幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

文字の大きさ
273 / 430
第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.45:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル①

しおりを挟む
「…………」
 カーテンの隙間から、微かに差し込む東の朝日。新たな一日の始まりを告げる陽の光とやかましく鳴き喚く蝉たちの大合奏に誘われ、一真は閉じていた瞼をゆっくりと開き。そうして、まどろみの中から段々と意識を常世へと引っ張り上げられていった。
 チラリと時計を見れば、まだ時刻は午前七時を少し過ぎた頃。昨日は帰還が遅かった関係で就寝も遅かったから、随分と浅い眠りのままに目を覚ましてしまったことになる。
 だが、目覚めてしまったものは仕方ない。寝直そうにも却って気怠くてどうにも嫌になってきそうなものだから、一真は半分仕方なしといった具合に、揚々とベッドから身を起こす。
「……まだ、寝てるか」
 そうして、ひんやりと冷たい床の上に立ち上がり。自分の寝ていた二段ベッドの、その上段をチラリと覗き込んでみれば、瀬那はまだ例の和装めいた白い寝間着の格好のままで、すぅすぅと深い寝息を立てていた。
 よっぽど、昨日の疲れが溜まって居たのだろう。比較的早起きの傾向がある彼女がこの時間、ここまで深い眠りに就いているということは、つまりそういうことだ。
 故に一真は、敢えてカーテンを開けぬままにしておいてやった。疲れた彼女を起こしてしまうのは、些か気が引けるというものだ。
 んー、と小さく伸びをし、冷蔵庫から取り出した、ギンギンに冷え切ったミネラル・ウォーターのペットボトルを一気に飲み干すぐらいの勢いで煽ると。喉に流れ込んでくる冷え切った水の冷気が五臓六腑に染み渡るような気がして、自然と身体も目を覚ましてくる。
 そうした後で、一真は瀬那を起こさないようにそろり、そろりと浴室へ向かい。そうして熱いシャワーを浴びてしまえば、身体にじっとりと張り付いていた鬱陶しい寝汗が、流れ落ちる湯と共に消えていってしまう。
「ふぅ……」
 気分を入れ替えたところで、さてこれからどうするかと一真は少しの思案に迫られていた。
 まだ朝食には少し早いし、そもそも折角ならば瀬那を連れていってやりたい。かといってこのまま部屋に籠もっていても時間と暇とを持て余すだけで、どうにも勿体ないような気がしてくる。外はこんなにも晴れやかだというのに、籠もっているというのも些か引け目を感じてしまうというものだ。
 それに――――折角、こうして再び生きて帰って来られたのだ。今ぐらい、束の間の平穏を噛み締めたところで、それは決して罪じゃないだろう。
「生きて……るんだよな。まだ、俺たちは」
 ポツリ、と一真が独り言を呟いた。呟きながら握り締める右の拳から伝わる確かな感触が、まだ己が確かな存在を以てここにいると、そう教えてくれている。
 ――――そうだ、まだ生きている。
 危うく国崎が死にかけてしまったけれど、まだ自分たちは全員、教官二人を含めた十二人が欠けることなく、こうして新しい一日を迎えることが出来たのだ。それは、素直に喜ばしいことだ。
「国崎の奴、大丈夫なんだろうか」
 そんなことを考えていれば、一真が昨日エマと見舞いに行った国崎のことを思い出してしまうのは、ある意味で必然ともいえることだった。
 あの後――――二人は、結局付き添いを美桜に任せたまま、半ばで医務室を出て行ってしまったのだ。あのまま居ても、何だか気分が落ち込んでしまうような気がして。それに国崎だって目を覚ます気配がまるで無かったから、あれ以上居ても仕方ないと思ったのだ。
 だがまあ、心配は無用というものだろう。美桜も言っていた通り、国崎自体に命の別状はない。後は、奴の精神的な問題だけだ。これは、国崎自身が自分の脚で立ち上がるべきことであって、まるで外様とざまの一真がどうこう干渉すべきことではないし、その資格もないだろう。
 故に、一真はこれ以上彼のことを思案するのは不毛と思い、それ以上の思考を回すことを意図的に封じた。美桜が傍に付いていてくれるのなら、万が一の心配も無いだろうとも思っていた。彼女とはまだ短すぎる付き合いだが、それでも国崎のことは任せられると、素直な気持ちからそう思える。
「さて、と……」
 とにかく、まずは自分のことだ。このまま此処で足踏みをしていても、何だか一日が勿体ないような気がする。
「…………」
 ――――とりあえず、散歩にでも出てみよう。
 何でかは分からないが、一真はふとそんなことを思い付いていた。我ながらおかしな発想だと思うが、しかし――――どうにも、噛み締めたくなった。確かな平穏と、変わりの無い日常という奴を。
 一度こう思ってしまえば、善は急げという奴で。一真はそそくさとジーンズを履き、適当なTシャツを一枚だけ羽織り。そんな雑極まりない格好に着替えてしまえば、後は瀬那を起こさないように気を付けつつ、訓練生寮・203号室を出て行くことにした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

世にも奇妙な世界 弥勒の世

蔵屋
キャラ文芸
 私は、日本神道の家に生まれ、長年、神さまの教えに触れ、神さまとともに生きてきました。するとどうでしょう。神さまのことがよくわかるようになりました。また、私の家は、真言密教を信仰する家でもありました。しかし、私は日月神示の教えに出会い、私の日本神道と仏教についての考え方は一変しました。何故なら、日月神示の教えこそが、私達人類が暮らしている大宇宙の真理であると隠ししたからです。そして、出口なおという人物の『お筆先』、出口王仁三郎の『霊界物語』、岡田茂吉の『御神書(六冊)』、『旧約聖書』、『新訳聖書』、『イエス・キリストの福音書(四冊)』、『法華経』などを学問として、研究し早いもので、もう26年になります。だからこそ、この『奇妙な世界 弥勒の世』という小説を執筆中することが出来るのです。  私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

処理中です...