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縄目の恥辱
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すると突然、太い声が沈黙を破った。
「役に立つかどうかは分かりませんが、一つ、思い当たることが」
皆の視線が集中したその先にいたのは、屈強な体つきをした四十代ほどの男だった。
顔には年相応の皺が刻まれ、まだ黒い口ひげは綺麗に整えられている。
赤色の目立つ制服に刺繍の装飾が踊り、その腰元には、銀色のサーベルが行儀よく収まっていた。
彼女はその男を知っていた。前々から門の前に立っている、無愛想ながらも仕事のできる警備員だったはずだ。
「なんだ、お前は」
その警備の男に不機嫌そうな目を向けて、サヘラベートは言った。しかし、男は平気な顔をして続ける。
「私は、この屋敷の警備をしている者でございます」
「ではお前は、夫人を屋敷から出してしまった不届き者の一人だということか」
「面目ありません」
言葉ではそう言うも、その男性の表情が崩れることはなかった。
「フン、で、何だ、その心当たりというのは」
サヘラベートの荒々しい問いかけに、男性はもったいつけるかのようにゆっくりと話し始める。
「実はここ最近、頻繁に屋敷を出入りする者を発見しておりまして」
「ほう?」
一瞬、マシェリーと警備の男との目が合う。ドキリと心臓が跳ねて、生きた心地がしなかった。男は坦々とした口調で続ける。
「しかも其奴は、我々の警備をかいくぐって潜入し、しかし、何をするでもなく、すぐに立ち去っていくような輩なのですが」
「男なのか!」
血相を変えて叫ぶサヘラベートに、警備の男は落ち着きはらって頷いた。
「はい。しかし、貴方様がご心配なさる問題はないかと思われます」
すると、男は、突然彼女を指さした。複数の視線がその指先に従って一気に彼女に集まる。
彼女は何かが突き刺さるような感覚に、思わず息を呑んだ。警備の男は、彼女の様子もお構いなしに口を動かす。
「そこの彼女と会っていたようでして」
マシェリーとサヘラベートの目が合った。
「メイド、それは本当か」
その問いに、彼女は泣きそうになりながらも、「はい」と震えた声で言った。
ひそひそと何かを囁く声が聞こえてくる。
彼女は一刻も早くその場から消え去りたいと思った。先ほどから痛いほど刺さる視線がありありと感じられ、大きく心臓が跳ねる。
サヘラベートは男に向き直って先を促した。
「それで。それがあの人の件と何の関係があると言うんだ、役立たず」
「それが、その侵入している男というのは、フランツブルグの使者だそうで」
「は? あの悪名がはびこる家か」
「はい。フランツブルグは、どうやら奥方様に頻繁に手紙を出していたようなのです。どうやらその侵入した男は、手紙を渡すためにそうしていたそうで。風の噂では、前に配達していた者は、殺されてしまったとか」
彼女の顔が青くなるのとは対照的に、サヘラベートの顔は、怒りに赤くなっていた。
「手紙だと!」
握られた拳が、わなわなと震えている。
「しかも、数日前には、お二人でお会いになっていました」
あまりにも多くしゃべりすぎるその男の横顔は、巧妙に隠されてはいるものの、どこか満足そうな表情を見せていた。それに対し、サヘラベートは、許容できない程の怒りを露わにして怒鳴り散らす。
「…おい、それは本当なんだろうな。虚言だとしたら、今すぐ貴様の首を叩き斬るぞ!」
「滅相もございません」
サヘラベートは、震わせた拳でテーブルを叩いた。迫力のある音が、その胸中を物語っている。
眉間に皺を寄せて、色々な考えがあふれて止まらないかのように、片方の手で頭を抱えていた。
「……おい、メイド」
突然に睨まれ、背筋が凍る思いだった。
彼女は咄嗟に、「はい」と返した。
「フランツブルグの召使いと会っていたそうだな」
「はい……」
「ならば、この屋敷に狼藉者を招き入れたのは貴様だということか!」
激しい感情がそのまま表れてしまったかのような、まるで悪鬼のような顔が、彼女を見ている。
彼女はあまりに恐ろしくて、しどろもどろになって話すことしかできなくなった。
「私は、違います…。手紙を受け取っていただけで御座います…」
「馬鹿が! 貴様は利用されていたんだ! 恥を知れ!」
言葉が詰まって、何も言えなくなってしまう。それと同時に、ある疑念が、彼女の心に渦巻いてきてしまった。
本当は、彼は自分のことなんて微塵も思っていなくて、サヘラベートの言うように、利用されていただけなのではないか、と。
そんなことがあり得ないのは、彼女とて百も承知だった。
しかし、ラムールならば、誰にも気づかれずに夫人を攫うことが可能である。彼ならばできないことはない。彼ならば、彼のような器用な人間ならば。
そのことが脳裏をよぎった。
が、その考えを振り払うかのように、マシェリーは頭を振った。
そんなことはない。あの日の夜に、愛していると言ってくれたあの言葉は、嘘なんかじゃない、と。
不安はある。
けれど、どんな結果が待っていようと、どんな真実が隠されていようと、この目の前の貴族よりも、ラムールの方を信じたいと、そう思ったのであった。
しかし、そんな意思を持つ彼女とは違い、サヘラベートは苛立ちを込めて言う。
「もういい……。貴様らのせいだ。役立たずの警備も! 馬鹿のメイドも! そして人の心を知らぬ、非道のフランツブルグも!」
サヘラベートはこう怒鳴った後、そばにいた召使いに命令した。
「兵を集めろ。少数の部隊で構わん。……フランツブルグを攻めるぞ」
その言葉に、とうとう警備の男はほくそ笑んだ。
しかしそれが誰かに気づかれることはなく、命令を下された兵士たちの呼応の声によってかき消される。
「それと、俺の伯父にも連絡しろ。きっと援軍を送ってくださるはずだ」
「恐れながら、貴方様は伯父様に先月、金品をいくつか貸していただいたばかりではありませぬか」
「だから何だ。可愛い甥っ子が困っているんだ、助けは惜しまんだろう。それに、あの伯父は阿呆だから、きっと金を貸したことだって忘れているさ」
そう嘲笑すると、今度は侮蔑の目を彼女に向けて、ここう吐き捨てた。
「おい、メイド。貴様も来い」
「……え、」
突然の呼びかけに、彼女は身を固める。
「我々とて虐殺はしたくない。できれば穏便に済ませたいと思っている。そこで、貴様の出番だ。貴様をフランツブルグへの生贄にする」
あくまで坦々としゃべるサヘラベートに、彼女は数歩後ずさった。
「仰る意味が、分かりません…」
「貴様は伯爵夫人様の代わりに捕まりに行くのだ。馬鹿な女でも、こういうときに役立つものだな」
つまりは、伯爵夫人を返してもらう代わりに、彼女を差し出すと、そういうことであった。
しかし、そんなことをあのフランツブルグが承知するはずがない。そう言おうと彼女は口を開くも、
「おい、この女を縛り上げろ! 傷はつけるなよ」
その命令の声によってかき消され、数人の兵士たちが、縄を片手に、ぞろぞろと彼女の周りを囲った。
逃げられない。彼女は直感的にそう思うと、必死になって訴えた。
「お、お待ちください! 私では代わりなど…」
「黙っていろ、召使いごときが! さっさと縛れ!」
その言葉が彼女の脳に響いてから、その後の記憶はない。
「役に立つかどうかは分かりませんが、一つ、思い当たることが」
皆の視線が集中したその先にいたのは、屈強な体つきをした四十代ほどの男だった。
顔には年相応の皺が刻まれ、まだ黒い口ひげは綺麗に整えられている。
赤色の目立つ制服に刺繍の装飾が踊り、その腰元には、銀色のサーベルが行儀よく収まっていた。
彼女はその男を知っていた。前々から門の前に立っている、無愛想ながらも仕事のできる警備員だったはずだ。
「なんだ、お前は」
その警備の男に不機嫌そうな目を向けて、サヘラベートは言った。しかし、男は平気な顔をして続ける。
「私は、この屋敷の警備をしている者でございます」
「ではお前は、夫人を屋敷から出してしまった不届き者の一人だということか」
「面目ありません」
言葉ではそう言うも、その男性の表情が崩れることはなかった。
「フン、で、何だ、その心当たりというのは」
サヘラベートの荒々しい問いかけに、男性はもったいつけるかのようにゆっくりと話し始める。
「実はここ最近、頻繁に屋敷を出入りする者を発見しておりまして」
「ほう?」
一瞬、マシェリーと警備の男との目が合う。ドキリと心臓が跳ねて、生きた心地がしなかった。男は坦々とした口調で続ける。
「しかも其奴は、我々の警備をかいくぐって潜入し、しかし、何をするでもなく、すぐに立ち去っていくような輩なのですが」
「男なのか!」
血相を変えて叫ぶサヘラベートに、警備の男は落ち着きはらって頷いた。
「はい。しかし、貴方様がご心配なさる問題はないかと思われます」
すると、男は、突然彼女を指さした。複数の視線がその指先に従って一気に彼女に集まる。
彼女は何かが突き刺さるような感覚に、思わず息を呑んだ。警備の男は、彼女の様子もお構いなしに口を動かす。
「そこの彼女と会っていたようでして」
マシェリーとサヘラベートの目が合った。
「メイド、それは本当か」
その問いに、彼女は泣きそうになりながらも、「はい」と震えた声で言った。
ひそひそと何かを囁く声が聞こえてくる。
彼女は一刻も早くその場から消え去りたいと思った。先ほどから痛いほど刺さる視線がありありと感じられ、大きく心臓が跳ねる。
サヘラベートは男に向き直って先を促した。
「それで。それがあの人の件と何の関係があると言うんだ、役立たず」
「それが、その侵入している男というのは、フランツブルグの使者だそうで」
「は? あの悪名がはびこる家か」
「はい。フランツブルグは、どうやら奥方様に頻繁に手紙を出していたようなのです。どうやらその侵入した男は、手紙を渡すためにそうしていたそうで。風の噂では、前に配達していた者は、殺されてしまったとか」
彼女の顔が青くなるのとは対照的に、サヘラベートの顔は、怒りに赤くなっていた。
「手紙だと!」
握られた拳が、わなわなと震えている。
「しかも、数日前には、お二人でお会いになっていました」
あまりにも多くしゃべりすぎるその男の横顔は、巧妙に隠されてはいるものの、どこか満足そうな表情を見せていた。それに対し、サヘラベートは、許容できない程の怒りを露わにして怒鳴り散らす。
「…おい、それは本当なんだろうな。虚言だとしたら、今すぐ貴様の首を叩き斬るぞ!」
「滅相もございません」
サヘラベートは、震わせた拳でテーブルを叩いた。迫力のある音が、その胸中を物語っている。
眉間に皺を寄せて、色々な考えがあふれて止まらないかのように、片方の手で頭を抱えていた。
「……おい、メイド」
突然に睨まれ、背筋が凍る思いだった。
彼女は咄嗟に、「はい」と返した。
「フランツブルグの召使いと会っていたそうだな」
「はい……」
「ならば、この屋敷に狼藉者を招き入れたのは貴様だということか!」
激しい感情がそのまま表れてしまったかのような、まるで悪鬼のような顔が、彼女を見ている。
彼女はあまりに恐ろしくて、しどろもどろになって話すことしかできなくなった。
「私は、違います…。手紙を受け取っていただけで御座います…」
「馬鹿が! 貴様は利用されていたんだ! 恥を知れ!」
言葉が詰まって、何も言えなくなってしまう。それと同時に、ある疑念が、彼女の心に渦巻いてきてしまった。
本当は、彼は自分のことなんて微塵も思っていなくて、サヘラベートの言うように、利用されていただけなのではないか、と。
そんなことがあり得ないのは、彼女とて百も承知だった。
しかし、ラムールならば、誰にも気づかれずに夫人を攫うことが可能である。彼ならばできないことはない。彼ならば、彼のような器用な人間ならば。
そのことが脳裏をよぎった。
が、その考えを振り払うかのように、マシェリーは頭を振った。
そんなことはない。あの日の夜に、愛していると言ってくれたあの言葉は、嘘なんかじゃない、と。
不安はある。
けれど、どんな結果が待っていようと、どんな真実が隠されていようと、この目の前の貴族よりも、ラムールの方を信じたいと、そう思ったのであった。
しかし、そんな意思を持つ彼女とは違い、サヘラベートは苛立ちを込めて言う。
「もういい……。貴様らのせいだ。役立たずの警備も! 馬鹿のメイドも! そして人の心を知らぬ、非道のフランツブルグも!」
サヘラベートはこう怒鳴った後、そばにいた召使いに命令した。
「兵を集めろ。少数の部隊で構わん。……フランツブルグを攻めるぞ」
その言葉に、とうとう警備の男はほくそ笑んだ。
しかしそれが誰かに気づかれることはなく、命令を下された兵士たちの呼応の声によってかき消される。
「それと、俺の伯父にも連絡しろ。きっと援軍を送ってくださるはずだ」
「恐れながら、貴方様は伯父様に先月、金品をいくつか貸していただいたばかりではありませぬか」
「だから何だ。可愛い甥っ子が困っているんだ、助けは惜しまんだろう。それに、あの伯父は阿呆だから、きっと金を貸したことだって忘れているさ」
そう嘲笑すると、今度は侮蔑の目を彼女に向けて、ここう吐き捨てた。
「おい、メイド。貴様も来い」
「……え、」
突然の呼びかけに、彼女は身を固める。
「我々とて虐殺はしたくない。できれば穏便に済ませたいと思っている。そこで、貴様の出番だ。貴様をフランツブルグへの生贄にする」
あくまで坦々としゃべるサヘラベートに、彼女は数歩後ずさった。
「仰る意味が、分かりません…」
「貴様は伯爵夫人様の代わりに捕まりに行くのだ。馬鹿な女でも、こういうときに役立つものだな」
つまりは、伯爵夫人を返してもらう代わりに、彼女を差し出すと、そういうことであった。
しかし、そんなことをあのフランツブルグが承知するはずがない。そう言おうと彼女は口を開くも、
「おい、この女を縛り上げろ! 傷はつけるなよ」
その命令の声によってかき消され、数人の兵士たちが、縄を片手に、ぞろぞろと彼女の周りを囲った。
逃げられない。彼女は直感的にそう思うと、必死になって訴えた。
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