SIX RULES

黒陽 光

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第四条:深追いはしない。

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 映画を観終わった後、いい加減疲れが押し寄せて眠そうにしていた和葉を事務所の別部屋にあるベッドで寝かせてやり。それからハリーはシャワーを浴びた後、先程まで彼女が座っていた黒い革張りの応接用ソファに横になった。ジーンズと濃緑色のTシャツ一枚というラフな格好だ。
 勿論、傍のテーブルの上のすぐ手の届く位置には拳銃とナイフの準備を欠かさない。何かあった時に手ぶらでは、和葉どころか己の身すら護れやしないというものだ。拳銃は日中も使っていたH&K社製USPコンパクト・9mmパラベラム弾仕様とその予備弾倉、そしてナイフも愛用品のベンチメイド・9050AFOスウィッチ・ブレードだった。
 そして、そんな物騒な品々の傍には、ウィスキーを水で割った琥珀色の液体が注がれた飲みかけのグラスが置かれていて。愛用のジッポー・オイルライターと、新しく封を切ったマールボロ・ライトの紙箱も忘れない。
 ソファへ仰向けに寝転がったまま、ハリーはマールボロ・ライトの煙草を吹かしていた。いつの間にかすっかりヘヴィー・スモーカーになってしまった自分に今更ながらに呆れてくることがあるが、今更どうにかしようったって時既に遅しという奴だ。
(ウォードッグ……)
 そうして寝っ転がって煙草を吹かしながら思い返すのは、あの巨漢の傭兵――――香港出身のジェフリー・ウェン、ウォードッグ(戦争の犬)の異名を持つあの男のことだ。
 ハリーは、あの男は死んでいないと確信していた。5.56mmの小口径・高速ライフル弾を防弾プレート越しといえ背中に三十発フルで叩き込んだ上に、校舎三階の高さから叩き落としてもピンピンしていた規格外の男だ。単なる追突事故程度で死んでくれるような奴なら、最初から苦労はしない。
(それにしても、恐ろしい男だ)
 口元から天井に向かって昇っていく紫煙混じりの白い煙を眼で追いながら、ハリーは改めてウォードッグの異常性を実感する。
 机と椅子の山をたった一蹴りで吹き飛ばす尋常ならざる脚力に、片腕で机を紙くずみたいに簡単に放り投げる馬鹿みたいな腕力。そして、一発一発がドギツいボディブローに等しいライフル弾を防弾プレート越しに背中へ浴び、その上で三階の高さから起きても平気な顔をしている規格外の耐久力。そんなウォードッグのことを思えば、奴の存在はこの先でかなりの障害に、そして和葉を護る上で他とは比にならないほどの強敵になり得ることは明らかだった。
 だからこそ、ハリーはウォードッグという男を恐れる。だがビビっているワケじゃない。純粋にプロフェッショナルとしての尊敬を感じつつも、確実に殺すという確かな決意も胸に秘めている。
 それに――――。
(俺にとっての最大の脅威は、奴じゃない)
 そう、ハリーにとってはあの規格外のウォードッグですらも、脅威ではあるものの彼にとっての最大級ではなかった。
「クララ……」
 彼にとっての、ハリー・ムラサメにとっての最大にして最悪の敵は、他でもないクララ・ムラサメ――――即ち、彼の師に当たるあの女に他ならないのだから。
「俺は、アンタに勝てるのか……?」
 正直、今でさえハリーは自信が無い。果たして自分があのクララに勝てるのか、正直に言って分からないというのが彼の率直な本音だった。良くて、五分五分に持ち込めるかといった所だ。例え死闘の末に彼女を仕留められたとしても確実に楽勝とはいかず、そしてどう考えてもお互い無傷ではいられない。
「…………」
 だからこそ、余計にハリーは納得がいかなかった。何故、彼女ほどの女が、クララ・ムラサメほどの腕利きが、"スタビリティ"のユーリ・ヴァレンタインなんてロクでなしに雇われているのかが。何故、彼女ほどの女がそれを甘んじて受け入れているのか。あまりに納得がいかなさすぎて、いっそハリーはクララに対して少しの怒りすらも抱いてしまう。
「…………クララ。何故君ほどの女が、あんなロクでなしの味方をする?」
 虚空に向けたその問いかけは、しかし答える者を知らず。立ち昇る紫煙とともに、漂う空気の中へただ虚しく霧散していくだけだった。
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