結局上手くいくカップルたち短編集

流音あい

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ep8『酔いどれ本音の素面を見せて』下編

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 相変わらず酔ったひまりが電話して、四人で飲み続ける日々を経たある日のこと。直己ナオキは彼女に動画を見せた。そこに映っていた自分とは思えないほどにはじけた女と、その女に振り回されている直己の姿に、ひまりは絶句したあと絶叫した。
「て、て、手は出してないって言ったじゃない!」
「はい、手は出してませんよ。っていうかちゃんと見てくださいよ。襲われてるのは僕の方ですよ? 乗っかられてるのは僕ですし」
「な、そ、これは……ベッドに運んだのはそっちでしょ」
「ええ。それで一緒にベッドに入ってって言われて、ほら、襟のとこ引っ張られてるでしょう? 僕があなたに」
「大した力じゃないでしょう!」
「そうですね。人が抗えないのは重力や握力だけじゃないんです」
「そういう話じゃないでしょ!」
「そういう話ですよ」
 羞恥と怒りで赤くなった顔に涙を浮かべ、今にも爆発しそうなひまりは、今は素面だ。小夏と土田がデート中の今、直己とひまりは二人きり。そこでこの動画を見せれば、最近無意識に敬語も抜けてきている彼女の本音に触れられると思った。彼女との仲を進展させたい直己は、今日こそひまりと素面の状態で話をしたいと思っていた。
「小夏さんとも話してたんですよ。ひまりさんは普段から鎧をかぶり過ぎだって」
「鎧?」
「はい。猫をかぶるとかじゃなくて鎧です。そんなに普段気を張ってなくてもいいじゃないですか。だから酔う度あんなふうになっちゃうんですよ」
「なによ、それ」
「まあ最近は僕の前でも素の感じになってきてくれて嬉しいんですけど」
「は?」
「今だってすごい睨んでるし、敬語も抜けてるじゃないですか」
「そんな余裕ないからですよ」
「思い出したように敬語使わなくても」
「敬語だとなんか安心するんです」
「それも鎧なんですね」
「うるさいです。とにかくその動画は消してください」
「えー、うん、まあ、消しますけどね」
「いますぐ」
「えー。まあまたどうせ次に飲むときに撮ればいっか」
「撮らないでよ」
 意地悪そうに口角を上げた直己に、ひまりの眉間にしわが寄る。
「撮らないでください」
 言い直したひまりに、直己は言った。
「ひとつ提案です。今度、素面の時にひまりさんが僕の家に来てください」
「は?」
「それで話をしましょう。お酒は一滴も飲まずに」
「そしたらその動画消してくれるんですか」
「動画は今消します。次も撮りません。ただちゃんと素面で本音で話してくれたら、次からの飲みのお誘いを断ってあげます」
 ひまりが首を傾げた。
「本音を溜め込むからあんな後悔するほど飲んだり暴れたりするんでしょう。だから溜め込まない練習をしましょうって言ってるんです。僕に甘えたいなら素面の状態で甘えてください」
「あ、甘えてなんて」
「あれだけのことしておいて?」
「あれは酔ってるからで」
「だから酔わなくても大丈夫な関係性を作りましょうって話です」
「なんでそんな」
「ひまりさんがお酒の力を使わないと僕に素直になってくれないからですよ。僕のこと好きであんなに甘えたり大好きだとか言ってくれるのに、酔ってないときはあんなつれない態度ばっかりじゃ僕だって辛いんですよ。だからちゃんとしっかり話しましょうよ。僕の家で」
 いつもと違う、どこか真剣な眼差しにひまりも動揺していた。
「何を話すの」
「僕に対して思ってること全部」
「なんでそんなことしなきゃいけないの」
「直したいんでしょう。自分の酒癖の悪さを」
「そ、そうだけど」
「何か問題でも?」
「大ありでしょ」
「どこがです? 毎回酔う度に電話してきたり絡んできたりする方がよっぽど問題だと思いますけど」
「……あれは、ああいうノリの癖というか」
「小夏さんに聞きました。酒癖だけのせいじゃないんでしょう」
「そんなのわかるわけないじゃない」
「じゃあなんで僕にだけ電話してくるんですか」
 口ごもるひまりに、彼は辛抱強く待った。
「……だって」
「なんです?」
「……つい、好きな人呼びたくなっちゃうんだもん」
 目は合わせずうつむいたまま、聞こえないように言ったつもりのようだが、ばっちり聞こえた。
「キスしていいですか」
「なっ、だ、ダメに決まってるでしょう!」
「何で」
「付き合ってもないのに、そんなこと……」
「付き合ってください」
「な、き、キスのために付き合うとかできません!」
「キスのために付き合うんでしょう」
「は? キスのためって」
「キスしたい相手とキスするために、付き合うんです。キスしたい相手というのは、キスだけがしたい相手のことではありません。わかるでしょう」
 言葉に詰まったひまりは、彼の言いたいことを理解した人間の態度だった。言葉遊びをしたいわけでも、表面的な意味を言っているわけでもない。
「まあ、先にキスをして相性を確かめる人もいるみたいですけど、僕はそのタイプではありません」
 言いたいことは言った。彼女にも伝わっている。彼女の戸惑いの表情と、目を合わさずに次の言葉を考えている様子からもそれがわかる。直己は静かに見守った。
「僕はあなたが好きです、ひまりさん。あなたもお酒の力を使わずに正直な気持ちを話してください」
 やがて、彼女がちらりと顔を上げた。ちらり、ちらりと目が合う回数が増えていく。そうして、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、彼女の本音が聞こえてきた。
「わ、わたしも……好きです。直己くんの、こと」
「僕もひまりさんが好きです」
 まだしっかりとは目が合わない。
「キスしていいですか」
「え、や、ちょ」
「付き合ってくれますか」
「う、え、それは……はい」
「じゃあキスしていいですね」
「う、でも、あの……はい」
 ぎこちないながらも初めて素面の状態で本音を口にした彼女に、直己はもう遠慮は無用とばかりに素早く口づけた。思い切りその腰を抱き寄せたことに驚いたようだが、彼女は暴れることなく自らの本音と彼の行動を受け入れた。
 彼女の手が直己の首にそっと回されると、彼の両手も彼女の背中を優しく包み込んだ。



 スマホに入ったメッセージを確認した土田は、デート中の小夏に聞いた。
「今日俺んち泊まる?」
「どうしたの急に」
「なんか向こうが上手くいったらしい」
「え、直己君、ひまりに本音吐かせたの」
「ちょ、言い方。でもまあそうなんだろうな」
「へえ。じゃ泊まってこうかな」
「オッケ。じゃあ連絡しとく」
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