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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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「――――シャーリィ、居るか!?」
ノエルの手を引いて、無理矢理に人混みと野次馬、興味本位で追跡してくる連中を巧みに振り切った零士が荒っぽく引き戸を開いたのは、案の定というか保健室の扉だった。
「うん? 零士か。それにノエルまで。どうしたんだい? そんなに慌てて」
そうすれば、デスクの前の事務椅子に腰掛けていたシャーリィ……シャーロット・グリフィスはくるりと椅子ごと零士たちの方に向き直って。白衣の裾を下に敷く長い脚をサッと組み直せば、肘なんか突きながら、ニヤニヤとした視線で二人を交互に見渡す。
「どうしたもこうしたもあるか!」
零士はひどい剣幕で言いながら、ノエルを保健室の中に引き込んで。そして扉を閉めると、後ろ手に鍵を閉める。
「もしかして、早速此処で一発洒落込もうってのかい? 全くお盛んなことだ。若いといえ、あまり節操が無いのも考え物だよ?」
ガチャッと音を立てて零士が鍵を閉めるのを見れば、シャーリィが尚もニヤニヤとする顔を強めながら、茶化すみたいに言って。そうすればノエルが「あはは……」と、頬を桜色に染めながら、困った顔で苦笑いを浮かべていた。
「冗談言ってる場合か!」
だが、ノエルの傍らに立つ零士はそんなシャーリィの茶化しに応じることもなく、ノエルの手を離せば、ズカズカと大股で椅子に座るシャーリィへと詰め寄っていく。
「どういうことだ、なんで彼女が此処に居る!?」
「どういうも何も、今日から転入生として、ノエルは君と一緒に楽しい楽しいスクール・ライフさ」
はっはっは、と高笑いをしてシャーリィは言えば、「まあ立ち話は何だ、座りたまえ」と続けて言い、傍らにある丸椅子に目配せをした。持ってきて座れ、ということだろう。
「ったく……! 説明して貰うぞ、シャーリィ。……それにノエル、君にもだ」
そんなシャーリィの意図を汲み取った零士は、適当な丸椅子をノエルの分も含めた二脚を引っ張ってきて、それにドカッと腰掛けた。傍らでノエルも零士の持ってきたもう一つの丸椅子に座れば、シャーリィを含めて三角形を形作るような位置関係になる。
「あ、そうだそうだ。さっき下の自販機で当たりを二連続で引いちゃってね。良かったらこれ、君たちにあげるよ」
二人が座ると、そのタイミングで思い出したシャーリィは保健室備え付けの冷蔵庫の中から、小さな緑茶のペットボトルを自分の分も含めて三本ほど取り出し。その内の二本を、零士とノエルにそれぞれ投げ渡す。
「ん、ありがとうシャーリィ」
「今日はよく貰う日だな……」
それぞれ、投げ渡されたペットボトルを空中で受け取り。零士はカチリと開封したそれにちびちびと口を付けながら、シャーリィの話に聞き耳を立てることにした。
「……端的に言うとね、零士。ノエル――――いや、敢えて今はミラージュと呼ぼうか。彼女は今日から、サイファー。君の弟子だ」
「弟子?」ペットボトルから口を離し、首を傾げる零士。
「話が掴めない、どういうことなんだシャーリィ。大体、ノエルはアンタの弟子じゃないのか?」
零士が続けて訊くと、シャーリィは「冗談は止してくれ」と失笑し、大袈裟に手を横に振るジェスチャーをする。
「大体、私がミラージュにしたことと言えば、実戦に連れて行って君の邪魔にならない程度のことぐらいだ。
………………それに、私の弟子は、生涯でたった二人きりだよ」
最後の言葉は、彼女のしては珍しいぐらいに寂しそうな眼でシャーリィは言っていた。零士はただ、それに黙って頷いてやる。
「彼女とはね、一年半? もう少し前だったっけ。それぐらいの頃に知り合ったんだ。ずっと訓練し通しだったから、実は実戦デビューは半年ばかりか、もう少し長いぐらいなんだ」
そうなのか、とシャーリィの話を聞いた零士が目配せをすると、ノエルは「うん」と頷き返してくれた。
「あ、それとね」
そんな風に二人が視線だけを交わし合う傍ら、零士がまたお茶のペットボトルに口を付け傾け始める傍ら、シャーリィは相変わらずのマールボロ・ライトの煙草を吹かし始めていて。そんな風に気楽な顔と態度で、そしてさも当然のような顔で、しかし意味の分からないことを口走り始めた。
「今日から彼女も、君と一緒に暮らすことになるから。よろしく」
「ぶ――――っ!?!?!」
零士がまた、今度は口に含んでいたお茶を見事なまでに吹き出した。本当に在りし日の松田優作を彷彿とされるような見事な吹きっぷりに、シャーリィは一瞬だけ唖然とする。
「ちょっ、レイ大丈夫!?」
「ごほっ、がはっ……!」
吹き出し、咳き込む零士に駆け寄ったノエルが心配そうに背中をさする中、シャーリィはきょとんとした顔で「あれ、言ってなかったっけ」ととぼける。
「一言も聞いてない、この馬鹿!」
「おっかしいなあ、もうノエルの荷物は運び込んだんだけれど」
「運び込んだぁ!?」
尚も咳き込む零士に、シャーリィは「うん」ととぼけた顔で頷いて、
「午前中にね。今日は半休で、私は午後から仕事なんだ。だからノエルから預かった荷物は、全部君の家に放り込んである」
そういえばこの女、家の合鍵を持っていたのを忘れていた。緊急時の為だとか何だとか適当に難癖を付けて渡させておいて、結局は押し掛けてくる度に深夜……というか明け方までシャーリィの絡み酒に付き合わされていたのだった。
ということは即ち……今頃、玄関先は酷いことになっているだろう。荷物で溢れた惨状と、そして今日からノエルが一緒にあの家で暮らすこと。明らかに前途多難なこの先のことを思えば、零士は湧き上がってくる頭痛に耐えきることが出来ないまま、ただただ眉間を抑えることしか出来ないでいた。
「えーと……そういうことだから、レイ。今日からよろしく……ね?」
そんなこんななことで、零士が眉間を抑えていれば。背中をさすっていた手を肩に回しながら、ノエルは少しだけ申し訳なさそうに、苦笑いでもするかのような何とも云えない表情で、そう零士に言う。
「勘弁してくれ……」
この先の前途多難な未来を容易に察すれば、零士は丸椅子の上で蹲って眉間を抑えた格好のまま、特大の溜息をつくことしか出来なかった。
ノエルの手を引いて、無理矢理に人混みと野次馬、興味本位で追跡してくる連中を巧みに振り切った零士が荒っぽく引き戸を開いたのは、案の定というか保健室の扉だった。
「うん? 零士か。それにノエルまで。どうしたんだい? そんなに慌てて」
そうすれば、デスクの前の事務椅子に腰掛けていたシャーリィ……シャーロット・グリフィスはくるりと椅子ごと零士たちの方に向き直って。白衣の裾を下に敷く長い脚をサッと組み直せば、肘なんか突きながら、ニヤニヤとした視線で二人を交互に見渡す。
「どうしたもこうしたもあるか!」
零士はひどい剣幕で言いながら、ノエルを保健室の中に引き込んで。そして扉を閉めると、後ろ手に鍵を閉める。
「もしかして、早速此処で一発洒落込もうってのかい? 全くお盛んなことだ。若いといえ、あまり節操が無いのも考え物だよ?」
ガチャッと音を立てて零士が鍵を閉めるのを見れば、シャーリィが尚もニヤニヤとする顔を強めながら、茶化すみたいに言って。そうすればノエルが「あはは……」と、頬を桜色に染めながら、困った顔で苦笑いを浮かべていた。
「冗談言ってる場合か!」
だが、ノエルの傍らに立つ零士はそんなシャーリィの茶化しに応じることもなく、ノエルの手を離せば、ズカズカと大股で椅子に座るシャーリィへと詰め寄っていく。
「どういうことだ、なんで彼女が此処に居る!?」
「どういうも何も、今日から転入生として、ノエルは君と一緒に楽しい楽しいスクール・ライフさ」
はっはっは、と高笑いをしてシャーリィは言えば、「まあ立ち話は何だ、座りたまえ」と続けて言い、傍らにある丸椅子に目配せをした。持ってきて座れ、ということだろう。
「ったく……! 説明して貰うぞ、シャーリィ。……それにノエル、君にもだ」
そんなシャーリィの意図を汲み取った零士は、適当な丸椅子をノエルの分も含めた二脚を引っ張ってきて、それにドカッと腰掛けた。傍らでノエルも零士の持ってきたもう一つの丸椅子に座れば、シャーリィを含めて三角形を形作るような位置関係になる。
「あ、そうだそうだ。さっき下の自販機で当たりを二連続で引いちゃってね。良かったらこれ、君たちにあげるよ」
二人が座ると、そのタイミングで思い出したシャーリィは保健室備え付けの冷蔵庫の中から、小さな緑茶のペットボトルを自分の分も含めて三本ほど取り出し。その内の二本を、零士とノエルにそれぞれ投げ渡す。
「ん、ありがとうシャーリィ」
「今日はよく貰う日だな……」
それぞれ、投げ渡されたペットボトルを空中で受け取り。零士はカチリと開封したそれにちびちびと口を付けながら、シャーリィの話に聞き耳を立てることにした。
「……端的に言うとね、零士。ノエル――――いや、敢えて今はミラージュと呼ぼうか。彼女は今日から、サイファー。君の弟子だ」
「弟子?」ペットボトルから口を離し、首を傾げる零士。
「話が掴めない、どういうことなんだシャーリィ。大体、ノエルはアンタの弟子じゃないのか?」
零士が続けて訊くと、シャーリィは「冗談は止してくれ」と失笑し、大袈裟に手を横に振るジェスチャーをする。
「大体、私がミラージュにしたことと言えば、実戦に連れて行って君の邪魔にならない程度のことぐらいだ。
………………それに、私の弟子は、生涯でたった二人きりだよ」
最後の言葉は、彼女のしては珍しいぐらいに寂しそうな眼でシャーリィは言っていた。零士はただ、それに黙って頷いてやる。
「彼女とはね、一年半? もう少し前だったっけ。それぐらいの頃に知り合ったんだ。ずっと訓練し通しだったから、実は実戦デビューは半年ばかりか、もう少し長いぐらいなんだ」
そうなのか、とシャーリィの話を聞いた零士が目配せをすると、ノエルは「うん」と頷き返してくれた。
「あ、それとね」
そんな風に二人が視線だけを交わし合う傍ら、零士がまたお茶のペットボトルに口を付け傾け始める傍ら、シャーリィは相変わらずのマールボロ・ライトの煙草を吹かし始めていて。そんな風に気楽な顔と態度で、そしてさも当然のような顔で、しかし意味の分からないことを口走り始めた。
「今日から彼女も、君と一緒に暮らすことになるから。よろしく」
「ぶ――――っ!?!?!」
零士がまた、今度は口に含んでいたお茶を見事なまでに吹き出した。本当に在りし日の松田優作を彷彿とされるような見事な吹きっぷりに、シャーリィは一瞬だけ唖然とする。
「ちょっ、レイ大丈夫!?」
「ごほっ、がはっ……!」
吹き出し、咳き込む零士に駆け寄ったノエルが心配そうに背中をさする中、シャーリィはきょとんとした顔で「あれ、言ってなかったっけ」ととぼける。
「一言も聞いてない、この馬鹿!」
「おっかしいなあ、もうノエルの荷物は運び込んだんだけれど」
「運び込んだぁ!?」
尚も咳き込む零士に、シャーリィは「うん」ととぼけた顔で頷いて、
「午前中にね。今日は半休で、私は午後から仕事なんだ。だからノエルから預かった荷物は、全部君の家に放り込んである」
そういえばこの女、家の合鍵を持っていたのを忘れていた。緊急時の為だとか何だとか適当に難癖を付けて渡させておいて、結局は押し掛けてくる度に深夜……というか明け方までシャーリィの絡み酒に付き合わされていたのだった。
ということは即ち……今頃、玄関先は酷いことになっているだろう。荷物で溢れた惨状と、そして今日からノエルが一緒にあの家で暮らすこと。明らかに前途多難なこの先のことを思えば、零士は湧き上がってくる頭痛に耐えきることが出来ないまま、ただただ眉間を抑えることしか出来ないでいた。
「えーと……そういうことだから、レイ。今日からよろしく……ね?」
そんなこんななことで、零士が眉間を抑えていれば。背中をさすっていた手を肩に回しながら、ノエルは少しだけ申し訳なさそうに、苦笑いでもするかのような何とも云えない表情で、そう零士に言う。
「勘弁してくれ……」
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