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1話 バイト先で告白
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バイト先で好きな人が見つかるなんて、うまい話があるわけがない。世の中にはそういった出会いは少なくないかもしれないが、恋愛経験のない俺には関係のないことだ。そう思いながら向かったバイト先のスーパーで、俺はまんまと初恋をしてしまった。
年上のおばちゃんばかりが多いと思っていたが、入ってみると同年代の女性がいた。だからといって安易に好きになることはないと思っていたのに、俺は好きになってしまった。女性に耐性がないわけではない。普通にしゃべれるし、大学では友達という程ではなくても女の知り合いはいる。そんな俺が好きになったのは、胸のまでの長い黒髪に、きりっとした釣り目がクールなカズミさんだった。
「カズミさん、彼氏いるんですか」
「いないし、いらない」
「え」
仕事の話も世間話も普通にするので、その流れでそれとなく聞くことには成功したが、返答の素早さに面食らう。それはもしかしなくてもけん制、いや遠回しに拒否、いやストレートに拒絶ということだろうか。
「あはは、そうなんですね」
「うん」
仕分けの作業をしながらの世間話。別に気があって聞いたわけじゃない。そんな体を装っているなら、ここで会話を止めるのは不自然だ。いやでもこれ以上踏み込んでくるなという意思表示だったらどうしよう。さっきの瞬発力のある返答はその可能性が高い。けれどもう少しだけ探りたい。
「あー、じゃあ好きなタイプとか、そういうのもない感じですか」
無難なところを見つけて聞いてみる。これならぎりぎりまだ世間話の範疇なはず。
「まあそうだね。その時好きになる人が好きって感じ」
「ああー、なるほど」
大丈夫だったらしい。会話は続いている。ならば様子を見ながらもう少し。
「じゃあ付き合ったことはあるんですか?」
「まあね。すぐ別れちゃうけど」
「そうなんですか」
「うん」
淡々と続けられる会話。嫌がってるようにも感じない。たぶん気のせいじゃないよな。もう少し踏み込んでみてもいいだろうか。
「ちなみにすぐ別れちゃう理由っていうのは?」
「うーん、私が嫌なのよね。束縛とか、こっちを支配しようとしてくる感じが」
「前にそういう彼氏がいたってことですか」
「まあ、そんな感じ」
なるほど。恋愛したくないとか、好きになれないとかではないわけだ。
「束縛は確かに嫌ですよね。あ、じゃあ『オレの女』発言とかも結構不愉快な感じですか」
「いや、それは好き」
「え、そうなの?」
思わず敬語がタメ口に。バイト先の先輩だから一応気を付けていたのに。
「うん。独占欲強いのが嫌ってわけじゃないからね。ただ自分の女だから何をしてもいい、みたいなのが嫌いなの」
「ああ、暴力とか」
「そう。あと後輩の相手させたりとか」
「ああ、って、え? 後輩の相手? ってどういう……?」
「とりあえず自分の彼女を都合のいい女として扱おうとするってことよ。そういう態度が見えた瞬間冷めちゃうってわけ」
「はぁ。今までの人がそうだったんですか」
「いや、そういう人とは付き合う前に距離を置くから」
「はあ、まあ、そうですよね」
どういう人と付き合ってたんだこの人は。
「それじゃあ、えっと。独占欲はいいけど、束縛が嫌いってことですよね?」
「一概には言えないけどね。絶対に独占欲あってほしいわけでもないし、束縛も独占欲も紙一重みたいなとこあるから」
「ああ、そうですよね。……難しいな」
彼女が笑う気配がした。最後のは小声だったのに聞こえてしまったらしい。
「そう。女心は難しいし、複雑なの」
「そうですね」
「且つシンプルな部分もあるけどね」
「やっぱ難しいですよ」
「そうね」
マスクの下でも笑っているのがわかる。なんかちょっと、今は軽やかな雰囲気でいいんじゃないだろうか。今日はもうちょっとだけ勇気を出してみよう。
「あの、カズミさん」
「うん?」
「ちなみになんですけど、俺みたいなタイプとだったら、付き合う可能性はどれくらいありますかね」
「ええ? 付き合う前提の話?」
お、乗ってくれたぞ。冗談としてもいい傾向だ。
「はい。もし付き合うとしたら、の前提で」
「どうだろう。タイプでくくられちゃうと何とも言えないわね。どういうタイプかまだよくわからないし」
「あ、じゃあ俺と付き合うとしたら、ということで」
「うーん、そうねえ。百パー?」
「え?」
「だって付き合う前提の話なんでしょ。だったら百パーセントでしょ」
ん? お? いや、確かにそういう聞き方をしたかもしれないが、俺が聞き方を間違ったのか? ちょっと混乱してきたぞ。
「あーいや、そういうことじゃなくてですね」
「なあに、そんなに私のことが好きなわけ?」
思わず息が止まった。そんなにストレートに返されるとは思っていなかった。どう答えるのがベストだろう。ここは軽く冗談っぽく「そうですよ」と笑ってみせるのが正解か。それとも「いやいやいや」と誤魔化すのが最適か。とにかく無言で通すのは失礼だ。ここはとりあえず笑っておくのが世間話としては安全だ。大丈夫、俺は冷静だ。そして口から出たのは。
「……はい」
漏れてしまった本音のせいで彼女の方を見られない。これはまずい。今からでも冗談ですと言った方がいいか。でも彼女からの反応を待ちたいのが本心で。
「そう」
返事はあっさりしたものだった。一瞬動きを止めたように思えた彼女は普通に作業を続けている。
「……はい」
俺も作業に戻って手を動かす。ああもう誤魔化す機会も逃してしまった。沈黙の時間がいたたまれない。
「私も好きよ」
聞き間違いかと思った。瞬間心が舞い上がる。手を止めて顔を上げると、彼女は変わらず作業を続けている。そして今の会話の流れを思い出し、必死に頭が検証を始める。
「えっと、それはつまり、あの、友達として的な」
「それも含めて」
含めて、とは。それはどう捉えればいいんだ。
「ちなみにそれは、付き合ってもいいレベルの?」
「うん」
ということは、つまり?
「……カズミさん」
「うん?」
「俺と付き合ってください」
「イヤ」
なんでやねん。
年上のおばちゃんばかりが多いと思っていたが、入ってみると同年代の女性がいた。だからといって安易に好きになることはないと思っていたのに、俺は好きになってしまった。女性に耐性がないわけではない。普通にしゃべれるし、大学では友達という程ではなくても女の知り合いはいる。そんな俺が好きになったのは、胸のまでの長い黒髪に、きりっとした釣り目がクールなカズミさんだった。
「カズミさん、彼氏いるんですか」
「いないし、いらない」
「え」
仕事の話も世間話も普通にするので、その流れでそれとなく聞くことには成功したが、返答の素早さに面食らう。それはもしかしなくてもけん制、いや遠回しに拒否、いやストレートに拒絶ということだろうか。
「あはは、そうなんですね」
「うん」
仕分けの作業をしながらの世間話。別に気があって聞いたわけじゃない。そんな体を装っているなら、ここで会話を止めるのは不自然だ。いやでもこれ以上踏み込んでくるなという意思表示だったらどうしよう。さっきの瞬発力のある返答はその可能性が高い。けれどもう少しだけ探りたい。
「あー、じゃあ好きなタイプとか、そういうのもない感じですか」
無難なところを見つけて聞いてみる。これならぎりぎりまだ世間話の範疇なはず。
「まあそうだね。その時好きになる人が好きって感じ」
「ああー、なるほど」
大丈夫だったらしい。会話は続いている。ならば様子を見ながらもう少し。
「じゃあ付き合ったことはあるんですか?」
「まあね。すぐ別れちゃうけど」
「そうなんですか」
「うん」
淡々と続けられる会話。嫌がってるようにも感じない。たぶん気のせいじゃないよな。もう少し踏み込んでみてもいいだろうか。
「ちなみにすぐ別れちゃう理由っていうのは?」
「うーん、私が嫌なのよね。束縛とか、こっちを支配しようとしてくる感じが」
「前にそういう彼氏がいたってことですか」
「まあ、そんな感じ」
なるほど。恋愛したくないとか、好きになれないとかではないわけだ。
「束縛は確かに嫌ですよね。あ、じゃあ『オレの女』発言とかも結構不愉快な感じですか」
「いや、それは好き」
「え、そうなの?」
思わず敬語がタメ口に。バイト先の先輩だから一応気を付けていたのに。
「うん。独占欲強いのが嫌ってわけじゃないからね。ただ自分の女だから何をしてもいい、みたいなのが嫌いなの」
「ああ、暴力とか」
「そう。あと後輩の相手させたりとか」
「ああ、って、え? 後輩の相手? ってどういう……?」
「とりあえず自分の彼女を都合のいい女として扱おうとするってことよ。そういう態度が見えた瞬間冷めちゃうってわけ」
「はぁ。今までの人がそうだったんですか」
「いや、そういう人とは付き合う前に距離を置くから」
「はあ、まあ、そうですよね」
どういう人と付き合ってたんだこの人は。
「それじゃあ、えっと。独占欲はいいけど、束縛が嫌いってことですよね?」
「一概には言えないけどね。絶対に独占欲あってほしいわけでもないし、束縛も独占欲も紙一重みたいなとこあるから」
「ああ、そうですよね。……難しいな」
彼女が笑う気配がした。最後のは小声だったのに聞こえてしまったらしい。
「そう。女心は難しいし、複雑なの」
「そうですね」
「且つシンプルな部分もあるけどね」
「やっぱ難しいですよ」
「そうね」
マスクの下でも笑っているのがわかる。なんかちょっと、今は軽やかな雰囲気でいいんじゃないだろうか。今日はもうちょっとだけ勇気を出してみよう。
「あの、カズミさん」
「うん?」
「ちなみになんですけど、俺みたいなタイプとだったら、付き合う可能性はどれくらいありますかね」
「ええ? 付き合う前提の話?」
お、乗ってくれたぞ。冗談としてもいい傾向だ。
「はい。もし付き合うとしたら、の前提で」
「どうだろう。タイプでくくられちゃうと何とも言えないわね。どういうタイプかまだよくわからないし」
「あ、じゃあ俺と付き合うとしたら、ということで」
「うーん、そうねえ。百パー?」
「え?」
「だって付き合う前提の話なんでしょ。だったら百パーセントでしょ」
ん? お? いや、確かにそういう聞き方をしたかもしれないが、俺が聞き方を間違ったのか? ちょっと混乱してきたぞ。
「あーいや、そういうことじゃなくてですね」
「なあに、そんなに私のことが好きなわけ?」
思わず息が止まった。そんなにストレートに返されるとは思っていなかった。どう答えるのがベストだろう。ここは軽く冗談っぽく「そうですよ」と笑ってみせるのが正解か。それとも「いやいやいや」と誤魔化すのが最適か。とにかく無言で通すのは失礼だ。ここはとりあえず笑っておくのが世間話としては安全だ。大丈夫、俺は冷静だ。そして口から出たのは。
「……はい」
漏れてしまった本音のせいで彼女の方を見られない。これはまずい。今からでも冗談ですと言った方がいいか。でも彼女からの反応を待ちたいのが本心で。
「そう」
返事はあっさりしたものだった。一瞬動きを止めたように思えた彼女は普通に作業を続けている。
「……はい」
俺も作業に戻って手を動かす。ああもう誤魔化す機会も逃してしまった。沈黙の時間がいたたまれない。
「私も好きよ」
聞き間違いかと思った。瞬間心が舞い上がる。手を止めて顔を上げると、彼女は変わらず作業を続けている。そして今の会話の流れを思い出し、必死に頭が検証を始める。
「えっと、それはつまり、あの、友達として的な」
「それも含めて」
含めて、とは。それはどう捉えればいいんだ。
「ちなみにそれは、付き合ってもいいレベルの?」
「うん」
ということは、つまり?
「……カズミさん」
「うん?」
「俺と付き合ってください」
「イヤ」
なんでやねん。
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