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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて
第八章:This moment, we own it./01
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第八章:This moment, we own it.
そんなこんなで迎えた翌日、午前十時を回った頃のことだ。
「さて……と。アリサ、忘れ物は?」
「あるとでも思って?」
「ははは、違いない」
「んで、アンタの方は戸締まり大丈夫だったの?」
「二度チェックした、問題なしだ」
「ガスの元栓は?」
「そっちも大丈夫。……君の方は、肝心の鍵は持ったのか?」
「持ってるわよ、当たり前でしょうに。というか、キーが無けりゃエンジン掛けられないんだから、その時点で気付くわよ」
「言われてみれば、その通りか。……さてと、じゃあ行こうか」
「そうね。翔一、戸締まりはアンタに任せるわ」
「任された」
靴を履いて、玄関の扉を開けて。翔一とアリサ、二人が陽の当たる場所へと踏み出していく。
ジリジリと肌を焦がす陽気は、まだ夏と呼ぶには早すぎる時期だというのに、やたらめったらにキツく刺してくる。どうにも暑くて暑くて仕方ない。これで蝉の声でも聞こえてくれば本当に夏そのものだ。それこそ、季節を勘違いした間抜けな蝉が数匹ぐらい土の中から出てきてもおかしくないような、今日はそんな暑い晴れ模様の空だった。
そんな陽光の下、翔一はいつも通りに袖を折った深蒼のパーカージャケットを羽織った格好だ。割といつでも過ごしやすく、動きやすくて。何だかんだと年中こんな格好ばかりな気がする。
対してアリサの方はといえば、流石に暑すぎるのか今日はいつものCWU‐45/Pのフライトジャケットは羽織っていなかった。今日の彼女は黒いタンクトップに、その上から翔一と同じように袖を折った格好の黒い薄手のジャケット、後はいつも通り細身のジーンズといった出で立ちだ。割とシンプルな格好だというのに、それでもやたらと様になっている辺り……高身長と整った顔立ちというルックス補正の暴力は凄まじいものだと、ここに来て改めて実感できる。
実際、今日のアリサはとても様になっていた。それこそ、このままハリウッドか何処かのカーアクション映画にでも出られてしまいそうなぐらいだ。今日の彼女は、いつにも増してあの大排気量の相棒がよく似合うことだろう。
そんな彼女を視界の端に収めつつ、翔一は手早く玄関扉を施錠し。それからアリサとともに隣接されたガレージに向かい、閉じられていたシャッターをガラリと開き。そこに安置されていた黒く大柄な古いアメ車――――アリサが合衆国から持ち込んだ相棒、一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tと相対する。
「さーてと、今日の調子はどうかしら……」
ひとりごちつつ、アリサはチャージャーの左側へと周り。運転席側の大きなドアを開けて、コラム部分の鍵穴にキーを差し込みクッと前に捻る。これだけの熱気だ、チョークを引っ張ってやる必要も無いだろう。
そうしてアリサがキーを前に捻ると、多少グズりはしたが……しかし程なくボンネットの真下、だだっ広いスペースに格納された排気量七・二リッターのV8エンジン、クライスラー製の440マグナム・エンジンが眼を覚まし、バリバリと時代錯誤にも程がある雄叫びを上げ始める。
バリバリバリ、ドロドロドロといった感じのアメ車特有というか、これぞアメリカン・マッスルの醍醐味と言わんばかりの重低音モリモリなサウンドを聴きつつ、アリサが車のフロント・フェンダーに寄りかかりながら、暖機運転が終わるのを翔一と二人でぼうっと待っていると。すると、開け放ったシャッターの向こう側……翔一の家の前に見慣れない車が一台、滑り込んでくる。
「やあ、二人とも」
「ごっめーん、待ったぁー?」
「別に待ってないわよ。っていうか宗悟、やめなさいそれ。普通に気持ち悪いから」
「ははは……」
ガレージから地続きになっている敷地内に停まった車に乗っていたのは、やはりミレーヌと宗悟だ。ハザード・ランプを炊いた車から降りてくる二人を、翔一たちがガレージの中から声を掛けて出迎える。
「ほら宗悟、言わんこっちゃない。君がやっても何も可愛くないんだよ、それ」
「うわーん! ミレーヌってば相変わらず辛辣ゥー!!」
「君らは本当に、何処でも変わらないな。……それにしても、エリーゼか」
「ふーん? ミレーヌ、アンタも中々良い趣味してるじゃない?」
降りてきた二人を出迎えつつ、翔一とアリサが彼女らの肩越しに、ミレーヌが運転してきた車を見て……それに対し素直な感想をそれぞれ述べると。ニヤリと少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに笑んだミレーヌが「お褒めに与り、光栄だよ」と言葉を返す。
――――二〇一四年式、ロータス・エリーゼS。
眩いオレンジ色のボディが煌めく、割に小柄な図体のそれは、紛うことなき英国製ライトウェイト・スポーツの名機だった。
年式からも分かりそうなものだが、ミレーヌのそれはヘッドライトの数がそれまでの虫みたいな四眼ではなく、もっとシャープでスポーティな二眼に改められたモデルだ。いわゆるフェイズⅢモデルか。
そのエリーゼだが、搭載しているエンジンこそ、トヨタから供給されている排気量一・八リッターの2ZR‐FEという、割に非力なものだが……しかしスーパーチャージャー過給器の存在と、何よりミッドシップ形式にエンジンを配置しているから、低排気量といえど決してその戦闘力は低くない。
余談だが、ミッドシップ形式というのは、普通の車のようにエンジンを前方ボンネット下ではなく、丁度車体の中央付近……例えるなら、シートの真後ろ辺りに置いたような配置だ。こうすることで旋回性能がすこぶる良くなり、癖は強いが理想的な動きが出来るようになるのだ。フェラーリなんかのスーパースポーツに多く採用されている方式と言えば、ミッドシップがどれだけ理想的な配置か分かるだろう。シュッと鋭角に切り込むような、ミッドシップ特有の鋭敏な操作感覚は……一度味わえば絶対に病みつきになる。
そんな彼女のエリーゼ、日本と同じく左側通行の英国産だからか、当然のように右ハンドル仕様……かと思いきや、意外にも左ハンドル仕様だ。まあ大方、ビスケー湾基地に在籍していた際にフランス国内で購入して乗っていた物だろうから、左ハンドルなのも納得といえば納得だ。
加えて、ギアボックスも六速のマニュアル式のようだ。というか、翔一の記憶が正しければ、エリーゼには根本的にマニュアルしか設定がなかった気がする。
とにかく、何もかもがスパルタンな味付けの……まさに小さなレーシングカーといった一台だ。玄人好みというか、エリーゼは結構渋いチョイスといえよう。決してミーハー好みではない、理解っている人間が好む珠玉のライトウェイト・スポーツだ。故に翔一もアリサも、素直に手放しでミレーヌのチョイスが良い趣味をしていると褒めていたのだった。
ちなみに、オマケ程度に屋根が開くオープン機能もある。といっても普通のオープンカーのようにではなく、天井部分のパネルだけが取り外せるタルガトップ方式だ。まあこの暑さだから、当たり前のようにミレーヌのエリーゼは屋根を閉じていたのだが。
――――閑話休題。
「そういうアリサ、君のは……ああ、予想通りだ」
「む、それってどういう意味よ」
「君らしいってことさ、絶対にアメリカン・マッスルだと思ってたよ」
「……? んあ、俺にはよう分からんけどよ。確かにデッカい車ってのはアリサちゃんのイメージ通りだわ」
「あっそう……そんなに分かりやすいのかしら、アタシって」
「割とね」
「結構顔に出るタイプじゃん?」
「…………もういいわ、それで」
ニヤニヤとするミレーヌと、一人話題について行けずに首を傾げつつも、横から話に入ってくる宗悟。そんな二人とアリサが言葉を交わしているのを苦笑い気味に眺めつつ、翔一はミレーヌたちを改めてじっくりと眺めてみる。
当然だが、二人とも私服だ。宗悟の方は取り立てて言うことも無いというか……黒のポロシャツにジーンズという、何ともラフな感じの格好だった。とはいえこの陽気だと、これぐらいの方が涼しくて過ごしやすそうな感じでもある。
対して彼の傍らに立つミレーヌの方といえば、雑といえば雑な格好の宗悟とは打って変わって、色んな意味でかなり気合いが入っているように思える出で立ちだった。
上は少し襟元を開けた、袖の無い白のノースリーブ・ブラウス一枚のみと涼しげで。その下には赤いチェックのスカートと、華奢なおみ足を際立たせる黒のオーヴァー・ニーソックスを履いている。履き物はそれなりの丈のブーツだ。左手首には細身なカルティエ製の腕時計を巻いていて、開いたブラウスの襟からチラリと垣間見える首元には、ほっそりとした銀のネックレスのようなものが見え隠れしている。
とまあ、こんな具合にミレーヌの格好はかなり可愛げがあるような感じだった。まさにあの眩いオレンジ色のエリーゼがよく似合う感じの出で立ちで、今のミレーヌは真っ白い肌に真っ赤な瞳、日差しが透き通るプラチナ・ブロンドの髪が普段より三割増しで際立って綺麗に見える。
そんな風だから、目の前に立つミレーヌ・フランクールはまさに可憐な乙女といった感じで。とてもじゃあないが、空の上で宗悟を補佐するエースの片割れとは思えないほどに、今のミレーヌは年相応の青春真っ盛りな乙女といった、そんな印象を見る者に抱かせるような身なりだった。
「さてと、そいじゃあ早速ガレージに入れちゃいなさいな。こっちの暖気もそろそろ終わる頃だから」
「そうだね。じゃあ翔一くん、悪いけど置かせて貰うよ」
「ああ、好きに使ってくれ」
アリサに言われて、翔一にチラリと目配せをしたミレーヌは一度エリーゼに戻っていくと、バック・ギアに入れて車を後退させ始める。
そうして、彼女は言われた通りにガレージの中へ……丁度、アリサのチャージャーの真隣に収める形でエリーゼを停めた。こうして二台を停めてもまだスペースにはそれなりに余裕があるというのだから、やはり桐山家のガレージは意味も無く広大だった。
とにもかくにも、そうしてガレージの中に停めたエリーゼからミレーヌが降りてくると、アリサは彼女と宗悟を自分のチャージャーの後部座席に乗るよう促す。その後で自分も左側の運転席に乗り込み、暖気の終わった車をひとまずガレージの外へと出してやる。
「よし、閉めるよ」
「ん、頼むわ翔一」
彼女のチャージャーがガレージの外に出たところで、翔一はシャッターを閉じようと腕を伸ばし、シャッターの端に指を掛ける。
そうしながら、彼は一瞬だけガレージの中に収まっている自分のバイク…………一九九九年式の、蒼いスズキ・イナズマ400に視線を向けた。
何だかんだと、アリサが来てからは暫く乗ってやれていないような気がする。思えば、何処へ行くにも今日のようにアリサのチャージャーに横乗りさせて貰っていた。二人で食材の買い出しだとか、細々とした用事を済ませに出掛けるには……やはり二輪より四輪の方が何かと便利なのだ。
だから、最近はめっきり乗ってやれていなかった。そろそろエンジンにも火を入れてやらなきゃな……と思いつつ、しかし今日も相棒には休んでいて貰うしかない。少しだけ心苦しいような感じもしてしまうが、この分はまた今度返してやるとしよう。
そう思いながら、翔一はガレージのシャッターをガラリと下ろす。完全に閉鎖されたのを確認してから、翔一もアリサのチャージャーの助手席に乗り込んだ。
「それで? 行き先は――――」
「当然、変更なしだぜ。港湾地区の方、水族館とかある辺りだ。大体一時間ぐらいか?」
「一時間と、ざっくり一五分ぐらいね。とにかく、一応確認したまでよ。道は大体頭に入れてる、問題無いわ」
「そいじゃあ、頼むわアリサちゃん」
「悪いね、よろしく頼むよアリサ」
「はいはい、アンタたちゲストは後ろでゆっくりくつろいでなさいな。……さてと翔一、ナビは任せたわよ?」
「分かった。……思えば、僕は空の上でも地上でも、いつでも君のナビゲーターなんだな」
「下手なカーナビより、アンタの方がよっぽど信頼出来るわ。……よし、それじゃあ出発するわよ」
クラッチを切り、ギアを一速に入れ。アリサがゆっくりとチャージャーの黒く大柄な車体を動かし始める。
膝の上に置いた地図帳と、スマートフォンのGPS利用の地図アプリとを併用する助手席の翔一の道案内に従いながら、アリサは車を走らせていく。バリバリバリとやかましくて古くさいOHVサウンドを掻き鳴らしながら、四人を乗せた漆黒のチャージャーが向かう先は――――天ヶ崎市からそこそこ離れた場所にある、海沿いの港湾地帯だ。
そんなこんなで迎えた翌日、午前十時を回った頃のことだ。
「さて……と。アリサ、忘れ物は?」
「あるとでも思って?」
「ははは、違いない」
「んで、アンタの方は戸締まり大丈夫だったの?」
「二度チェックした、問題なしだ」
「ガスの元栓は?」
「そっちも大丈夫。……君の方は、肝心の鍵は持ったのか?」
「持ってるわよ、当たり前でしょうに。というか、キーが無けりゃエンジン掛けられないんだから、その時点で気付くわよ」
「言われてみれば、その通りか。……さてと、じゃあ行こうか」
「そうね。翔一、戸締まりはアンタに任せるわ」
「任された」
靴を履いて、玄関の扉を開けて。翔一とアリサ、二人が陽の当たる場所へと踏み出していく。
ジリジリと肌を焦がす陽気は、まだ夏と呼ぶには早すぎる時期だというのに、やたらめったらにキツく刺してくる。どうにも暑くて暑くて仕方ない。これで蝉の声でも聞こえてくれば本当に夏そのものだ。それこそ、季節を勘違いした間抜けな蝉が数匹ぐらい土の中から出てきてもおかしくないような、今日はそんな暑い晴れ模様の空だった。
そんな陽光の下、翔一はいつも通りに袖を折った深蒼のパーカージャケットを羽織った格好だ。割といつでも過ごしやすく、動きやすくて。何だかんだと年中こんな格好ばかりな気がする。
対してアリサの方はといえば、流石に暑すぎるのか今日はいつものCWU‐45/Pのフライトジャケットは羽織っていなかった。今日の彼女は黒いタンクトップに、その上から翔一と同じように袖を折った格好の黒い薄手のジャケット、後はいつも通り細身のジーンズといった出で立ちだ。割とシンプルな格好だというのに、それでもやたらと様になっている辺り……高身長と整った顔立ちというルックス補正の暴力は凄まじいものだと、ここに来て改めて実感できる。
実際、今日のアリサはとても様になっていた。それこそ、このままハリウッドか何処かのカーアクション映画にでも出られてしまいそうなぐらいだ。今日の彼女は、いつにも増してあの大排気量の相棒がよく似合うことだろう。
そんな彼女を視界の端に収めつつ、翔一は手早く玄関扉を施錠し。それからアリサとともに隣接されたガレージに向かい、閉じられていたシャッターをガラリと開き。そこに安置されていた黒く大柄な古いアメ車――――アリサが合衆国から持ち込んだ相棒、一九六九年式ダッジ・チャージャーR/Tと相対する。
「さーてと、今日の調子はどうかしら……」
ひとりごちつつ、アリサはチャージャーの左側へと周り。運転席側の大きなドアを開けて、コラム部分の鍵穴にキーを差し込みクッと前に捻る。これだけの熱気だ、チョークを引っ張ってやる必要も無いだろう。
そうしてアリサがキーを前に捻ると、多少グズりはしたが……しかし程なくボンネットの真下、だだっ広いスペースに格納された排気量七・二リッターのV8エンジン、クライスラー製の440マグナム・エンジンが眼を覚まし、バリバリと時代錯誤にも程がある雄叫びを上げ始める。
バリバリバリ、ドロドロドロといった感じのアメ車特有というか、これぞアメリカン・マッスルの醍醐味と言わんばかりの重低音モリモリなサウンドを聴きつつ、アリサが車のフロント・フェンダーに寄りかかりながら、暖機運転が終わるのを翔一と二人でぼうっと待っていると。すると、開け放ったシャッターの向こう側……翔一の家の前に見慣れない車が一台、滑り込んでくる。
「やあ、二人とも」
「ごっめーん、待ったぁー?」
「別に待ってないわよ。っていうか宗悟、やめなさいそれ。普通に気持ち悪いから」
「ははは……」
ガレージから地続きになっている敷地内に停まった車に乗っていたのは、やはりミレーヌと宗悟だ。ハザード・ランプを炊いた車から降りてくる二人を、翔一たちがガレージの中から声を掛けて出迎える。
「ほら宗悟、言わんこっちゃない。君がやっても何も可愛くないんだよ、それ」
「うわーん! ミレーヌってば相変わらず辛辣ゥー!!」
「君らは本当に、何処でも変わらないな。……それにしても、エリーゼか」
「ふーん? ミレーヌ、アンタも中々良い趣味してるじゃない?」
降りてきた二人を出迎えつつ、翔一とアリサが彼女らの肩越しに、ミレーヌが運転してきた車を見て……それに対し素直な感想をそれぞれ述べると。ニヤリと少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに笑んだミレーヌが「お褒めに与り、光栄だよ」と言葉を返す。
――――二〇一四年式、ロータス・エリーゼS。
眩いオレンジ色のボディが煌めく、割に小柄な図体のそれは、紛うことなき英国製ライトウェイト・スポーツの名機だった。
年式からも分かりそうなものだが、ミレーヌのそれはヘッドライトの数がそれまでの虫みたいな四眼ではなく、もっとシャープでスポーティな二眼に改められたモデルだ。いわゆるフェイズⅢモデルか。
そのエリーゼだが、搭載しているエンジンこそ、トヨタから供給されている排気量一・八リッターの2ZR‐FEという、割に非力なものだが……しかしスーパーチャージャー過給器の存在と、何よりミッドシップ形式にエンジンを配置しているから、低排気量といえど決してその戦闘力は低くない。
余談だが、ミッドシップ形式というのは、普通の車のようにエンジンを前方ボンネット下ではなく、丁度車体の中央付近……例えるなら、シートの真後ろ辺りに置いたような配置だ。こうすることで旋回性能がすこぶる良くなり、癖は強いが理想的な動きが出来るようになるのだ。フェラーリなんかのスーパースポーツに多く採用されている方式と言えば、ミッドシップがどれだけ理想的な配置か分かるだろう。シュッと鋭角に切り込むような、ミッドシップ特有の鋭敏な操作感覚は……一度味わえば絶対に病みつきになる。
そんな彼女のエリーゼ、日本と同じく左側通行の英国産だからか、当然のように右ハンドル仕様……かと思いきや、意外にも左ハンドル仕様だ。まあ大方、ビスケー湾基地に在籍していた際にフランス国内で購入して乗っていた物だろうから、左ハンドルなのも納得といえば納得だ。
加えて、ギアボックスも六速のマニュアル式のようだ。というか、翔一の記憶が正しければ、エリーゼには根本的にマニュアルしか設定がなかった気がする。
とにかく、何もかもがスパルタンな味付けの……まさに小さなレーシングカーといった一台だ。玄人好みというか、エリーゼは結構渋いチョイスといえよう。決してミーハー好みではない、理解っている人間が好む珠玉のライトウェイト・スポーツだ。故に翔一もアリサも、素直に手放しでミレーヌのチョイスが良い趣味をしていると褒めていたのだった。
ちなみに、オマケ程度に屋根が開くオープン機能もある。といっても普通のオープンカーのようにではなく、天井部分のパネルだけが取り外せるタルガトップ方式だ。まあこの暑さだから、当たり前のようにミレーヌのエリーゼは屋根を閉じていたのだが。
――――閑話休題。
「そういうアリサ、君のは……ああ、予想通りだ」
「む、それってどういう意味よ」
「君らしいってことさ、絶対にアメリカン・マッスルだと思ってたよ」
「……? んあ、俺にはよう分からんけどよ。確かにデッカい車ってのはアリサちゃんのイメージ通りだわ」
「あっそう……そんなに分かりやすいのかしら、アタシって」
「割とね」
「結構顔に出るタイプじゃん?」
「…………もういいわ、それで」
ニヤニヤとするミレーヌと、一人話題について行けずに首を傾げつつも、横から話に入ってくる宗悟。そんな二人とアリサが言葉を交わしているのを苦笑い気味に眺めつつ、翔一はミレーヌたちを改めてじっくりと眺めてみる。
当然だが、二人とも私服だ。宗悟の方は取り立てて言うことも無いというか……黒のポロシャツにジーンズという、何ともラフな感じの格好だった。とはいえこの陽気だと、これぐらいの方が涼しくて過ごしやすそうな感じでもある。
対して彼の傍らに立つミレーヌの方といえば、雑といえば雑な格好の宗悟とは打って変わって、色んな意味でかなり気合いが入っているように思える出で立ちだった。
上は少し襟元を開けた、袖の無い白のノースリーブ・ブラウス一枚のみと涼しげで。その下には赤いチェックのスカートと、華奢なおみ足を際立たせる黒のオーヴァー・ニーソックスを履いている。履き物はそれなりの丈のブーツだ。左手首には細身なカルティエ製の腕時計を巻いていて、開いたブラウスの襟からチラリと垣間見える首元には、ほっそりとした銀のネックレスのようなものが見え隠れしている。
とまあ、こんな具合にミレーヌの格好はかなり可愛げがあるような感じだった。まさにあの眩いオレンジ色のエリーゼがよく似合う感じの出で立ちで、今のミレーヌは真っ白い肌に真っ赤な瞳、日差しが透き通るプラチナ・ブロンドの髪が普段より三割増しで際立って綺麗に見える。
そんな風だから、目の前に立つミレーヌ・フランクールはまさに可憐な乙女といった感じで。とてもじゃあないが、空の上で宗悟を補佐するエースの片割れとは思えないほどに、今のミレーヌは年相応の青春真っ盛りな乙女といった、そんな印象を見る者に抱かせるような身なりだった。
「さてと、そいじゃあ早速ガレージに入れちゃいなさいな。こっちの暖気もそろそろ終わる頃だから」
「そうだね。じゃあ翔一くん、悪いけど置かせて貰うよ」
「ああ、好きに使ってくれ」
アリサに言われて、翔一にチラリと目配せをしたミレーヌは一度エリーゼに戻っていくと、バック・ギアに入れて車を後退させ始める。
そうして、彼女は言われた通りにガレージの中へ……丁度、アリサのチャージャーの真隣に収める形でエリーゼを停めた。こうして二台を停めてもまだスペースにはそれなりに余裕があるというのだから、やはり桐山家のガレージは意味も無く広大だった。
とにもかくにも、そうしてガレージの中に停めたエリーゼからミレーヌが降りてくると、アリサは彼女と宗悟を自分のチャージャーの後部座席に乗るよう促す。その後で自分も左側の運転席に乗り込み、暖気の終わった車をひとまずガレージの外へと出してやる。
「よし、閉めるよ」
「ん、頼むわ翔一」
彼女のチャージャーがガレージの外に出たところで、翔一はシャッターを閉じようと腕を伸ばし、シャッターの端に指を掛ける。
そうしながら、彼は一瞬だけガレージの中に収まっている自分のバイク…………一九九九年式の、蒼いスズキ・イナズマ400に視線を向けた。
何だかんだと、アリサが来てからは暫く乗ってやれていないような気がする。思えば、何処へ行くにも今日のようにアリサのチャージャーに横乗りさせて貰っていた。二人で食材の買い出しだとか、細々とした用事を済ませに出掛けるには……やはり二輪より四輪の方が何かと便利なのだ。
だから、最近はめっきり乗ってやれていなかった。そろそろエンジンにも火を入れてやらなきゃな……と思いつつ、しかし今日も相棒には休んでいて貰うしかない。少しだけ心苦しいような感じもしてしまうが、この分はまた今度返してやるとしよう。
そう思いながら、翔一はガレージのシャッターをガラリと下ろす。完全に閉鎖されたのを確認してから、翔一もアリサのチャージャーの助手席に乗り込んだ。
「それで? 行き先は――――」
「当然、変更なしだぜ。港湾地区の方、水族館とかある辺りだ。大体一時間ぐらいか?」
「一時間と、ざっくり一五分ぐらいね。とにかく、一応確認したまでよ。道は大体頭に入れてる、問題無いわ」
「そいじゃあ、頼むわアリサちゃん」
「悪いね、よろしく頼むよアリサ」
「はいはい、アンタたちゲストは後ろでゆっくりくつろいでなさいな。……さてと翔一、ナビは任せたわよ?」
「分かった。……思えば、僕は空の上でも地上でも、いつでも君のナビゲーターなんだな」
「下手なカーナビより、アンタの方がよっぽど信頼出来るわ。……よし、それじゃあ出発するわよ」
クラッチを切り、ギアを一速に入れ。アリサがゆっくりとチャージャーの黒く大柄な車体を動かし始める。
膝の上に置いた地図帳と、スマートフォンのGPS利用の地図アプリとを併用する助手席の翔一の道案内に従いながら、アリサは車を走らせていく。バリバリバリとやかましくて古くさいOHVサウンドを掻き鳴らしながら、四人を乗せた漆黒のチャージャーが向かう先は――――天ヶ崎市からそこそこ離れた場所にある、海沿いの港湾地帯だ。
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日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道』
歌人 蔵屋日唱
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