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その姿は
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静まりかえる午前二時。マシェリーは召使い用の狭い部屋で、何人かのメイドと共に眠りについていた。固い二段ベッドの下での寝心地は決していいものではない。
そのためか、彼女はちょっとした物音ですぐに目を覚ましてしまうような質だった。
その日もそのようだった。どこからか聞こえる、人の話し声と速いテンポで鳴る靴の音で目を開く。ため息をつきながら時計を見るのはもはや慣れてしまったらしいが、だんだんと大きくなっていく騒音に、彼女は小首をかしげた。
普段ならば、この時間になると、眠っている主人たちを起こさないように、静寂を保って行動することを徹底されているから、こんなにも明らかに騒がしくなることはあり得ないことだった。
(何かあったのかしら…)
そう思って彼女が体を起こすのとほとんど同時に、その部屋の扉が、荒々しく開けられた。
「起きなさい! 緊急事態よ!」
そう言って現れるのは、肩で息をするメイド長である。
いつもきれいにまとめられているはずの髪が、今はぼさぼさに乱れていた。衣装もどことなく崩れており、その異様な姿が事態の深刻さを物語っていた。
そのメイド長の声を聞いて目を覚ましたほかの使用人たちも、どことなく張り詰めた空気に息を呑む。
「奥様が……何者かに攫われたのよ!」
彼女は眩暈が起きたかと思った。
メイド長は「何者か」と言ったが、思い当たる人物と言えば、一人しかいない。
それと同時に、あのラムールの姿が頭をよぎった。
これほどの条件がそろったなかで、何が起こったか想像するのは、そう難しくはないだろう。
「とにかく、すぐに着替えなさい! サヘラベート家のご子息様もいらしているから、失礼のないように…」
「承知いたしました」
メイド長が急かすなか、青い顔をしている彼女を気に留めることもなく、召使いたちは寝ぼけ眼を擦って各々の支度を手早く済ませた。
その後、大広間にて、叩き起こされた召使いたちが集められ、消えた伯爵夫人についての話し合いが行われることとなった。
その大広間には、夫人の旦那である伯爵の姿も見えていた。ひどく眠たそうにして、何度も欠伸をしながらつまらなそうに座るその様子は、どうにもこの件について何も感じていないように思われる。
それとは対照的に、夫人の失踪を聞いて駆けつけてきた貴族、サヘラベートは、貧乏ゆすりをしたり、席を立ち上ったりと、落ち着かない様子でうろうろとしていた。
焦燥が抑えられないといった様子で、爪を噛んだり、しまいには、自らの近くを通りがかった召使いに怒鳴り散らすこともする始末だ。
ざわつく大広間に集められて数十分が経った頃、サヘラベートは、とうとう耐えかねたように口火を切った。
「一体だれが攫ったっていうんだ!」
その声に、一同はシンと静まり返る。
「あの人が攫われるようなことをしているなんて思えない。きっと、ひとりでにどこかに行ってしまったんだ! そうなのだろう?」
それに答える者は誰もいない。
さらに苛立ったように、サヘラベートは目の前の椅子を蹴り飛ばした。椅子が倒れるけたたましい音と共に、サヘラベートの怒鳴り声が響く。
「誰か知っている物はいないのか! 黙っていたらただじゃおかないぞ!」
キリキリとした沈黙が流れていた。水銀のような空気が渦巻き、召使いたちの眠気を追い払う。その変な緊張が、彼女らの背中に冷ややかさを感じさせた。
マシェリーは、その召使いたちのなかでも一際、焦りと迷いを抱えていた。彼女が持っている情報はかなり重要であり、そしてそれを明かすにしては、あまりにも危険が伴いすぎる。
言えば、どうなるか。言わなければ、どうなるか。どちらのことを考えても、その想像は、良い方向には転がらない。
彼女の両手は、その命運を握らせるには小さすぎた。どうすればいいのか、どうするべきなのか、その言葉と共に、神の名を呟く。
そのためか、彼女はちょっとした物音ですぐに目を覚ましてしまうような質だった。
その日もそのようだった。どこからか聞こえる、人の話し声と速いテンポで鳴る靴の音で目を開く。ため息をつきながら時計を見るのはもはや慣れてしまったらしいが、だんだんと大きくなっていく騒音に、彼女は小首をかしげた。
普段ならば、この時間になると、眠っている主人たちを起こさないように、静寂を保って行動することを徹底されているから、こんなにも明らかに騒がしくなることはあり得ないことだった。
(何かあったのかしら…)
そう思って彼女が体を起こすのとほとんど同時に、その部屋の扉が、荒々しく開けられた。
「起きなさい! 緊急事態よ!」
そう言って現れるのは、肩で息をするメイド長である。
いつもきれいにまとめられているはずの髪が、今はぼさぼさに乱れていた。衣装もどことなく崩れており、その異様な姿が事態の深刻さを物語っていた。
そのメイド長の声を聞いて目を覚ましたほかの使用人たちも、どことなく張り詰めた空気に息を呑む。
「奥様が……何者かに攫われたのよ!」
彼女は眩暈が起きたかと思った。
メイド長は「何者か」と言ったが、思い当たる人物と言えば、一人しかいない。
それと同時に、あのラムールの姿が頭をよぎった。
これほどの条件がそろったなかで、何が起こったか想像するのは、そう難しくはないだろう。
「とにかく、すぐに着替えなさい! サヘラベート家のご子息様もいらしているから、失礼のないように…」
「承知いたしました」
メイド長が急かすなか、青い顔をしている彼女を気に留めることもなく、召使いたちは寝ぼけ眼を擦って各々の支度を手早く済ませた。
その後、大広間にて、叩き起こされた召使いたちが集められ、消えた伯爵夫人についての話し合いが行われることとなった。
その大広間には、夫人の旦那である伯爵の姿も見えていた。ひどく眠たそうにして、何度も欠伸をしながらつまらなそうに座るその様子は、どうにもこの件について何も感じていないように思われる。
それとは対照的に、夫人の失踪を聞いて駆けつけてきた貴族、サヘラベートは、貧乏ゆすりをしたり、席を立ち上ったりと、落ち着かない様子でうろうろとしていた。
焦燥が抑えられないといった様子で、爪を噛んだり、しまいには、自らの近くを通りがかった召使いに怒鳴り散らすこともする始末だ。
ざわつく大広間に集められて数十分が経った頃、サヘラベートは、とうとう耐えかねたように口火を切った。
「一体だれが攫ったっていうんだ!」
その声に、一同はシンと静まり返る。
「あの人が攫われるようなことをしているなんて思えない。きっと、ひとりでにどこかに行ってしまったんだ! そうなのだろう?」
それに答える者は誰もいない。
さらに苛立ったように、サヘラベートは目の前の椅子を蹴り飛ばした。椅子が倒れるけたたましい音と共に、サヘラベートの怒鳴り声が響く。
「誰か知っている物はいないのか! 黙っていたらただじゃおかないぞ!」
キリキリとした沈黙が流れていた。水銀のような空気が渦巻き、召使いたちの眠気を追い払う。その変な緊張が、彼女らの背中に冷ややかさを感じさせた。
マシェリーは、その召使いたちのなかでも一際、焦りと迷いを抱えていた。彼女が持っている情報はかなり重要であり、そしてそれを明かすにしては、あまりにも危険が伴いすぎる。
言えば、どうなるか。言わなければ、どうなるか。どちらのことを考えても、その想像は、良い方向には転がらない。
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