エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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(間に合ってくれよ、畜生め……!)
 ノエルの回避が間に合わないことを悟った零士が、ロングコートの長い裾を翻しながら、身を低くしつつ全速力で駆け抜ける。二挺拳銃を構えたベアトリス・ブランシャールには目もくれず、その瞳はただ一点を、膝立ちのまま硬直してしまっている彼女を――ノエル・アジャーニを見据えたままで。
「うおおおおおっ!!」
 彼女のすぐ傍まで迫れば、零士はフォーマルシューズの靴底で力いっぱい床を蹴り。そうすれば勢いのままにノエルの身体を抱き抱え、そのままタックルでもカマしたかのような速度でノエルの身体ごと頭から吹っ飛んでいく。
 それと同時に、ベアトリスの構える二挺のジェリコが火を噴いていた。ほぼ同時に撃ち放たれた二発の9mmパラベラム弾は確かにノエルを撃ち貫く軌道を取っていたが、しかし零士の介入があまりにイレギュラーで。撃ち放たれた二発の弾は空を切り、ただ翻る零士のロングコート、その長い裾へと小さな二つの風穴を無為に穿つだけだった。
「ッ!!」
 空中で上手い具合に身体を捻り、その腕《かいな》に抱き寄せたノエルを庇うようにして、左肩から零士は床に着地する。丁度良い具合に応接用の大きなソファの後ろに隠れられたお陰で、ベアトリスの眼からも彼女を逸らすことが出来た。
「逃がすか!」
 が、ベアトリスは一気に駆け抜けて来ていて。零士たちの隠れたソファと対面にあるソファをひょいと跳び越えれば、その先のテーブルに着地。そこから見下ろすような格好で再び零士とノエルにジェリコを向けようとするが、
「いいや、逃げるね!」
 それを最初から予測していた零士が、片腕でPx4ストームを突き付けブッ放す方が早く。一瞬だけPx4の銃口と眼が合ってしまったベアトリスは、「くっ!」と苦虫を噛み潰したような苦々しい顔になれば、すぐさまバック宙するみたいにテーブルから再び離れる。零士の撃ち放った三発は空を切ったが、しかし奴との間合いを再び取れただけでも意味はあった。
「レイ、ごめん……!」
 申し訳なさそうに詫びるノエルに「気にするな!」と言い、零士はノエルを離して立ち上がり。ソファの陰から上半身を出せば、今度は左手を添え両手で構えたPx4を、ベアトリス目掛けて撃ちまくる。
「ハッ、良いじゃないか!」
 それを、ベアトリスは右へ左へと飛んで大きくステップを踏みながら後ろに下がり避けつつ、二挺のジェリコで零士に応じる。互いに撃ち放つ幾多もの9mmパラベラム弾が交錯し合う中、しかし二人とも精々髪を掠める程度で、致命傷は与えられていない。
「チッ!」
 そして、Px4ストームと二挺のジェリコ941-FBL。計三挺の拳銃がスライドを引ききった格好のまま静止し、弾切れを知らせるホールド・オープンを晒したのは、全く同じタイミングでのコトだった。
 零士は舌を打ちつつ身体をソファの陰に引っ込め、ベアトリスもまた手近にあった棚の陰に隠れて。それぞれ空弾倉を弾き出せば、懐から取り出してきた新たな弾倉を銃把の底に叩き込む。そしてカチャッとスライドが前進する小気味の良い金属音が聞こえてくるのは、一挺だけしか持たない零士の方が圧倒的に早かった。
 ――――これが、二挺拳銃スタイル最大の弱点だ。
 二挺の拳銃を同時に撃ちまくるということは、即ち弾切れに伴う再装填に掛かる手間も二倍、隙も二倍ということになる。これが例えばグロック・シリーズで三〇連発の長い弾倉を使っていたとすれば話は別だが、見たところベアトリスの持っているジェリコの弾倉は通常のモノだ。
 ベアトリスの持っている941は、コンパクト・サイズでディコッカー無し、ポリマー樹脂フレーム仕様のジェリコ941-FBLだ。確かあの拳銃のコンパクト・サイズ用弾倉は9mmパラベラム弾であれば、零士の記憶が正しければ一三連発だったはずだ。
 だとすれば、奴が一度に撃ち放てる手数は、一三発が二つの二六発ということになる。薬室内に装填されている可能性を考慮したところで、どれだけ多くても二八発だ。
 これだけのファイア・パワーは脅威といえば脅威だが、しかしベアトリスの撃ち方は、どちらかといえばバラ撒き傾向にあるように零士の眼からは見えていた。撃ちまくって敵の動きを止め、隙が見えたところで致命的な一撃を狙い澄まして放つ、とでも言うのだろうか。
 勿論、奴のテクニックは脅威以外の何物でもない。銃弾を銃弾で撃ち落とす芸当なんて、零士ですら見たことがないような神業だ。それが出来るだけの技術とセンスがある相手ならば厄介ではあるが、しかし零士は奴を脅威に思うと同時に、こうも確信していた。
 ――――勝てない相手ではない、と。
 寧ろ、勝算は十二分にある。自分一人ならばかなりの苦戦を強いられるのは必定だったが、生憎と今はひとりきりじゃあない。ここ暫くは一匹狼ローン・ウルフを貫いてきた自分らしくもないことだが、今は傍に頼りになる彼女が――ノエル・アジャーニが傍に居るのだ。
 であるのならば、勝てる。零士はそう確信すると、起き上がり様子を窺っていたノエルの方に振り向く。
「ノエル、頼みがある」
 ベアトリスが二挺拳銃の再装填作業に手間取っている隙を突き、零士は早口で捲し立てるようにしてノエルに言う。今は、一秒でも時間を無駄にはしていられない。
「……訊くよ、一応」
「俺がどうにかして、奴から隙を作り出す。奴は君がれ、ノエル」
 そう言うと、ノエルは何か反論しようとしたが。しかし喉元まで出掛かっていた言葉を奥に引っ込めると、ただ黙ってうんと頷いた。
「……サイファー、君の腕を信じる」
「良い子だ」ニッと小さく零士が笑う。「なら君も、ミラージュの名に相応しく、奴を仕留めてくれ」
「やってみるよ、でもレイも気を付けて」
「大丈夫だ。奴は接近戦を仕掛けた方が戦いやすいかもしれん」
「君の背中は、僕が護るって言った。……忘れないで」
「ああ、分かってる」
 Px4ストームとマニューリン・MR73、二人で銃把の底と底とをコツンと、乾杯でもするかのように軽くぶつけ合い。そして小さく頷き合えば、零士はソファの陰から一気に飛び出していく。
「借りは必ず返す。君は、僕が護る……!」
 そして、ノエルもまた逆方向に飛び出していく。目の前の褐色肌の強敵を、必ず撃ち滅ぼしてみせるという、誓いにも似た決意を胸に。
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