SIX RULES

黒陽 光

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第六条(上):この五ヶ条を破らなければならなくなった時は――――

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 ナイフを構えながら、睨み合う二人。沈黙の中でどちらが先に仕掛けるかと思われたが、先手を取ったのはハリーの方だった。
「ふっ――――!!」
 身を屈めながら大きく踏み込み、数歩でナイフのレンジへと潜り込む。
 まずは一直線に胸目掛けて刺突の一撃を放つ。だがこれは内側へ向けて奴の左腕に弾かれた。
「らァッ」
 と、次にウォードッグから反撃の一手が飛んでくる。首を横から突き刺すような一撃。しかしハリーはそれを敢えてナイフを持つ右腕の甲で受け、空いた右の拳でウォードッグのガラ空きな腹にキツいアッパーカットを見舞う。肋骨の下へのめり込む感触がすれば、明らかにウォードッグは押し寄せる吐き気に喘いでいた。
 しかし、ウォードッグはその吐き気に耐えつつ、ハリーの下顎へ同じく左手でアッパーカットを仕掛けて来た。咄嗟に首を仰け反らせ威力を殺すハリーだったが、しかし尚も強烈な衝撃に頭が揺れる。
 ハリーが軽く後ろへたたらを踏んだ隙を突き、ウォードッグが仕掛けて来た。ハリーの右手首を左手で掴み、二の腕や肘裏を狙いナイフを振るう。
「あれェ?」
 本来ならば致命傷となるはずの一撃だったが、しかし撫で斬りするウォードッグの刃はスーツジャケットから向こうに食い込むことなく、ただツルッと滑るだけだった。それを見て、ハリーがほくそ笑む。
 特殊防弾仕様のライニング――――。
 軽度の防刃機能も兼ねるその内張りが、ウォードッグの撫で斬りを防いだのだ。今ばかりは、ハリーもミリィ・レイスに感謝した。
「フッ……!」
 ウォードッグが戸惑った一瞬の隙を突き、ハリーは左手でウォードッグの脇腹目掛けて何度もナイフを突き刺した。一撃を加える度にウォードッグの呻き声が聞こえてくる。
「ンなくそォッ!!」
 が、三度目の刺突からブレードを抜いた直後だった。渾身の力《ちから》を込めたウォードッグの蹴りを喰らい、ハリーが吹き飛ばされる。また壁を突き破り、今度はヴァレンタインの私室に戻る格好となった。
「くっ!」
 肺から空気が押し出され、必死に空気を求める肺の動きに喘ぎながら、しかしハリーは気合いを入れて即座に立ち上がった。目の前から、一気にウォードッグが飛び込んで来る。
「らァッ!!」
 と、ウォードッグが予想外の攻撃を仕掛けて来たのはそんな時だった。雄叫びと共に飛び蹴りをカマしてくるウォードッグに驚きながら、ハリーは咄嗟に身を捩らせるが、しかし避けきれなかった左手からナイフが彼方へと吹き飛んでいく。
「畜生!」
「まだまだァ!!」
 毒づくハリーだったが、しかしウォードッグの攻勢はまだ終わらない。着地した途端に更に踏み込むと、縦横無尽な横薙ぎのスラッシュを右手のナイフで仕掛けてくる。
「くっ!?」
 ハリーはそれを上半身を捩らせながら後ろに下がることで回避するが、しかし徐々にスーツジャケットのあちこちに擦り傷が生じてくる。何度もウォードッグの一撃を貰っている証拠だ。防弾仕様の裏地が露出している。これが無ければ、一体どれだけの致命傷を浴びていたことか……。
「ふざけやがってぇっ!!」
 と、いい加減に頭に来たハリーが遂に反撃の一手を仕掛ける。ハリーから見て斜め左方から振り下ろされるウォードッグの右手首を左手で掴めば、そのまま右手を奴の肘に添えつつ一気に手前へと引き寄せた。
「うぉぉっ!!」
 足を払いながら、テコの要領でウォードッグを地面に叩き落とす。190センチを越える巨体がナイフを取り落としながらぐるりと空中で一回転すれば、ドスンと物凄い地響きを立ててウォードッグの巨体が背中から床に叩き落とされた。合気道風のちょっとした応用だった。
 そのままハリーはマウントを取って一気にケリを付けようとするが、しかしハリーが飛び乗ろうとする直前にウォードッグはゴロゴロと床を転がり避けてしまう。バンッと床を蹴って起き上がったウォードッグが、背中を見せたハリーに対し今度は逆に寝技を仕掛けてこようとするが、これもハリーは飛び退いて回避する。
「…………」
「…………」
 お互い再び素手となった状況で、睨み合う二人。
「うおらァァッ!!」
 としたのも束の間、今度はウォードッグが突っ込んでくる。ラグビーのタックルの要領で、その巨体の質量を存分に活用した突撃を敢行してきた。
 ハリーはそれを避けようと試みたが、しかし見た目からは想像も出来ないほどの踏み込みの速さに反応が間に合わず、破れかぶれのガードをしながらもウォードッグの巨体に押され、ハリーの身体が大きく後ろに飛んでいく。
「オラオラァッ!!」
 途端にウォードッグはタックルの格好を解き、二度三度と殴打を加えてくる。ハリーはそれを破れかぶれながらに必死にガードしつつ、再び防戦一方に追い込まれた。
「ッ!!」
 だが、ハリーはチラリと見た後方、視界の端に使えそうな物を見つけた。ウォードッグの両拳から巻き起こる嵐のようなラッシュの隙を突き牽制程度な軽いジャブを加えてやり、一瞬だけウォードッグが怯んだ隙に振り返り、ハリーはその使えそうな物――花瓶を右手で掴み取る。
「うらぁっ!!」
 振り向きざまに叩き付ける不意打ちじみた一撃に、ウォードッグは反応が間に合わず。ハリーの右腕がガードの合間をすり抜けると、その左のこめかみ辺りに思い切り花瓶を叩き付けられた。
 バリンと陶器が割れると共に、中に入っていた少量の水がウォードッグの顔面に被さる。花瓶は小さく軽い物だった為にこれで決着というワケにはいかなかったが、しかし奴を怯ませるには十分だった。
「うおおぉぉぉっ!!」
 この好機を逃すものかと、ハリーが雄叫びを上げながら一気に飛び込んでいく。側頭部目掛けて、左、右と回し蹴りの二連撃。硬い靴のソールに包まれた爪先が、凄まじい勢いを以てウォードッグのこめかみに突き刺さる。これにはたまらず、怯み後ろへたたらを踏むウォードッグ。
「まだまだァッ!!」
 だが、その程度で安心するハリーではなかった。更に一気に踏み込んでウォードッグの懐へと飛び込むと、右足の靴底で奴の左足を思い切り踏みつけ、釘付けにする。師匠直伝の――――クララ・ムラサメ直伝の技だ。
 花瓶の激突からキツい回し蹴りの二連撃で完全に怯み、頭を揺さぶられ無防備になったウォードッグの顔面へ向けストレートを数発叩き込み、鳩尾へも拳をめり込ませる。更に腹へ数発、左の肘鉄を顎先へと叩き込み、左腕を一瞬引いてからそのまま裏拳も鼻先へと続けざまに叩き込む。
「うらァッッッ!!!」
 そこまで痛めつけて、最後にハリーは繋ぎ止めていた右足を放すと、そのままウォードッグの腹へ蹴りを食らわせ吹っ飛ばした。勢いに押し負け、ウォードッグの巨体が何度も後ろへ大きくたたらを踏み、ベランダへと続く開いた窓をも通り抜ける。
「っ!」
 だが、それでもハリーはまだ安心しない。飛び込み前転をするように床を転がると近くへ落ちていた自身のグロック34を拾い上げる。
 膝立ちに起き上がりながら、ウォードッグへ狙いを付けてグロックをブッ放す。何度も、何度も。弾が切れてスライドがホールド・オープンするまで撃ちまくった。
「ウ、グ、ア――――」
 小さな呻き声を漏らしながら、胸や腹のあちこちに銃弾を浴び、どんどん後ろへたたらを踏んでいくウォードッグ。やがてベランダの手すりにまで寄りかかると、そのまま大の字になり――――。
「へヘッ……。戻って、来るぜ……!」
 最後にそんなことを吐き捨てながら、ベランダの下へと落下していった。最期の最期まで、奴は満面の笑みを浮かべたままだった。
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