19 / 88
Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-
/02-2
しおりを挟む
そのまま、零士はノエルに導かれるままにターミナルを歩き、シャルル・ド・ゴール空港の駐車場まで連れて来られていた。
「とりあえず、これに乗っていくから」
零士にそう言ったノエルがキー片手に近づいていったのは、駐車場に幾つも停まる車たちの中の一台。小柄な、蒼い五ドア・ハッチバックのフランス車だった。
プジョー・308GTi。恐らくはノエルが乗って来たものだろう。見た目は何となく没個性なようにも見えるが、ボンネットの下に眠るのは排気量一・六リッターの直列四気筒ツインカム・エンジンに、ツインスクロール式のターボ過給器を組み合わせた代物だ。その心臓から弾き出されるパワーは数値にして二七〇馬力。正に羊の皮を被った狼という喩え方が相応しいだろう。
チラリとウィンドウ越しに中を見れば、ミッション形式は渋いことに手動のマニュアル式だった。確か308GTiの物は比較的低ギア比な六速構成だったはずだ。日本人の零士の眼から見れば渋く見えるが、フランスを始めヨーロッパ圏ではマニュアル車の方が何故か普及している。
「荷物は……無さそうだね」
後部ハッチを開けようとしたノエルだったが、手ぶらな零士の姿を見て小さく肩を落とす。それに零士も零士で「まあな」と肩を竦めてやれば、
「海外の仕事回りが多すぎてな、最近じゃあ毎度毎度、旅支度をするのも面倒なんだ。現地で調達した方が早い場合の方が多いしな。それに今回の場合、急に呼び出されたってこともあるけど」
「なるほどね、合理的といえばその通りかな? 流石に慣れてるみたいだね、レイ」
「……まあな」
最後の相槌に一瞬の間が開いたのは、ノエルの呼び方にまだ零士が慣れていないというか、違和感を感じてしまったからだ。"レイ"なんて呼ばれたのは、本当に久し振りのことだったから。
「でも、身軽で良いね。僕も今度から真似してみようかな?」
「……女の子がそうも行かないだろうに。特に君みたいに綺麗な娘、要り用な物も多いんじゃないか?」
「意外だね、お世辞も言えるんだ」
「そういうつもりで言ったんじゃない」
「まあいいさ、ありがたく言葉のまま受け取っておくよ。……ふふっ♪」
最後に、ノエルは少しだけ嬉しそうに微笑んできて。その微笑みが、零士は何だか胸にチクリと刺さるような思いだった。彼女は、ノエルは何も関係なんて無いはずなのに。
「それで、君が乗っていくのか?」
「うん」頷くノエル。「何なら、君が運転していく?」
「いや、遠慮しておこう。パリは長いんだろ? なら、君の方が色々と慣れてるはずだからな。郷に入っては何とやら、だ」
「まあ、僕も近頃は色んなところを点々としてて、パリどころかフランスに戻ってきたのも、久し振りなんだけれどね」
「何はともあれ、運転は君に任せるさ」
そんなこんなの会話があって、ノエルがプジョーの運転席に乗り。その隣の助手席に零士は滑り込んだ。フランスは右側通行なので、左ハンドル仕様だ。普段は日本の左側通行・右ハンドル車で慣れている零士は少しの違和感を感じてしまうが、まあじきに慣れるだろう。いつものことだ。
「じゃあ行こうか、レイ」
ノエルがフロア式のシフトノブ近くにあるエンジンスタート・ボタンを押し込めば、セルモーターが気味良くキュルッと回り。蒼いボンネットの下で息を潜めていたエンジンが小さな呻き声とともに眼を覚ます。
電動式のサイドブレーキを、ボタンを押し込むことで外し、そしてクラッチを切りながらギアを一速へ。ノエルがステアリングを握る蒼いプジョー・308GTiが、ゆっくりとしたペースで進み始める。
駐車場を出て、シャルル・ド・ゴール空港の外へ。尚もしとしとと降り続くしめやかな雨に包まれた早朝、二人を乗せた蒼のプジョーがパリの街へ向けて走り出す。
蒼いボディと、そしてフロントガラスを雨粒が打ち付ける。曇り空の下、風と雨水を切って走るプジョー・308GTiを、降り注ぐ雨が強く打ち付けていた。
――――これが、彼女との出逢いだった。サイファーとミラージュ、椿零士とノエル・アジャーニが出逢ったのは、こんな雨の日のことだった。あの日と同じ、雨の降りしきる日のことだった…………。
「とりあえず、これに乗っていくから」
零士にそう言ったノエルがキー片手に近づいていったのは、駐車場に幾つも停まる車たちの中の一台。小柄な、蒼い五ドア・ハッチバックのフランス車だった。
プジョー・308GTi。恐らくはノエルが乗って来たものだろう。見た目は何となく没個性なようにも見えるが、ボンネットの下に眠るのは排気量一・六リッターの直列四気筒ツインカム・エンジンに、ツインスクロール式のターボ過給器を組み合わせた代物だ。その心臓から弾き出されるパワーは数値にして二七〇馬力。正に羊の皮を被った狼という喩え方が相応しいだろう。
チラリとウィンドウ越しに中を見れば、ミッション形式は渋いことに手動のマニュアル式だった。確か308GTiの物は比較的低ギア比な六速構成だったはずだ。日本人の零士の眼から見れば渋く見えるが、フランスを始めヨーロッパ圏ではマニュアル車の方が何故か普及している。
「荷物は……無さそうだね」
後部ハッチを開けようとしたノエルだったが、手ぶらな零士の姿を見て小さく肩を落とす。それに零士も零士で「まあな」と肩を竦めてやれば、
「海外の仕事回りが多すぎてな、最近じゃあ毎度毎度、旅支度をするのも面倒なんだ。現地で調達した方が早い場合の方が多いしな。それに今回の場合、急に呼び出されたってこともあるけど」
「なるほどね、合理的といえばその通りかな? 流石に慣れてるみたいだね、レイ」
「……まあな」
最後の相槌に一瞬の間が開いたのは、ノエルの呼び方にまだ零士が慣れていないというか、違和感を感じてしまったからだ。"レイ"なんて呼ばれたのは、本当に久し振りのことだったから。
「でも、身軽で良いね。僕も今度から真似してみようかな?」
「……女の子がそうも行かないだろうに。特に君みたいに綺麗な娘、要り用な物も多いんじゃないか?」
「意外だね、お世辞も言えるんだ」
「そういうつもりで言ったんじゃない」
「まあいいさ、ありがたく言葉のまま受け取っておくよ。……ふふっ♪」
最後に、ノエルは少しだけ嬉しそうに微笑んできて。その微笑みが、零士は何だか胸にチクリと刺さるような思いだった。彼女は、ノエルは何も関係なんて無いはずなのに。
「それで、君が乗っていくのか?」
「うん」頷くノエル。「何なら、君が運転していく?」
「いや、遠慮しておこう。パリは長いんだろ? なら、君の方が色々と慣れてるはずだからな。郷に入っては何とやら、だ」
「まあ、僕も近頃は色んなところを点々としてて、パリどころかフランスに戻ってきたのも、久し振りなんだけれどね」
「何はともあれ、運転は君に任せるさ」
そんなこんなの会話があって、ノエルがプジョーの運転席に乗り。その隣の助手席に零士は滑り込んだ。フランスは右側通行なので、左ハンドル仕様だ。普段は日本の左側通行・右ハンドル車で慣れている零士は少しの違和感を感じてしまうが、まあじきに慣れるだろう。いつものことだ。
「じゃあ行こうか、レイ」
ノエルがフロア式のシフトノブ近くにあるエンジンスタート・ボタンを押し込めば、セルモーターが気味良くキュルッと回り。蒼いボンネットの下で息を潜めていたエンジンが小さな呻き声とともに眼を覚ます。
電動式のサイドブレーキを、ボタンを押し込むことで外し、そしてクラッチを切りながらギアを一速へ。ノエルがステアリングを握る蒼いプジョー・308GTiが、ゆっくりとしたペースで進み始める。
駐車場を出て、シャルル・ド・ゴール空港の外へ。尚もしとしとと降り続くしめやかな雨に包まれた早朝、二人を乗せた蒼のプジョーがパリの街へ向けて走り出す。
蒼いボディと、そしてフロントガラスを雨粒が打ち付ける。曇り空の下、風と雨水を切って走るプジョー・308GTiを、降り注ぐ雨が強く打ち付けていた。
――――これが、彼女との出逢いだった。サイファーとミラージュ、椿零士とノエル・アジャーニが出逢ったのは、こんな雨の日のことだった。あの日と同じ、雨の降りしきる日のことだった…………。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる