エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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 永遠にも思えた二人と一人の睨み合い。そんないつまでとも知れなかった静寂の緊張を壊したのは、やはりコルダイト無煙火薬の耳をつんざく撃発音だった。
 零士の構えたツートンカラーのベレッタ・Px4ストームが火を噴く。銃口から超音速の9mmパラベラム弾頭が飛び出すのとほぼ同時に、ノエルと、そして二人と相対するベアトリス・ブランシャールもまた動いていた。
「高揚感、久しく味わった覚えがない」
 不敵に笑いながら、ベアトリスは零士が引鉄を引くコンマ数秒前に横っ飛びに飛び、襲い来る超音速の弾頭を回避し。ベアトリスの羽織るロングコートの裾を掠めた弾頭が後ろにあった棚に突き刺されば、零士は「チッ!」と大きく舌を打つ。
「存分に楽しませろ、この私を――――!!」
 空中を横っ飛びに飛びながら、ベアトリスの両手でジェリコ941-FBLが火を噴いた。ガンガンガン、と連続して火花が瞬けば、一瞬にして六発以上の空薬莢が宙に躍る。
「クソッ!」
 それに、零士は真横に床を転がることで対応する。零士を狙い定めベアトリスが放った数多の9mmパラベラム弾が、絨毯敷きな応接間の床に容赦無く突き刺さっていく。
「下がって、レイ!」
 と、そうすればいつの間にか移動していたノエルはMR73を膝立ちで構えていて。ベアトリスが着地した隙を突かんと、白く長い華奢な指が大きな引鉄を引き絞る。
 シングル・アクションで引鉄を奥まで絞れば、起きていた撃鉄が倒れて。凄まじい火花とともに、ノエルが左腕一本で構えたMR73から超強力な.357マグナム弾が撃ち放たれた。9mmパラベラムとは比較にならないほどの速度で飛翔するホロー・ポイントの弾頭は、間違いなくベアトリスの眉間を捉える軌道を取っていた。
 だが――――。
「見えたよ、確かに……!」
 それと時をほぼ同じくして、ベアトリスの左手側のジェリコが火を噴いた。ノエルのMR73とベアトリスのジェリコ941-FBL、二つの銃口は寸分とて違うことなく一直線上で睨み合っていて、撃ち放たれた.357マグナム弾と9mmパラベラム弾もまた、互いに睨み合いながら超音速で真っ正面から向かい合っていく。
 ――――そして、撃ち放たれた弾は互いに互いを屠ることなく。ただ、空中で激しい閃光が舞い散った。
「えっ!?」
 意味の分からない光景に、ノエルは眼を見開いて。しかしベアトリスの方は「フッ……」と不敵に微笑んでいた。まるで、今の意味不明な現象を意図して引き起こしたかのような、そんな涼しい顔で。
 カラン、と潰れて二つが一つになった、.357マグナムと9mmパラベラムだった弾頭の残骸が床に落ちる。その、一見して眼を疑うような形に変形した二つの弾が意味するところは、信じられないことだがたった一つの事実だった。
 ――――ベアトリス・ブランシャールは、空中でノエルの.357マグナム弾に自分の撃ち放った弾を激突させ、防いだ。
 とても現実とは思えない行為だ。人間業とは思えない。今の光景を目の当たりにして、あの零士ですらもがポカンと口を開き、唖然としているぐらいだ。それほどまでに有り得ないことで、人間業ではないことをベアトリスは成し遂げたのだ。しかも、意図して。
 ワケが分からない。ノエルの眼からは、急に目の前の褐色肌の女が、人間以外の何か……それこそ化け物の類に見えてきてしまう。
 音速で撃ち放たれた弾頭の軌道を予測し、あまつさえそれに真っ正面から自分の弾をぶつけて相殺するだなんて。偶然で起こり得ることではあっても、絶対に意図して出来る技ではない。生身の身体であるのなら、絶対に出来ない行為。
 それなのに、ベアトリスはそれを余裕の表情で成し遂げてしまった。ノエルは自分の眼で目の当たりにしたにも関わらず、それが信じられなくて。ほんのコンマ数秒の間ではあったが、呆気に取られたまま無防備を晒してしまう。
「ほう? お嬢さんはまだ経験が浅いと見た……」
 ――――だが、そのコンマ数秒の隙が致命的だった。
「っ!」
 ハッとして我に返ったノエルは、咄嗟に次の一撃を撃ち放とうとする。
「フッ、甘いよ……」
 だが、その頃には既にベアトリスの両手のジェリコ、その一対の銃口が自分を睨み付けていた。奴の指は両方とも引鉄に触れている。後はほんの少しだけ力を込めてやれば、あの銃口から超音速で死の洗礼が飛んでくる……!
(駄目だ、間に合わない……!)
 反撃も、それどころか逃げることすら間に合わない。自分にはあんな、空中で弾と弾をぶつけ合うような人外めいた行為は出来ない。
 絶対的な、死――――。
 それが間近に迫っていることを自覚すると、ノエルはただただ絶望するしかなかった。逃げることも、抗うことも出来ず。ただ、此処で無為に朽ちていくことしか出来ないのが、悔しくて。悔しくてもどうすることも出来ないのが、あまりに辛くて。ノエルはMR73を構えた格好のまま、ただその場で絶望するしか出来ないでいた。
(こんなところで……? まだ何も終わってなんかいないのに、僕は……!)
「呆気なかったな、お嬢さん」
 そして、ニヤリと嗤ったベアトリスの両の人差し指に、力が籠もる。
「畜生……ノエルッ!!」
 ――――ただひとつの誤算は、間に割って入ってくるのがあまりに早かったことだけだった。
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