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Chapter-03『BLACK EXECUTER』

第十四章:永遠のために君のために

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 第十四章:永遠のために君のために


 ――――時系列は前後して、遥たちが囲まれる直前、現場近くの路地裏。
 ビルの間を通る、車一・五台分ぐらいの幅しかない一方通行の道。そこに有紀はコルベットをギャァァッとド派手に横滑りさせながら停めた。
「着いたよ」
「着いたって……此処が?」
 有紀に言われるがまま戒斗もコルベットから降りるが、しかしこんなところにくだんの切り札があるとは思えず、ただただ怪訝そうな顔をする。
 あるものといえば……左右にあるビル以外には、強いて言うなら路肩に停まっている四トントラックぐらいか。
 いすゞ製の汎用トラック、エルフ。後部がアルミバン仕様になったそれは、何というか……宅配便がよく乗っているあのトラックと言えば分かりやすいか。尤もこちらは四トントラックだから、宅配便のアレよりも少し大きい仕様なのだが。
 側面に会社名などが何も記されていない辺り、どうやら宅配便とか引っ越し業者のトラックではないらしい。そこにはただ『P.C.C.S』という文字だけが書かれていた。
「こっちだよ、戒斗くん」
 そんなトラックを戒斗がぼうっと見ていると、すると有紀は何故かそのトラックに近づき、側面のドアを開けてさっさと乗り込んで行ってしまう。
「お、おい先生!?」
「いいから、君も早く乗りたまえ」
 戸惑う戒斗だったが、中から有紀に手招きされて渋々そのトラックに乗り込んでいく。
 トラックの後部――――荷台、今はこのトラックの特殊な性質上、敢えてキャビンとしておこうか。その内部は意外なまでに整然としていた。
 天井に取り付けられた蛍光灯が照らすキャビンの内部は、壁も床も真っ白で。隅にはコンピュータが埋め込まれたデスク……P.C.C.Sの地下司令室にあった物と似た何かが設置されていて、奥には何やら壁で囲われた一角もある。尤も、メッシュ張りになっているから戒斗の位置からだと中の詳しい様子までは分からないが。
「主任! 遅いッスよ!!」
「緊急事態だ、仕方ないよ」
 戒斗がそんなトラックのキャビンに乗り込んでいくと、先に乗っていた誰かと有紀が何やら言葉を交わしているようだった。
 参ったような顔で有紀に話しかけているのは……日本人の青年だ。
 P.C.C.Sの制服を身に纏っていて、頭は何故かサッパリと丸刈りにしている。背丈は一六六センチと、アンジェより少し高いぐらいで……男性にしては比較的小柄な方か。
「あっ、ひょっとしなくても戒斗さん……戦部戒斗さんッスよね?」
 そんな彼は戒斗がキャビンに入ってくるなり、笑顔で戒斗にそう挨拶をしてきた。
「主任から聞いてるッス、Vシステムの装着員に選ばれた方ッスよね? 初めまして戒斗さん、俺はみなみ一誠いっせいッス。元は司令室でオペレータをやってたんスけど、主任に引っ張られて支援要員にされちゃったんスよ。
 …………戒斗さんのことは俺がサポートします、よろしくッス!」
 捲し立てるような、それこそMG42機関銃が如き勢いで素早く自己紹介を済ませると、青年……みなみ一誠いっせいは手を差し出し、戒斗に握手を求めてくる。
「あ、ああ……よろしく」
 何だか異様に濃いキャラの彼に少しだけ戸惑いつつも、戒斗は南の握手に応じてやった。
「早速で悪いが、展開するよ」
 そうして二人が握手を交わし合っている間にも、有紀はいつの間にかデスクに着いていて。キーボードを叩く彼女の操作に連動し、キャビンの奥……トラックの尻の方にある、メッシュ張りの壁で囲われた一角。その観音開きのハッチが独りでに開き始めた。
 開いた扉の方に戒斗が駆け寄っていくと、するとハッチの向こう側にあったものは――――パワードスーツか何かと思しき、漆黒の鎧だった。
「これは……!?」
「これがXVS‐01『ヴァルキュリア・システム』、君だけの力だよ」
 現れたそのパワードスーツ……『ヴァルキュリア・システム』というらしいそれの前に立ち尽くし、驚く戒斗に有紀がニヤリとしてそう言う。
「んじゃあ主任、戒斗さんで生体認証はイニシャライズしちゃっていいんスね?」
「構わないよ、彼以外にこのプロトタイプを使わせる気はないからね」
「了解ッス。……万が一の時は、ちゃんと責任取ってくださいよ?」
「分かっているさ、責任者というのは責任を取るために居るんだ」
 隣のデスクに着いた南がインカムを耳に付け、忙しなくキーボードを叩き始めた傍ら。有紀は席を立つと戒斗の傍に歩み寄り、戒斗にハッチの内側へ入るように促す。
「ハンガーの中に入ってくれ、やり方はマニュアル通りだ。そこに立ってさえいれば、フルオート・ハンガーが勝手に君の身体にアーマーを着装させてくれる」
「……まさか、本当にこれで?」
 有紀に従い、ハッチの奥に入り……黄色いロボットアームが何本も生えたそこ、有紀曰くフルオート・ハンガーというらしい設備の中央に立ちながら、戒斗が怪訝な顔で言う。
 すると有紀は「ああ」と得意げな顔で頷き返し、
「理論上は、これで君もバンディットと対等に渡り合えるはずだ」
 と、したり顔で戒斗にそう言った。
「理論上って……なんか不安だな」
「仕方ないじゃあないか、簡単な起動テストをしただけなんだ。何せ装着員が今の今まで不在だったからね」
「おいおい……」
「だから、ぶっつけ本番だ。だが……君なら問題あるまい?」
「……ま、やるだけやってみるさ。アンジェたちが危ないんだろ?」
「モニターをしている限りだと、かなり劣勢だね。君の介入がなければ、最悪の場合彼女らは……っと、これ以上は言わなくても分かるね」
「……責任重大だ」
「フッ、こういうシチュエーションはお互いに滾るってモンだろう?」
「――――当然!」
 ニヒルな笑みを浮かべる有紀の皮肉げな言葉に、戒斗はニヤリとして答え。すると有紀は「結構!」と満足げな顔で頷き返し、ハンガーから離れていく。
「やってくれたまえ、助手くん!」
「誰が助手ですか! ……了解! ヴァルキュリア・システム、着装シークエンス開始!!」
 有紀の号令に従い、南がキーボードを叩き。彼の操作を受諾したフルオート・ハンガーが独りでに動き始めると、それぞれのロボットアームに固定されたアーマーが……漆黒の装甲が、次々と戒斗の身体に装着されていく。
 胸部アーマー、肩部アーマー、二の腕、前腕部、腰部、大腿部、脚部…………。
 ロボットアームが動き、装甲がひとつ取り付けられていく度に。その度に彼は変わっていく。ただの人間から、異形の怪人と戦う漆黒の重騎士……ヴァルキュリア・システムの姿に。
「オートフィッティング、開始! ……システム、イニシャライズ完了。戦部戒斗を専任装着員に設定完了!!」
「状況を鑑みても、今回はB装備で大丈夫そうだ。助手くん、準備は?」
「出来てます!」
「結構」
 南と有紀がそんな言葉を交わし合っている間にも、戒斗の身体には九割方アーマーが装着されていて。そうしている内に、最後のパーツであるヘルメットが彼の頭に装着される。
 ――――――鋼鉄の重騎士。
 全アーマーを着装し終えた今の戒斗の姿は、ヴァルキュリア・システムの姿は……まさにそう表現せざるを得ないほどに硬質的で、何処までも鎧じみていた。
 身体はマットブラックを基調とした漆黒の塗装で、頭部ヘルメットのカメラアイは真っ赤に煌めき。そしてヘルメットからは三本の鋭角なブレードアンテナが生えている。
 神姫と違い、顔まで覆っている為に素顔はまるで窺い知れない。露出箇所もゼロで、文字通りのパワードスーツ……このヴァルキュリア・システムは、まさに騎士と呼ぶに相応しいだけの重厚な外見をしていた。
「…………着装、完了」
 呟きながら、戒斗はハンガーの固定から解放された身体でゆっくりと歩き出す。
 ガシャン、ガシャンと重厚な足音を立てながら、戒斗はクイッとヘルメットの顎を揺すって装着具合を確かめ。その後で指先を動かし……最後にバンッと拳を手のひらに打ち付けてみせる。
「さあさあ、ヒーロー誕生の瞬間だ。どうだい戒斗くん、今の気分は」
 そんな彼の姿を間近で眺めながら、有紀が至極満足げな顔で語り掛けてくる。
「…………最高だ」
 それに戒斗はヘルメットのマイク越しの声で答え、鋼鉄のマスクの下でニヤリと不敵に笑む。
「よし、ならば早速彼女たちの救援に向かってくれ。生憎と白馬も、おあつらえ向きのスーパーバイクも無いが……代わりに、私からのささやかなプレゼントだ。受け取ってくれたまえ」
 と言って、有紀は自分の傍らにある巨大な鋼鉄の箱を顎で示す。
 戒斗がそれに視線を向けてみると、箱は独りでに開き始め。最終的に中からガシャンと、何か大きな物がスライドして出てきた。
「これは……」
 それは、大きなガトリング機関砲だった。
 車の中で事前に渡されたマニュアルを斜め読みした限り、確かこれは……そうだ、MV‐300E2レッドアイ大型機関砲だ。使う弾は二〇×一〇二ミリのバルカン砲弾、勿論対バンディット戦用の特殊徹甲焼夷弾。六本が一纏めになった砲身の凶暴な見た目通り、人間が扱うにはあまりに大仰な代物であることは間違いない。
 だが――――今の戒斗はヒトの身でありながら、ヒトを超越した存在。科学だけで超常の存在に、神姫に追いつこうとした……そんな鋼鉄の戦士なのだ。
 故に、こんな化け物じみたガトリング機関砲であろうと十分に扱いきれる。
「悪くない……!!」
 だから戒斗は頷きつつそれを手に取り、左手で銃把を強く握り締めた。
「助手くん、リアハッチ開放」
「了解ッス、リアハッチ開放します!」
 そうした頃、有紀の指示でトラックのリアハッチが独りでに開き。戒斗はレッドアイを片手にトラックから外界に降りると、悠々とした足取りで歩き出した。一歩ずつ、確かに踏み締めていくかのように。
「Vシステム、問題無く作動してるッス!」
「結構。まだノーマル・オペレーションを維持だ。状況開始次第、コンバット・オペレーションに移行。FCSの支援は私が預かろう」
 遠ざかっていく彼の背中を見送りながら有紀は再びデスクに着き、南同様にインカムを耳に付け。隣席に座る助手の南とともに、Vシステムの状況をじっと見守る。
「さあ、行ってこい」
 ニヤリとして、彼女は歩いて行く戒斗の姿を――――漆黒の装甲に身を包んだ重騎士の、ヴァルキュリア・システムの背中を見送った。
「待っていてくれ、アンジェ――――今すぐに、俺が行くから」




(第十四章『永遠のために君のために』了)
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