エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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「二人とも、こっちだ!」
 血眼になって探し回るグローバル・ディフェンス社の警備員の生き残りたち、その網の目のような捜索網を巧みに掻い潜った二人は、元来た道を戻るようにして再び地下区画に飛び込み。そうして最初に侵入の糸口とした裏口の扉を零士が蹴り開ければ。そうすれば、寸分の狂い無くピッタリのジャスト・タイミングで、二人の前にグレーのルノー・トラフィックバンが滑り込んで来て。窓越しに叫ぶミリィ・レイスの呼び声に応じ、零士たちは一目散にバンに向けて走った。
「ノエル、早く!」
「うんっ、レイも!」
「ああ!」
 スライドドアを開け、ノエルを先に乗せてから零士もバンに飛び込む。内側からドアを閉じた零士が「出せ!」と叫ぶと、愛用のSTI・2011タクティカルDSの大柄な.45口径の自動拳銃を抜き周辺警戒をしてくれていたミリィが「分かった」と頷き。セイフティを掛けたタクティカルDSを助手席へ放ればギアを入れ、スロットル全開かってぐらいの凄まじい勢いでトラフィックバンを発進させた。
「はぁっ、はぁっ……!」
 バンが急速に屋敷から離れていく中、後部キャビンの床に座り込んだノエルが肩で荒く息をする。三階の応接間からここまで、警戒しながらの全力疾走だったのだ。肩で息をしているのは、度合いこそ違えど零士も同じだった。
「やったね、レイ」
「ああ……」
 ――――任務完了。
 こんなに困難で派手な任務、いったいいつ振りのことだろうか。荒い息のノエルにそう労われれば、零士も肩の荷が下りる思いだった。二人の内、どちらも欠けることなく再びこのトラフィックバンに戻ってこられた。それだけで、今は十分だった。
「ふふっ……♪」
 そうして息を落ち着かせていれば、何故かノエルが小さく微笑むのが聞こえてきて。それに零士が「何がおかしい?」と問いかければ、ノエルは「ううん」と首を横に振ってから、こんなことを口走り始める。
「最初はね、君のことを随分無愛想なヒトだと思っていたけれど、どうやら僕の勘違いだったみたいだなって」
「無愛想、か」
 確かに、ファースト・コンタクトがアレでは、彼女にそう思われても仕方ないだろう。空港に降り立って彼女と逢った時は、何故彼女が"ミラージュ"なのか。正直、そのことで頭がいっぱいだったのだ。彼女がどういう人柄で、どういう女の子なのか。そういうことまで気にしている余裕が、あの時の零士にはなかった。思い返せば、確かに無愛想だったかも知れない。
「もしかしたら、僕と君とでなら、良い相棒バディになれるかもね」
 とすれば、続けてノエルがそんなことを言うものだから。零士は途端にその表情に影を落とした。
 ――――相棒バディ
 その言葉は、零士にとって重すぎる言葉だった。特に、ミラージュのコードネームを持つ彼女の口から出てきたのならば、余計に。
「……俺は、一匹狼だ」
 表情に深い影を落としたまま、そんなノエルの言葉に零士がポツリ、と囁きのような細い声音で反応する。
「もう、誰かと相棒バディを組むつもりはない。その資格も、俺は持ち合わせちゃいないんだ」
 喪ってしまった俺には、もう――――。
「レイ……?」
 横顔を曇らせる零士の、その表情の意味を。そしてその拒絶に近いような言葉の意味を、その真意をノエルは知らず。ただ、困惑して首を傾げるのみだった。何を言って良いのか、どんな言葉を掛けて良いのか分からずに、ただ小さく彼の名を呼ぶだけだった。
「……零士、君はまだ」
 その話に聞き耳を立てていた、運転席のミリィ・レイスがポツリとひとりごちる。
 彼女は零士がそう言う理由わけも、またその過去にまつわる事情もまた、知りすぎていた。
 それが故に、ミリィは後ろの二人に対して何かを言うことはしない。言えば野暮で、そして零士の古傷を無意味に抉ってしまうだけだと、分かっていたから……。
 気付かぬ内に、外は雨が降り出していた。ポツリポツリとトラフィックバンのルーフやガラスを、しめやかに降り注ぐ雨が叩く。
 そんな雨の降り注ぐ中、零士とノエル、二人を乗せたバンは深夜のパリの街へと消えていく。この街での戦いを、ひとまずの終幕を告げるような、暗幕にも似た暗い雨の中。二人を乗せたバンは、何事もなかったかのように消えていった。真夜中の愛の都の中へ、夜闇に包まれたパリの奥深くへと――――。
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