幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.02:蒼穹、遠く聞こえる詩声が告げるは迫る夏の気配②

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「――――カズマたちは、夏休みどうするの?」
 そして、一限目の座学との間に設けられた束の間の休み時間。一真の座る席のすぐ傍に立ちながらそう訊いてくる金髪の少女、エマ・アジャーニの問いかけに一真は「ん? ああ」と反応し、
「俺は、別にどこにも」
 何処かぶっきらぼうにも聞こえるような調子で、そう答えた。
「そっか、カズマもなんだ」
 うんうん、と一真のすぐ傍に立ちながら、納得したみたいにエマが独りで勝手に頷く。一応はC組であるそんなエマがなんでまたここに押し掛けてきているのだとか、そういう野暮なことを言うような人間は一真を含め、もう誰一人として存在しない。それぐらいに、エマが一真のところへ押し掛けてくるのは毎度のことで、最早日常茶飯事といっていいぐらいの頻度だった。
「じゃあ、瀬那も?」
「うむ」
 凛とした、何処か自信の色を滲ませた声色でそう頷くのは、一真のすぐ真後ろの席に座る彼女、綾崎瀬那あやさき せなだった。半開きにした窓から差し込む柔な風に揺らす、頭の後ろで結った格好の長い藍色の髪は相変わらず細く透き通っている。ちなみに今の一真は壁を背に、横向きに椅子へ座っている格好なものだから、そんな瀬那の様子は横目にチラリと見ることが出来る。
「私も、特に何処かへ帰るという用は無い。夏休み中も、ずっと此処にることになるな」
「へえ、そうなんだ。あはは、なんか僕たちの周りって残留組が妙に多いよね」
「かもな」微笑みながら言うエマに、一真は苦笑いをしながら頷く。「確か、白井もそうだろ?」
「うん」頷き、肯定するエマ。「アキラと美弥はこの辺が地元だし、霧香も残るみたい。それにステラも、僕と一緒で留学生だからね」
「結局、夏休みを迎えたところで我らは変わらぬ、ということか」
「まあ、僕としては寂しくなくて嬉しいんだけれどね」
 あはは、とまた小さな苦笑いをしつつ、うんうんと頷く瀬那の言葉にエマがそう返す。
「じゃあ、夏休みは目いっぱい遊ばないとね」
「だな」ニッと笑みを浮かべた一真がそんな風に頷いていると、その隣で瀬那は首を傾げ、
「遊ぶ……? というと、何をどうするのだ?」
 そう、割と真面目な顔で一真とエマの二人に問うてくる。
「あー……」
 瀬那の言葉の意味が分からず、頭の上に疑問符を浮かべるエマだったが。しかし一真の方は、瀬那がそんなことを訊いてきた理由は何となくだが察せられていた。
 ――――つまり、瀬那は知らないのだ。こういう時、どうやって楽しめばいいのか。誰と何をして、どう遊んで過ごせばいいのか。それを今まで知らなかったから、瀬那は分からないのだ。
 瀬那は日本屈指の経済体を成す一大財閥・綾崎財閥の根幹を成す綾崎一族、その直系の末裔なのだ。その存在を世間には隠されて生きてきた彼女が、そんな人並み……と言っては失礼だが、誰かとの遊び方を知っている筈がなく。そういう意味で、ある意味で瀬那のこんな反応は、至極自然なことなのだ。
「まあ、誰か連れて何処かに買い物行ったりとか、観光したりだとか……だよな、エマ?」
 とりあえず、しどろもどろになりつつも一真は何とか説明しつつ、しかしエマに助けを求めるみたいな視線を横目で流し。するとエマは「えっ? あ、うん」と戸惑いながらもそれに頷き、
「まあ、大体そんな感じかな……?」
 と、少しばかり自信なさげに言葉を続けた。
「ううむ。分かったような、分からぬような」
 そんな二人の説明に、瀬那は未だ首を傾げつつ。そんな彼女に向かって一真は「まあ」と苦笑いをしながら前置きを言って口を開けば、
「百聞は一見に如かず。どうせ放っておいても夏休みはすぐに来ちまうんだ。なら、実際経験してみるのが一番さ。だろ?」
「そうだね、カズマの言う通りだ」
 軽くウィンクなんか投げつつ一真が瀬那に向かってそう言えば、隣でエマも頷いて同意してくれる。
「……確かに、論ずるよりも直に経験するのが一番であるな。
 分かったぞ、一真。私には未だによく分からぬが、其方たちに任せよう。済まぬが、至らぬ私に色々と教えてくれ」
「言われなくても、そのつもりだ」
「そうだね。折角楽しむなら、多い方が良い」
 一真がニッと笑みを浮かべながら瀬那の言葉に頷き、その後でエマもニコッと微笑みながらそう言うと。そうした頃に、束の間の自由時間の終わりを告げるチャイムの音色が鳴り始めた。
「おっと、もうこんな時間だったんだね。――――じゃあ、カズマに瀬那。また後でねっ!」
 それに気付くと、エマは急いで戻ろうと駆け出し。軽く手を振りながら二人にそう言うと、駆け足でA組の教室を出て、C組に戻っていった。
「夏休み、か……」
 窓の外を眺めながら、瀬那がポツリと呟く。それに一真が「どうかしたか?」と後ろに振り向きながら訊けば、瀬那は「いや、なにもありはせぬよ」と穏やかに首を左右に振る。
「はいはい、席に着きたまえ」
 ガラッと引き戸を開けながら西條が気怠そうに入ってくる気配を肌で感じつつ、瀬那は未だ窓の外を眺めていた。
 金色の瞳に映るのは、校舎の外に広がる蒼すぎる蒼穹。無限に広がっているんじゃないかと思えるように真っ青なキャンパスの中には、背の高い入道雲が幾つも浮かんでいて。遠く一条の飛行機雲が浮かぶ傍には、真夏の痛すぎる日差しで容赦無く照りつけてくる太陽の眩い姿も垣間見える。
「……いものだな、本当に」
 遠くで泣きわめく蝉の大合奏を聴きながら、瀬那はフッと小さく微笑み。夏の訪れを告げる蝉の鳴き声に耳を傾けながら、凛とした顔で瀬那は教壇の方に向き直った。
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