モナムール

葵樹 楓

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ブーツの音

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 最後に、僕にわがままを言わせてください。

「…ルドルフ様……」
「ああクソ、…しゃべるな……」

 苛立つように言うその声は、焦燥に駆られている。

「僕は、子供の時、貴方様に…酷いことを、してしまいました」
「…だから、何だって言うんだ……」
「ごめんなさい」

 ずっと言いたかったことを、もう限界に近くなっている喉で絞り出す。

「……ごめんなさい、ルドルフ様…僕の、せいで…」
「この大馬鹿者が! いつ私がお前を責めた。いつ私がお前に憎しみを向けた! 私は生きろと言っているだろうが…私の唯一の友を亡くさせる気か!」

 僕は思わず目を見開いた。そんな言葉を主人の口から聞いたことなど、一度もなかったから。

 光栄です。
 僕のその言葉は、とうとう掠れて届かなかった。

 その時、遠くで馬のいななきが聞こえた。数名の男の勇ましく、騒がしい声が響く。

「第一部隊、突破しました!」
「第四部隊、突破!」
「第三部隊、無事突破!」

 兵士の声だ。きっと、サヘラベートが引き連れてきたものだろう。

 あの狼たちの巣を突破したのか。感嘆するとともに、我が主人の身の危機を感じる。

 お逃げください。

 そう言おうとするも、自身の喉に登ってきた血液が言葉を詰まらせる。

 ルドルフ様はその兵士に目もくれず、一心不乱に僕の傷に布を当てていた。

 足音が近づいてくる。重々しい、ブーツの足音だ。

 ルドルフ様は殺されてしまうのか。そんな不安がよぎると、刺されてうずくまっていたサヘラベートが顔を上げた。

「伯父様…! 来てくれた、のか…」

 奴の安心した声に対して発せられたのは、バリトン調の、重々しく威厳のある声だった。

「おい、この従者の方を治療しろ。怪我人だ、丁重にな」

 …今、なんて言った。

「勇敢な青年よ、よくぞ主人を守ったな」

 その言葉を最後に、僕の意識はとうとう消え去った。
 
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