結局上手くいくカップルたち短編集

流音あい

文字の大きさ
7 / 18

ep4『未練、霧散後、不採用』後編

しおりを挟む
 よくあるナンパで元カレと知り合ったゆかりは、最初はノリで付き合っただけだった。何の気なしに連絡先を交換し、なんとなく付き合い始め、気付けばのめり込んでいた。何度浮気されても嫌いになれず、関係を終わらせることなど考えられず、ケンカが続いても別れなかった。
 何度目かのカレの浮気現場を見たとき、ゆかりは勢いで別れを告げた。激情に任せて別れを口にしたけれど本気ではなかった。落ち着いたらまたカレと変わらない生活が戻ると思っていた。
 けれどカレは一週間と経たずに他の女と遊んでいた。それがその男の本性であることにはとっくに気づいていたけれど、ゆかりはそれを受け入れたくはなかった。
 泣きながら向かった先は、いつも口説いてくる男友達の家。冗談めかしているけれど、実は本気かもしれないことには気づいていた。彼の気持ちに応える気はなかったけれど、寂しさと悔しさと自暴自棄で頭も心もまともではなくなっていたゆかりは、そのまま彼の家に泊まり、拒み続けていた関係を受け入れた。



 携帯が鳴った。表示されているのは、最近新しくしたという元カレの番号。登録はしていなかったが、先日話したばかりですぐにわかった。
 いくばくかのとりとめもない話をした後、元カレは本題に入った。
「今度会わない?」
 きた、とゆかりは思った。とっさに浮かんだのは辰人たつとの顔。
「私、今付き合ってる人がいるの」
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ無理かな」
「うん」
「そっか」
「うん」
 沈黙が落ちる。互いに相手の出方を窺っている。
「そっちは彼女いるの」
「あー、最近別れたんだよね」
「そうなんだ」
「それでゆかりのこと思い出しちゃってさ。やっぱりゆかりといるときが一番楽しかったなって思ってかけてみたら、繋がったからさ」
「……そう」
 カレとの楽しい思い出がよみがえる。悲しいことも辛い時もあったけれど、確かに感じていたときめきもあった。
「ゆかりはどうだった?」
「うん。私も楽しかったよ。ずっと好きで、暫く忘れられなかった」
「過去形かよ」
「まあね」
 互いに少し笑い合う。
「ゆかり、会えないかな」
 身体がこわばった。インターホンが鳴る。相手は誰だかわかっている。
「ちょっと待ってて」
 電話を持ったまま玄関へ向かう。インターホンの画面越しに相手を確認してからドアを開け、彼の姿を認めると勢いのままに抱き着いた。
「え、え? どうしたの」
 混乱しながらも彼の手は背中に回って抱きしめてくれる。ゆかりは一度深呼吸して彼の匂いと体温を感じ、ばっと離れた。
「ちょっと待ってて」
「え」
 そう言ってドアを閉めた。
「もしもし」
「うん」
 電話の向こうのカレが出る。
「今、彼が来てるから切るね」
「え」
「それじゃ」
 そう言って切ると、再び玄関の扉を開けた。
「お待たせ」
「何かいま忙しい?」
「ううん、ちょっとテンパってただけ」
「うん?」
「また元カレから電話が来たの」
 彼の動きが止まった。
「会えないかって言われた」
「……」
 沈黙し、動揺の色を浮かべた彼に向かって、ゆかりは微笑んだ。
「今、彼が来てるからって言って切った」
「俺のこと言ったんだ」
「うん。向こうも彼女がいたらしいんだけど、最近別れたんだって」
「ああ、なるほどね」
「やっぱりそう思う?」
 リビングへ向かう廊下で、彼が振り返る。
「どういう意味? 元カレもゆかりちゃんに未練があったって言いたいの?」
「え、そっち?」
「え、違うの?」
 一瞬険しかった彼の顔が、純粋な驚きを示す表情に変化した。
「いや私は……最近彼女と別れて寂しいから、手頃な女探してるんだなって思ったんだけど」
 辰人が更に驚いた顔をした。
「そういう方向に考えられるんだ」
「や、違うかもしれないけど」
「いや俺もそうだと思った。だけどゆかりちゃんはまだ未練あるみたいだったから、向こうがまだゆかりちゃんのこと好きだから他の女と別れたんだって解釈して、喜んでるのかと」
 ゆかりは沈黙する。
「私も……まだ未練があると思ってた」
 静寂が二人を包み込む。二人でソファに座ると、ゆかりがゆっくり口を開いた。
「元カレから電話があったとき、最初は本当に驚いたの。今までそうなるのを願ってたけど、もうないんだろうなって諦めてたし」
 彼は黙って聞いてくれた。
「電話で話してるとき、嬉しいより戸惑いの方が強くて。いろいろ話してたら、昔のこととか思い出してきて」
 楽しかった。懐かしさもあったせいか、カレと話しているのは確かに楽しくもあった。けれど。
「でも会わないかって言われた時、私自分でもびっくりしたんだけど」
 ゆかりは自分を抱きしめるように自らの腕をさすった。
「あり得ないって思ったの。驚きでとかじゃなくて、なんか……正直に言うと」
 ──気持ち悪かった。ゆかりはもう一度腕をさすった。
「あれだけ好きで、もう一度会いたいとか思ってたはずなのに私、元カレのこと気持ち悪いって思ったの。電話してきた理由とか、そういうのが透けて見えたっていうか、それで辰人君が来てくれて」
 顔を上げて彼を見る。
「っていうか今日の電話も、今日は辰人君が来てくれるから出ても大丈夫かなって思ったの」
 上手く説明出来ている気がしなかったが、それでも伝えた。
「あとなんか、思い出の中のカレは好きなんだけど、今後の未来でカレと一緒にいることが考えられないっていうか。こんなにはっきりカレへの未練がなくなってた自分に驚いて、なんか変な気分」
 話し終わると、気持ちはもう落ち着いていた。彼の方は今どんな気分だろう。様子を窺うと、今の言葉を咀嚼しているようだった。
「そういうことあるんだ」
「何が?」
「気持ちがそんな変わるっていうか、消えるっていうか」
「うん、ね。自分でもびっくりだよ。あんなに好きだったはずなのに、気持ち悪いとまで思うなんて。でも、目が覚めたんだと思う」
「そうなの?」
「うん。あの時はなんていうか、ただの中毒だったんじゃないかな。元カレとは好きな人との楽しいラブラブ関係っていうより、ずっと刺激のある興奮状態って感じで、落ち着くのが怖かったのかも。今考えるとね」
「そういうもの?」
「わかんないけど、今は気持ちが安定してるからそれがわかる気がする。辰人君といるときは落ち着けるし嬉しいし、興奮もあるけどそれ以外の時も幸せーって思える感じ」
 彼の表情が和らいだ。ゆかりも自然と頬が緩んだ。
 彼が腕を広げてきたので、遠慮なくその中に包まれにいく。互いに抱き締め合えば、安堵と高揚に包まれた心地良い気分になってくる。自分が欲しかったのはこの感覚だと、はっきりとそう思えた。
「じゃあもうアイツのことはいいんだね」
「うん。もう電話も来ないと思うけど、着信拒否しとこうかな」
「だね」
 感じる温もりに寄り添いながら、二人は新しい門出を祝うかのように、何度も爽やかなキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

空蝉

杉山 実
恋愛
落合麻結は29歳に成った。 高校生の時に愛した大学生坂上伸一が忘れれない。 突然、バイクの事故で麻結の前から姿を消した。 12年経過した今年も命日に、伊豆の堂ヶ島付近の事故現場に佇んでいた。 父は地銀の支店長で、娘がいつまでも過去を引きずっているのが心配の種だった。 美しい娘に色々な人からの誘い、紹介等が跡を絶たない程。 行き交う人が振り返る程綺麗な我が子が、30歳を前にしても中々恋愛もしなければ、結婚話に耳を傾けない。 そんな麻結を巡る恋愛を綴る物語の始まりです。 空蝉とは蝉の抜け殻の事、、、、麻結の思いは、、、、

処理中です...