エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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「――――あーっ、零士ぃっ!!」
 建て付けの悪い引き戸を開け、二年A組の教室に一歩踏み入った途端。姿を認めるなり物凄い勢いで迫ってきた小雪に零士が詰め寄られたのは、それから数日後、しとしとと雨の降る日の早朝のことだった。
「おう、小雪か」
「「おう、小雪か」じゃないってーの!! まーた一週間以上も休んで! そんでもって何の連絡も無しに! 一体全体、今度はどんな理由わけがあったのさ!? というか戻ってきたなら私に一言ぐらい連絡してよーっ!!」
 こんな調子で詰め寄ってくる小雪にも、もう慣れたものだ。何せ任務で海外に出張った後、長期欠席の後は大体こんな感じだ。最初の頃はどんな言い訳をしたものか、というかそもそも小雪の凄まじい勢いに気圧けおされていたりもしたのだが、流石にこれだけ付き合いが長くなってくると、慣れが生じてくるらしい。
「ちょっと野暮用でな」
「だーかーらー! その野暮用が何なのか訊いてるのっ!!」
「あー……親戚の法事?」
「嘘だ嘘、ぜーったい今の嘘だ! 口から出任せだぁーっ!!」
「バレたか」
「しかもそれを認めるなぁーっ!!」
 とまあ、慣れてしまえばこんな具合だ。質問責めを仕掛けてくる小雪を適当にいなしつつ、ぽこぽこと可愛らしく叩いてくるのも身軽に躱しつつ。いつものように零士は窓際最後尾の自分の席へと向かうのだが、しかし今回ばかりは、零士にとっても理解しがたい事態が起こっていた。
「……小雪、なんだこれ?」
 ひとまず机にスクールバッグを置きながらで、零士の不思議そうな視線が向く先は、彼の席の一つ後ろ。本来ならば零士の席が窓際列の最後尾で、しかし今は底にあるはずの無い、見覚えのない真新しい机と椅子のセットが一人分、追加で置かれていた。
「あ、これ?」
 小雪が思い出したような、言い忘れていたような顔で零士に反応する。
「なんかねー、ウチのクラスに転入生が来るんだってー。確か丁度今日だったかな?」
「ソイツの為の席ってワケか。にしてもこの時期に転入か、物好きな奴だことで」
「まあまあ、引っ越しか何かじゃないの? 詳しいことは私も知らないけどさ」
 とりあえずその見覚えのない追加席の存在に納得したところで、零士は漸うと椅子に腰掛け。小さく息をつきながら、椅子に対して横向きになり、窓近くの壁に背中をもたれさせる。
「あ、そうだ零士。これあげるよ」
 暫くの雑談を小雪と交わした後、小雪はふと何かを思い出し。そうすれば言いながら、零士の方にひょいと何かを投げてきた。
「……は?」
 空中でバシッと受け取れば、手のひらの中に収まったそれを見て零士が困惑する。収まっていたのは、生温い缶珈琲だった。
「いやー、さっき下の自販機で買ったら当たり引いちゃってさー。ぶっちゃけ二本も飲めないから、折角だし零士にあげるよ」
「……俺が紅茶派だって知ってて、嫌味かこれ?」
「別にそんなつもりじゃないって」
「はいはい……折角貰ったんだし、有り難く貰うけどさ」
 と、零士が缶珈琲のプルタブを開けて開封したタイミングで、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。歩き回っていた生徒たちが次々と各々が席に着く。
 それから程なくして、担任教師が教室に入ってきて。すると担任は教壇に上がるなり唐突に、しかしある意味では予想通りのことを口にした。
「あー、転入生を紹介する」
 担任が「入って良いぞ」と廊下に向かって声を掛ければ、教室の前側の引き戸が外からガラリと引き開けられ。それを零士は、不作法なのも気にせず、小雪から貰った缶珈琲を傾けながらで遠巻きに眺めていた。
 どうせ、自分には関係の無いことだ。誰であれ、まず間違いなく自分と関わることはない。隣席でワクワクした顔を浮かべている物部小雪のような例外は、二度も起こり得ないのだ。
 だからこそ零士は、珈琲を傾けながら遠巻きに、さもつまらなさそうな視線で眺めていた。眺めていたのだが……。
「わぁっ……!」
 入ってきたのは、女子制服を着た女の子で。それを一目見るなり、小雪は他のクラスメイト同様にそんな声を上げていた。
 神北学園の女子ブレザー制服を身に纏った格好で教室に入ってきたその女の子は、スラッとした体格で真っ白い肌の、それこそ日本人離れした白さの女の子だった。
 スレンダーながらも出るところはそれなりに出て、締まるべきところはきゅっと締まり。指先は芸術品のように華奢で長く、アイオライトのように蒼い双眸と、瑞々しい唇を湛えた顔立ちは可憐であり、それでいて何処か凛としていて。襟足が首の付け根ぐらいまで伸びた、割と短めに切り揃えたプラチナ・ブロンドの髪は金糸よりもきめ細やか。明らかに混じりっけの無い、生まれつきのプラチナ・ブロンドで――――。
 …………と、そこまで眺めてから零士は気が付いた。気が付いて、しまった。
「ぶ――――っ!?!?」
 気が付いてしまえば、零士はワケが分からなくなって。ただただ強い衝撃と困惑、錯乱とその他諸々の大波に襲われて、口に含んでいたその珈琲を盛大に吹き出してしまう。
 珈琲を吹き出す零士は、それはそれは見事で。霧吹きのように珈琲を吹き出す彼は、まるで「探偵物語」オープニング・シーンの松田優作を彷彿とさせるような、ある意味で芸術的といえるような吹き出し方だった。一つだけ不幸中の幸いだったことは、吹き出した先が開けっ放しだった窓の向こう側だったということぐらいか……。
「初めまして、フランスから来ましたノエル・アジャーニです」
 そんな零士の素っ頓狂な反応を見てか、それともそうでないのか。ともかく転入生の彼女は教壇に上がれば、ニコッと柔らかな、それこそ天使の類を思わせるように優しく微笑みながら、クラスメイトに向かってそう名乗った。
 ――――その名前を、ノエル・アジャーニと。
 彼女の容姿も、声も、浮かべる柔らかな笑顔も。その全てを零士が見紛うはずがない。どうしたって、見紛うことなんて有り得ない。
 確かに今、教壇に立つのはミラージュだった。神北学園の女子ブレザー制服を身に纏い、さも当然のように転入生みたいな顔をして。数日前にパリで確かに別れた筈の彼女が、しかし今、確かに目の前に立っていた。
「…………これからよろしくね、レイ?」
 ノエルは教壇の上に立ったまま、堂々とした立ち姿で。魅力的なアイオライトの双眸で零士のことだけを真っ直ぐに見据えると、綺麗な顔にニコッと更に可愛らしい笑顔を浮かべてみせた。




(Execute.02『巴里より愛を込めて -From Paris with Love-』完)
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