28 / 33
止まれ
しおりを挟む
私の役目は終わった。後は彼女がきちんと天国に行けるように祈るばかりだ。
「じゃあ、行くか」
「おう。日没までに間に合うといいがな」
そんなことを言って馬車に乗り込む警吏二人だが、しかし、その馬車がすぐに発進することはなかった。
馬車の進行方向から、馬の蹄の音が鳴っていたのである。
「おうい、そこの馬車、止まれ!」
私は訳が分からず覗いてみると、警吏たち二人と同じく、制服を着たお役人が馬に乗ってやって来たところであった。
どうやら二人の上司らしい。二人は馬車から急いで降りて、馬にまたがったその役人に向かって敬礼した。
「おい、この馬車にはフランツブルグ家の当主を殺害した罪人が入っているのか」
お役人が馬から降りて、鉄格子のはまった扉を開けた。
突然に開かれた扉に、彼女は目を見開いた。
「えっ…」
「おい、この女か」
役人が警吏たちに聞く。
「は、はっ! 確かに、フランツブルグ殺害の罪人はこちらで御座います」
「そうか。喜べ、女。貴様の冤罪が晴れたぞ」
「え?」
思わず、頓狂な声が上がる。
役人は彼女の手枷を外すと、慎重に馬車から降ろした。
彼女の裸足が、地面に付く。
「お前らも、今日はもう仕事はなくていいそうだ。馬車だけ返して、身体を休めるといい」
「はっ!」
そう言い残して、お役人は馬にまたがって、立ち去って行った。
「っしゃ、ラッキー」
「早く返して休もうぜえ」
警吏たちも、そうそうに立ち去っていく。
そんななか、彼女と私だけが、呆然としたようにつっ立っていた。
何が起こったのか、よく分からない。
「えっ…と、どうして私……。牧師様が何かしてくださったのですか?」
「いいや、何も…貴方の話を聞いていただけですよ」
そんなことを話していると、ふと、彼女の背後に、人影が見えた。
私は年老いているから目が悪い。
しかし、その影は、なんとか認識できた。
背が高く、礼服をきちんと着ている男だ。ぼやけていて曖昧だが、恐らく髪は黒色だろう。
「間に合ってよかった!」
その声に、彼女が目を見開いた。
まさか。そう言いたげな顔をして、何度か躊躇うように首を振った後、ゆっくりと顔を上げて、恐る恐る振り返る。
「待たせてごめんね、僕の愛する人」
彼女は口元に震える手を当てて、両の目から大粒の涙を流していた。
そんな彼女に、男は歩み寄り、彼女に視線を合わせるようにかがんだ。
「まさか……嘘、」
涙で濡れた頬を、優しくぬぐう。
「嘘じゃないよ。僕はここにいる」
「……よかった…」
二人は互いを見つめ合い、そして、ひしと抱きしめた。
…神よ、感謝します。
私は、次の懺悔を聞くために、まだ見ぬ場所へと足を進めた。
「じゃあ、行くか」
「おう。日没までに間に合うといいがな」
そんなことを言って馬車に乗り込む警吏二人だが、しかし、その馬車がすぐに発進することはなかった。
馬車の進行方向から、馬の蹄の音が鳴っていたのである。
「おうい、そこの馬車、止まれ!」
私は訳が分からず覗いてみると、警吏たち二人と同じく、制服を着たお役人が馬に乗ってやって来たところであった。
どうやら二人の上司らしい。二人は馬車から急いで降りて、馬にまたがったその役人に向かって敬礼した。
「おい、この馬車にはフランツブルグ家の当主を殺害した罪人が入っているのか」
お役人が馬から降りて、鉄格子のはまった扉を開けた。
突然に開かれた扉に、彼女は目を見開いた。
「えっ…」
「おい、この女か」
役人が警吏たちに聞く。
「は、はっ! 確かに、フランツブルグ殺害の罪人はこちらで御座います」
「そうか。喜べ、女。貴様の冤罪が晴れたぞ」
「え?」
思わず、頓狂な声が上がる。
役人は彼女の手枷を外すと、慎重に馬車から降ろした。
彼女の裸足が、地面に付く。
「お前らも、今日はもう仕事はなくていいそうだ。馬車だけ返して、身体を休めるといい」
「はっ!」
そう言い残して、お役人は馬にまたがって、立ち去って行った。
「っしゃ、ラッキー」
「早く返して休もうぜえ」
警吏たちも、そうそうに立ち去っていく。
そんななか、彼女と私だけが、呆然としたようにつっ立っていた。
何が起こったのか、よく分からない。
「えっ…と、どうして私……。牧師様が何かしてくださったのですか?」
「いいや、何も…貴方の話を聞いていただけですよ」
そんなことを話していると、ふと、彼女の背後に、人影が見えた。
私は年老いているから目が悪い。
しかし、その影は、なんとか認識できた。
背が高く、礼服をきちんと着ている男だ。ぼやけていて曖昧だが、恐らく髪は黒色だろう。
「間に合ってよかった!」
その声に、彼女が目を見開いた。
まさか。そう言いたげな顔をして、何度か躊躇うように首を振った後、ゆっくりと顔を上げて、恐る恐る振り返る。
「待たせてごめんね、僕の愛する人」
彼女は口元に震える手を当てて、両の目から大粒の涙を流していた。
そんな彼女に、男は歩み寄り、彼女に視線を合わせるようにかがんだ。
「まさか……嘘、」
涙で濡れた頬を、優しくぬぐう。
「嘘じゃないよ。僕はここにいる」
「……よかった…」
二人は互いを見つめ合い、そして、ひしと抱きしめた。
…神よ、感謝します。
私は、次の懺悔を聞くために、まだ見ぬ場所へと足を進めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる