幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.28:黒の衝撃/メキシカン・スタンドオフ

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 クレアにブローニング・ハイパワーを突き付けられて硬直する白井と、そんなクレアにコルト・アナコンダを突き付けるステラ。誰が最初に引鉄を引いても確実にロクなコトにならず、かといって自分から拳銃を下げるワケにもいかない。にっちもさっちもいかない詰みじみた典型的なメキシカン・スタンドオフが三人の間で構築されれば、教室内に自然と漂うのは沈黙と、そして張り詰めた緊迫感だった。
「す、ステラちゃん……!?」
「止せ、ステラ……!」
 戸惑った美桜と国崎が何とかステラを止めようとするが、しかしステラは「アタシに言わないでよ」と低くくぐもった声で、しかし双眸はコルト・アナコンダの照門越しにクレアの額を捉えたままで言い返す。
「言うんなら、最初にカマそうとしたあの女に言いなさいな」
 そう言われて美桜と国崎はチラリと横目でクレアの方を見るが、しかしクレアの瞳は冷え切ったまま、ただブローニング・ハイパワーの照門の先に白井を捉えたままで動かない。二人のことなどまるで気にも止めていないという素振りで、しかもあんな氷のように冷え切った冷たい表情をジッと凝視していると、国崎の方が先に「っ……!」と音を上げて彼女から眼を逸らしてしまう。
「おいおい、この状況……」
 と、そんな状況を眺めていた一真はどうすべきか悩んでいた。それは背後の瀬那も同様のようで、何度か立ち上がろうとする素振りを一瞬だけ見せては、しかし思い留まったように元に戻るのを繰り返している。恐らくは傍らに立て掛けたいつもの刀でも抜いてこの場を収めようと思っているのだろうが、しかし拳銃相手に不利であることを悟り、踏ん切りが付かないといった風か。
(…………)
 此処に来て一真は、酷く悩んでいた。右腰に今も隠しているグロック19を抜くべきかどうかを。
 だが、本来ならこれは楽園エデン派による不意の襲撃に対応すべく、瀬那の身を守るべく西條から渡されたモノだ。幾らこの場を収める為といえ、本当にこれを抜いてしまって良いものなのか……。それを、一真は悩んでいた。
「――――カズマ」
 としていると、隣のエマが小声で話しかけてきて。そして一真の方へ小さくウィンクを流してみせると、そしてあまりに唐突に立ち上がった。
「この辺りで場を収めてはくれないかな、神崎中尉」
 そうすると、懐から取り出した何かを構えながらエマが冷え切った声音で言う。彼女の構えたそれがリヴォルヴァー拳銃であることに気付くのに、一真は数秒の時間を要してしまった。
(アレは……)
 フランス製のリヴォルヴァー拳銃、マニューリン・MR73だ。六インチの長い銃身と芸術品のような曲線美、見紛う筈もない。撃鉄こそ起こしていないからエマ自身実際に撃つ気はないのだろうが、しかし彼女の構えたそれは紛れもなく強力な.357マグナム弾を撃ち放つモノだった。
 ――――此処で君が抜くことはない、僕がやる。
 先程のウィンクにそんな意図が隠されていたことを今更ながらに気付けば、一真はエマに対し小さく感謝の意を内心で述べた。自分が帯銃していることは出来るだけ悟られない方が良いだけに、今回ばかりはエマの察しの良さがありがたくて仕方がなかった。
「…………」
 とはいえ、メキシカン・スタンドオフの状況が更にややこしいことになったのは言うまでも無い。固まって動けない白井にブローニング・ハイパワーを突き付け続けているクレアと、そしてそんなクレアに銃口を向けるステラとエマの二人。合計すれば三つの射線が入り乱れているこの状況で、動ける者は誰一人として居なかった。
「あー、クレアちゃん? そこら辺にしといた方が良いんじゃないかしらと、省吾お兄さんは思うわけでしてね?」
「クレアちゃん、流石にマズいって……!」
 尚も構え続けているクレアに戸惑いながらで省吾が、そしてあたふたとした焦り顔で愛美がそれぞれ説得を図る。しかしクレアはそれを意に介さないまま、無言でブローニング・ハイパワーの銃把を握り続けている。
「いい加減にしろ、神崎中尉――――」
 と、そろそろ頃合いだと見計らった西條がクレアを咎めようとした直後、しかしそんな西條の前に立ちはだかるようにして躍り出た雅人が「クレア」と無言の彼女に向かって呼びかけた。
「そろそろ銃を収めろ、皆戸惑ってる」
 爽やかな笑顔で、しかし少しの影を表情の中に落として雅人が言うと、するとクレアは「……分かったわ」と余りに素直に銃を下ろしてしまう。
「……は?」
「……へ?」
 クレアがあまりにあっさりと引き下がったものだから、逆にステラとエマが呆気に取られてしまう。その間にもクレアは撃鉄を指で押さえながら引鉄を絞り、撃鉄を安全位置に戻して左腰のホルスターに収めていた。
「そういうことだ。三人とも悪かったね。そろそろそっちも収めてくれないかなあ?」
 そうすると、雅人が前に一真たちに向けたような邪悪すぎる笑みを浮かべていうものだから、ステラとエマの二人も戸惑いながらそれぞれのリヴォルヴァー拳銃を懐へと収める。
「……悪いけれど、気安く下の名で呼ばないで貰えるかしら。次にこんな真似したら、今度こそ当てるから」
 キッと睨み付けながら最後にクレアが白井に向けて言って、そうすると一歩後ろへと引き下がった。
「わ、分かった……」
 クレアの気迫に押され、白井がずるずると落ちるように席に着く。
「…………」
 そんな、傍から見れば終始昨日のような軽いノリだった白井の方をチラリと横目で一瞥し。そして案ずるように半分だけ眼を伏せながら、ステラも渋々と自分の席に着いた。
(……やっぱり無理してるじゃない、馬鹿)
 明らかに、白井は無理をしているようだった。普段のように見せかけようと、周りにこれ以上心配を掛けまいと。
(…………)
 そんな白井の内心と、そしてステラの内心までをも何となく察しながら、エマも同じように席に着く。
「ったく、ヒヤヒヤしたよホントに」
 と、ひとまず場が落ち着いたのを察すれば、西條がひどく疲れた顔で愚痴を零す。すると雅人が「すみません」と爽やかな笑顔で詫びて、
「クレア、初対面の人間から下で呼ばれるの嫌いますから。許してやってください、彼女にも悪気はない」
「だからって拳銃抜いたら駄目だろ……。まあいい、雅人の方からしっかり言い聞かせといてくれ」
「了解です、教官」
「――――さて、話の腰が折れたが続きといこう」
 そうしてパンパンッと西條は手を叩いて場の空気を入れ換え、それから「星宮少尉、頼む」と教壇の方に呼びかけた。
「……分かりました」
 すると、小柄な少女が前へ一歩踏み出てくる。ツインテール風に頭の左右で結ったアイスブルーの尾を揺らしながら、金色に近いような琥珀色をした瞳で教室内をチラリと見渡し。それから小さな口を動かして、自らのことをこう名乗って見せた。
「――――星宮ほしみや・サラ・ミューア少尉です」
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