結局上手くいくカップルたち短編集

流音あい

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ep9『雨の日の幽霊男』後編

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「ちょっと刺激的な方がいいってアドバイスもらったから頑張ってみましたけど、僕幽霊だと思われてるみたいです」
「どういう刺激を持たせたんだ」
 彼はいつものバーでマスターと話をしていた。意中の彼女は今、他の客の接客中だ。
 彼はマスターに事の顛末を話した。彼女と関係を進めたいなら、多少強引なやり方をしてみろというマスターの助言に従い、信用して教えてくれた住所に行って泊まったこと、何もなかったけれど結果的に進展しただろうこと。
明衣菜めいなちゃんも危なっかしいね。いきなり家にきた男を泊めるなんて」
「僕だから信用できたんでしょ。マスターとも仲いいし、明衣菜さんだってさすがに信用できない男を家に上げたりはしませんよきっと」
「実体がないと思ってたからかもしれんよ。幽霊なんだろ」
「ひどいな。僕を唆したのはマスターじゃないですか。雨の日は人恋しくなるって明衣菜さんが言ってたとか言って」
「そう言ってたことがあるってだけだよ。だからって毎回雨の日に会いに行かなくても良かったんじゃないか」
「それは偶々ですよ。仕事でこっちきた時に雨が降ってて。マスターの言ってたこと思い出したから丁度いいかなって思って」
 ウェイトレスの彼女は今、他の客に酒を注ぎながら笑顔を向けている。
「明衣菜さんがそんなに幽霊信じてる人だとは知りませんでしたよ。最初は冗談だと思ったんですけど、すっごい真剣な顔して怯えられちゃって。家行った時は全然怖がってなかったのに」
「生きてる人間の方が怖くないのかね、あの子は」
「普通そうですよね。生きてる男の方が危険ですよ」
 彼女の方を見ると、一緒に話していた数人の客もこちらを見ていた。向こうが手を振ってきたので彼も手を振り返す。席を立った彼らが近づいてきた。
「よお、にーちゃん。生きてるよな」
「生きてますよ」
 一人の男が肩に手を乗せてくる。距離を取って眺めていた彼女も近づいてきた。男は彼の肩に腕を回したり、背中をばしばしと叩いてくる。
「あんたが雨の日に現れる幽霊男だって?」
「どうやらそのようですね。明衣菜さんがそう言ったんですか」
「おうよ。家に憑りついたのかもって言ってたぜ」
「そこまで疑われてるんですか」
 マスターは声を上げて笑った。
「こんなに触れる幽霊初めてだぜ。幽霊でも酒が飲めるのか?」
「どうでしょうね。僕は飲めますけど」
「ようし、勝負だ」
 常連同士の酒飲み対決が始まった。客の注目が集まる中、二人はショットグラスでウイスキーを交互に飲み合い、結果引き分けで終わった。

「これで信じてくれました? 明衣菜さん」
「そうね」
 ふらふらになりながらも彼女の笑顔を確認する。安堵したような表情に、自身の頬も緩んでいく。
「相談して良かった。マスターもあの人も見える人だから確認してもらうまでは不安だったのよ」
「あの人?」
「あなたが今酒飲み対決した人よ。触れる幽霊初めてだって言ってたでしょ」
「ああ、はあ……はい?」
「前にもちょっと絡まれたことがあってね。その相手が私にしか見えない人で怖かったの。そのときあの人とマスターが教えてくれたのよ、生きてる人じゃないって。だから今回もそうだったらどうしようって不安だったけど、これで安心だわ」
 初めて聞く情報に、酒の回った頭では上手く整理できなかった。つまり彼女は本当に幽霊を見たことがあった、と。それはつまり?
「え……僕って生きてますよね?」
 自分が不安になってきた。自分の関わってきた人間がみな幽霊を信じていて、視えているなんて。それでは自分が生きているのか死んでいるのかわからないではないか。
 新たな混乱に苛まれる彼の耳に、明衣菜がそっと囁いた。
「今夜、家にくる?」
 彼は考えた。正確には考えようとしたけれど、働かない頭では考えられなかった。結果、こう答えるしか出来なかった。
「ぜひ」
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