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3話 メールで告白
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「カズミさん、今度デートしませんか」
「いいわよ。どこ行く?」
やはり嫌われてはいない。俺はまだめげてはいなかった。付き合うのがまだ早かっただけだ。
あの日はバーで普通に楽しくおしゃべりをして、多少なりとも互いの理解は深まった。そのまま家に誘ったりはしなかったけど、あの時はあれで正解だったと思う。もう少しデートを重ねれば、きっと彼女と付き合える。さて、彼女が望む最初のデート場所はどこなのか。二人でスーパーの在庫整理をしながら考える。
「遊園地とかどうです?」
「私的にはまだちょっと早いかな」
「じゃあ映画とか」
「それは映画のチョイスが重要ね」
「そうですね」
「あなたは何が観たい?」
「カズミさんのお好きなものを」
「譲歩しすぎね。多くの女性には喜ばれる回答かもしれないけど、私としては選択肢を挙げてほしいわ。あなたが何を選ぶのか楽しみだから」
仕事中はマスクをしているので表情はあまり見えないけど、声の調子では楽しそうだ。
「これはなかなかハードルが高そうですね」
「上手く相手の心をつかめれば、一気に距離は縮まるでしょうね」
「そうしたら付き合えますか?」
「可能性は高いんじゃない?」
「じゃあ——」
「ちなみに」
彼女は人差し指をびっと立てて俺の言葉を遮った。
「選択肢は数で勝負するものではありません。何故なら数で勝負できるならいずれはヒットするからです。大事なのはいかに少ない段階で相手のストライクゾーンのものを選べるか、ですね」
どこぞの教授のような言い方をして、彼女は指を収めた。
「更に難易度が上がりました」
「あなたには観る映画の選択と、もうひとつ判断すべきことがあります」
いきなり始まった教授口調モードはまだ続く。
「こいつ面倒くさいな、と思ったらどこで見切りをつけるかということです。判断が遅れれば、その分苦しむのも長くなります」
これは俺への忠告か、助言か。
「……心得ておきます」
「よろしくお願いします。ちなみに映画の選択肢ですが」
「はい」
「相手が好きそうなのを選ぶか、自分の好みをまずは晒して様子を見るか、という方法があります」
「なるほど」
「あなたはまずどちらを選ぶでしょう。私は楽しみです」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
目が合うと、マスクの上からでも彼女が笑っているのがわかった。
『どの映画を観るかの続き、今してもいいですか』
『結構でございます』
彼女が先に仕事を上がってしまったので、携帯で連絡することにした。電話でも良かったが、ここはメールでのやりとりにした。
『まずはジャンル別で様子をみようと思います』
『大変ナイスなアイデアだと思います』
昼間の続きだからなのか、彼女は教授口調モードだった。
『ヒューマンドラマ、ラブストーリー、ラブコメ、アクション、ホラーなど、多種多様なジャンルの中でいきなりラブストーリーはハードルが高いかと思われます』
『そうですか』
『ですが相手がそれを好きだった場合、一気に距離が縮まる可能性大です』
『なるほど、下心ですね』
『はい。下心です。今となってはもう隠す必要性がないと感じますので、あえてド直球、ドストレートに攻めるのもありだと俺は思っています』
『潔くていいと思います』
『お褒めに預かり光栄です』
なんだか俺まで教授と話す教え子のような口調になっていく。
『ただやはり最初のデートでドストレートな王道ラブストーリーはいかがなものかと、チキンな感情も無視できないのが正直なところです。かといって家族向けの心温まる感動作、というのも違うだろうと思っています』
『悩ましいところですね』
『はい。となるとラブも入っていて、コメディ要素もあって、アクションとサスペンスもある、誰が見ても楽しめるものがいいのではないかと』
『安全圏に逃げるわけですね』
痛いところをつかれて顔がゆがむ。画面の向こうの相手はもしかしなくてもきっと笑っていることだろう。
『たしかに安全圏であり、いろいろと誤魔化しの効くジャンルごちゃ混ぜのものなので逃げてはいます。ですが最初で外すよりも一度目は無難な方が、二度目のデートに繋がりやすいのではないかと思っております』
『確かにそれは一般論としてありだと思います』
『ではこれでいかかでしょう』
俺は映画のタイトルを送った。
『私もその映画は気になっておりました。最近の映画の中では一番見たいものではありますが、少々残念でもあります。この映画はまだ日があるし、二度目のデート以降に観に行きたいと考えておりましたので』
『二度目以降、を考えていてくれたのですね』
『はい。私としては最初の映画デートでは、そちらの趣味がわかるものをチョイスしていただきたかったのが本音です。そうすれば次はこちらの好きなものに付き合って、と違う映画を観に行けるし、その後で次はジャンルが色々混ざってるこれを観ようと言いやすいかと』
『わりと具体的な計画があったんですね』
『映画もあなたも好きなので、なるべく多く映画デートできればな、というただの私の願望でございます』
『さようでございますか』
『はい』
『今やってる映画、全部行きましょう』
『いくら映画好きとはいえ、観たくない映画もあります』
『失礼しました』
『こちらこそ』
『ところでカズミさん』
『いかがされましたか』
『ご期待に沿えなかったことは自覚しておりますが、俺と付き合ってください』
『一緒に映画に行けるのが楽しみなので、そちらまで頭が回りません』
『さようでございますか』
『で、いつにする?』
教授モードは終わったらしい。こうして映画デートの日付が決まった。
「いいわよ。どこ行く?」
やはり嫌われてはいない。俺はまだめげてはいなかった。付き合うのがまだ早かっただけだ。
あの日はバーで普通に楽しくおしゃべりをして、多少なりとも互いの理解は深まった。そのまま家に誘ったりはしなかったけど、あの時はあれで正解だったと思う。もう少しデートを重ねれば、きっと彼女と付き合える。さて、彼女が望む最初のデート場所はどこなのか。二人でスーパーの在庫整理をしながら考える。
「遊園地とかどうです?」
「私的にはまだちょっと早いかな」
「じゃあ映画とか」
「それは映画のチョイスが重要ね」
「そうですね」
「あなたは何が観たい?」
「カズミさんのお好きなものを」
「譲歩しすぎね。多くの女性には喜ばれる回答かもしれないけど、私としては選択肢を挙げてほしいわ。あなたが何を選ぶのか楽しみだから」
仕事中はマスクをしているので表情はあまり見えないけど、声の調子では楽しそうだ。
「これはなかなかハードルが高そうですね」
「上手く相手の心をつかめれば、一気に距離は縮まるでしょうね」
「そうしたら付き合えますか?」
「可能性は高いんじゃない?」
「じゃあ——」
「ちなみに」
彼女は人差し指をびっと立てて俺の言葉を遮った。
「選択肢は数で勝負するものではありません。何故なら数で勝負できるならいずれはヒットするからです。大事なのはいかに少ない段階で相手のストライクゾーンのものを選べるか、ですね」
どこぞの教授のような言い方をして、彼女は指を収めた。
「更に難易度が上がりました」
「あなたには観る映画の選択と、もうひとつ判断すべきことがあります」
いきなり始まった教授口調モードはまだ続く。
「こいつ面倒くさいな、と思ったらどこで見切りをつけるかということです。判断が遅れれば、その分苦しむのも長くなります」
これは俺への忠告か、助言か。
「……心得ておきます」
「よろしくお願いします。ちなみに映画の選択肢ですが」
「はい」
「相手が好きそうなのを選ぶか、自分の好みをまずは晒して様子を見るか、という方法があります」
「なるほど」
「あなたはまずどちらを選ぶでしょう。私は楽しみです」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
目が合うと、マスクの上からでも彼女が笑っているのがわかった。
『どの映画を観るかの続き、今してもいいですか』
『結構でございます』
彼女が先に仕事を上がってしまったので、携帯で連絡することにした。電話でも良かったが、ここはメールでのやりとりにした。
『まずはジャンル別で様子をみようと思います』
『大変ナイスなアイデアだと思います』
昼間の続きだからなのか、彼女は教授口調モードだった。
『ヒューマンドラマ、ラブストーリー、ラブコメ、アクション、ホラーなど、多種多様なジャンルの中でいきなりラブストーリーはハードルが高いかと思われます』
『そうですか』
『ですが相手がそれを好きだった場合、一気に距離が縮まる可能性大です』
『なるほど、下心ですね』
『はい。下心です。今となってはもう隠す必要性がないと感じますので、あえてド直球、ドストレートに攻めるのもありだと俺は思っています』
『潔くていいと思います』
『お褒めに預かり光栄です』
なんだか俺まで教授と話す教え子のような口調になっていく。
『ただやはり最初のデートでドストレートな王道ラブストーリーはいかがなものかと、チキンな感情も無視できないのが正直なところです。かといって家族向けの心温まる感動作、というのも違うだろうと思っています』
『悩ましいところですね』
『はい。となるとラブも入っていて、コメディ要素もあって、アクションとサスペンスもある、誰が見ても楽しめるものがいいのではないかと』
『安全圏に逃げるわけですね』
痛いところをつかれて顔がゆがむ。画面の向こうの相手はもしかしなくてもきっと笑っていることだろう。
『たしかに安全圏であり、いろいろと誤魔化しの効くジャンルごちゃ混ぜのものなので逃げてはいます。ですが最初で外すよりも一度目は無難な方が、二度目のデートに繋がりやすいのではないかと思っております』
『確かにそれは一般論としてありだと思います』
『ではこれでいかかでしょう』
俺は映画のタイトルを送った。
『私もその映画は気になっておりました。最近の映画の中では一番見たいものではありますが、少々残念でもあります。この映画はまだ日があるし、二度目のデート以降に観に行きたいと考えておりましたので』
『二度目以降、を考えていてくれたのですね』
『はい。私としては最初の映画デートでは、そちらの趣味がわかるものをチョイスしていただきたかったのが本音です。そうすれば次はこちらの好きなものに付き合って、と違う映画を観に行けるし、その後で次はジャンルが色々混ざってるこれを観ようと言いやすいかと』
『わりと具体的な計画があったんですね』
『映画もあなたも好きなので、なるべく多く映画デートできればな、というただの私の願望でございます』
『さようでございますか』
『はい』
『今やってる映画、全部行きましょう』
『いくら映画好きとはいえ、観たくない映画もあります』
『失礼しました』
『こちらこそ』
『ところでカズミさん』
『いかがされましたか』
『ご期待に沿えなかったことは自覚しておりますが、俺と付き合ってください』
『一緒に映画に行けるのが楽しみなので、そちらまで頭が回りません』
『さようでございますか』
『で、いつにする?』
教授モードは終わったらしい。こうして映画デートの日付が決まった。
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