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ep10『ただいま暴力衝動中』前編
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インターホンに映る男を確認し、澄香は眉間にしわを寄せた。居留守を使おうにも夕方を過ぎたこの時間では、窓からの明かりで在宅はバレている。こいつも既に確認済のはずだ。 今日は来ないでと言ったのに。
はあ、と盛大に嘆息をもらすと、不機嫌さを隠すことなくドアを開けた。
「アイス買ってきたから一緒に食べよー」
歓迎していない様子にまったく動じることはなく、彼は買って来たアイスを顔の横に掲げて朗らかに笑った。のんきな相手に腕を組んで睨みつけ、無言の圧をかけてみる。
「来ないでって言ったでしょ」
「コンビニで澄香ちゃんの好きなアイス見つけちゃったからさ。ほら、今ブランドとコラボってる期間限定のやつ。すぐなくなっちゃうって言ってたでしょ」
どれだけ棘を込めた視線を向けても、相手は微笑を崩さない。
「それはどうも。アイスだけ置いて帰って」
「えー。そんなアイスみたいに冷たいこと言わないで、一緒に食べよう」
再び大げさにため息を吐く。
「今情緒不安定なの。帰って」
定期的に訪れるこの衝動。澄香は直接的な言葉を避けて彼に伝えた。情緒不安定。それはつまり澄香にとっては、突然泣きたくなったり笑いたくなったりするのではなく、毎回同じ衝動のことを指している。
「大丈夫だよ。澄香ちゃんの腕力じゃ俺は倒れないし」
あっけらかんと言いはる彼に、睨みつける眼光が鋭くなった。
澄香に定期的に訪れるその衝動。それは暴力衝動だった。誰でもいいから殴りたくなったり、目の前にあるものを乱暴に扱ったり、とにかく暴力的になってしまうのだ。
澄香はそれを自覚している。自分の欲求には正直でいたい。だからと言って理不尽に他人様に迷惑をかけるほど、人間を捨てていない。よって澄香はこの衝動が湧いてくる時には、恋人にも友人にもなるべく会わないようにしていた。
だからこの日も、恋人である彼には来ないように言っていた。彼の為というよりも、自分が衝動を抑えるのが辛いからだ。
「女でも腕力くらいあるわよ」
「うん。澄香ちゃんが強いのは知ってるよ。ただそれ以上に俺が強いってだけ」
彼と付き合いだした頃は、その衝動は抑えていた。早々に打ち明けてからは、その時期は会わないことを告げていた。けれど彼は事実確認か好奇心からか、現場にくるようになった。
最初のころは家に上げるのを断っていたが、そのうちしつこいので実際に被害にあってもらうことにした。多少の加減はしながらも殴ったり蹴ったりしていたら、彼は結構強いねと言いながらも受け流してくれた。気を遣うのが嫌だから、この時期は来ないでほしいと伝えると、気にしなくていいよと言った。
受け入れてくれたことを喜ぶべきかもしれないが、澄香は我慢しなければならないことを強いられているようで腹が立った。そうして何度か強めに殴らせてもらったが、彼は笑うばかりで本気にしてくれない。
「バットでぶっ叩くかもしれないけど?」
「その時はちゃんとかわすよ。っていうかバットあるの」
「武器になりそうなものならいくらでもあるわよ」
「ちゃんと避けるから大丈夫」
澄香がいくら言っても、彼の煽るような笑顔は崩れなかった。もう勝手にすればいい。澄香はしぶしぶ身を引いた。
「お邪魔しまーす」
己の衝動を抑えるつもりはない。外では自制するけれど、自宅という自由なプライベート空間では尚の事。先に伝えるべきことは伝えているのだから、あとは向こうの防御力の問題だ。
はあ、と盛大に嘆息をもらすと、不機嫌さを隠すことなくドアを開けた。
「アイス買ってきたから一緒に食べよー」
歓迎していない様子にまったく動じることはなく、彼は買って来たアイスを顔の横に掲げて朗らかに笑った。のんきな相手に腕を組んで睨みつけ、無言の圧をかけてみる。
「来ないでって言ったでしょ」
「コンビニで澄香ちゃんの好きなアイス見つけちゃったからさ。ほら、今ブランドとコラボってる期間限定のやつ。すぐなくなっちゃうって言ってたでしょ」
どれだけ棘を込めた視線を向けても、相手は微笑を崩さない。
「それはどうも。アイスだけ置いて帰って」
「えー。そんなアイスみたいに冷たいこと言わないで、一緒に食べよう」
再び大げさにため息を吐く。
「今情緒不安定なの。帰って」
定期的に訪れるこの衝動。澄香は直接的な言葉を避けて彼に伝えた。情緒不安定。それはつまり澄香にとっては、突然泣きたくなったり笑いたくなったりするのではなく、毎回同じ衝動のことを指している。
「大丈夫だよ。澄香ちゃんの腕力じゃ俺は倒れないし」
あっけらかんと言いはる彼に、睨みつける眼光が鋭くなった。
澄香に定期的に訪れるその衝動。それは暴力衝動だった。誰でもいいから殴りたくなったり、目の前にあるものを乱暴に扱ったり、とにかく暴力的になってしまうのだ。
澄香はそれを自覚している。自分の欲求には正直でいたい。だからと言って理不尽に他人様に迷惑をかけるほど、人間を捨てていない。よって澄香はこの衝動が湧いてくる時には、恋人にも友人にもなるべく会わないようにしていた。
だからこの日も、恋人である彼には来ないように言っていた。彼の為というよりも、自分が衝動を抑えるのが辛いからだ。
「女でも腕力くらいあるわよ」
「うん。澄香ちゃんが強いのは知ってるよ。ただそれ以上に俺が強いってだけ」
彼と付き合いだした頃は、その衝動は抑えていた。早々に打ち明けてからは、その時期は会わないことを告げていた。けれど彼は事実確認か好奇心からか、現場にくるようになった。
最初のころは家に上げるのを断っていたが、そのうちしつこいので実際に被害にあってもらうことにした。多少の加減はしながらも殴ったり蹴ったりしていたら、彼は結構強いねと言いながらも受け流してくれた。気を遣うのが嫌だから、この時期は来ないでほしいと伝えると、気にしなくていいよと言った。
受け入れてくれたことを喜ぶべきかもしれないが、澄香は我慢しなければならないことを強いられているようで腹が立った。そうして何度か強めに殴らせてもらったが、彼は笑うばかりで本気にしてくれない。
「バットでぶっ叩くかもしれないけど?」
「その時はちゃんとかわすよ。っていうかバットあるの」
「武器になりそうなものならいくらでもあるわよ」
「ちゃんと避けるから大丈夫」
澄香がいくら言っても、彼の煽るような笑顔は崩れなかった。もう勝手にすればいい。澄香はしぶしぶ身を引いた。
「お邪魔しまーす」
己の衝動を抑えるつもりはない。外では自制するけれど、自宅という自由なプライベート空間では尚の事。先に伝えるべきことは伝えているのだから、あとは向こうの防御力の問題だ。
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