エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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「いらっしゃい、待っていたよ」
 二人が飛び込んだ先、電灯が落とされ薄暗く、しかし広い応接間。相応に質の良い調度品がそこかしこに散りばめられたその広い一室の、しかし隅の方の壁に。そこに寄りかかるように腕組みをして立っていた長身の女だけが、この部屋の中で待ち構えていた者だった。
「……見つけたぞ、ベアトリス・ブランシャール」
 殺意の籠もる、低い声音で唸る零士と、そしてノエルの視線が刺し貫くその女。浅黒い肌と黒く短い髪で、格好はジーンズにタンクトップ、そして上から黒いロングコートを羽織るその女は、紛れもなく二人にとっての暗殺対象の女だった。
 ベアトリス・ブランシャール――――。
 女だてらに百戦錬磨の荒くれ者たちを纏め上げ、腕っ節ひとつで傭兵部隊を率いる女傑。二挺拳銃の名手と謳われるその女が、応接間でたった一人、零士たちを待ち構えていたのだった。
「ふーん……意外だね」
 零士の構えるPx4ストームと、そしてノエルが左腕で突き付けるマニューリン・MR73。その二つの銃口を前にしてもベアトリスは怯むことなく、黒革の指抜きグローブに包まれた手先をひょいと掲げ、切れ長の双眸を細めれば、蹴り破られた扉から現れた二人の刺客を物珍しそうに眺めている。
「ヒーロー気取りの招かれざる客は、てっきりスタローンみたいな筋肉ダルマかとばかり思っていたんだけれど。これはこれは、存外良いモノじゃあないか。色男に可愛い嬢ちゃん、まるでジェームズ・ボンドの世界だ」
 くっくっくっ、と喉の奥を慣らしてベアトリスが嗤う。だが表情とは裏腹に、瞳の奥は笑っていなかった。
 そこにあるのは、闇だ。この世にあらんばかりの醜悪を真空パックで圧縮し、それを生ゴミの腐敗臭が漂う腐ったゴミ箱の中へ放り込んだかのような。喩え方は変だが、ベアトリスの黒い瞳の奥に垣間見えた色は、それほどまでに醜悪な色をしていた。少なくとも、零士とノエルの眼からはそう見えて、二人にはそう感じられていた。
 勿論、二人とも自分が正義だと自惚れ確信し、それを声高に振りかざすつもりは毛頭無い。互いに知らぬコトではあるものの、零士もノエルも私怨に近いような動機でこの世界に踏み込んだクチだ。云ってしまえば同じ穴のムジナ、とでも云えようか。だから目の前の浅黒い肌の女を責める気も、その資格がないことも分かっている。
 だが、ベアトリスのそれは別格だ。アレはそんな次元の話ではない。性悪説の中でも、生まれついての悪党のそれだ。救いようのない、しかしある意味では哀れでもある、生まれついて日陰で醜悪な色に染まることを運命付けられたような。ベアトリスの瞳の色は、そんな色をしていた。
「御託は、もういい」
 故に、零士はこれ以上の会話は無意味と判断した。別の見方をすれば哀れすぎる相手が故に、零士は今以上に言葉を交わすことは不毛と思い、冷徹な声音で以て彼女を拒絶する。
 どのみち、殺してしまう相手なのだから。今よりも深く踏み入ったところで、無意味にして不毛だ。自分の手で銃弾を叩き込まれる為だけに存在しているにも等しい、そんな生きた動く的を相手に深いことを考えるなんてこと、意味がないどころか、その行為そのものが愚かですらある。
「死ぬのは貴様だ。――――ベアトリス・ブランシャール」
 零士が氷のように冷え切った低い声音で拒絶すれば、ベアトリスは「連れないねえ」と肩を竦め、
「私を殺すのは結構だ。だけれど、ミスタ・シャンペーニュはこの奥の部屋に隠れてるんでね」
 そう言いながら、壁から離れ零士たちと正対し。指抜きグローブに包まれた両手をロングコートの奥、懐に走らせれば、そこから漆黒に染め上げられた一対の獲物を抜く。
 イスラエル製の自動拳銃、ジェリコ941-FBLだ。ニヤリと犬歯を剥き出しに獰猛に嗤うベアトリスは、両手で銃把を握り締めるそれを誇らしげに掲げると。醜悪な黒をした双眸をスッと細め、そして親指に撃鉄を触れさせた。カチリ、と音を立てて、二挺のジェリコの撃鉄が起こされる。
「どのみち、私とワルツの一曲でも踊って貰わないとね。でないことには、此処から先へは通せない」
 一瞬だけ隣のノエルに目配せし、彼女と視線を交錯させた後で。零士はフッと小さく笑う。
「――――望むところだ」
 不敵な笑みとともに、引鉄に人差し指がそっと触れる。
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