149 / 430
第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』
Int.53:アイランド・クライシス/夏夜雨嵐、孤独な夜に影法師ふたつ③
しおりを挟む
「…………」
激しすぎる雨の降りしきる、嵐の夜。携帯ランタンの明かりだけがそこを照らす狭く、薄暗い洞穴の中で、しかし瀬那は未だに眠れず。すぅすぅと寝息を立て続ける一真のすぐ傍に座り込み、ぼうっと俯きながら外の雨音に耳を傾けていた。
昼間から延々と降りつける激しすぎる雨は、こんな夜更けになっても未だその勢いは衰えるところを知らない。寧ろ、先程よりも強くなっているような気すらする程、洞穴の外に降る雨は激しかった。
すると、遠くで稲光が一瞬、瞬いた。視界の端にその激しすぎる一瞬の閃光を捉えた瀬那が横目を流すと、そんな稲光から数秒遅れて聞こえるのは低く、そして唸るような雷鳴。雄々しく、それでいて本能的な恐怖を感じさせるような雷鳴を、しかし瀬那は身震いひとつ起こさず、ただぼうっとそれに耳を傾けていた。
「……こんなにも、美しいものなのだな。我らの世界とは、我らの生きる、この母なる地球というものは…………」
ポツリと、何の気無しに洞穴の天井を仰ぎながら、虚空に向けて瀬那はそんな独り言を呟く。傍で寝息を立てる一真を起こさない程度に小さく、囁くみたいな声音で。
「彼奴らは何を思えば、何を間違えれば。こんなにも美しい世界を、美しい我らが地球を、自ら捨てようとなぞのたまえるのだ……?」
虚空に向けて問いかけ、囁きかける瀬那だったが、しかしその言葉に答える者は誰一人として居らず。ただ小さく息をつくと、瀬那は疲れたように軽く肩を竦める。
「……私には、分からぬよ。貴様らが思うことも、為すことも、そしてその理由すらも。この星を捨てようなどと考える者共の思うことなど、私に分かるものか…………」
吐き捨てるように、瀬那はひどく疲れた声色で。その中に何処か憂いの気配も垣間見させつつ、聞く者など一人として居ない虚空に向けて、瀬那はただ無為に、そうひとりごちる。
――――楽園派。
今の瀬那の脳裏に浮かぶのは、幾度となく己の命を狙ってきた、あの連中のことだった。
極地移住と、将来的な地球圏脱出を目論む奴らの、楽園派の計画。"プロジェクト・エデン"――――。
昨日までは、理解できないなりにも瀬那はそれに対し、ある一定の理解を示しているつもりだった。敵の居ない、幻魔の入ってこられない場所へ逃げ込みたい気持ちは分かる。幻魔の居ない、何処か遠い星へ逃げてしまいたい気持ちは、分からなくもないと。
しかし、こうして自然の猛威を目の当たりにすると。その雄々しさの中に垣間見える、どうしようもない美しさを、それこそ筆舌に尽くしがたいような、数多の生命が輪廻するその息吹を目の当たりにしてしまうと。瀬那はもう――――そんな楽園派ののたまう戯れ言など、まるで理解できなくなってしまっていた。
(私は今まで、こんなものなど直に目の当たりにしたこと、なかった)
家を飛び出す前、箱入りに近いように育てられていた瀬那に、こんな風に自然と直に触れ合う機会など、そんなものなどあるはずが無かった。周りの人間がそれを良しとしなかったし、なによりそんなこと、昔の自分は気にも留めていなかった。
だが――――こうして、一真と共に、訓練という形ではあるが自然の中に自らの足で踏み入り。そして不測の事態があった上での不可抗力ではあるものの、自然の中で一日を過ごしてみて――――そして瀬那は、初めて己の住まうこの大地の、母なる地球の雄大さに畏敬の念を抱き、そしてその美しさに、どうしようもなく惹かれ始めていた。
だからこそ、瀬那は分からなくなっていた。"プロジェクト・エデン"の意義も、それを目論む楽園派の思うことも。何もかもが、分からなくなってしまっていた。
「……滅亡が間近に迫れば、仕方の無いことなのやもしれぬ」
そう呟きながら、瀬那は後ろの地面に付く手の片方を、眠る一真の無防備な手にいつの間にか重ねてしまっていた。
それは不安から来るものなのか、はたまた別の感情からなのか。そんなことは分からないが、少なくとも――――この無骨で、自分よりも少しばかり熱のある大きな手に触れていると、自然と安心することができた。思考を落ち着かせ、冷静な頭のまま、無為な独り言を続けることが出来そうだった。
「しかし、それでも私には――――この地球を捨て去ることなど。斯様に美しきこの世界を、みすみす彼奴らなぞに明け渡し、あまつさえ此処から逃げ出すことなど……。
――――そんな真似、そんな真似なぞ到底、私には許容出来ぬよ」
胸の奥から、まるで絞り出すような。聞こえ方によっては、悲痛にさえ聞こえてしまうような。瀬那が虚空に向けて呟いたのは、そんな独り言だった。
「……ふっ」
すると、次に瀬那は何故か自嘲めいた笑みを浮かべ。一度俯いて軽く水を煽れば、彼女はまた洞穴の天井を仰ぎ見る。
「何を言っているのだろうな、私は」
こんな妄言めいたことを口走るなど、実に私らしくもない――――。
そう思えば、浮かべる自嘲じみた笑みも、より一層濃くなってしまう。
どうしてこんなことを突然言い出したのか、自分でも分からない。だが、どうしても口に出しておきたかったのだ。口に出しておくことで、今思ったこの気持ちを明確に、そして確かな形で胸に焼き付けられるような……そんな、気がしていたから。
「其方の傍に居ると、私はどうにもらしくないことばかりをしてしまう」
フッと、今度は自嘲めいた笑みでなく、単に小さく頬を緩ませながら瀬那は呟く。傍で横になる一真は、未だに寝息を立て続けていた。
「よく寝ておる、な」
そんな彼の方に振り返りながら、瀬那は柔らかく、しかし何処か儚くも見えるように微笑みつつ、そんな風に眠る一真の頬を軽く、そっと指先で撫でる。
「――――なら、構わぬか。聞いていなくても構わぬ。少しだけ、私の話に付き合ってくれ」
眠り続ける一真の顔を、横目でチラリと眺めながら。瀬那はそう囁きかけると、眠る彼に向けてポツリ、と少しずつ話し始めた。一真に聞こえていようがいまいが、構わない。ただ――――どうしても、口に出したかった。そうでもしなければ、眠れそうになかった。
激しすぎる雨の降りしきる、嵐の夜。携帯ランタンの明かりだけがそこを照らす狭く、薄暗い洞穴の中で、しかし瀬那は未だに眠れず。すぅすぅと寝息を立て続ける一真のすぐ傍に座り込み、ぼうっと俯きながら外の雨音に耳を傾けていた。
昼間から延々と降りつける激しすぎる雨は、こんな夜更けになっても未だその勢いは衰えるところを知らない。寧ろ、先程よりも強くなっているような気すらする程、洞穴の外に降る雨は激しかった。
すると、遠くで稲光が一瞬、瞬いた。視界の端にその激しすぎる一瞬の閃光を捉えた瀬那が横目を流すと、そんな稲光から数秒遅れて聞こえるのは低く、そして唸るような雷鳴。雄々しく、それでいて本能的な恐怖を感じさせるような雷鳴を、しかし瀬那は身震いひとつ起こさず、ただぼうっとそれに耳を傾けていた。
「……こんなにも、美しいものなのだな。我らの世界とは、我らの生きる、この母なる地球というものは…………」
ポツリと、何の気無しに洞穴の天井を仰ぎながら、虚空に向けて瀬那はそんな独り言を呟く。傍で寝息を立てる一真を起こさない程度に小さく、囁くみたいな声音で。
「彼奴らは何を思えば、何を間違えれば。こんなにも美しい世界を、美しい我らが地球を、自ら捨てようとなぞのたまえるのだ……?」
虚空に向けて問いかけ、囁きかける瀬那だったが、しかしその言葉に答える者は誰一人として居らず。ただ小さく息をつくと、瀬那は疲れたように軽く肩を竦める。
「……私には、分からぬよ。貴様らが思うことも、為すことも、そしてその理由すらも。この星を捨てようなどと考える者共の思うことなど、私に分かるものか…………」
吐き捨てるように、瀬那はひどく疲れた声色で。その中に何処か憂いの気配も垣間見させつつ、聞く者など一人として居ない虚空に向けて、瀬那はただ無為に、そうひとりごちる。
――――楽園派。
今の瀬那の脳裏に浮かぶのは、幾度となく己の命を狙ってきた、あの連中のことだった。
極地移住と、将来的な地球圏脱出を目論む奴らの、楽園派の計画。"プロジェクト・エデン"――――。
昨日までは、理解できないなりにも瀬那はそれに対し、ある一定の理解を示しているつもりだった。敵の居ない、幻魔の入ってこられない場所へ逃げ込みたい気持ちは分かる。幻魔の居ない、何処か遠い星へ逃げてしまいたい気持ちは、分からなくもないと。
しかし、こうして自然の猛威を目の当たりにすると。その雄々しさの中に垣間見える、どうしようもない美しさを、それこそ筆舌に尽くしがたいような、数多の生命が輪廻するその息吹を目の当たりにしてしまうと。瀬那はもう――――そんな楽園派ののたまう戯れ言など、まるで理解できなくなってしまっていた。
(私は今まで、こんなものなど直に目の当たりにしたこと、なかった)
家を飛び出す前、箱入りに近いように育てられていた瀬那に、こんな風に自然と直に触れ合う機会など、そんなものなどあるはずが無かった。周りの人間がそれを良しとしなかったし、なによりそんなこと、昔の自分は気にも留めていなかった。
だが――――こうして、一真と共に、訓練という形ではあるが自然の中に自らの足で踏み入り。そして不測の事態があった上での不可抗力ではあるものの、自然の中で一日を過ごしてみて――――そして瀬那は、初めて己の住まうこの大地の、母なる地球の雄大さに畏敬の念を抱き、そしてその美しさに、どうしようもなく惹かれ始めていた。
だからこそ、瀬那は分からなくなっていた。"プロジェクト・エデン"の意義も、それを目論む楽園派の思うことも。何もかもが、分からなくなってしまっていた。
「……滅亡が間近に迫れば、仕方の無いことなのやもしれぬ」
そう呟きながら、瀬那は後ろの地面に付く手の片方を、眠る一真の無防備な手にいつの間にか重ねてしまっていた。
それは不安から来るものなのか、はたまた別の感情からなのか。そんなことは分からないが、少なくとも――――この無骨で、自分よりも少しばかり熱のある大きな手に触れていると、自然と安心することができた。思考を落ち着かせ、冷静な頭のまま、無為な独り言を続けることが出来そうだった。
「しかし、それでも私には――――この地球を捨て去ることなど。斯様に美しきこの世界を、みすみす彼奴らなぞに明け渡し、あまつさえ此処から逃げ出すことなど……。
――――そんな真似、そんな真似なぞ到底、私には許容出来ぬよ」
胸の奥から、まるで絞り出すような。聞こえ方によっては、悲痛にさえ聞こえてしまうような。瀬那が虚空に向けて呟いたのは、そんな独り言だった。
「……ふっ」
すると、次に瀬那は何故か自嘲めいた笑みを浮かべ。一度俯いて軽く水を煽れば、彼女はまた洞穴の天井を仰ぎ見る。
「何を言っているのだろうな、私は」
こんな妄言めいたことを口走るなど、実に私らしくもない――――。
そう思えば、浮かべる自嘲じみた笑みも、より一層濃くなってしまう。
どうしてこんなことを突然言い出したのか、自分でも分からない。だが、どうしても口に出しておきたかったのだ。口に出しておくことで、今思ったこの気持ちを明確に、そして確かな形で胸に焼き付けられるような……そんな、気がしていたから。
「其方の傍に居ると、私はどうにもらしくないことばかりをしてしまう」
フッと、今度は自嘲めいた笑みでなく、単に小さく頬を緩ませながら瀬那は呟く。傍で横になる一真は、未だに寝息を立て続けていた。
「よく寝ておる、な」
そんな彼の方に振り返りながら、瀬那は柔らかく、しかし何処か儚くも見えるように微笑みつつ、そんな風に眠る一真の頬を軽く、そっと指先で撫でる。
「――――なら、構わぬか。聞いていなくても構わぬ。少しだけ、私の話に付き合ってくれ」
眠り続ける一真の顔を、横目でチラリと眺めながら。瀬那はそう囁きかけると、眠る彼に向けてポツリ、と少しずつ話し始めた。一真に聞こえていようがいまいが、構わない。ただ――――どうしても、口に出したかった。そうでもしなければ、眠れそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
世にも奇妙な世界 弥勒の世
蔵屋
キャラ文芸
私は、日本神道の家に生まれ、長年、神さまの教えに触れ、神さまとともに生きてきました。するとどうでしょう。神さまのことがよくわかるようになりました。また、私の家は、真言密教を信仰する家でもありました。しかし、私は日月神示の教えに出会い、私の日本神道と仏教についての考え方は一変しました。何故なら、日月神示の教えこそが、私達人類が暮らしている大宇宙の真理であると隠ししたからです。そして、出口なおという人物の『お筆先』、出口王仁三郎の『霊界物語』、岡田茂吉の『御神書(六冊)』、『旧約聖書』、『新訳聖書』、『イエス・キリストの福音書(四冊)』、『法華経』などを学問として、研究し早いもので、もう26年になります。だからこそ、この『奇妙な世界 弥勒の世』という小説を執筆中することが出来るのです。
私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる