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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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授業が始まれば、教室内は先程までの好奇の色に満ち溢れた喧噪が嘘だったかのように。何事もなかったかのように、静寂だけが満ち始める。
それは、転入生というイレギュラーが新たに加わったとしても同じことだ。突然の転入生、ノエル・アジャーニが窓際最後尾の席――即ち、零士の真後ろに増やされた真新しい席に座っていたとしても、変わらないのだ。
「……♪」
カリカリと鉛筆なりシャープペンシルなりを走らせる音が聞こえてくる中、後ろからは同じようにペンを走らせる音が聞こえてきて。それと同時に、授業を受けるノエルのご機嫌そうな気配が、細かな息遣いから何となく伝わってくる。真新しい制服の衣擦れが、今までなら感じなかった真後ろからの人の気配が、今は妙に零士の背中を触れないままに撫でている。
「……ちょっとちょっと、零士ってば」
そんな風にご機嫌そうに、真面目な様子で授業を受けるノエルを横目に眺めながら、小雪が小声で零士に囁きかけてきた。少しだけ席の距離を近づけながら、教壇に立つ世界史の教師に悟られない程度に、零士の方に身を乗り出して。
「……なんだ」
小雪に囁きかけられれば、今日も今日とて授業を無視し読書に耽っていた零士は、少しだけ不機嫌そうに手元の本から視線を上げた。
ちなみに余談だが、今日の零士が手にするサボりの友。それは大藪春彦の「狼は復讐を誓う・第一部パリ篇」だ。日本きってのハードボイルド作家と名高い氏の
エアウェイ・ハンター・シリーズの一作で、最近になって新たに新装されて出版された品だった。
流石に初版からかなりの年月が過ぎた作品だから古さは目立つが、割と気楽に読めるので好きだった。ましてや今回は舞台が舞台だけに、零士はつい先日まで滞在していたあの街と、そこでの出来事のことをページを繰りながらで思い返していた。
「この可愛い娘、一体全体なんなのさ?」
そうして零士が不機嫌そうな表情で顔を上げれば、しかし小雪はそれを毛ほども気にすることなく、小声で零士に囁き問うてくる。
「零士の知り合いなの? なんか凄く零士のこと、知ってる風だったし。それに、その……明らかに零士にだけ、見る目が違ってたじゃん」
「それは……」
小雪に問われ、零士は答えあぐねていた。当たり前だが本当のことを言うわけにはいかないし、かといってこんな純粋な瞳の色で問いかけられてしまっては、答えないのもなんだか小雪に対して申し訳なくなってしまう。
そんな微妙な心の揺れ動きがあって、零士は少しの間、小雪に対して何を言っていいものか、ノエルのことをどう説明していいものか分からず、ただただ無言のままに答えあぐねていた。
「……まあ、知り合いといえば知り合いだ」
その末に出てきた答えは、まあこんな玉虫色のものだった。真実を教えることは絶対に出来ないし、かといって下手に口から出任せもマズい。そんなこんなで、口から出てきたのは、一見するとはぐらかすような玉虫色の回答だったのだ。
「知り合いって、えぇ……?」
ぷくーっと頬を膨らませ、むくれる小雪をよそに。零士は「もういいだろ」とそんな小雪を強引に、そして素っ気ない態度で振り切り。無理矢理に話をバサッと断ち切ると、手元の文庫本の方へと視線を落とし直してしまった。
「むぅー……納得いかない、納得いかないよ」
膨れる小雪が、渋々といった風に乗り出していた身体を元に戻して帰っていく。零士がこうなってしまえば、絶対に答えないことを小雪も知っていたからだ。伊達に彼と付き合いが長いワケではない。
「…………」
そんな二人のやり取りを、すぐ後ろから。ノエルがそのアイオライトのように蒼い瞳で、チラリと眺めていた。
それは、転入生というイレギュラーが新たに加わったとしても同じことだ。突然の転入生、ノエル・アジャーニが窓際最後尾の席――即ち、零士の真後ろに増やされた真新しい席に座っていたとしても、変わらないのだ。
「……♪」
カリカリと鉛筆なりシャープペンシルなりを走らせる音が聞こえてくる中、後ろからは同じようにペンを走らせる音が聞こえてきて。それと同時に、授業を受けるノエルのご機嫌そうな気配が、細かな息遣いから何となく伝わってくる。真新しい制服の衣擦れが、今までなら感じなかった真後ろからの人の気配が、今は妙に零士の背中を触れないままに撫でている。
「……ちょっとちょっと、零士ってば」
そんな風にご機嫌そうに、真面目な様子で授業を受けるノエルを横目に眺めながら、小雪が小声で零士に囁きかけてきた。少しだけ席の距離を近づけながら、教壇に立つ世界史の教師に悟られない程度に、零士の方に身を乗り出して。
「……なんだ」
小雪に囁きかけられれば、今日も今日とて授業を無視し読書に耽っていた零士は、少しだけ不機嫌そうに手元の本から視線を上げた。
ちなみに余談だが、今日の零士が手にするサボりの友。それは大藪春彦の「狼は復讐を誓う・第一部パリ篇」だ。日本きってのハードボイルド作家と名高い氏の
エアウェイ・ハンター・シリーズの一作で、最近になって新たに新装されて出版された品だった。
流石に初版からかなりの年月が過ぎた作品だから古さは目立つが、割と気楽に読めるので好きだった。ましてや今回は舞台が舞台だけに、零士はつい先日まで滞在していたあの街と、そこでの出来事のことをページを繰りながらで思い返していた。
「この可愛い娘、一体全体なんなのさ?」
そうして零士が不機嫌そうな表情で顔を上げれば、しかし小雪はそれを毛ほども気にすることなく、小声で零士に囁き問うてくる。
「零士の知り合いなの? なんか凄く零士のこと、知ってる風だったし。それに、その……明らかに零士にだけ、見る目が違ってたじゃん」
「それは……」
小雪に問われ、零士は答えあぐねていた。当たり前だが本当のことを言うわけにはいかないし、かといってこんな純粋な瞳の色で問いかけられてしまっては、答えないのもなんだか小雪に対して申し訳なくなってしまう。
そんな微妙な心の揺れ動きがあって、零士は少しの間、小雪に対して何を言っていいものか、ノエルのことをどう説明していいものか分からず、ただただ無言のままに答えあぐねていた。
「……まあ、知り合いといえば知り合いだ」
その末に出てきた答えは、まあこんな玉虫色のものだった。真実を教えることは絶対に出来ないし、かといって下手に口から出任せもマズい。そんなこんなで、口から出てきたのは、一見するとはぐらかすような玉虫色の回答だったのだ。
「知り合いって、えぇ……?」
ぷくーっと頬を膨らませ、むくれる小雪をよそに。零士は「もういいだろ」とそんな小雪を強引に、そして素っ気ない態度で振り切り。無理矢理に話をバサッと断ち切ると、手元の文庫本の方へと視線を落とし直してしまった。
「むぅー……納得いかない、納得いかないよ」
膨れる小雪が、渋々といった風に乗り出していた身体を元に戻して帰っていく。零士がこうなってしまえば、絶対に答えないことを小雪も知っていたからだ。伊達に彼と付き合いが長いワケではない。
「…………」
そんな二人のやり取りを、すぐ後ろから。ノエルがそのアイオライトのように蒼い瞳で、チラリと眺めていた。
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