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Sortie-01:黒翼の舞う空
第六章:この蒼穹(そら)の為に/01
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第六章:この蒼穹(そら)の為に
「……なんか、意外と重いな」
「そういうものよ。ほら、こっち」
何処か戸惑った様子でとぼとぼと歩く翔一の格好は、つい先刻までの風守学院のブレザー制服とは打って変わり、濃緑色のパイロット・スーツを身に纏った格好だった。最初にあの海岸で出逢った時にアリサが着ていたようなのとは違う、あんな奇妙なボディースーツじみたのとは異なっている、本当にごく普通の……空自のパイロットが着ているような、よくある戦闘機用のパイロット・スーツだ。
翔一はその上からパラシュートなどの装具も一緒に身に着け、傍らにはパイロット用のヘルメットも抱えている。当然このテの服装に慣れていないから、今の翔一はパイロット・スーツを着ているというよりも、寧ろスーツの方に着られていると言った方が正しいぐらいの、そんな感じだ。
そんな翔一は、同じく濃緑色のパイロット・スーツに身を包んだアリサに連れられ、地下基地の通路を歩いていた。前を行く彼女の方は翔一と違って、何もかもが異様なぐらい様になっている。彼の見るアリサの後ろ姿は、まるで歴戦の飛空士のような風格すら漂わせていた。
…………まあ、現に彼女はエース・パイロットに数えられている一人らしいが。
ともかく、翔一はアリサに連れられて、着慣れないスーツに戸惑いながら通路を歩いて行き。そうして彼が行き着いた先は、さっきまで居たのとは――――アリサの≪グレイ・ゴースト≫が格納されていたのとはまた別の、小ぢんまりとした格納庫だった。
何処か埃っぽいような、明らかに殆ど使われていないような格納庫だ。さっき≪グレイ・ゴースト≫が駐機されていたあの場所と比べると格段に狭く、そしてどことなく寂れたような雰囲気さえ感じ取れる。例えるなら……そう、物置だ。殆どヒトが寄りつかないような場所、まさに物置じみているといった喩えが相応しい。
そんな手狭で寂れた格納庫の中にあったのは――――静かに銀翼を休める、ある老兵の姿だった。
「アリサ、これは……」
「見ての通りよ。F‐4EJ、ファントムⅡ。詳しく言わなくたって、多分アンタには分かるんでしょう?」
ヘルメットを小脇に抱えた傍らのアリサに言われ、翔一は「ああ」と頷く。
――――F‐4EJ、ファントムⅡ。
それが、今まさに二人の前に佇む年代物の翼、老兵の名だった。
翔一がすぐにこれが何であるかを認識したことから分かるように、これは今まで見てきたような空間戦闘機、頭が痛くなるほどにSFじみたオーヴァー・テクノロジーの結晶ではない。世界の何処にでもあるような、普通のジェット戦闘機だ。
「EJ改とは違う、古いEJ型らしいわ。聞いた話だと、もう何十年も前に空自を退役した機体が、巡り巡ってこの蓬莱島に流れ着いたみたいよ」
「……なるほど」
「それからずうっと埃を被ってたらしいけれど、要司令が蓬莱島に着任したのが切っ掛けでレストアされて、飛べるようになったって話よ。何でも要司令、統合軍に引き抜かれる前は空自のファントムライダーだったらしいわよ?」
どうやら、そういうことらしい。
アリサの話が真実なら、要は空自のファントムライダー――――つまりはこのF‐4を実際に飛ばしていた元パイロットということになる。尤も彼の年齢を考えれば、乗っていたのは今まさに目の前にある古いEJ型でなく、性能向上型のF‐4EJ改なのだろうが。
何にせよ、要にそんな過去があったのならば、未だこの老兵が飛べる状態にあるのも納得だった。元々同じような機体をずっと飛ばしていただけに、彼としても埃を被っていたファントムの境遇には色々と思うところがあったのだろう。そんな彼の気持ちは、翔一にとて容易に想像できる。
「今は司令の個人的な趣味と、後はスカウトした一般人上がりの……それこそ、アンタみたいなタイプのESPパイロットの教育用、練習機に使ってるらしいわ。趣味と実益を兼ねた……って言えば聞こえは良いけれどね。練習機ってのは名目だけで、実際に練習機として使ったことは一度も無いみたいだし、完全に司令の趣味よ」
「あのヒトらしい感じはするな」
「それに関しては、アタシも同意よ」
やれやれといった風に肩を竦める隣のアリサに、フッと微かな笑みを向け返しつつ。翔一はヘルメットを抱えたままその場に立ち、駐機されているファントムを遠目に眺めた。
垂直尾翼に記されているシリアルナンバーは07‐8680、機首側面に刻まれている「680」の番号が示す通り、このファントムは680番機ということになる。塗装もよく見かけるEJ改にありがちな制空迷彩ではなく、白を基調とした八〇年代チックな古い塗装パターンだ。記された日の丸マークが妙に大きいことからも、この機体がかなり昔に……それこそ八〇年代に退役し、空自の手を離れた個体であることが窺える。
…………ファントムは、確かに古い機体だ。それは認めざるを得ない。元を正せばベトナム戦争時代、原型機まで辿れば一九五〇年代にまで遡れるほどに古いジェット戦闘機だ。現に空自でも、今はもう最新鋭のステルス戦闘機・F‐35AライトニングⅡに取って代わられている。
だが――――機首に刻まれた「680」の機体番号。そしてインテークのスプリッター・ベーン部分と、垂直尾翼にあしらわれた新撰組の如き真っ赤なダンダラ模様。それらが漂わせる風格は、決して最新鋭の機体にも……いいや、あのオーヴァー・テクノロジーの塊である≪グレイ・ゴースト≫にすら負けていない。寧ろそれ以上の何かを感じさせるほどのモノが、あのダンダラ模様のファントムにはあった。
――――このファントムは、確かに生きている。
一目見た瞬間、翔一にそう思わせるほどのものが、このファントムには確かに存在するのだ。
ああ、確かに古すぎる機体だ。それこそ博物館送りになって然るべきようなロートルに違いない。
だが……色気というのだろうか。ファントムという機体はグラマラスでもあり、それでいて淑女のような気品すら漂わせている。そんな、不思議な戦闘機なのだ。
そんな不思議な魅力は、まだ超音速ジェット戦闘機が過渡期だった時代、そんな時代に生まれ落ちた機体であるが故のことなのかもしれない。
翼端がツンと上に沿った下付きの主翼と、対照的に下側へグッと折れた、高い位置にある水平尾翼。スッと美しいラインを描く綺麗な長い鼻先に、インテークから尻にかけて描かれる胴体の複雑な流線形。元は艦載機であるが故の、大きく頑強なアレスター・フックと、そして太く逞しい主脚。複座型コクピットの細長いキャノピーと、機首下に備えられた二〇ミリ口径・バルカン砲のガンポッドが描く流麗な機首の側面シルエット。その何もかもが美しく、そして唯一無二なものだ。
そんな彼女の魅力は、決して≪グレイ・ゴースト≫に劣っていない。いや勝っているぐらいだ。立ち止まった翔一が思わず見とれてしまうほどの魅力が、今彼の目の前にある年老いた銀翼には確かにあったのだ。雲の上、遙かな蒼穹の彼方へと連れて行ってくれるであろう、この銀翼には。
「うーい、待たせちまったか」
そうして翔一が立ち尽くしていれば、ガラガラと車両がこちらに近づいてくる音がして。何かと思いアリサと二人で音のした方へと振り向いてみると、二人の目に映ったのは南……南一誠の姿で。牽引車を運転しながら声を掛けてくる、そんな彼の呑気な顔だった。
「……なんか、意外と重いな」
「そういうものよ。ほら、こっち」
何処か戸惑った様子でとぼとぼと歩く翔一の格好は、つい先刻までの風守学院のブレザー制服とは打って変わり、濃緑色のパイロット・スーツを身に纏った格好だった。最初にあの海岸で出逢った時にアリサが着ていたようなのとは違う、あんな奇妙なボディースーツじみたのとは異なっている、本当にごく普通の……空自のパイロットが着ているような、よくある戦闘機用のパイロット・スーツだ。
翔一はその上からパラシュートなどの装具も一緒に身に着け、傍らにはパイロット用のヘルメットも抱えている。当然このテの服装に慣れていないから、今の翔一はパイロット・スーツを着ているというよりも、寧ろスーツの方に着られていると言った方が正しいぐらいの、そんな感じだ。
そんな翔一は、同じく濃緑色のパイロット・スーツに身を包んだアリサに連れられ、地下基地の通路を歩いていた。前を行く彼女の方は翔一と違って、何もかもが異様なぐらい様になっている。彼の見るアリサの後ろ姿は、まるで歴戦の飛空士のような風格すら漂わせていた。
…………まあ、現に彼女はエース・パイロットに数えられている一人らしいが。
ともかく、翔一はアリサに連れられて、着慣れないスーツに戸惑いながら通路を歩いて行き。そうして彼が行き着いた先は、さっきまで居たのとは――――アリサの≪グレイ・ゴースト≫が格納されていたのとはまた別の、小ぢんまりとした格納庫だった。
何処か埃っぽいような、明らかに殆ど使われていないような格納庫だ。さっき≪グレイ・ゴースト≫が駐機されていたあの場所と比べると格段に狭く、そしてどことなく寂れたような雰囲気さえ感じ取れる。例えるなら……そう、物置だ。殆どヒトが寄りつかないような場所、まさに物置じみているといった喩えが相応しい。
そんな手狭で寂れた格納庫の中にあったのは――――静かに銀翼を休める、ある老兵の姿だった。
「アリサ、これは……」
「見ての通りよ。F‐4EJ、ファントムⅡ。詳しく言わなくたって、多分アンタには分かるんでしょう?」
ヘルメットを小脇に抱えた傍らのアリサに言われ、翔一は「ああ」と頷く。
――――F‐4EJ、ファントムⅡ。
それが、今まさに二人の前に佇む年代物の翼、老兵の名だった。
翔一がすぐにこれが何であるかを認識したことから分かるように、これは今まで見てきたような空間戦闘機、頭が痛くなるほどにSFじみたオーヴァー・テクノロジーの結晶ではない。世界の何処にでもあるような、普通のジェット戦闘機だ。
「EJ改とは違う、古いEJ型らしいわ。聞いた話だと、もう何十年も前に空自を退役した機体が、巡り巡ってこの蓬莱島に流れ着いたみたいよ」
「……なるほど」
「それからずうっと埃を被ってたらしいけれど、要司令が蓬莱島に着任したのが切っ掛けでレストアされて、飛べるようになったって話よ。何でも要司令、統合軍に引き抜かれる前は空自のファントムライダーだったらしいわよ?」
どうやら、そういうことらしい。
アリサの話が真実なら、要は空自のファントムライダー――――つまりはこのF‐4を実際に飛ばしていた元パイロットということになる。尤も彼の年齢を考えれば、乗っていたのは今まさに目の前にある古いEJ型でなく、性能向上型のF‐4EJ改なのだろうが。
何にせよ、要にそんな過去があったのならば、未だこの老兵が飛べる状態にあるのも納得だった。元々同じような機体をずっと飛ばしていただけに、彼としても埃を被っていたファントムの境遇には色々と思うところがあったのだろう。そんな彼の気持ちは、翔一にとて容易に想像できる。
「今は司令の個人的な趣味と、後はスカウトした一般人上がりの……それこそ、アンタみたいなタイプのESPパイロットの教育用、練習機に使ってるらしいわ。趣味と実益を兼ねた……って言えば聞こえは良いけれどね。練習機ってのは名目だけで、実際に練習機として使ったことは一度も無いみたいだし、完全に司令の趣味よ」
「あのヒトらしい感じはするな」
「それに関しては、アタシも同意よ」
やれやれといった風に肩を竦める隣のアリサに、フッと微かな笑みを向け返しつつ。翔一はヘルメットを抱えたままその場に立ち、駐機されているファントムを遠目に眺めた。
垂直尾翼に記されているシリアルナンバーは07‐8680、機首側面に刻まれている「680」の番号が示す通り、このファントムは680番機ということになる。塗装もよく見かけるEJ改にありがちな制空迷彩ではなく、白を基調とした八〇年代チックな古い塗装パターンだ。記された日の丸マークが妙に大きいことからも、この機体がかなり昔に……それこそ八〇年代に退役し、空自の手を離れた個体であることが窺える。
…………ファントムは、確かに古い機体だ。それは認めざるを得ない。元を正せばベトナム戦争時代、原型機まで辿れば一九五〇年代にまで遡れるほどに古いジェット戦闘機だ。現に空自でも、今はもう最新鋭のステルス戦闘機・F‐35AライトニングⅡに取って代わられている。
だが――――機首に刻まれた「680」の機体番号。そしてインテークのスプリッター・ベーン部分と、垂直尾翼にあしらわれた新撰組の如き真っ赤なダンダラ模様。それらが漂わせる風格は、決して最新鋭の機体にも……いいや、あのオーヴァー・テクノロジーの塊である≪グレイ・ゴースト≫にすら負けていない。寧ろそれ以上の何かを感じさせるほどのモノが、あのダンダラ模様のファントムにはあった。
――――このファントムは、確かに生きている。
一目見た瞬間、翔一にそう思わせるほどのものが、このファントムには確かに存在するのだ。
ああ、確かに古すぎる機体だ。それこそ博物館送りになって然るべきようなロートルに違いない。
だが……色気というのだろうか。ファントムという機体はグラマラスでもあり、それでいて淑女のような気品すら漂わせている。そんな、不思議な戦闘機なのだ。
そんな不思議な魅力は、まだ超音速ジェット戦闘機が過渡期だった時代、そんな時代に生まれ落ちた機体であるが故のことなのかもしれない。
翼端がツンと上に沿った下付きの主翼と、対照的に下側へグッと折れた、高い位置にある水平尾翼。スッと美しいラインを描く綺麗な長い鼻先に、インテークから尻にかけて描かれる胴体の複雑な流線形。元は艦載機であるが故の、大きく頑強なアレスター・フックと、そして太く逞しい主脚。複座型コクピットの細長いキャノピーと、機首下に備えられた二〇ミリ口径・バルカン砲のガンポッドが描く流麗な機首の側面シルエット。その何もかもが美しく、そして唯一無二なものだ。
そんな彼女の魅力は、決して≪グレイ・ゴースト≫に劣っていない。いや勝っているぐらいだ。立ち止まった翔一が思わず見とれてしまうほどの魅力が、今彼の目の前にある年老いた銀翼には確かにあったのだ。雲の上、遙かな蒼穹の彼方へと連れて行ってくれるであろう、この銀翼には。
「うーい、待たせちまったか」
そうして翔一が立ち尽くしていれば、ガラガラと車両がこちらに近づいてくる音がして。何かと思いアリサと二人で音のした方へと振り向いてみると、二人の目に映ったのは南……南一誠の姿で。牽引車を運転しながら声を掛けてくる、そんな彼の呑気な顔だった。
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