幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.61:Fの鼓動/最終評価試験、激突する金と白銀の狼たち⑥

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 …………何とか、間に合った。
 エマの≪シュペール・ミラージュ≫、そして満身創痍な瀬那のタイプF改・試作二号機の間に割り込んだ一真は、その獰猛にも見える笑顔の下で、しかし表情とは裏腹に心の底から胸を撫で下ろす思いだった。
 あの高いビルから落ちたのはかなりの誤算だった。お陰でかなりのタイム・ロスをしてしまったし、推進剤の方も逆噴射で相当な量を無駄にしてしまっている。その前の評価試験から推進剤の補給をしていない関係で、残量はかなり心許なくなっていた。
 だが、こうしてギリギリながら間に合ったのは僥倖だった。咄嗟に上空からシールドを投げたのは、我ながら良い判断だとすら思う。あのままではどう考えても、瀬那の試作二号機は猛攻の末に撃墜判定を喰らっていたことだろう。あれだけ深く地面に突き刺さってしまえば交戦中の回収は難しくなるが、それでも構わなかった。
「俺を抜きにして、二人だけで楽しむなんざ……ズルいってもんだぜ」
 データリンク通信に向けてそう軽口めいたことを叩きながら、一真は自機たる白いタイプF改・試作一号機に立ち上がらせ。そうしながら、背中のハードポイントから二本のプロペラント・タンクを切り離した。既に中身を使い果たし、ただのデッド・ウェイトと化していた長い増槽がガランと地面に落ちて転がる。
『瀬那の索敵センサーは厄介だからね。出来ることなら、君より先に仕留めておきたかった』
「けど、君の目論見は外れちまったことになる」
『そうなっちゃうね、一号機の爆発力を少し過小評価していたらしい』
 エマとそんな風に不敵な笑みと言葉を交わし合いながらも、その間に一真は自分の持ちうる手段を改めて確認していた。
 ……今現在、手持ちは右手に携えた試製17式対艦刀のみだ。後は右腰ハードポイントに吊した88式突撃散弾砲と、後は両腕のアーム・ブレイドにアーム・グレネイドのみ。強いて言うなら00式近接格闘短刀もあるが、アレを勘定に含めて良いモノかは微妙なところだ。
『……何とか間に合いましたか、02。03は今の内に離脱を開始してください』
『そうしたいのは山々なのだが……すまぬ、不覚を取ったようだ。流れ弾が右膝の関節に当たっておる』
『状況は?』
『完全破壊判定。こちらの右脚は膝から下はもうロックされて動かぬよ』
 サラとの会話を聞いている限り、どうやら一真機の投げたシールドも全弾を防ぎきったわけではなく、掠めた数発が偶然にも瀬那機の右膝へと命中してしまっていたらしい。しかも関節をピンポイントだなんて、運が悪いとしか言いようがないレベルだ。
『では、スラスタで離脱を』
『出来るのであれば、とっくにやっておる。……どうやら、ぶつかった衝撃で不具合が出たようだ。幾ら踏んでも言うことを効かぬ』
 瀬那が言うと、サラは『……そうですか』と、氷みたいな無表情の上にほんの少しだけの苦い色を織り交ぜながら頷いた。
『……了解しました。ヴァイパー03は半撃墜判定のレベルです。一応索敵センサー類は使えるようですが、戦闘はほぼ不可能と思って良いでしょう。
 ですが、まだ撃墜判定ではありません。02は03をカヴァーしつつ、なんとか敵機を撃破してください。難しいとは思いますが』
「分かってるさ」と、一真が小さく笑う。「どのみち、エマの相手は俺の役目だ。何とかやってやる」
『…………済まぬ、一真。手伝うどころか、其方の足を引っ張ってしまった』
 すると瀬那がそうやって至極申し訳なさそうな顔で言うものだから、一真は「気にしないでくれ」と小さく笑い返してやり、
「後は、俺が相手をする」
 そう言いながら、右腕一本で試製17式対艦刀を再び構え直した。
『ふふっ、やっぱり君が相手だと心が躍るよ。こうしているだけでも、ドキドキして仕方ない』
「エマにだって長いことシゴかれ続けたんだ。ここいらで一発、俺が勝ち星挙げても良い頃だろ?」
『その通りだ。でもね――――』
 会話を交わしている間に、エマの≪シュペール・ミラージュ≫は何の予兆も示さぬまま、あまりに唐突に動いた。
 腕裏のシースから射出展開された00式近接格闘短刀を、≪シュペール・ミラージュ≫はそのまま右手を鋭く振るい、一真のタイプF改へ向けて投げつけてくる。
「らぁっ!!」
 だが、一真はそれを右手の対艦刀を振るうことによって、あろうことか空中で叩き落としてしまった。対艦刀の刀身に弾かれた近接格闘短刀が宙を舞い、一真機の傍にあったビルの外壁へと突き刺さる。
『やるね、カズマ』
「君に教え込まれたことだ、今更驚くことじゃあない」
『でも、少しだけ詰めが甘かったね』
 ニッとエマが含みを込めた笑みを向けてきたのを一真が不審に思っていれば、途端に『っ……!?』とサラの当惑した息づかいが聞こえてくる。
「どうした!?」訊き返す一真だったが、しかし何が起こったかはすぐにデータリンクで一真の元にも伝えられた。
『……ヴァイパー03、撃墜判定が下されました』
 そんなサラの言葉とともに、一真の視界の端にも同じ情報が網膜投影される。
「なっ……!?」
 振り返れば、再び力なくビルの外壁へともたれ込んだ瀬那機の足元に、もう一本の近接格闘短刀が転がっていた。丁度、二号機の胸の下辺りの地面に、だ。
『ふふっ、思った通りだ。一本目に気を取られてくれたね、カズマ』
 何が起こったか理解に苦しんでいた一真だったが、しかしそんなエマの言葉で、何が起こったかは何となく理解出来た。
 ――――彼女は、同時に二本の近接格闘短刀を投げていたのだ。
 いや、同時というのは少しだけ違うかも知れない。ほんの少しの時間差を置いて、一真が一本目に気を取られている、ほんの一瞬の隙を突いてと言った方が正しいだろう。一真が一本目の近接格闘短刀を斬り払うことを予想した上で、更にその虚を突くようにもう一本を背後の瀬那機へと投げつけたのだ。その結果として、エマの投げた二本目は瀬那機の胸部装甲へ命中し弾け飛び、判定ではコクピット・ブロックを貫かれて撃墜、ということらしい。
「冗談じゃねえ……!」
 その事実に気付くなり、一真はドッと冷や汗が吹き出るのを感じていた。同時に実感するのは、目の前に立つ市街地迷彩のマシーン……そして、それを駆る彼女の底知れぬ実力だ。
 数ヶ月前、クラス対抗TAMS武闘大会の決勝戦で彼女に勝てたのは、本当に奇跡的なことだったらしい。一真は今更になってそれを痛感した。あの時ですらあまりに僅差の勝利ではあったが、しかしアレですら奇跡的なもの。二度目ともなれば、本当に勝てるか怪しくなってきた。
 始まる前はアレだけ勝算があるの踏んでいたはずなのに、今ではとても勝てる気がしなくなってきている。機体のスペック差以前に、それ以外の所で自分とエマとではあらゆる意味で差が開きすぎていた。今になって、それを痛いほどに感じる。
『さあ、カズマ。これで枷は無くなった。始めようじゃあないか、僕と君の戦いを』
 だが、エマはまるで気にしていない様子でそう言うと、≪シュペール・ミラージュ≫に両手マニピュレータでそれぞれ背部右側マウント、そして左腰ハードポイントの88式突撃散弾砲を握らせる。右の散弾砲にはダブルオー・キャニスター通常散弾、左にはAPFSDSスラッグ弾と別々の弾種が装填されているのだが、相対する一真がそれを知るよしもない。
『……こうなってしまえば、私に出来ることはありません。後は貴方の健闘を祈るのみです、ヴァイパー02』
「やれるだけは、やってみるさ」
 恐らくは彼女にとっても不意打ちだった瀬那機の撃墜に、最早お手上げといった風に言ってくるサラの言葉に一真は頷きつつ、試製17式対艦刀を左手へ持ち替えさせ。そして右手では、右腰に吊った突撃散弾砲を引っ張り出していた。
『ここからは小細工抜きの正面勝負だ。僕はもう逃げも隠れもしない。さっさと終わらせるとしようか、カズマ』
「へヘッ、望むところだぜ……!」
 不意打ちに近いやり方で瀬那に撃墜判定が下ったというのに、しかし一真の心を満たしているのは寧ろ歓喜の感情の方だった。理由は自分でもよく分からない。だが、彼女と――――エマ・アジャーニと再び、こうして形ある剣を一対一の状況で交える機会が巡ってきたことに、知らず知らずの内に自分が喜んでしまっていることだけは確かだった。
 彼女は、圧倒的なまでに強い。
 それはよく知っている。よく知っているからこそ、余計に血肉沸き立つというものだ。戦いの中で奮い立つ本能、それが一真を刺激し、狂おしいほどに震わせる。まして相手がエマならば、尚更というものだ。
「やるからには、とことん限界まで絞り出させて貰うぜ……! なぁ、相棒よぉ……ッ!!」
 強化されたというのならば、その力を示してみせろ。頑丈になったというのならば、その堅さを示してみせろ。速くなったというのならば、その限界まで速さを俺に見せつけろ。
 操縦桿を握り締める一真の、脅迫にも似たその思いに答えるかのように。立ち尽くす≪閃電≫・タイプF改/試作一号機の双眸が真っ赤に唸り声を上げる。
(……一真よ。やはり、私では其方と釣り合わぬのやもしれぬ…………)
 背中の向こうに置き去りにした彼女の独り抱く、そんな逡巡と自責の思いにも気付かぬままで。
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