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第3話 見知らぬ顔

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おそるおそる鏡の方に手を伸ばすと、鏡の中でも、こちらに向かって手が伸びてくる。

私だ。

鏡に映っているのは私の顔だ。

「……さん、聞こえていますか。ここは女子寮ですよ」
寮母さんの声が耳に入ってくる。

寮母さんは、私の顔を見て驚いた表情をする。
私の目から大粒の涙がこぼれていたからだ。

「こちらにいらっしゃい」
寮母さんは、周りを見回した後、私の背中にそっと手を回して、玄関の近くのドアの中へ導いていった。

中に入ると、目立った装飾などは無いが、センスのいい家具と小物で飾られた、小さな部屋だった。部屋の中央には小さなテーブルと椅子が2脚あり、奥にはベッドが置かれている。入って左手の窓の下には机があり、開いたままの本が置かれている。
ここが寮母さんの部屋らしい。

「何か事情があるようね。こちらに座って」
私を中央の椅子に座らせ、「ちょっと待っていてね」と声をかけて部屋から出て行った。

戻ってくると、手にしたトレーからティーポットとカップをテーブルに並べる。
ポットからは優しい香りが漂ってくる。
そのまま少し待ってから、カップに注いでくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

一口飲むと、さっぱりとした風味が口に広がる。
もう一口飲んで、体の中に暖かいお茶が流れ込んで落ち着いてきた。

「おいしいです」
「よかった。これはジャーマンカモミールとオートムギをブレンドしたハーブティーよ。疲れた時にいいから」
と笑顔を見せた。

優しそうな笑顔で、人をホッとさせるところがある。
私がカップを空けると、「どうぞ」とおかわりを注いでくれた。

お互いひと息ついたところで、
「それで、なにか事情があるようね」
優しい表情のまま、寮母さんが尋ねる。


私は確かにドミニク・ソシュールであること。女性であること。
今朝、両親に見送られて家を出て、ここに向かったことを話した。

移動中に何か変わったことは無かったかと聞かれ、こちらに着く1時間ほど前に大雨に降られ、雨宿りしようとした小屋で落雷があったことを伝える。

「ほんと、すごかったわね。こちらも急に降り出してきて。それまではいい天気だったから、窓を開けていた部屋が多くて、もう大騒ぎ」

思い出し笑いをしながら、もう一杯ずつお茶を注ぐと、ちょうどポットのお茶は無くなった。

「といっても、雷に打たれたら性別が変わっていたなんて聞いたことがないわね。映画みたい」

もちろん、自分だってそんな話は聞いたことがないし、人にそう言われたとしても信じないだろう。
でも、今それが現実に起こっているのだ。

二人ともカップを手にしたまま、途方に暮れてしまった。

「いけない、もうこんな時間」
寮母さんが時計を見て立ち上がる。

「まだ馬車を待たせてあるんだけど、あなたをこのまま返すわけにはいかなそうね」
私の顔を見つめながら、諦めたように息を吐いて続けた。

「仕方ないから、今夜はドミニクさん……あなたのために準備しておいた部屋を使って。明日以降どうすればいいかは、明日また考えましょう」
と言ってくれた。

寮母さんが部屋を出て行くと、馬車が走り去る音が聞こえた。

それからもう一度戻ってきて、
「学校の裏手に、使用人の方達用の宿舎があるので、そちらで休んで貰うよう伝えました。あなたはこちらへ」
建物の奥の部屋に案内してくれた。

左右にベッドと机が置かれている。ここでは二人一部屋で過ごしているようだ。

どちらもきれいにベッドメイクされていて、使われた様子は無い。

「ここが、あなたに使って貰う予定だった部屋よ。もう一人も入る予定だったけど、ご家庭の事情で入学を辞退されたらしいの。ということで、今は誰も使っていないので、一晩だけ、泊めてあげるわ。ただし、寮内の他の場所をうろつかないこと」

「わかりました」

「明日になったら、男子寮の寮長さんに相談して、そちらの部屋に移れるようにお願いしますからね」

「お願いします」

果たしてそれがいいのか分からないが、一応礼を言った。

私は女だ。いくら外見が男だからといって、男ばかりの寮で生活するのには抵抗がある。
とはいえ、この男の体で女子寮で暮らすのも無理があるだろう。

今は何が正解か分からない状態だ。
ひとまず、寝て、頭と体を休めないと。

寝る前にトイレにだけ連れて行ってもらったが、幸い誰にも会わなかった。

「それじゃ、今日はゆっくり寝てね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

寮母さんが、そっとドアを閉めて自分の部屋に戻っていった。

いろいろな考えが浮かんできたが、まずは寝てしまわないと。
もしかしたら、目が覚めたら元の体に戻っているかもしれない。
そう願っているうちに、旅の疲れか、すぐに眠りに落ちた。
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