84 / 108
第六条(上):この五ヶ条を破らなければならなくなった時は――――
/14
しおりを挟む
「…………」
その頃、"スタビリティ"のボス、ユーリ・ヴァレンタインとその愛人ジェーン・ブラントはリムジンに乗り込み、屋敷を発っていた。既に戦場と化した屋敷からは随分と距離が離れている。ハリー・ムラサメに追いつかれる心配は、どうやら無さそうだった。
「君を連れて来た意味も、あまりないかもしれないね」
傍らに愛用の頑丈なノートパソコン、パナソニック製のタフブックを携えながら、ヴァレンタインが呼びかけるのは対面になったシートに座らされた和葉だった。
「私を、ハリーに対しての盾に使おうって算段ね」
「そういうことだ」と、ヴァレンタイン。「我々は今から空港に向かう。そこで君とはバイバイだ」
「じゃあ、殺すってワケね」
「君の態度次第、かな?」
口先ではそう言うヴァレンタインだったが、内心では和葉を始末する気しか無かった。どのみち、彼女の利用価値はハリー・ムラサメに対しての盾ぐらいしかもう残っていない。空港に到着し、プライベート・ジェット機の準備が済み次第、傍らのジェーンに始末させる手筈だ。
「くっくっくっ……」
何故か笑いを漏らすヴァレンタインに、和葉が「何がおかしいのよ」と苛立った顔で問いかける。するとヴァレンタインは「いや……」と掌を掲げ、
「もう少しで私の手に世界が収まると思うと、面白くて仕方が無いんだ」
「……見てなさい。貴方、今に吠え面かく羽目になるから」
「もしかして君、まだ奴が、ハリー・ムラサメが助けに来てくれるって信じてるのかい?」
「ええ」二つ返事で和葉は頷き、そして睨み付けるような視線をヴァレンタインに向けながら続けてこう言った。
「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。ハリーは一度だって、自分のルールに背くような真似はしなかったわ」
「だから、助けに来ると?」
「そうよ」
和葉が自信ありげに頷いてみせれば、ヴァレンタインは吹き出すように「ハッ!」と笑い出し、
「全く、お笑いだ! いやはや、君は夢見る乙女ってタチには見えないんだけどね。これはこれは、驚いたよ本当に」
「貴方はハリーの強さを知らないから。だから、そんな風に馬鹿に出来るのよ」
「無理だよ」と、ヴァレンタイン。「ウォードッグ、それにクララ・ムラサメが奴の始末を確実に付ける。仮にウォードッグはやられたとしても、ハリー・ムラサメがあのクララ・ムラサメを討ち倒して追ってくるなど、不可能な話だ」
「……そうでしょうね」
俯きながら、口先ではそう言いつつも。和葉は心の何処かで、クララの裏切りを期待している節もあった。
(……あの眼は、とてもこんな連中と一緒に居るような人間の眼じゃなかった)
人を見る眼はあると、和葉は我ながらに思うことがよくある。元々あった物が、バーテンダーのアルバイトで多くの人間と接することで、更に磨き上げられてきた。
だからこそ、そんな自信があるからこそ、和葉は思っていた。きっと、クララは最後の最後でハリーの味方をしてくれると。わざわざ可愛い弟子を手に掛けてまで、こんなロクでなしの味方をするような女じゃないと……。
しかし、それがあまりに希望的観測が過ぎる考えだというのも、同時に和葉は理解している。
(ハリー……)
故に、和葉はただ純粋に信じた。あの男を、ハリー・ムラサメを。彼がきっと、障害を全て討ち倒してこの場に駆けつけ、あのクールな横顔を再び自分の前に見せてくれると……。
「――!? 後ろから、凄い勢いで何か迫ってきてる!?」
と、そんな時だった。チラリとサイド・ミラーを見たリムジンの運転手がそんな驚きの声を上げたのは。
「何事だ!?」
そんな運転手の叫び声に驚き、ヴァレンタインもまた声を荒げてリアガラスの方へと視線を向ける。それに倣い和葉もまた同じように背後へ振り返ると、
「ハリー……!」
すると、リムジンの後方から黒い戦闘機のような機影が凄まじい勢いで追いかけてくるのが見えた。夜明け前のまどろみの中を、鷹のように鋭く尖ったヘッド・ライトの光で切り裂きながら、追撃を仕掛けてくる漆黒のランボルギーニ・ムルシエラゴ・ロードスターが。そして――――そのコクピット・シートに身体を預けるあの男の、ハリー・ムラサメの姿が。
「――――ルール第二条、仕事は正確に、確実に遂行せよ」
男が胸に抱く六つの信条に揺るぎは無く、己が信ずる六つの鉄の掟に従い、男が遂にチェック・メイトを盤面に打つ。
その頃、"スタビリティ"のボス、ユーリ・ヴァレンタインとその愛人ジェーン・ブラントはリムジンに乗り込み、屋敷を発っていた。既に戦場と化した屋敷からは随分と距離が離れている。ハリー・ムラサメに追いつかれる心配は、どうやら無さそうだった。
「君を連れて来た意味も、あまりないかもしれないね」
傍らに愛用の頑丈なノートパソコン、パナソニック製のタフブックを携えながら、ヴァレンタインが呼びかけるのは対面になったシートに座らされた和葉だった。
「私を、ハリーに対しての盾に使おうって算段ね」
「そういうことだ」と、ヴァレンタイン。「我々は今から空港に向かう。そこで君とはバイバイだ」
「じゃあ、殺すってワケね」
「君の態度次第、かな?」
口先ではそう言うヴァレンタインだったが、内心では和葉を始末する気しか無かった。どのみち、彼女の利用価値はハリー・ムラサメに対しての盾ぐらいしかもう残っていない。空港に到着し、プライベート・ジェット機の準備が済み次第、傍らのジェーンに始末させる手筈だ。
「くっくっくっ……」
何故か笑いを漏らすヴァレンタインに、和葉が「何がおかしいのよ」と苛立った顔で問いかける。するとヴァレンタインは「いや……」と掌を掲げ、
「もう少しで私の手に世界が収まると思うと、面白くて仕方が無いんだ」
「……見てなさい。貴方、今に吠え面かく羽目になるから」
「もしかして君、まだ奴が、ハリー・ムラサメが助けに来てくれるって信じてるのかい?」
「ええ」二つ返事で和葉は頷き、そして睨み付けるような視線をヴァレンタインに向けながら続けてこう言った。
「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。ハリーは一度だって、自分のルールに背くような真似はしなかったわ」
「だから、助けに来ると?」
「そうよ」
和葉が自信ありげに頷いてみせれば、ヴァレンタインは吹き出すように「ハッ!」と笑い出し、
「全く、お笑いだ! いやはや、君は夢見る乙女ってタチには見えないんだけどね。これはこれは、驚いたよ本当に」
「貴方はハリーの強さを知らないから。だから、そんな風に馬鹿に出来るのよ」
「無理だよ」と、ヴァレンタイン。「ウォードッグ、それにクララ・ムラサメが奴の始末を確実に付ける。仮にウォードッグはやられたとしても、ハリー・ムラサメがあのクララ・ムラサメを討ち倒して追ってくるなど、不可能な話だ」
「……そうでしょうね」
俯きながら、口先ではそう言いつつも。和葉は心の何処かで、クララの裏切りを期待している節もあった。
(……あの眼は、とてもこんな連中と一緒に居るような人間の眼じゃなかった)
人を見る眼はあると、和葉は我ながらに思うことがよくある。元々あった物が、バーテンダーのアルバイトで多くの人間と接することで、更に磨き上げられてきた。
だからこそ、そんな自信があるからこそ、和葉は思っていた。きっと、クララは最後の最後でハリーの味方をしてくれると。わざわざ可愛い弟子を手に掛けてまで、こんなロクでなしの味方をするような女じゃないと……。
しかし、それがあまりに希望的観測が過ぎる考えだというのも、同時に和葉は理解している。
(ハリー……)
故に、和葉はただ純粋に信じた。あの男を、ハリー・ムラサメを。彼がきっと、障害を全て討ち倒してこの場に駆けつけ、あのクールな横顔を再び自分の前に見せてくれると……。
「――!? 後ろから、凄い勢いで何か迫ってきてる!?」
と、そんな時だった。チラリとサイド・ミラーを見たリムジンの運転手がそんな驚きの声を上げたのは。
「何事だ!?」
そんな運転手の叫び声に驚き、ヴァレンタインもまた声を荒げてリアガラスの方へと視線を向ける。それに倣い和葉もまた同じように背後へ振り返ると、
「ハリー……!」
すると、リムジンの後方から黒い戦闘機のような機影が凄まじい勢いで追いかけてくるのが見えた。夜明け前のまどろみの中を、鷹のように鋭く尖ったヘッド・ライトの光で切り裂きながら、追撃を仕掛けてくる漆黒のランボルギーニ・ムルシエラゴ・ロードスターが。そして――――そのコクピット・シートに身体を預けるあの男の、ハリー・ムラサメの姿が。
「――――ルール第二条、仕事は正確に、確実に遂行せよ」
男が胸に抱く六つの信条に揺るぎは無く、己が信ずる六つの鉄の掟に従い、男が遂にチェック・メイトを盤面に打つ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる