モナムール

葵樹 楓

文字の大きさ
31 / 33

老紳士

しおりを挟む
 …ルドルフ様は、マシェリーは、…どうなったんだ。

 目が覚めると、即座にそのことを思った。

 眼前には見知らぬ木目の天井がある。身体が鉛のように重く沈み、長時間運動したかのような疲れが憑りついていた。

 体が痛くて、とても起こすことができそうにない。かろうじて動かすことができた右手で、そっとその痛みの根源をなぞってみる。

 …縫ってある?

 実に精巧で、均等な感覚の縫い目であることが確認できた。血も完全に止まっている。

 僕は生きている。そのことが確信となった。

 しかし、この縫い目を作った主は誰なのだろうか。意識を失う直前の記憶がはっきりしない。どうにか覚えているのは、あの低くて威厳のある声だけであるが…。

 そう思っていると、右の方で扉が開く音がした。

「おや、目が覚めたかね」

 僕が思い出していた、あの声だ。僕は体を起こすことが出来ないため、目線だけを動かして、その声の主を視界に収めようとする。

 そんな僕の様子を見てか、その声の主は機嫌よさそうに笑った。

「はは、無理に体を起こそうとしないのは賢明だ。今動けば、縫い目が食い込んで激痛が走るだろうからね」
「…あの、失礼ですが、貴方は…」
「ああ、私は、君に傷を負わせた、サヘラベートの伯父だ。援軍を要請されたから送ったのだが…どうせ碌なことに使わないのだろうと思ってね。私がこの目で確かめてやろうと、隠れて見ていたわけさ」

 と、伯父様は僕の顔を覗き込むようにして見た。

 髪にはところどころに白髪が混じり、帽子がよく似合う老紳士だ。口ひげが立派にたたえられて、その威厳を際立たせている。

「調子はどうだい?」
「傷が痛いですね」
「はは、痛みを感じるならば大丈夫さ。ああ、向こうの部屋に君の主人を匿ってある。後で連れてこよう」

 主人。ルドルフ様。

 匿ってあるということは、どうやら無事らしい。しかし、何かされてはいないだろうか。ちゃんと心は安定しているだろうか。次から次へと心配ごとが出て来る。

 僕はそんな危惧に押されて、こう口走った。

「いえ、…その、今ではご迷惑でしょうか…」

 伯父様は目を見開いた後、すぐに笑って言った。

「私は構わないが、彼は今眠っているんだよ。昨日は遅くまで、君を診ていたからね。起きたら、連れてくるよ」

 上機嫌そうにまた笑って、伯父様は部屋を出ていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...