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ep4『未練、霧散後、不採用』後編
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よくあるナンパで元カレと知り合ったゆかりは、最初はノリで付き合っただけだった。何の気なしに連絡先を交換し、なんとなく付き合い始め、気付けばのめり込んでいた。何度浮気されても嫌いになれず、関係を終わらせることなど考えられず、ケンカが続いても別れなかった。
何度目かのカレの浮気現場を見たとき、ゆかりは勢いで別れを告げた。激情に任せて別れを口にしたけれど本気ではなかった。落ち着いたらまたカレと変わらない生活が戻ると思っていた。
けれどカレは一週間と経たずに他の女と遊んでいた。それがその男の本性であることにはとっくに気づいていたけれど、ゆかりはそれを受け入れたくはなかった。
泣きながら向かった先は、いつも口説いてくる男友達の家。冗談めかしているけれど、実は本気かもしれないことには気づいていた。彼の気持ちに応える気はなかったけれど、寂しさと悔しさと自暴自棄で頭も心もまともではなくなっていたゆかりは、そのまま彼の家に泊まり、拒み続けていた関係を受け入れた。
携帯が鳴った。表示されているのは、最近新しくしたという元カレの番号。登録はしていなかったが、先日話したばかりですぐにわかった。
いくばくかのとりとめもない話をした後、元カレは本題に入った。
「今度会わない?」
きた、とゆかりは思った。とっさに浮かんだのは辰人の顔。
「私、今付き合ってる人がいるの」
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ無理かな」
「うん」
「そっか」
「うん」
沈黙が落ちる。互いに相手の出方を窺っている。
「そっちは彼女いるの」
「あー、最近別れたんだよね」
「そうなんだ」
「それでゆかりのこと思い出しちゃってさ。やっぱりゆかりといるときが一番楽しかったなって思ってかけてみたら、繋がったからさ」
「……そう」
カレとの楽しい思い出がよみがえる。悲しいことも辛い時もあったけれど、確かに感じていたときめきもあった。
「ゆかりはどうだった?」
「うん。私も楽しかったよ。ずっと好きで、暫く忘れられなかった」
「過去形かよ」
「まあね」
互いに少し笑い合う。
「ゆかり、会えないかな」
身体がこわばった。インターホンが鳴る。相手は誰だかわかっている。
「ちょっと待ってて」
電話を持ったまま玄関へ向かう。インターホンの画面越しに相手を確認してからドアを開け、彼の姿を認めると勢いのままに抱き着いた。
「え、え? どうしたの」
混乱しながらも彼の手は背中に回って抱きしめてくれる。ゆかりは一度深呼吸して彼の匂いと体温を感じ、ばっと離れた。
「ちょっと待ってて」
「え」
そう言ってドアを閉めた。
「もしもし」
「うん」
電話の向こうのカレが出る。
「今、彼が来てるから切るね」
「え」
「それじゃ」
そう言って切ると、再び玄関の扉を開けた。
「お待たせ」
「何かいま忙しい?」
「ううん、ちょっとテンパってただけ」
「うん?」
「また元カレから電話が来たの」
彼の動きが止まった。
「会えないかって言われた」
「……」
沈黙し、動揺の色を浮かべた彼に向かって、ゆかりは微笑んだ。
「今、彼が来てるからって言って切った」
「俺のこと言ったんだ」
「うん。向こうも彼女がいたらしいんだけど、最近別れたんだって」
「ああ、なるほどね」
「やっぱりそう思う?」
リビングへ向かう廊下で、彼が振り返る。
「どういう意味? 元カレもゆかりちゃんに未練があったって言いたいの?」
「え、そっち?」
「え、違うの?」
一瞬険しかった彼の顔が、純粋な驚きを示す表情に変化した。
「いや私は……最近彼女と別れて寂しいから、手頃な女探してるんだなって思ったんだけど」
辰人が更に驚いた顔をした。
「そういう方向に考えられるんだ」
「や、違うかもしれないけど」
「いや俺もそうだと思った。だけどゆかりちゃんはまだ未練あるみたいだったから、向こうがまだゆかりちゃんのこと好きだから他の女と別れたんだって解釈して、喜んでるのかと」
ゆかりは沈黙する。
「私も……まだ未練があると思ってた」
静寂が二人を包み込む。二人でソファに座ると、ゆかりがゆっくり口を開いた。
「元カレから電話があったとき、最初は本当に驚いたの。今までそうなるのを願ってたけど、もうないんだろうなって諦めてたし」
彼は黙って聞いてくれた。
「電話で話してるとき、嬉しいより戸惑いの方が強くて。いろいろ話してたら、昔のこととか思い出してきて」
楽しかった。懐かしさもあったせいか、カレと話しているのは確かに楽しくもあった。けれど。
「でも会わないかって言われた時、私自分でもびっくりしたんだけど」
ゆかりは自分を抱きしめるように自らの腕をさすった。
「あり得ないって思ったの。驚きでとかじゃなくて、なんか……正直に言うと」
──気持ち悪かった。ゆかりはもう一度腕をさすった。
「あれだけ好きで、もう一度会いたいとか思ってたはずなのに私、元カレのこと気持ち悪いって思ったの。電話してきた理由とか、そういうのが透けて見えたっていうか、それで辰人君が来てくれて」
顔を上げて彼を見る。
「っていうか今日の電話も、今日は辰人君が来てくれるから出ても大丈夫かなって思ったの」
上手く説明出来ている気がしなかったが、それでも伝えた。
「あとなんか、思い出の中のカレは好きなんだけど、今後の未来でカレと一緒にいることが考えられないっていうか。こんなにはっきりカレへの未練がなくなってた自分に驚いて、なんか変な気分」
話し終わると、気持ちはもう落ち着いていた。彼の方は今どんな気分だろう。様子を窺うと、今の言葉を咀嚼しているようだった。
「そういうことあるんだ」
「何が?」
「気持ちがそんな変わるっていうか、消えるっていうか」
「うん、ね。自分でもびっくりだよ。あんなに好きだったはずなのに、気持ち悪いとまで思うなんて。でも、目が覚めたんだと思う」
「そうなの?」
「うん。あの時はなんていうか、ただの中毒だったんじゃないかな。元カレとは好きな人との楽しいラブラブ関係っていうより、ずっと刺激のある興奮状態って感じで、落ち着くのが怖かったのかも。今考えるとね」
「そういうもの?」
「わかんないけど、今は気持ちが安定してるからそれがわかる気がする。辰人君といるときは落ち着けるし嬉しいし、興奮もあるけどそれ以外の時も幸せーって思える感じ」
彼の表情が和らいだ。ゆかりも自然と頬が緩んだ。
彼が腕を広げてきたので、遠慮なくその中に包まれにいく。互いに抱き締め合えば、安堵と高揚に包まれた心地良い気分になってくる。自分が欲しかったのはこの感覚だと、はっきりとそう思えた。
「じゃあもうアイツのことはいいんだね」
「うん。もう電話も来ないと思うけど、着信拒否しとこうかな」
「だね」
感じる温もりに寄り添いながら、二人は新しい門出を祝うかのように、何度も爽やかなキスをした。
何度目かのカレの浮気現場を見たとき、ゆかりは勢いで別れを告げた。激情に任せて別れを口にしたけれど本気ではなかった。落ち着いたらまたカレと変わらない生活が戻ると思っていた。
けれどカレは一週間と経たずに他の女と遊んでいた。それがその男の本性であることにはとっくに気づいていたけれど、ゆかりはそれを受け入れたくはなかった。
泣きながら向かった先は、いつも口説いてくる男友達の家。冗談めかしているけれど、実は本気かもしれないことには気づいていた。彼の気持ちに応える気はなかったけれど、寂しさと悔しさと自暴自棄で頭も心もまともではなくなっていたゆかりは、そのまま彼の家に泊まり、拒み続けていた関係を受け入れた。
携帯が鳴った。表示されているのは、最近新しくしたという元カレの番号。登録はしていなかったが、先日話したばかりですぐにわかった。
いくばくかのとりとめもない話をした後、元カレは本題に入った。
「今度会わない?」
きた、とゆかりは思った。とっさに浮かんだのは辰人の顔。
「私、今付き合ってる人がいるの」
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ無理かな」
「うん」
「そっか」
「うん」
沈黙が落ちる。互いに相手の出方を窺っている。
「そっちは彼女いるの」
「あー、最近別れたんだよね」
「そうなんだ」
「それでゆかりのこと思い出しちゃってさ。やっぱりゆかりといるときが一番楽しかったなって思ってかけてみたら、繋がったからさ」
「……そう」
カレとの楽しい思い出がよみがえる。悲しいことも辛い時もあったけれど、確かに感じていたときめきもあった。
「ゆかりはどうだった?」
「うん。私も楽しかったよ。ずっと好きで、暫く忘れられなかった」
「過去形かよ」
「まあね」
互いに少し笑い合う。
「ゆかり、会えないかな」
身体がこわばった。インターホンが鳴る。相手は誰だかわかっている。
「ちょっと待ってて」
電話を持ったまま玄関へ向かう。インターホンの画面越しに相手を確認してからドアを開け、彼の姿を認めると勢いのままに抱き着いた。
「え、え? どうしたの」
混乱しながらも彼の手は背中に回って抱きしめてくれる。ゆかりは一度深呼吸して彼の匂いと体温を感じ、ばっと離れた。
「ちょっと待ってて」
「え」
そう言ってドアを閉めた。
「もしもし」
「うん」
電話の向こうのカレが出る。
「今、彼が来てるから切るね」
「え」
「それじゃ」
そう言って切ると、再び玄関の扉を開けた。
「お待たせ」
「何かいま忙しい?」
「ううん、ちょっとテンパってただけ」
「うん?」
「また元カレから電話が来たの」
彼の動きが止まった。
「会えないかって言われた」
「……」
沈黙し、動揺の色を浮かべた彼に向かって、ゆかりは微笑んだ。
「今、彼が来てるからって言って切った」
「俺のこと言ったんだ」
「うん。向こうも彼女がいたらしいんだけど、最近別れたんだって」
「ああ、なるほどね」
「やっぱりそう思う?」
リビングへ向かう廊下で、彼が振り返る。
「どういう意味? 元カレもゆかりちゃんに未練があったって言いたいの?」
「え、そっち?」
「え、違うの?」
一瞬険しかった彼の顔が、純粋な驚きを示す表情に変化した。
「いや私は……最近彼女と別れて寂しいから、手頃な女探してるんだなって思ったんだけど」
辰人が更に驚いた顔をした。
「そういう方向に考えられるんだ」
「や、違うかもしれないけど」
「いや俺もそうだと思った。だけどゆかりちゃんはまだ未練あるみたいだったから、向こうがまだゆかりちゃんのこと好きだから他の女と別れたんだって解釈して、喜んでるのかと」
ゆかりは沈黙する。
「私も……まだ未練があると思ってた」
静寂が二人を包み込む。二人でソファに座ると、ゆかりがゆっくり口を開いた。
「元カレから電話があったとき、最初は本当に驚いたの。今までそうなるのを願ってたけど、もうないんだろうなって諦めてたし」
彼は黙って聞いてくれた。
「電話で話してるとき、嬉しいより戸惑いの方が強くて。いろいろ話してたら、昔のこととか思い出してきて」
楽しかった。懐かしさもあったせいか、カレと話しているのは確かに楽しくもあった。けれど。
「でも会わないかって言われた時、私自分でもびっくりしたんだけど」
ゆかりは自分を抱きしめるように自らの腕をさすった。
「あり得ないって思ったの。驚きでとかじゃなくて、なんか……正直に言うと」
──気持ち悪かった。ゆかりはもう一度腕をさすった。
「あれだけ好きで、もう一度会いたいとか思ってたはずなのに私、元カレのこと気持ち悪いって思ったの。電話してきた理由とか、そういうのが透けて見えたっていうか、それで辰人君が来てくれて」
顔を上げて彼を見る。
「っていうか今日の電話も、今日は辰人君が来てくれるから出ても大丈夫かなって思ったの」
上手く説明出来ている気がしなかったが、それでも伝えた。
「あとなんか、思い出の中のカレは好きなんだけど、今後の未来でカレと一緒にいることが考えられないっていうか。こんなにはっきりカレへの未練がなくなってた自分に驚いて、なんか変な気分」
話し終わると、気持ちはもう落ち着いていた。彼の方は今どんな気分だろう。様子を窺うと、今の言葉を咀嚼しているようだった。
「そういうことあるんだ」
「何が?」
「気持ちがそんな変わるっていうか、消えるっていうか」
「うん、ね。自分でもびっくりだよ。あんなに好きだったはずなのに、気持ち悪いとまで思うなんて。でも、目が覚めたんだと思う」
「そうなの?」
「うん。あの時はなんていうか、ただの中毒だったんじゃないかな。元カレとは好きな人との楽しいラブラブ関係っていうより、ずっと刺激のある興奮状態って感じで、落ち着くのが怖かったのかも。今考えるとね」
「そういうもの?」
「わかんないけど、今は気持ちが安定してるからそれがわかる気がする。辰人君といるときは落ち着けるし嬉しいし、興奮もあるけどそれ以外の時も幸せーって思える感じ」
彼の表情が和らいだ。ゆかりも自然と頬が緩んだ。
彼が腕を広げてきたので、遠慮なくその中に包まれにいく。互いに抱き締め合えば、安堵と高揚に包まれた心地良い気分になってくる。自分が欲しかったのはこの感覚だと、はっきりとそう思えた。
「じゃあもうアイツのことはいいんだね」
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