幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.46:Fの鼓動/マーク・アルファ改

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「あぁら、待ってたわよぉカズマちゃーん♪」
 昼食を終え、その足で格納庫に向かった一真(と、暇だからと一緒に付いて来たエマも)をそんな乙女チック全開な台詞で出迎えたのは、≪ライトニング・ブレイズ≫と一緒になって付いて来た中隊メカニック・チーフのクリスだ。相変わらず乙女な台詞が似合わなさすぎるガタイの良い風貌を、くねくねとした仕草にくねらせている。……ここまで来れば、乙女チックな台詞も三周ぐらいして却って似合っているような錯覚すら覚えさせられてしまう。
「あ、ああ……待たせちまったなクリス」
 そんな相変わらずな、しかし何度見ても慣れないクリスのインパクト全開な出迎えに若干顔を引き攣らせつつ一真が言うと、クリスは「そんなこと無いわよぉん」とニコニコ笑顔で返してくれる。
「でも、瀬那ちゃんが随分前に来てくれたから、今は試作二号機の起動テストを先にやらせて貰ってるわ」
「瀬那が?」
 訊き返しながら一真がさりげなく視線をクリスの肩越しに格納庫の奥へ向けると、並び立った純白と藍色の≪閃電≫・タイプFの内、奥に見える藍色の試作二号機――瀬那の機体だ――の方に多数の整備クルーが群がっているのが見えた。よく見ると、三島のおやっさんも整備ハンガーの上、タイプFの胸の前辺りを伝うキャット・ウォーク上に立って指示を飛ばしているのが見える。
「といっても、向こうはおやっさんに任せておけば良いからね。アタシたちの方はアタシたちの方で、さっさと一号機の起動テストをやりましょう。よければ、エマちゃんも見学していく?」
「出来るのなら、その方が楽しそうかな。待ってるつもりだったけれど、クリスのお言葉に甘えさせて貰うよ」
「じゃ、決まりね♪」
 クリスに先導され、一真とエマの二人は白い≪閃電≫・タイプFの前へと格納庫内を歩いて行く。途中で幾らかの整備クルーに親しげな声を掛けられる辺り、二人とももう此処にも慣れ親しんだものだ。
「はぁい、こちらがアタシの自信作! タイプF改め、JS-17F改"≪閃電≫・タイプF改"! コードネームはマーク・アルファ改、愛しの試作一号機くんよぉ♪」
 そうして純白の機体が預けられた整備ハンガーの前にまで歩いて来れば、クリスは自信満々といった顔で高らかに宣言をする。それを受けて一真は「おぉ……」と、エマは「わあ……」と、それぞれハンガーに身体を預ける純白の巨人を見上げながら感嘆の声を上げる。
「見た目も結構変わったんだな、意外だよ」
 一真の見上げる視線の先で、見慣れた相棒の容姿は思ったよりも随分と様変わりしていた。装甲に多少の傾斜が付けられた関係で、全体的なシルエットは前よりも鋭角で、エッジが立ったシャープな印象を抱かせる。同じ格納庫内にある雅人のパッシヴ・ステルス実証試験機のJS-16G≪飛焔≫ほどの尖った感じではないが、しかし前よりも格段に印象は鋭くなっている。
 上手く喩えるなら、日本刀の刀身に近い感じだ。研ぎ澄まされた鋼の刃、その切っ先を見つめたときの感覚に近い。右の腕甲にはアーム・ブレードの、左にはアーム・グレネイドが増設されている上、頭部内蔵の7.62mm機銃もある。見た目はシャープだが、横幅自体は改修前よりも少しだけ広くなった感じだ。
「まあねぇ。フレームまでひん剥いた上で、装甲板はほぼ全取っ替えですもの。内部構造自体は75%ぐらいは前から引き継いでるけれど、残り25%はフル交換よ。人工筋肉パッケージの交換とかもあったし、ホントに骨の折れる作業だったわぁ」
 口先では疲れ切ったように言うが、しかしそう言うクリスの横顔は子供のようにきらきらとしていて、明らかに楽しげな様子だった。やはりクリスも三島のおやっさんと同様、生粋のメカマンというワケなのかもしれない。出来上がった純白の機影を見上げる視線は、まるで我が子を慈しむ親のような色をしていた。
「ターボ・スラスタとかアーム・ブレードとか、色々と仕様変更点も多いけれど。でもその辺りは後々に演習場借りて稼働試験するから、その時までに仕様書読んで把握しておいてくれれば問題ないわよ。それよりも、今からカズマちゃんのやって貰いたいのは――――」
「機体そのものの起動試験、そうだろクリス?」
 一真がニッと小さく笑みを浮かべながら先んじて言えば、クリスも「そういうこと♪」とご機嫌そうにウィンクを投げ返してくれる。
「じゃあ、行きましょうか二人とも♪」
 そんなこんなで一真と、そしてエマまでもがまたクリスに連れられ、試作一号機の安置される整備ハンガーのキャット・ウォークへと併設の簡易エレヴェーターで昇っていく。
 そうして機体の胸元辺りを横切るキャット・ウォークに三人で昇り、既にそこに居た整備クルーとクリスが幾らか事務的な会話を交わしているのを横目に一真が隣の試作二号機の方を見ると。すると丁度、降りてきてキャット・ウォークの端に立っていた瀬那と眼が合ってしまった。
「瀬那……」
「む、一真か」
 一真は少しだけ声を掛けづらそうに、しかし瀬那は敢えてなのか、いつもの調子でそう言葉を交わし合う。
「其方の方は、今からか」
「あ、ああ。そんなところだ。瀬那の方はもう終わったのか?」
「うむ」腕組みをして、頷く瀬那。「以前と比べれば、中々に勝手が変わっておる。一応留意しておくがよい」
「ご忠告どうも。……そっちの方は、あんまり見た目変わってないんだな」
 肩を竦めながら言う一真の言う通り、一真の白いタイプF改に比べ、隣にある瀬那の藍色をしたタイプF改の方は、外見はあまり改修前と違いがないように見えた。
「当然であろう。其方のものとは違い、こちらは装甲を全て取り替えるような真似はしておらぬ故な」
 瀬那の言う通りだった。前衛で、しかも突撃戦を主体とする戦闘スタイルの一真と異なり、瀬那の場合はあくまで後衛寄りの中衛だ。それぞれに合わせた改修が試験運用の意味も込めて施されているから、当然改修メニューも異なる。この辺りは、数週間前にクリスから説明を受けた通りだ。
 だが、こと頭部に限って言えば、瀬那の試作二号機はまるで別物というぐらいの風貌に変貌していた。何処か武家の兜にも似た、重厚な印象を与える新型の頭部ユニットからは幾本ものの追加アンテナが生えていて、外見からも通信機能に長けていると分かる。更にヒトの双眸によく似た双眼式のカメラ・アイは更に細くなり、睨み付けるような意匠が強くなっていた。元々の藍色のカラーリングも相まって、渋く重厚な印象を更に強めている。
「カズマちゃーん、準備出来たわよー」
 そんな試作二号機をチラリと一瞥した後、一真は瀬那に何か声を掛けようとしたが、丁度そのタイミングで背中越しにクリスからのお呼びが掛かってしまう。
「よい、私のことは気にするでない。それよりも一真、其方は其方の責務を果たすのだ」
 一真が離れづらそうにしていると、瀬那の方からそんな言葉を掛けてくれる。フッと相変わらずの微かな笑みを湛え、しかし少しだけ表情に影を落としながら。
「あ、ああ……。それじゃあ瀬那、また後で」
「うむ」
 もう少し何か気の利いた言葉でも掛けてやるべきなのだろうが、生憎と時間の制約がそれを赦さない。一真はありきたりな言葉を最後に掛ければそれっきりで瀬那と分かれ、駆け出すと試作一号機の胸部に飛び乗り、開いたままの乗降ハッチからコクピットへと滑り込んでいった。
「また後で、であるか……」
 そんな一真の姿を一瞥し、彼の姿が機体の中に消えていくまでを見送った瀬那は、口の中で小さくひとりごちながらキャット・ウォークを歩いて行く。
「私には、過ぎた言葉なのやもしれぬ」
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