瓦解する甘い盾

流音あい

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二度目の接触、翻弄

1、沈黙は肯定の証

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 インターホンに映った相手を見て、きよみは眉間にしわを寄せた。

「やっほー、来ちゃった」
「いきなり来られても困ります」
「まあまあ、そんなこと言わずに。中入れて」

 酒の匂いをさせた先輩がドアを押し開ける。今何時だと思っているのか。

「飲み会で飲んでたんだけどさあ~、やっぱきよみちゃんいないと寂しくて~」

 彼は大学の先輩で、付き合っているわけではない。何度かみんなと飲みに行き、二人でも飲みに行き、一度この部屋に上げたことがあるだけの関係だ。
「酔ってるんなら、そのまま帰ったらいいじゃないですか」
「そんな冷たいこと言わずに~」
「ちょっと」
 寄り掛かってくる先輩を押し返そうとするが、ふらついて中へ入ってしまう。彼の背後で、ドアがガチャンと音を立てる。
「あは、入っちゃった」
「わざとでしょ、もう」
「お邪魔しまーす」
 彼は軽やかな足取りで部屋へ入っていった。確か彼は酒に強かった。ふらついていたのは、ふりだったのだろう。まったく。

「きよみちゃん何してたの」
 どっかりと部屋のソファに腰を落ち着ける彼を、きよみは腕を組んで見下ろした。
「レポート終わったとこですよ」
「真面目だねー。でも終わったなら丁度よかった。ゆっくりお話できるじゃん」
 しまった。まだ終わってないと言っておけばよかった。
「しまった! って顔してる」
「その通りです。よくお分かりで」
「冷たいな~。俺と会えて嬉しくないの?」
「嬉しくないですよ。付き合ってもないし、好きでもないし」
「うわ、そのずばずば言うところ、相変わらずきっついなー。でもそんなところも俺は好きだよ」

 にこにこと笑う彼を見て、後悔が押し寄せる。先日二人で飲んだ後、冗談で言った先輩の「きよみちゃんのお部屋行っていーい?」に「いいですよ」と軽く返してしまったのが悪かった。あの時はきよみもそんな気分だったし、一度くらいいいかなとノリで頷いてしまったけれど、それで家を覚えられてしまうなんて、油断した。

「いつまでいるんですか。もう帰ったらどうですか」
「えー、今日はこのまま泊まってこうと思ってるんだけど」
「バカ言わないでください。もうさっさと帰ってくださいよ」
「明日休みだしいいじゃん。今彼氏とかもいないんでしょ? だったら大丈夫でしょー」
「何が大丈夫なんですか。それは私が決めることです」
「その格好セクシーだね。そそられちゃう」

 ぱっと自分の服を見る。黒のキャミソールに青いハーフパンツ。なんてことはない部屋着だ。メイクもしていないし、長めの髪も軽く後ろで結んでいるだけ。

「それはどうも。ほら、さっさと立ってください。玄関は向こうです」
 えー、とだだをこねる彼の腕を掴んで引っ張った。するりとその手を掴まれて、逆にソファに倒される。
 素早く覆い被さってきた彼に見下ろされ、きよみは息をのんだ。

 熱を帯びた眼差しがゆっくりと身体の上を移動し、まるで視線に愛撫されているような錯覚に陥った。戻ってきた瞳はきよみの顔を覗き込み、その指は服の上からわき腹をくすぐった。
「やっ、めてくださいよ」

 声がかすれてしまった。彼はじっと観察してくる。指先がキャミソールの裾を持ち上げた。下着をつけていない今、ふたつの膨らみを覆い隠す布は一枚だけだ。露にされたお腹の上を、男の指が滑っていく。きよみは払いのけようと、その手に触れた。動きを止めた彼は、顔をずいと近づけてきた。

「きよみちゃんさあ、こういう時本気で俺のこと嫌だったら、もっと暴れるよね」
 言いながら、彼はきよみの呼吸で上下する胸の上に、両手を置いた。
「下着付けてないんだね?」
 そっと指先を動かして、胸の先端に触れた。頭を下げ、臍の上あたりにキスを落とす。

「暴れないってことは、前回の俺との身体の相性が、良かったってことかな?」
 悪戯っぽく微笑んで、彼はキャミソールを上までまくり上げた。露になった素肌を隠そうときよみは慌てて服を戻す。彼は笑った。
「沈黙は肯定の証……かな」

 彼の唇が迫ってくる。雰囲気に流されそうになったきよみは顔をそむけた。おかげで唇を受け止めたのは頬だった。次いで唇はむき出しになった耳を食み、首筋に移動した。吐息が肌を愛撫し、きよみの背中をぞくぞくとした熱が駆け上る。
 彼の手が、せっかく戻したキャミソールの中に入ってくる。優しく胸を包み込み、体温を馴染ませるように、ゆっくりと力を加えていく。
 彼の肩を押して逃れようとするが、あまり力が入らない。否、入れられないのだ。本気の拒否が出来ていない。甘い疼きの予感に身体が次を求めている。

 きよみがそんな自分を振り払おうともがいている間も、彼の舌が首筋を這い、手は柔らかく胸の形を変えるのを楽しんでいる。身体の奥が疼いていくのを、きよみは自分では止められなかった。
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