幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.45:Fの鼓動/藍の色は遠く遠く、知らず知らずに何処かへと

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 シミュレータでの一戦を終えた後、二人はそのままシミュレータ・ルームを出ると、校舎の傍にある食堂棟を訪れていた。
「うーん、今日はどれにしよっか」
 券売機の傍で楽しげに今日の昼食メニューを思い悩み頭を捻らせるエマと、その傍に立つ一真の二人ともがパイロット・スーツを着たままの格好だ。流石に頭のヘッド・ギアと両手のグローブ部分こそ外しているものの、食堂棟に於いてこの格好は割と異質でもある。とはいえまだギリギリ夏休み期間だけにかなり空いているので、二人とも悪目立ちしているようなことはない。
「どうしようかな……って、あんまり悩んでも仕方ないね。ここは直感に任せるのも一興かな」
 と言って、エマは悩み抜いた末に結局はヒレカツカレー定食に決定。一真の方は相変わらずの唐揚げだ。といっても、今日に関してはいつもの定食でなく、唐揚げラーメン定食の方だが。安っぽい醤油ラーメンの上に幾らか唐揚げが浮いていて、これが意外に美味かったりする。
「君は……ホントに唐揚げ好きだねえ」
 一真が券売機から自分の食券を掠め取れば、その横でエマが呆れたみたいに苦く笑う。一真は「ん?」と振り返りながら反応して、
「まあ、好きだからな」
「好物なのは良いけれど、あんまり食べ過ぎて身体壊さないでよ? 僕らは身体がまず第一の資本なんだから」
「分かってるよ」と、肩を竦める一真。「全く、エマに言われちゃ俺も形無しだ」
「たまには別のものも食べなきゃ駄目だよ? 特にカズマの場合は、緑っぽいのが足りてない風に見えるなー」
「……善処しよう」
「善処というより、心掛けてね?」
「分かった、分かったって」
 むー、と何故か膨れるエマを何とか宥めつつ、一真はそんな彼女と二人分の食券を伴いカウンターの方へと歩いて行く。
「おや、カズマとエマちゃんじゃないかい!」
 とすれば、最早安心感すら覚えるぐらいの威勢の良い声で出迎えてくれるのは、案の定というべきか四ッ谷のおばちゃんだ。相変わらずの恰幅の良い体格に割烹着を羽織っている姿は、一目見ればそれだけで肩の力が抜けていく気がする。
「珍しいねえ、アンタらにしちゃあ早いじゃないか」
「カズマが呼ばれてて」と、にこやかにエマは応対する。「だから、シミュレータ上がりでそのままって感じなんです」
「へぇーっ、今日も地下に籠もってたのかい。全く熱心なことだねえ」
「へヘッ、そりゃあどうも」
「そんでもさ、あんまりエマちゃんに心配掛けるんじゃないよ?」
「えっ?」
 きょとんとして一真が訊き返す横で、エマが「あはは……」とコメントに困り苦笑いをする。それを見て四ッ谷のおばちゃんはうんうん、と腕組みをして頷けば、
「ったく、アンタ分かってなかったのかい? エマちゃんはね、アンタのことが心配で、毎日毎日アンタの無茶に付き合ってくれてるってこと」
「……本当なのか、エマ?」
「無茶って程でもないけれどね。でも、カズマが多少なりとも心配でってのは当たってるかな。流石は四ッ谷さんだ、完全に見透かされてたよ」
 エマは苦笑いをしながら言うが、しかし内心で思うことはそこそこに真剣でもあった。
 ――――あの晩の一戦以来、そして壬生谷雅人に対し完膚なきまでの敗北を味わって以来。一真は何処か、あまりにも無理をしているように見えて仕方がない。
 それが、今のエマが隣に立つ彼に対して感じる、率直な感想だった。
 無理をしている、というのは少し違うかもしれない。どちらかといえば、強烈な強迫観念を感じるといった方が近いか。前々から彼の奥底にはそういう節が稀に見受けられもしたが、アレ以降でかなり露骨になっているように感じる。何というか、生き急ぎすぎているというか。それとも、あまりに焦りすぎているというか……。
 どちらにせよ、橘まどかの戦死と、そしてマスター・エイジと壬生谷雅人の二人という大きな壁に突き当たったのが一番の原因だとエマは感じていた。戦友を喪い、己の無力さを痛感させられるほどの強敵に出逢い。その末に一真は何を思ったのか。そこまでは知るよしもないが、しかし一真はあまりに何かを焦っているように見えて仕方がないのだ。
(アキラと同じ症状、といえばそうなのかな)
 そして、それは白井も似たような症状を抱えている。あちらもあちらで心配だが、彼のコトに関してエマは敢えてステラに一任することにしていた。今際の際にまどかから彼のことを託されたのはステラであって、そしてエマはそんな彼女の淡い恋心も知っている。だからこそ、白井のことに関しては敢えて自分は干渉せず、ステラの手に一任しようと考えていた。例えその末、どんな結末が待っているとしても、だ。
 何にせよ、今のエマにとって一番の気掛かりは、やはり一真の方だった。彼の場合は、ひょっとすると白井よりも重症かもしれない。まどかの死や二人の強敵はあくまで切っ掛け、引鉄トリガーに過ぎないだけの事象であり。きっと一真の場合は更に奥底で、更に過去のことでそういった症状になっているのかもしれない……。
(……君の求める強さってのは、一体どんなのなのかな)
 一真は事あるごとに、自分は強くなければいけないと口にしていた。まるで己自身に言い聞かせるように、彼が事あるごとにそう口にしていたのをエマも覚えている。
 その言葉は、何処か呪いの色にも似ていた。自己洗脳、と言った方が適切なのだろうか。何はどうあれ、一真は己自身に対し自らの手で枷を課しているのではないかと。無意識の内に自分自身を縛り付けているのではないかと、エマは数週間に渡り彼のことをすぐ傍から観察し、やがてはそう思い始めていた。
(カズマ、君の過去に一体何が……)
 やがて、知ることになるのだろう。彼の過去を、彼の抱えた何かを。エマは何の気無しに、そんな予感を抱いていた。
「まあとにかく、エマちゃんにあんまり心配掛けるんじゃないの! カズマ、分かった!?」
「あっ、はあ……」
「はあじゃないよ、分かったら返事!」
 何故か母親めいた説教を始める四ッ谷のおばちゃんと、そして頭が上がらない様子の一真。隣でそんなやり取りを見ていれば、エマの頭からはいつの間にか巡り巡っていた思考が消え失せて。ただにこやかな微笑みだけが柔な表情として浮かぶ。
「ったく……。おっと、そういえば最近は瀬那ちゃんの姿を見かけないね。何かあったのかい?」
 とすれば、四ッ谷のおばちゃんは思い出したように突然そんな話題を振ってきて。そうすれば一真とエマは二人揃って「「あー……」」と困ったように唸り、
「それがっスね……」
「僕らにも、よく分からないんですよ……」
 と、それぞれありのままを口にした。
「うーん、おかしいねえ。前まではあんなにカズマとべったりだったじゃないか。なんだい突然、ひょっとして遂にカズマに愛想が尽きたのかねえ?」
「あはは、多分そういうのじゃないと思いますよ」
 苦笑いを浮かべつつエマはそう言って、その後で「……でも」と言葉を続けていく。
「……この間の戦闘が終わった後から、何だか瀬那の様子は変なんです。カズマを意図的に避けているというか、無理をして僕らにあまり近づくまいとしているというか……」
 途端に神妙な顔になって、エマが言った。四ッ谷のおばちゃんも「うーん……」と困ったように唸りながら腕組みをする。
「やっぱり、まどかちゃんが死んじゃったのが大きいのかねえ……」
「かもしれませんね」
「エマちゃんも、そう思うかい?」
「あくまでも、切っ掛けに過ぎないとは思いますけれどね。ただ、詳しい理由は僕らにも分からないんです。瀬那が何を思っているのかも、僕らは知らない。でも訊くのも何だか憚られるというか……」
「まあ、そうさねえ。こればっかりは、本人にも訊かにゃどうしようもないわよねえ……」
 エマと四ッ谷のおばちゃんとが言葉と一緒に苦笑いを交わし合う横で、一真もまた神妙な顔で独り唸っていた。
 …………本当に、瀬那はどうしてしまったのか。
 その理由は、分からない。実のところ、不躾だと思いつつもカズマは瀬那本人に何度か理由わけを訊いてみたのだが、「よい、其方が気にすることではないのだ」の一点張りで話にならない。何だか最近では、同室なのに妙に彼女との距離が遠く感じてしまっているぐらいだ。
「瀬那……」
 あれだけ純粋な眼を向けてくれていた彼女が、本当にどうしてしまったのか。気掛かりで仕方なく、案じる心は日に日に強まっていく。しかしこれ以上を踏み込んでしまうことも憚られて、一真はただただ悶々としているのみを強いられてしまっているのが現状だ。
 とはいえ、彼女が何か行動を起こしてくれなければ始まらない。これは瀬那自身の問題であり、きっと自分たちが踏み込むべき領域じゃない……。そのことは、一真とエマが共通して認識していることだった。
「まあ何にせよ、とにかく今は腹ごしらえだよ! ホラホラ、さっさと食券寄越しなよ二人とも。この後まだ急ぐんだから!」
 そうしていれば、こんな具合で途端に元の調子に戻った四ッ谷のおばちゃんに二人分の食券を引ったくられ。そうすれば超特急で二人分の昼食が出来上がってくるものだから、一真もエマも吹き出てくる苦笑いを抑えきれなかった。
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