THE NEW GATE

風波しのぎ

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22巻

22-2

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  †


 ジェイフたちと別れ、シンたち一行は宿に戻った。
 驚くべきことに、宿の支配人自らがシンたちを出迎え、さらに特別な客しか使えない部屋へと案内した。
 今までの部屋でも、いわゆるスイートルームと同レベルといっていいクオリティだったが、こちらはさらに洗練されている。何気なく部屋を構成する素材を鑑定すると、ゲーム時代に高級家具や高品質の防具に使用されていた木材が使われているのがわかった。今の世界では柱一本分でも恐ろしい金額になる代物しろものである。

「お茶もすごい高級品ね。価値を知ってる人なら、金貨でできた部屋に見えるんじゃない?」
「湯飲み使うのも怖くなってきた……」

 お茶の詳細を確認したパーティメンバーのセティとティエラが、備え付けの湯飲みに厳しい視線を向けていた。

「粗末に扱わなければ問題ありません。道具は道具です。それに、高級品という意味ではつきほこらの方がすごいですよ?」

『よろずや月の祠』の店長代理でもあるシュニーが、ティエラをたしなめる。

「それはそうですけどぉ」

 希少素材を使っているという意味では、ティエラが長年暮らしていた月の祠がダントツである。気負うのはやめなさいというシュニーの言葉を受け、ティエラは深呼吸してから丁寧な仕草で湯飲みを取った。
 お茶をたしなむ三人を横目に、他のパーティメンバー――フィルマとシュバイド、ミルトも、豪奢ごうしゃな部屋で思い思いにくつろいでいる。
 一息ついたところで、シンはみんなに声をかけた。

「さて、クリュックさんの話じゃ、迎えが来るまで一週間はかかるだろうってことだが、どうするか」

 クリカラは海に面した国ではないので陸路の移動になり、どうしてもそのくらいかかってしまうとのことだった。飛行機などない世界なので、移動はどうしても時間がかかるのだ。ただ、もしかすると多少早くなるかもしれないとも、クリュックは言っていた。
 どちらにしろ、時間を持て余すことになるのは変わらない。錬鉄武闘祭の大会は続くようだが、鍛冶部門のシンは辞退ということになっているので、今後の予定は真っ白だ。

「予定が決まっているのは、この中じゃフィルマとミルトくらいなんだよな」

 武闘祭は引き続き行われる。フィルマとミルトはこれまでの試合で負かしてきた人たちの手前、ある程度までやるらしい。

「勝ち抜いてきた以上はそれなりに頑張らないと、敗退した人もかわいそうだしね」
「予選の対戦者は似たり寄ったりに見えたけどな。こう言っちゃなんだけど、ミルトが出てなくても、結果はあまり変わらなかったと思うぞ」

 シンの感覚では、クリュックの護衛役であるドラグニルのエラメラをのぞいて、選定者のような突出した選手はいなかった。
 また、武具モンスターとの戦闘で負傷したり、自分の未熟さを痛感したりした一部の選手の中には、すでに棄権した者もいる。
 なのでシンは、フィルマたちが棄権するのに遠慮はいらないのではと思っていた。

「そうなんだけどね。あんな事件があったからこそ、運営側としては盛り上げたいらしくてさ。ほら、僕ってばちょっと人気出てるし?」
「あー、なるほど」

 事件が起こる前から、ミルトはすでに人気を博していた。彼女のような見た目のはなやかさと高い戦闘力の両方を兼ね備えた人物が棄権となると、観客の入りにも影響があるのだろう。
 事件の後、棄権も視野に入れて受付に行ったところ、運営側でも幹部クラスの人物が出てきて、頼み込まれたようだ。なお、フィルマも同じく懇願されたらしい。
 ちなみに、棄権した選手のことも加味して、本戦トーナメント出場者の対戦表が一部入れ替えになった。その結果、フィルマとミルトがそれぞれ勝ち上がると、二人は決勝で当たることになる。
 くだんの幹部という人物が、二人がシンのパーティメンバーだと知っていたのかいなかはわからない。もし知っていたなら、フィルマとミルトの決勝対決なんて盛り上がりを期待している可能性がある。
 しかしフィルマはその思惑おもわくに乗るつもりはないらしく、少しうんざりした口調で首を横に振った。

「私はそこまで付き合う気はないから、適当なところで棄権するわ。それなりに活躍したからか、パーティに来ないかって何度か誘われてるのよ。シンの名前はそこそこ有名になってきたみたいだけど、パーティメンバーまでは知られてないようね」

 もしシンたちの関係を知っているなら、Aランク冒険者がリーダーを務めるパーティのメンバーを引き抜こうとしていることになる。
 そうなると、個人ではなくパーティの問題だ。あまりしつこくすれば、Aランク冒険者――つまりはシンが出てくる。
 冒険者同士でもそうでなくても、Aランクまで上り詰めた冒険者と面と向かって揉め事を起こそうとする者は少ない。その資金力や戦闘力はもちろん、影響力の面でも、トラブルになった際の不利益が大きいのだ。
 それでも声がかかるのは、フィルマの言う通り、彼女がシンのパーティメンバーだということがまだ広まっていないのだろう。
 しかし少なくとも、シンの名前とランクがそれなりに広まっているのは間違いない。
 また、シュニーとティエラについても、シンのパーティメンバー――というよりは恋人――として認識されているようだった。
 なぜなら、事件が起こる前に一緒に街を回っていちゃついているところを多くの人に目撃された結果、一部のナンパ野郎以外は不用意に声をかけてこなくなったのだ。
 周囲に「Aランク冒険者の女に手を出すなんてやめろ」と忠告されて、あわてて引き返す者もいるらしい。

「シュニーやティエラちゃんみたいに、私とミルトちゃんもシンと一緒に街を回ろうかしら?」
「俺の評判が、何人も女をはべらせるクソ野郎になるやつだろ、それ!」

 冗談めかしたフィルマの発言に、シンは顔を引きつらせた。
 この世界では高位冒険者は男女問わず、複数の伴侶はんりょを持つことが許されている。
 それは強者の子を少しでも多く残すためというのがその表立った理由だ。それが許されるほどモンスターの脅威きょういは身近だったし、街が城壁に守られていても安心できない環境であることを意味している。
 また、多くの伴侶、子を持っても、全員をやしなえるだけの収入があるならば問題ない、という考えもある。必要以上に貯めこまずに多くの金を使ってくれた方が、経済も回るというものだ。
 ただ、一番の理由は、生きて帰ろうという原動力になるから。
 愛する者が待っている。帰る場所がある。そういう思いは、あきらめようとする心をふるたせる。
 それを教えてくれたのは、かつてシンに最後の願いとして戦いを挑み、一撃を入れるまでおのれを高めたサポートキャラクター・ナンバー3のジラートだった。
 シンもこうした考え方を否定するつもりはないが、実行するかどうかはまた別問題である。

「復興作業の手伝いでもする?」
「それも考えたんだけどな。そっちは自分たちでやるって言われてるんだ」

 ミルトの提案に、シンは首を横に振りながら答えた。恩人にそこまでさせるわけにはいかないと、事前にストップがかかっている。
 クリカラは他国に比べて生産系のスキルを発現もしくは継承している者が多いようで、復旧までには、そう長い時間はかからない見込みだそうだ。

「もともとここに来たのは休息が目的だし、少しくらいだらけるのもありだろうが……だらだら過ごすのもなぁ」
「だったら、皆でプールに行くのはどうかな?」

 うなるシンに、ミルトが声をかけた。

「プール?」

 ミルトによると、地熱を利用した温水プールがあるらしい。
 ただし、娯楽施設ごらくしせつというよりも、泳ぎを覚えるための訓練所のようになっているという。
 現実世界でのミルトは病院でほぼ寝たきり状態だったため、プールに行ったことがないそうで、言い出しっぺながらも一番わくわくしているのがよくわかる。

「大会中にわざわざ水中戦の訓練をしようって人は少ないらしくてさ。地下にあるから今回の騒動でも被害はないみたいだし、ちょっと行ってみない?」

 設備の内容を詳しく聞くと、水に慣れるために徐々に水深が深くなっていくタイプや、競泳で使うようなレーンのあるタイプ。他にも川の流れを再現した、いわゆる流れるプールなどもあるという。
 泳ぐという行為自体が娯楽の一つだったシンの世界では、よく見たものだ。
 しかしこちらの世界では、泳ぐという行為の意味が生存のための技能という扱いなので、あまり人気はないようだ。
 ミルトは、二日は武闘祭に参加し、そのあとはプールに行くつもりだという。

「こっちに来てからそういうのなかったからな。たまにはいいか。皆はどうする?」
「お供します。スキルなしで泳ぐ練習をするにはちょうどいいですし」

 シンたちが大会を楽しんでいる間に、シュニーはある程度近場は回り終えたようだ。せっかくの機会だと、参加を表明する。

「シュニーが行くなら私も行こうかしら。前は海の中でちょっと泳いだだけだしね」
「じゃあ、私も」
「我も行こう」

 続いて、フィルマとティエラ、シュバイドも参加の意思を示した。

「んー、あたしはパス」

 メンバーの中でセティだけ行かないという。彼女は泳ぐことにあまり興味がないと、はっきり告げた。

「シンがこれまで集めてきたよくわからないアイテムの解析もしちゃいたいのよ。どういうものなのか、個人的に興味もあるしね。どうせこの先もいろいろ巻き込まれるだろうから、暇な時間は活用しないと」
「巻き込まれたくはないんだけどなぁ」

 不本意だという意思を込めてシンは言う。トラブルに愛されたくなどない。
 セティとしては未知のアイテムの方が興味深く、研究者としてもこちらを優先したいようだ。

「ユズハとカゲロウはどうする? いや、そもそも入れるのか?」

 エレメントテイルのユズハと、グルファジオのカゲロウをプールに連れて行っていいのかと、シンは首をかしげる。

「モンスターはどうだろう。施設は人用って話だから」
「だったら、ユズハ変身する。カゲロウ、留守番」
「グルゥッ!?」

 カゲロウの鳴き声は、人ならば「そんなぁ!?」と聞こえそうだった。留守番と言われてショックだったのは間違いない。

「確認して、ダメそうなら影に潜って……いやさすがに水の中は無理か?」

 シンの問いかけに、カゲロウは首を縦に振る。影の中という特殊な空間ではあるが、水中だと勝手が違うらしい。

「水中で呼吸ができるようになる装備を使ったらどうだ?」

 調教師用の装備の中に、プレイヤーと同じくパートナーモンスターに水中での呼吸を可能にするものがあった。陸上に棲息せいそくするモンスターを水中ダンジョンなどで運用するための装備だ。
 ゲーム時代は水中用のパートナーモンスターがいない場合や、パートナーモンスターの編制を変えたくない時などに使われていた。

「わからないって言ってる。でも泳げるから、近くにいるだけでもいいって」

 ユズハがカゲロウの言葉を代弁した。

「まあ、行くのは訓練所でも、目的は遊びみたいなものだしな。とりあえず、普通に使う分には問題ないだろう。パートナーモンスターも一緒に入れるかどうかだけ確認するか。もし入れるなら、影に潜ってる時にも効果があるか、確認させてくれ」
「ぐるっ」

 うなずくカゲロウの頭を、シンは一撫でする。
 街中でもモンスターを連れた人物はそれなりに見かけている。調教師というジョブも、すさまじく希少というわけではないはずだ。
 クリカラほどの規模の国ならば、そのあたりも考慮されているに違いない。
 カゲロウはとくに水に入りたいわけではないようなので、ティエラも自分だけがと気兼ねする必要もない。

「じゃあ、フィルマとミルトが大会を棄権したら、皆でプールに行くということで」


 フィルマとミルトが大会を棄権するまで時間があるので、シンはアイテムの解析をしたり、鍛冶のアイディアを練ったりして過ごすことにした。
 手に入れたはいいが、いまだに何に使うアイテムなのかわからないものや、原理の不明な道具があるのだ。アイテムの一部は『六天』の一人にして『あか魔術師まじゅつし』ことヘカテーのサポートキャラクター、オキシジェンとハイドロにも解析を頼んでいる。
 一旦クリカラから離れて、シンは月の祠へ。
 アイテムの解析をすると言ってついてきたのは、シュニー、ティエラ、セティ、ユズハ、カゲロウだ。

「さすがにそろそろ、これをどうにかしたいんだよな」
「でも、スキルでも機材でも、どういう原理で操ってるかわからなかったじゃない」

 シンの言う〝これ〟とは、教会の司祭が聖女やベイルリヒト王国の孤児院にいるミリーを操るのに使った『隷属れいぞく首輪くびわ』のことだ。
 ゲームだった頃のイベント「なげきのマリオネット」で実装され、味方やイベントNPCが操られてしまうという効果があった。この世界でもその力は健在らしく、選定者でさえ逆らえなかった。
 セティの言う通り、どういった方法で対象を操っているのかは不明だ。
 構造や効果を調べて解除用のアイテムを作るという目的で譲り受けたが、いまだに成功していない。そもそもゲーム時は、解除用アイテムなどなかったのだ。
 スキルで解析した限りでは、普通の首輪にサイズ自動調整のスキルが付与されているだけ。にもかかわらず、異様に耐久値が高く、身につけると、首輪を取りつけた相手に操られてしまう効果がある。
 この「相手を操る」という部分が、シンたちにもよくわからなかった。スキルで見た限りでは、そんな魔術的なものは付与されていない。

瘴気しょうきまとっているわけでもないし、装着されていない状態なら、破壊できないわけでもないんだよな」

 誰かに装着されると、ただでさえ高い耐久値がさらに跳ね上がる。この性質も謎だ。

「実際に身につけてみるのはどう? 今まではすぐにシンのスキルで外しちゃったんでしょ?」

 自分が身につけるから調べてほしいと、セティが言った。
 未装着時にはわからないことがわかるかもしれないという考えは理解できたが、さすがに彼女を実験台にしようとはシンも思わない。
 シュニーとティエラも、シンと同じく難色を示した。

「でも、シンなら変な命令はしないだろうし、解除した後、私もどんな感覚だったか説明できると思うわ」

 確実に解除できる上に、もし暴れだしても、シンやシュニーがいるならすぐに取り押さえられる。その確信があるからこそ、この提案をしたのだとセティは食い下がる。

「シンが主になるなら、私でも――」
「それはダメ」

 シュニーの言葉を、セティが断固とした口調でさえぎった。

「シューねえ、それは絶対にダメよ」
「セティ?」
「シュー姉はシンと一緒に別の世界に行くんでしょ? なら、こんなものに身を任せちゃダメ。向こうに行く時に、どんな影響が出るかわからないわ。こういうのは、こっちに残るあたしみたいなのが適任よ」

 それだけは譲れないと、セティはシュニーと『隷属の首輪』の間に移動する。

「それに、状況的にシン以外に外せる人がいないっていうのはまずいと思うの。精神系スキルより性質たちが悪いわ」
「そりゃそうだけど……わかった。対策がほとんどないのも、まずいしな」

 真剣な表情で見つめてくるセティに負けて、シンは渋々承諾した。
 解除する手段がある精神系スキルより危険だという言葉が、最後の一押しだった。
 理由が理由だけに、シュニーも反対しきれないようだ。
 適当に盗賊でも捕まえて実験台にするという手段もあるが、彼らが進んで協力することなどないだろう。隷属状態を解除した後の話を聞いたとしても、簡単に信用できない。

「じゃあ、つけるぞ」

 装着した後に何をするか話し合ってリスト化し、最後にもう一度確認してから、シンは具現化した『隷属の首輪』をセティに装着した。

「どうだ?」
「あまり変わった感じはないわね。でも、シンに攻撃しようとすると、体が動かないわ」

 不快な感覚などもないようだ。試すことの一つであった主への攻撃は、やはりできないらしい。言葉の通り、体は硬直して動かず、攻撃用の魔術を使用するために魔力を溜めようとしてもうまくいかないという。

「全力で抵抗してるけど、ダメね」

 シンから何か命令を受けた際も、ほんの少し動きをにぶらせるくらいはできても、命令自体を拒否することはできなかった。
 逆に、命令と自分の意思の方向性が合っていると、いくらか能力を強化するスキルに似た効果があることもわかった。プラスの効果と言えなくもないが、それならば、普通に能力上昇系のスキルやアイテムを使った方がよほど効果的だろう。
 テスト内容をリスト順に消化していく。恥ずかしいものや屈辱的くつじょくてきなものもあるので、シンは解除用アイテムができ次第、このテスト結果を破棄しようと心に決めた。

「本当に、相手の意思を無視して従わせるだけのアイテムだな」

 イベントの一つとはいえ、厄介なものを実装してくれたな……と運営に文句を言いながら、シンは解除方法を模索もさくする。
 ゲーム時代では、操られた相手は倒すのが基本だった。だが、それは相手を殺すという意味ではない。ゲーム内ではたとえHPが0になっても死にはしないという設定だ。叩きのめして正気に戻すというのが、一番近い表現だろう。
 しかし、今はもうその方法をとることは不可能だ。この世界でHPが0になることは、死を意味する。

「公式の解除アイテムがないっていうのがな。それっぽいアイテムってことなら、このカードに称号の力を封じ込めるっていうのが手っ取り早いけど」

 シンの行う首輪の解除は、称号の力によるものだ。スキルを使うのとほぼ同じ感覚で使用できる。
 もしこれがスキルと同じ扱いなら、スキルを封じ込めてストックするアイテムに使えないかと、シンは考えた。
 結晶石けっしょうせきを特殊な溶液に溶かし、それを染み込ませたカードがそれだ。正式名称は『封技札ふうぎふだ』という。
 近接攻撃主体のプレイヤーが遠距離攻撃の手段として魔術スキルを込めたり、斥候役せっこうやくのいないパーティがダンジョン攻略の際にわな看破かんぱするスキルを込めておいたりと、用途は多かった。
 使用した結晶石のランクで、込められるスキルのランクや効果が変化する。
 なお、気を付けなければならないのは、それを使用できるプレイヤーが使った時よりも、一段階効果が落ちるという点だ。攻撃用スキルなら威力や射程が、回復用スキルなら回復量や解除できる状態異常のランクなどが変わる。
 今回使用したカードは最高ランクの結晶石を使用している。これでだめなら、現状ではカードに称号の力を込める案は期待できない。

「込められは……するみたいだな」

 厳密にはスキルとは別物なので、成功するかも不明だったが、用意したカードはスキルを封じ込めた時と同じ光を発した。
 カードの表面には表面にスキル名、裏面にスキルに応じた模様が浮かび上がる。
 称号を元にしているので、スキル名や模様は出ないと思っていたシンだったが、その予想に反して、カードの裏面には模様が描かれていた。

「表のスキル名がないのは、まあわかるとして。裏のはなんだ……?」
「……私にはこちらに手を差し伸べているように見えますね」

 シンは確証が持てなかったので、疑問形だ。シュニーには、誰かがこちらに向かって手を差し伸べている様子を抽象的に描いているように見えるという。
 ティエラとセティもそれぞれ意見を口にする。

「こっちに何かを差し出しているみたい……?」
「人によって見え方に差が出る模様よね。私はこっちから手を伸ばしているように見えるわ」

 ティエラとセティもそれぞれ別の感じ方をしていた。
 はっきりと描かれているわけではないので、受け取り手次第なのだろう。
 皆の意見を聞いてから改めて模様を見たシンには、これといった何かを現しているとは思えなかった。あえて言うならば、風や水を表わしたような模様といったところだ。

「あとは、効果があるかだな」

 カードに込められても、効果がなければ意味がない。『隷属の首輪』は複数あるので、セティにつけられた状態で試すことにした。

「では、私が使いましょう」

 使用者にはシュニーが名乗りを上げた。今はシンが首輪の使用者だ。だから彼がカードを使っては、首輪の主が自分で解放した扱いなのか、カードの効果で自由になったのかわからないと、シュニーが言う。

「それに、私にはティエラのような特別な力はないですし、シンやミルトのように元プレイヤーというわけでもありません。この中では、一番イレギュラーが起こりにくいでしょう」
「そうだな。頼む」

 シュニーは手渡されたカードをセティの首に向ける。

解放リリース

 本来ならスキル名も口にするところだが、書かれていないので、シュニーはキーとなる言葉だけを発した。
 その言葉に反応して、カードが発光する。カードは細かな光の粒に変わって宙を舞い、それがセティの首へと動いた。光の粒は首輪に貼り付くように全体を覆う。
 数秒して、首輪が砂でできていたかのようにぼろぼろと崩れた。首から外れ、地面に落ちる間にどんどん原形を失っていく。
 そして、地面に触れるより先に、空気に溶けるように消えてしまった。

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