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Sortie-01:黒翼の舞う空
第七章:十センチ差のすれ違い/04
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「……ええと、この中に浸かれば良いのよね」
それから二〇分だか三〇分ぐらい後のこと。浴室の中で――――当たり前だが一糸纏わぬ姿のアリサは、シャワーを浴びて一通り身体を洗い終え。そして戸惑った様子で、目の前にある湯に満ちた浴槽と相対していた。
というのも、合衆国と日本とでは風呂の文化事情がかなり異なるが故のことだ。
基本的に向こうの風呂というのは大概がユニットバスの類で、シャワーだけの場合が多く。浴槽……というよりバスタブか。あっても日本のモノとはかなり勝手が違っているのだ。
しかも、蓬莱島の居住スペースに居た頃は大概が普段通りにシャワーで済ませていたということもあって、こういうザ・日本的な風呂とは初対面、完全にファースト・コンタクト。今まさに目の前にしている桐山家の風呂が、文字通りアリサ・メイヤードにとっての初体験だ。
だから、アリサがこんな風に戸惑っているというワケなのだった。
アリサはおっかなびっくりといった調子で、目の前の浴槽……湯気の立つ湯で満ちたそこに、そっと素足を浸けていく。
「こ、これで良いのかしら……?」
そうして戸惑いながらも脚先から腰、起伏の激しい胸元から肩、そして首辺りまで浸かっていけば……アリサは思わずふぅっ、と声を漏らしてしまっていた。
シャワーとはまた違う、書いて字のまま全身を包み込んでくるかのような温かみに浸りながら、アリサは小さく息をついた。
「意外と悪くないわね、日本のお風呂っていうのも…………」
悪くないというよりも、寧ろ既に気に入り始めている。この感覚は……全身がふわふわと心地の良い温かさに包まれていくこの感覚は、どうにも癖になりそうだ。
「……そういえば、前にシンが言ってたわね。一度日本式のお風呂を味わったら病みつきになるだとか、何だとか…………」
肩までに留まらず、口の辺りまで深く湯に浸かりながら。小さく息を吐いてぶくぶくと泡なんか立てながら、アリサが何気なくひとりごちる。そういえば、前にそんなことを言っていた日系人がいたっけか……と、ふと昔のことを思いながら。
「……アイツ、本気なのかしら」
そうしてじっくりと風呂に浸かりながら、初めて味わう安らぎの感覚を堪能しながら。アリサはふと、彼のことを――――翔一のことを思い浮かべ、ひとりごちていた。
「能力的には悪くない。ううん……寧ろ凄いかも知れない。薄々分かってはいたことだけれど、アタシとあそこまで共鳴した時点で……ね」
あの夜――――もうあと少しで二四時間が経ってしまうか。≪グレイ・ゴースト≫で夜間飛行の訓練に出ていたアリサはあの時、地上の海岸に居た翔一と激しい共鳴現象を起こした。甲高い耳鳴りのように強烈な感触を覚え、機体を動かす為の超感覚だったりとかのESP能力に乱れが生じ。ディーンドライヴは止まるわプラズマジェットエンジンは二発両方ともフレームアウトするわ……で、散々な目に遭ったのは今でもよく覚えている。
ああして自分と共鳴現象……それもあんなに強烈なものを起こした時点で、桐山翔一という男がとんでもない強さの能力者であることは疑いようもなかった。だって、他ならぬアリサ自身がかなり強いESP……それこそ、統合軍のESPパイロットたちの中でもかなり強力な部類に入るような能力者だ。そんな自分とあそこまでの強烈な共鳴を起こしたとあれば、その時点で翔一がどれほど強力な能力者であるかはある程度想像が付く。
だからこそ、彼がとんでもない逸材であることは、それこそ学院での接触前に用意されていた彼の調査資料を読むまでもなく明らかだった。よく統合軍が今まで放っておいたなというぐらいの、それぐらいの強力なESP能力者なのだ、彼は。
まあ、詳しい能力の種類や強さなどは、これから厳密に調べていかなければ分からないが。それでも――――類い希な才能の持ち主であることは間違いない。それは、他ならぬ自分自身とあんなレベルの共鳴を起こしたことからも、疑いようのない事実だ。
「…………」
最初に海岸で逢った時は、こんな奴がと思っていた。学院でまた顔を合わせ、そして昼休みに屋上で接触した時もそうだ。こんな頼りなさそうな奴が本当に強力な能力者なのかと、疑いもした。
だが――――彼と接している内に、アリサの中にあった翔一に対する印象は少しずつ変わっていった。
極めつけが、数時間前に彼と空を飛んだ時のこと。自分の操縦するファントムの後席に座る彼から聞かされた、彼の空に対する思いと憧れ。そして……彼の根本にあるものを聞かされたことだ。
彼の話を聞いた時、アリサは悟ったのだ。桐山翔一が何処までも真っ直ぐで、純粋で。そして……きっと、誰よりも優しい人間なのかもしれないということを。
だからこそ、なのかも知れないと思った。彼があそこまでの能力を持って生まれ落ちてきたのは、きっと彼自身がそういう風に誰よりも純粋で、優しい人間だからなのだろうと。
「…………本当に、良かったのかしら」
故に、アリサは複雑な心境にならざるを得ない。
彼は……翔一は、きっと本当なら戦いに身を投じるべき人間ではないのだ。機械の翼に、人造の戦闘妖精に乗り込んで殺し合うには……彼はきっと、あまりにも優しすぎる。
そんな優しすぎる彼を戦いに引きずり込んだ原因があるとすれば、ひとえにアリサ・メイヤードという自分自身だ。殆ど事故のような切っ掛けだとしても、結果的に彼を統合軍に……戦いの道に引きずり込んでしまったのは、他ならぬ自分で。それはきっと、自分が背負うべき罪なのだ。
彼がESPパイロットになると言った時、本当は止めようとも思った。アンタには向いていない、やめておけと…………。
言うべきだと思った。でも言えなかった。これが彼の選んだ道ならば、それは自分が口に出すべきコトではない……と、思ってしまったから。
アリサは、翔一に嘗ての自分の姿を重ねていたのだ。復讐を誓い、ESPパイロットとして黒翼を飛ばし始めた頃の、そんな自分自身と。
だからこそ、なのだろう。彼女が翔一にやめておけと言えなかったのは。だからこそ、なのかも知れない。今みたいに、ガラにもなく複雑な気持ちになってしまっているのは。
「お笑いよね。極東にまで飛ばされてきて、こんなことを思うなんて。……今のアタシをシンが見たら、きっとアイツは笑うわよね」
きっと、そうだと思う。こんな自分を見たら、彼はきっと皮肉げな笑みを浮かべるだろう。あの男はいつだってそうだ。いつも飄々としていて掴みどころがなく、常に変な気ばかりを回していて。まるで減る気配のない口から出るのは、いつも皮肉やそういう類の言葉ばかりで、態度も斜に構えた感じで、オマケに年中煙草臭い。…………つまり、アリサの大嫌いなタイプだ。
アリサは今の自分の姿を見られたら、きっと彼に笑われるのだろうなと、何気なくそう思うと。すると……何故だか無性に腹が立ってきて。でも自分らしくないことばかりを考えているのも、また事実で。それを思うと……何というか、本当に微妙な顔になってしまう。
本当に、今日はらしくないことばかりの一日だ。さっき空の上で、翔一に口を滑らせたのだってそうだ。本当ならあんな話、誰にもしないつもりだった。それなのに……どうしてだろうか。彼と飛んでいると、自分でも知らず知らずの内に。何気なく、自然と口が動いてしまっていたのだ。
翔一と一緒に居ると、なんだかペースを崩されて仕方ない。普段の自分で居られなくなるというか……弱い部分を曝け出そうとする、そんな自分が現れるのだ。心に固く纏った鎧を解こうとしてしまうような、そんな自分が顔を出してきてしまう。
「…………アタシ、本当にどうしちゃったのかしら」
本来なら、翔一は気にも留めないような相手のはずだ。それなのに、どうして…………。
浴槽に口辺りまでを沈め、息を吐いてぶくぶくと水面に泡なんか作り。そうして浴槽に浸かりながら、アリサは暫しの間そんな物思いに耽っていた。
――――そんな自分の心が、確実に彼の方へ傾き始めているのにも気付かぬまま。心の鎧を、固く凍り付いた心を解かされ始めているのにも気付かぬまま。彼が自分に対しそうであったのと同じように……翔一に対し、自分もまた少しずつ心を動かされ始めているのにも、未だ彼女は気付かぬままに。
それから二〇分だか三〇分ぐらい後のこと。浴室の中で――――当たり前だが一糸纏わぬ姿のアリサは、シャワーを浴びて一通り身体を洗い終え。そして戸惑った様子で、目の前にある湯に満ちた浴槽と相対していた。
というのも、合衆国と日本とでは風呂の文化事情がかなり異なるが故のことだ。
基本的に向こうの風呂というのは大概がユニットバスの類で、シャワーだけの場合が多く。浴槽……というよりバスタブか。あっても日本のモノとはかなり勝手が違っているのだ。
しかも、蓬莱島の居住スペースに居た頃は大概が普段通りにシャワーで済ませていたということもあって、こういうザ・日本的な風呂とは初対面、完全にファースト・コンタクト。今まさに目の前にしている桐山家の風呂が、文字通りアリサ・メイヤードにとっての初体験だ。
だから、アリサがこんな風に戸惑っているというワケなのだった。
アリサはおっかなびっくりといった調子で、目の前の浴槽……湯気の立つ湯で満ちたそこに、そっと素足を浸けていく。
「こ、これで良いのかしら……?」
そうして戸惑いながらも脚先から腰、起伏の激しい胸元から肩、そして首辺りまで浸かっていけば……アリサは思わずふぅっ、と声を漏らしてしまっていた。
シャワーとはまた違う、書いて字のまま全身を包み込んでくるかのような温かみに浸りながら、アリサは小さく息をついた。
「意外と悪くないわね、日本のお風呂っていうのも…………」
悪くないというよりも、寧ろ既に気に入り始めている。この感覚は……全身がふわふわと心地の良い温かさに包まれていくこの感覚は、どうにも癖になりそうだ。
「……そういえば、前にシンが言ってたわね。一度日本式のお風呂を味わったら病みつきになるだとか、何だとか…………」
肩までに留まらず、口の辺りまで深く湯に浸かりながら。小さく息を吐いてぶくぶくと泡なんか立てながら、アリサが何気なくひとりごちる。そういえば、前にそんなことを言っていた日系人がいたっけか……と、ふと昔のことを思いながら。
「……アイツ、本気なのかしら」
そうしてじっくりと風呂に浸かりながら、初めて味わう安らぎの感覚を堪能しながら。アリサはふと、彼のことを――――翔一のことを思い浮かべ、ひとりごちていた。
「能力的には悪くない。ううん……寧ろ凄いかも知れない。薄々分かってはいたことだけれど、アタシとあそこまで共鳴した時点で……ね」
あの夜――――もうあと少しで二四時間が経ってしまうか。≪グレイ・ゴースト≫で夜間飛行の訓練に出ていたアリサはあの時、地上の海岸に居た翔一と激しい共鳴現象を起こした。甲高い耳鳴りのように強烈な感触を覚え、機体を動かす為の超感覚だったりとかのESP能力に乱れが生じ。ディーンドライヴは止まるわプラズマジェットエンジンは二発両方ともフレームアウトするわ……で、散々な目に遭ったのは今でもよく覚えている。
ああして自分と共鳴現象……それもあんなに強烈なものを起こした時点で、桐山翔一という男がとんでもない強さの能力者であることは疑いようもなかった。だって、他ならぬアリサ自身がかなり強いESP……それこそ、統合軍のESPパイロットたちの中でもかなり強力な部類に入るような能力者だ。そんな自分とあそこまでの強烈な共鳴を起こしたとあれば、その時点で翔一がどれほど強力な能力者であるかはある程度想像が付く。
だからこそ、彼がとんでもない逸材であることは、それこそ学院での接触前に用意されていた彼の調査資料を読むまでもなく明らかだった。よく統合軍が今まで放っておいたなというぐらいの、それぐらいの強力なESP能力者なのだ、彼は。
まあ、詳しい能力の種類や強さなどは、これから厳密に調べていかなければ分からないが。それでも――――類い希な才能の持ち主であることは間違いない。それは、他ならぬ自分自身とあんなレベルの共鳴を起こしたことからも、疑いようのない事実だ。
「…………」
最初に海岸で逢った時は、こんな奴がと思っていた。学院でまた顔を合わせ、そして昼休みに屋上で接触した時もそうだ。こんな頼りなさそうな奴が本当に強力な能力者なのかと、疑いもした。
だが――――彼と接している内に、アリサの中にあった翔一に対する印象は少しずつ変わっていった。
極めつけが、数時間前に彼と空を飛んだ時のこと。自分の操縦するファントムの後席に座る彼から聞かされた、彼の空に対する思いと憧れ。そして……彼の根本にあるものを聞かされたことだ。
彼の話を聞いた時、アリサは悟ったのだ。桐山翔一が何処までも真っ直ぐで、純粋で。そして……きっと、誰よりも優しい人間なのかもしれないということを。
だからこそ、なのかも知れないと思った。彼があそこまでの能力を持って生まれ落ちてきたのは、きっと彼自身がそういう風に誰よりも純粋で、優しい人間だからなのだろうと。
「…………本当に、良かったのかしら」
故に、アリサは複雑な心境にならざるを得ない。
彼は……翔一は、きっと本当なら戦いに身を投じるべき人間ではないのだ。機械の翼に、人造の戦闘妖精に乗り込んで殺し合うには……彼はきっと、あまりにも優しすぎる。
そんな優しすぎる彼を戦いに引きずり込んだ原因があるとすれば、ひとえにアリサ・メイヤードという自分自身だ。殆ど事故のような切っ掛けだとしても、結果的に彼を統合軍に……戦いの道に引きずり込んでしまったのは、他ならぬ自分で。それはきっと、自分が背負うべき罪なのだ。
彼がESPパイロットになると言った時、本当は止めようとも思った。アンタには向いていない、やめておけと…………。
言うべきだと思った。でも言えなかった。これが彼の選んだ道ならば、それは自分が口に出すべきコトではない……と、思ってしまったから。
アリサは、翔一に嘗ての自分の姿を重ねていたのだ。復讐を誓い、ESPパイロットとして黒翼を飛ばし始めた頃の、そんな自分自身と。
だからこそ、なのだろう。彼女が翔一にやめておけと言えなかったのは。だからこそ、なのかも知れない。今みたいに、ガラにもなく複雑な気持ちになってしまっているのは。
「お笑いよね。極東にまで飛ばされてきて、こんなことを思うなんて。……今のアタシをシンが見たら、きっとアイツは笑うわよね」
きっと、そうだと思う。こんな自分を見たら、彼はきっと皮肉げな笑みを浮かべるだろう。あの男はいつだってそうだ。いつも飄々としていて掴みどころがなく、常に変な気ばかりを回していて。まるで減る気配のない口から出るのは、いつも皮肉やそういう類の言葉ばかりで、態度も斜に構えた感じで、オマケに年中煙草臭い。…………つまり、アリサの大嫌いなタイプだ。
アリサは今の自分の姿を見られたら、きっと彼に笑われるのだろうなと、何気なくそう思うと。すると……何故だか無性に腹が立ってきて。でも自分らしくないことばかりを考えているのも、また事実で。それを思うと……何というか、本当に微妙な顔になってしまう。
本当に、今日はらしくないことばかりの一日だ。さっき空の上で、翔一に口を滑らせたのだってそうだ。本当ならあんな話、誰にもしないつもりだった。それなのに……どうしてだろうか。彼と飛んでいると、自分でも知らず知らずの内に。何気なく、自然と口が動いてしまっていたのだ。
翔一と一緒に居ると、なんだかペースを崩されて仕方ない。普段の自分で居られなくなるというか……弱い部分を曝け出そうとする、そんな自分が現れるのだ。心に固く纏った鎧を解こうとしてしまうような、そんな自分が顔を出してきてしまう。
「…………アタシ、本当にどうしちゃったのかしら」
本来なら、翔一は気にも留めないような相手のはずだ。それなのに、どうして…………。
浴槽に口辺りまでを沈め、息を吐いてぶくぶくと水面に泡なんか作り。そうして浴槽に浸かりながら、アリサは暫しの間そんな物思いに耽っていた。
――――そんな自分の心が、確実に彼の方へ傾き始めているのにも気付かぬまま。心の鎧を、固く凍り付いた心を解かされ始めているのにも気付かぬまま。彼が自分に対しそうであったのと同じように……翔一に対し、自分もまた少しずつ心を動かされ始めているのにも、未だ彼女は気付かぬままに。
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