幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.27:黒の衝撃/雷撃と焔②

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 壬生谷雅人。
 教壇の中央に堂々たる態度で立つ長身の青年は、≪ライトニング・ブレイズ≫中隊長の彼は、確かにそれが己の名だと名乗りを上げた。美弥と同じ、壬生谷性のファミリー・ネームを口にして。
「ど、どういうことなの、美弥ちゃん……?」
 教室中が困惑し静まりかえる中、やっとこさ口を開いた美桜が当惑した顔で耳打ちするみたく美弥に問いかける。すると美弥は「は、はい」と少しだけ言葉を詰まらせながら頷いて、
「私のお兄ちゃんです。……壬生谷雅人は、確かに私のお兄ちゃんなんです」
 と、独りで頷きながらその事実を反芻するみたく繰り返し言い放った。
 ――――美弥の、兄の存在。
 それ自体は、前に一真も彼女との話の流れで聞いたことがある。だが気にも止めていなかっただけに、雅人が彼女の兄であることを告げられた一真の受けた衝撃は、他の連中とそう大差ない。ましてあんな嫌味ったらしい男が美弥の兄であるのならば、余計にその衝撃は大きかった……。
「……驚いたね、こんな偶然ってあるんだ」
 一真が唖然としていると、臨席のエマが小声でそう呟くものだから。それに「うむ」と頷く瀬那に続き一真も「だな」と同意を示してやり、そして三人揃って視線を教壇の方へと戻してみる。
「あー、もしかしてぇ西條教官ってばぁ、みゃーちゃんのことすーっかり忘れてたりぃ?」
 すると、失念していたことに気づき参ったように額を押さえる西條へ、省吾がニヤニヤと嫌らしく笑いながら言う光景が真っ先に三人の視界に飛び込んできた。
「……ああそうさ、すっかり忘れてたよ。伝え忘れたっていうか、まず雅人が美弥の血縁だったってことを忘れてた」
 はぁーっ、と物凄く大きい溜息を吐き出しつつ、西條は己が非を認めるかの如く省吾の言葉にあっさりと頷く。するとニヤッとした省吾は調子に乗って「もうっ教官ったらぁーん、そろそろ物忘れがはげしくなるお年頃ぉー?」なんて更に捲し立ててしまい。とすれば「おい」と西條にギロリと横目で睨まれてしまう。
「はい」
「省吾、そこら辺にしておけよ?」
「はい」
「分かったな?」
「はい」
「よーし、宜しい」
「はい」
 真顔で直立不動になり頷くだけの機械と成り果てる省吾と、その反応を見てうんうん、と腕組みをしつつ何故か満足げに頷き始める西條。そんな風に二人の間で、何処かで見たような阿呆なやり取りが交わされれば、戸惑いの色に染まっていた教室の雰囲気も多少は弛緩してくる。
「美弥ちゃん、久し振りっ!」
 とまあ西條が省吾とそんな具合なやり取りを交わしている隙に、愛美といえばしれっと教壇から降りて教室の奥へと歩いていて。極々自然な素振りで美弥の傍へさっさと近寄れば、言いながら美弥をぎゅーっと真正面から思い切り抱き締めてしまう。
「はわ、わわっ!?」
「うーん、相変わらず小っちゃいなぁ! うへへー、昔と変わんない可愛さだぁ!」
 愛美に抱き締められて顔を真っ赤に困惑する美弥と、そんな美弥の小振りな身体をいっぱいに抱き締めながら、頭頂部に頬ずりなんてし始める勢いで愛美はその表情を綻ばせている。アイスブルーの前髪の下、フレームレスの眼鏡の隙間から垣間見える彼女の表情はやたらと幸せいっぱいみたいな感じだった。
 愛美も省吾も、二人とも雅人とはこの京都士官学校の同期だった。全員が地元出身で、二人とも、特に愛美に関してはまだ幼かった美弥とすこぶる仲が良かったのだ。その時の名残というか、そのままの流れという奴だろう。
 二人が美弥と最後に逢ってから、一体どれぐらいの月日が流れたのだろうか。見た目こそ成長したものの、しかし昔と全く変わらない愛美と美弥のそんなじゃれ合いを遠目に眺めていれば、省吾も、そして雅人ですらも自然と表情を綻ばせてしまう。
「……フッ」
 そして、それは西條にとっても同じことだった。いつの間にやら咥えていたマールボロ・ライトの煙草を吹かしながら、少しの間だけ二人のじゃれ合いを眺め黙認してしまう。
「…………」
 チラリと横目の視線を交錯させれば、西條とは反対側の教室の隅に立つ錦戸もまた同じ気持ちのようで。左目尻に縦一文字の刀傷が走るあの厳つい顔に似合わなさすぎる好々爺こうこうやのような笑顔を、今日は一段と色濃く、そして懐かしいものを見るような色にさせていた。
 ――――立派になったものだ、コイツらも。
 昔の、まだ青い訓練生だった頃の彼ら三人を思い出せば、自然と西條はそんな思いに駆られてしまった。あの悪ガキ三人衆が、今や死神部隊と恐れられる特殊部隊のエリート・パイロットだ。全く人生というボードゲーム、何処にどう転ぶか分かったものじゃない……。
「ほら愛美、その辺にしておけ。美弥も困ってるだろ」
 そう思いながら、しかしそろそろ頃合いだと見計らった西條がそう呼びかけると、すると愛美は「はぁい」と頷いて美弥から離れていく。
「……まずは軽い自己紹介から初めてくれ」
 愛美が教壇の上に戻ってくるのを確認した後、煙草を吹かしたままの西條はそう言って話を元の方向へと軌道修正した。
 そうしながら視線で促すと、すると雅人がまずは一歩前に踏み出てくる。まずは彼から、というワケだ。
「では、改めて。俺は第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫中隊長・壬生谷雅人みぶたに まさと大尉だ。A-311小隊の皆には、以後見知りおいて貰えると俺としても嬉しい。
 ……尤も、一部の誰かさんたちは既に知っているだろうけれどね、俺のコト」
 最後に言った皮肉っぽい言葉は、まず間違いなく先程の一真とエマの二人とのやり取りを指していた。それこそ、あからさまなまでに。
 跳ねっ返りの強い黒髪と、そしてこちらを挑発するような視線で見下ろしてくる切れ長の瞳。175cm前後と背丈は一真と同じぐらいなはずだが、しかし教壇の上に立っているからか、その視線はより高い位置から、そしてより挑発するように二人へと注がれていた。
「こーら、また雅人はそう言うこと言うっ!」
 と、そんな雅人の態度に一真とエマが二人揃ってムッとした直後、雅人の頭が愛美の手からスッ飛んできた来客用のスリッパでスパァァンと叩かれる。甲高い、見事なまでに心地の良い音を木霊させて。
「な、何をする!?」叩かれた後頭部を押さえながら愛美の方に振り向く雅人。
「なーんで雅人はそう、カズマくんたちを目の敵にするかなぁ? 駄目だよホントに、口下手っていうか、あらぬ誤解を招いちゃうよ?
 ……二人とも、さっきといいホントに雅人がごめんね? ホンットに悪気は無いから、許してあげて! ね?」
 とすれば愛美は三倍返しぐらいの勢いで雅人に説教をし。それを喰らった雅人がしゅんと縮こまると愛美は一真たちの方に振り向いて、途端に二人に向かって雅人の非礼を詫びてくる。
「い、いや……」
「別に……ね?」
 そんな風に詫びられてしまえば、一真とエマの二人も戸惑いながらそう返さざるを得ず。すると愛美はそんな戸惑い気味の二人に他のA-311小隊の面々から奇異の視線が注がれていることも意に返さないまま「ということでっ!」と一挙に話の流れを切り替える。
「ちょっと順番がおかしくなっちゃったけれど、私は雨宮愛美あめみや まなみっ。階級は中尉で、一応≪ライトニング・ブレイズ≫の副隊長って立場……なのかな? まあでも、あんまり階級とか気にしなくて良いから。気軽に接してくれると嬉しいなっ!」
 そして軽く自己紹介をすれば、肩甲骨ぐらいまであるストレート気味なアイスブルーの後ろ髪を揺らし、小さく腰を折って視線を低くすれば軽いウィンクなんかも投げてくる。
「……! その喋り方、もしかして」
「貴様があの時の、俺たちを助けた黒い≪閃電≫か!?」
 愛美の自己紹介が済むと、すると何かに気が付いた美桜と国崎が一様に驚きの声を上げる。昨日の戦いで自分たちの窮地を救った≪ライトニング・ブレイズ≫の黒いJS-17C≪閃電≫のパイロットが彼女だと、その声音から漸く気が付いたようだった。
「あはは、まあねー。二人とも無事で何よりだよ」
 すると、愛美は照れくさそうに笑いながらそれを肯定する。そこから更に国崎たちと話が長引きそうになったが、しかし途中で西條が「……こほん」と咳払いすることによりそれを回避。次の一人へと自己紹介を移らせた。
「ほいほい、俺っちね。
 俺は桐生省吾きりゅう しょうご! ピチピチの中尉さんで、この馬鹿二人とは腐れ縁って感じ。まー気軽に省吾お兄さんとでも呼んでくれれば、お兄さんとっても喜んじゃうよねって。
 ……あ、それと可愛いオンナノコならいつでもウェルカム、省吾お兄さんは年中ウェルカムだよお」
 省吾は省吾でこんな具合の、それこそ本当に何処かで見たようなノリでの自己紹介をサラッと済ませる。普段の白井を更に酷くしたような感じの男だとA-311小隊の面々は誰もが感じたが、しかし敢えてそれを口に出すことはせず。ただ苦笑いをするのみで省吾の自己紹介を軽くスルーしてみせた。
「じゃあ、次はクレアちゃんよっろしくぅ!」
「…………」
 とまあ終始軽いノリの省吾に促され、今度は一変してクールな感じの、日本人離れした雰囲気を纏ってクレアが前に出てくる。
「……神崎かんざきクレア、階級は中尉。よろしく頼むわ」
 パッと端的に必要最小限だけを告げて自己紹介をさっさと終えた彼女の印象はやはりクールの一言で。冷え切った鉄みたいな色をした白銀の短髪と、髪の下に覗く紅い切れ長の瞳。そして何よりも白人のような透き通る白い肌が、彼女の纏う冷え切った氷鉄の如き雰囲気を更に強いモノへと加速させている。
 名前から察するに、何処かのハーフなのだろうか。一真がそう思っていると、すると白井は何を思ったのか「はぁい!」なんていつもの調子で立ち上がり、
「いきなりの質問で悪いけれどさ、クレアちゃんって何処のしゅっし――――」
 と、本当に昨日までの彼のような軽々しいノリでクレアに対しての質問を投げ掛けよう、言葉を半ばまで紡いだ時のことだった。
「っ……!」
 白井の発した第一声を耳にするなり、クレアは何故か苛立ったような顔をすると――――その左腰から抜き放った自動拳銃の銃口を、真っ直ぐに白井へと向けてしまう。
「は……?」
 クレアの左手が銃把を握り締める、その拳銃――ブローニング・ハイパワーの銃口を前にして、白井は何が起こったか分からないといったような顔で唖然としていた。ただ硬直するだけで、動く間も無く。
Bullshitふざけないで……!」
 とすれば、真っ先に動いたのは誰でもない、ステラだった。ガタンと椅子を後ろに倒しながら乱暴に立ち上がれば、立ち上がりざまに左脇から抜き放った巨大なコルト・アナコンダのリヴォルヴァー拳銃をクレアへと突き付ける。
「アンタ何のつもりよ、こんな真似!」
 回答次第では、この場で頭を吹き飛ばす――――。
 アイツのことをまどかに任された以上、アイツにこんな真似をしでかすというのならば、代わりに私が始末する。
 決意を固め、一切の躊躇無くステラはコルト・アナコンダの撃鉄を起こした。シリンダー弾倉が六分の一回転をし、装填された.44マグナム弾が撃針と銃身の間、一直線上に並ぶ。
「…………」
 しかし、クレアは答えない。答えないまま、無言のままで彼女もまたブローニング・ハイパワーの引鉄に左の人差し指を触れさせた。
「ちょ、ちょっと待てよ……!?」
 動くに動けないままで戸惑う白井と、そして一気に緊張の糸が張り詰め、緊迫した空気がA組の教室に漂い始める。
 だが、クレアもステラも二人とも撃てはしなかった。どちらが先に仕掛けても、その先に待ち受けているのは誰にとってもロクな結果でないことは分かりきっていたから。しかしこうなった以上は互いに引くに引けず、自分が先に銃を下ろすことも出来やしない。
(メキシカン・スタンドオフ……)
 一真が思い出した言葉とまさに同じ状況が、今のクレアとステラ、そして唯一丸腰の白井の間には構築されていた。
「チッ……!」
「…………」
「どうすんのよさ、これ……」
 苛立って舌を打つステラと、無言のままでブローニング・ハイパワーを構え続けるクレア。そして困惑したまま動けない白井の間で、確かな緊張感を伴う沈黙の駆け引きが始まっていた。
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