかってしまうのはなぜだろう。
「また誤解を招くことを言う……闇打ちされたら、マタタビさんのせいですからね」
「シンニャンを倒せる人なんて、いるとは思えないけどニャァ」
「ゲームなんですから、システムの穴を突けば格上を倒す方法だってあるかも――」
そこまで言って、シンは言葉を止められた。マタタビが、その細い指でシンの口を押さえたのだ。
「そういう話はダメよ。マリノを悲しませたら、いくらシンでも怒るわ」
『倒す』は使い方によっては『殺す』ともとれる言葉だ。以前なら問題はなかったが、今は違う。
死を連想させる言葉を口にしたシンに、マタタビはいつもの猫口調をやめて注意してきた。たとえ冗談でも、マタタビはそういう話が嫌いだった。
「ぁー……すいません」
「わかったならもう帰るニャ。ニャフフ、今日はきっといいことあるニャ」
「その顔を見たら、素直にうなずけませんよ」
真面目な口調はすぐに鳴りを潜め、マタタビの表情が今度は何やらニヤついたものへと変わる。何か企んでいるのが丸わかりだが、問い詰めたところでマタタビが話すはずもない。
嫌な予感がしつつも、シンはもらいもののマタタビクッキーとは別にいくつかの菓子を購入して店を後にした。
シンは一旦転移ポイントへと戻り、そこから別の場所へ向かう。転移先は、自身のホームである月の祠だ。
「お帰りなさいませ。お客様がお見えです」
いつも変わらないはずのシュニーの挨拶に、少し変化があった。シュニーの言う『お客様』とは、シンがいないときでも月の祠の居住区に入る許可を出した相手のことだ。
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