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伝えたかったこと
美奈香
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私の幼なじみは綺麗な目だった。
虐待を受けている人を見て、貴方は助けることができるだろうか。手を差し伸べることができるだろうか。そんな簡単なことでは無いのに、この世界では正論を吐く大人が多すぎて私はうんざりしている。私の幼なじみは毎日のように痣を増やして、必死にヨレヨレの制服でそれを隠そうとしていた。それなのにいつも笑っていたし、泣いた姿など、見たこともなかった。
それが怖くて、恐ろしくて、気持ち悪くて。あの真っ直ぐな綺麗すぎる瞳が私に助けを求めようとしない瞳が、私は大っ嫌いだった。
大学に入る前の私は、高校に通っていた。私の人生の分かれ道となったのは、修学旅行だろうか。あの出来事でより一層、深く、私の想いが強くなったと言えるだろう。
高校の修学旅行の目的地は、×××県△△市にある、ある博物館だった。広島県にある原爆ドームがもう崩れ落ちそうな頃、この博物館はまるで時代が変わるかのように、原爆ドームの代わりに現れた。私たち高校生の修学旅行の定番となっていたその場所は、私にとって随分と関わりのある場所でもあった。
私が中学の頃、その戦争が始まった。中国による、一方的な攻撃、と言った方が正しいだろうか。この戦いで、私は私の幼なじみを失った。あの時の後悔は忘れられない。一生分の後悔をあそこに置いてきた。もう二度と、あの場所には戻りたくないと強く思っていたのだが、時間が経てば傷は浅くなる。私は修学旅行に参加した。
暗く、細い道が続く博物館。被害者たちの遺品が自分たちで並んだかのように綺麗に列になっている様子を見ると、どこからか吐き気がした。
色んな資料が並び、色んなもの達が並ぶ中、私はある1枚の写真に目を盗まれた。
飛行機からの写真だろうか。広い焼け野原を上から撮った様子だった。
輝
画数が多く、極めて描きにくい文字だろう。どう考えても、地面に書くには無茶だろう。
だが、そこにはそう書かれていた。誰かが、強く、はっきりとそこに書いていた。
紙もペンもなく、何かを書くには地面に書くしか方法がなかったあの頃。一人の少女が一生懸命に足を引きずりながらその文字を書き記す様子が目に浮かんだ。
おかしい。おかしい。
なぜ、あの子が私の目には浮かぶのだろうか。この文字を書いたのはあの子であるなど、どこにも証拠がないのに、何かその一枚の写真からは伝わってくるものがあった。あの子だ。私の、幼なじみだ。大っ嫌いだった、あの瞳の、あの、幼なじみだ。
あのころの怖さ、寂しさ、苦しさ、孤独さ。全てがこの『輝く』という字に救われる気がした。誰かにこの言葉を伝えるために、大きな大きな文字を書いたんだ。それしかできない、それが、自分のやるべきことだと信じて。
涙が溢れて止まらなかった。ガラスの向こう側にあるはずの写真を私は何度もつかもうとして、ガラスにへばりつきながら泣いた。泣くことしか出来ずに、後悔しか出来ずに、その場に崩れ落ちる自分が憎らしかった。あの綺麗な瞳を思い出してしまうと、もう、耐えられなかった。せめて謝りたかった。助けたかったのに。私しか、あなたの隣にいなかったのに。
ごめん、ごめんね。本当に、ごめんね。
あの綺麗な瞳を、もう一度だけ、見たかった。
崩れ落ちた私の背中を誰かが摩る。この博物館の、館長だろうか。雰囲気というか空気感からして、五十代後半程の男の人だろう。摩ってきたその手からは、何か、あの子と同じ空気を感じた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃな、人に見せられないような顔を上げると、ふと胸元の名札が目につく。
『早川武雄』
そう書かれていた名札を見て、懐かしさを覚える。
その男の人の瞳を見ると、光の加減なのか涙なのか分からない程度だが少しだけ潤んでいるように見えた。
男の人の瞳はあの子にそっくりな、綺麗な目だった。
君の、目だった。
おわり
虐待を受けている人を見て、貴方は助けることができるだろうか。手を差し伸べることができるだろうか。そんな簡単なことでは無いのに、この世界では正論を吐く大人が多すぎて私はうんざりしている。私の幼なじみは毎日のように痣を増やして、必死にヨレヨレの制服でそれを隠そうとしていた。それなのにいつも笑っていたし、泣いた姿など、見たこともなかった。
それが怖くて、恐ろしくて、気持ち悪くて。あの真っ直ぐな綺麗すぎる瞳が私に助けを求めようとしない瞳が、私は大っ嫌いだった。
大学に入る前の私は、高校に通っていた。私の人生の分かれ道となったのは、修学旅行だろうか。あの出来事でより一層、深く、私の想いが強くなったと言えるだろう。
高校の修学旅行の目的地は、×××県△△市にある、ある博物館だった。広島県にある原爆ドームがもう崩れ落ちそうな頃、この博物館はまるで時代が変わるかのように、原爆ドームの代わりに現れた。私たち高校生の修学旅行の定番となっていたその場所は、私にとって随分と関わりのある場所でもあった。
私が中学の頃、その戦争が始まった。中国による、一方的な攻撃、と言った方が正しいだろうか。この戦いで、私は私の幼なじみを失った。あの時の後悔は忘れられない。一生分の後悔をあそこに置いてきた。もう二度と、あの場所には戻りたくないと強く思っていたのだが、時間が経てば傷は浅くなる。私は修学旅行に参加した。
暗く、細い道が続く博物館。被害者たちの遺品が自分たちで並んだかのように綺麗に列になっている様子を見ると、どこからか吐き気がした。
色んな資料が並び、色んなもの達が並ぶ中、私はある1枚の写真に目を盗まれた。
飛行機からの写真だろうか。広い焼け野原を上から撮った様子だった。
輝
画数が多く、極めて描きにくい文字だろう。どう考えても、地面に書くには無茶だろう。
だが、そこにはそう書かれていた。誰かが、強く、はっきりとそこに書いていた。
紙もペンもなく、何かを書くには地面に書くしか方法がなかったあの頃。一人の少女が一生懸命に足を引きずりながらその文字を書き記す様子が目に浮かんだ。
おかしい。おかしい。
なぜ、あの子が私の目には浮かぶのだろうか。この文字を書いたのはあの子であるなど、どこにも証拠がないのに、何かその一枚の写真からは伝わってくるものがあった。あの子だ。私の、幼なじみだ。大っ嫌いだった、あの瞳の、あの、幼なじみだ。
あのころの怖さ、寂しさ、苦しさ、孤独さ。全てがこの『輝く』という字に救われる気がした。誰かにこの言葉を伝えるために、大きな大きな文字を書いたんだ。それしかできない、それが、自分のやるべきことだと信じて。
涙が溢れて止まらなかった。ガラスの向こう側にあるはずの写真を私は何度もつかもうとして、ガラスにへばりつきながら泣いた。泣くことしか出来ずに、後悔しか出来ずに、その場に崩れ落ちる自分が憎らしかった。あの綺麗な瞳を思い出してしまうと、もう、耐えられなかった。せめて謝りたかった。助けたかったのに。私しか、あなたの隣にいなかったのに。
ごめん、ごめんね。本当に、ごめんね。
あの綺麗な瞳を、もう一度だけ、見たかった。
崩れ落ちた私の背中を誰かが摩る。この博物館の、館長だろうか。雰囲気というか空気感からして、五十代後半程の男の人だろう。摩ってきたその手からは、何か、あの子と同じ空気を感じた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃな、人に見せられないような顔を上げると、ふと胸元の名札が目につく。
『早川武雄』
そう書かれていた名札を見て、懐かしさを覚える。
その男の人の瞳を見ると、光の加減なのか涙なのか分からない程度だが少しだけ潤んでいるように見えた。
男の人の瞳はあの子にそっくりな、綺麗な目だった。
君の、目だった。
おわり
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