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10 義宣。変わる
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「崩れたぞ! 大掾兵部大輔の首を取れ!」
薗部勢は、後退する中央の大掾本隊に殺到した。
義宣は兵を動かさず、陣形を組んだまま薗部勢の戦いぶりを見ていた。
明らかに薗部勢が優勢だが、後退する大掾清幹に攻撃が集中し、おかしな隙間が出来ている。
「宮内大輔に、もう少し下がるようにいえ。陣形ががらがらだぞ」
近習に命じ伝令を出そうとした時、それは起こった。
森の陰から騎馬武者の一団が現れ、延びきった薗部勢の横腹に斬り込んだのだ。
大掾は騎馬武者の出現に、反転し反撃を開始した。
「踏みとどまれ! 後ろは構うな! 大掾本隊に当たれ!」
正孝は必死に体制を立て直そうとしたが、後方を騎馬武者に掻き回され、大掾本隊の猛烈な攻めにより逃げる兵を止められなかった。
「ええい。仕方なし。退くぞ」
兵に守られ後退を開始した正孝に、金色の揚羽蝶の前立ての騎馬武者が襲い掛かった。
森陰から現れた騎馬武者だ。
「鉄砲隊を前に出せ! 前進する」
逃げて来る薗部勢が目についた。
形勢が逆転されたのだ。
義宣は二町ほど兵を動かし陣形を敷いた。
薗部正孝が逃げて来るが、後ろには大掾の軍勢が迫っていた。
正孝は佐竹勢に気づくと進路も右手に逸れた。
鉄砲の線上避けたのだ。
だが、薗部の徒士武者は鉄砲の線上にいたが、構わず斉射を命じたが近習より止められた。
「それがしに御命じ下され。大掾など蹴散らしてご覧にいれる」
馬廻りの進言に義宣は頷いた。
武者は騎馬隊を率い突撃した。
「御屋形様。後方に御控え下され」
重臣が駆けてきて告げた。
どうやら本隊が前に出過ぎていたらしい。
右翼の軍勢を前に出し義宣は本隊を後方に下げかけた。
前方より喚声が上がった。
振り向いた義宣は、金の揚羽蝶を兜に頂く騎馬武者を見た。
馬廻りを打ち破り突っ込んで来たのだ。
陣形を組んだ騎馬武者の一団は、揚羽蝶の騎馬武者を先頭に遮二無二前進してくる。
下がる兵士に押され、義宣の本隊もズルズルと後退した。
「ええい! 構わぬ! 鉄砲隊、騎馬武者を狙撃せよ」
重臣の叫びに数発の銃声が轟いた。
当たらなかったが、金蝶の武者は反転すると騎馬団を率い大掾本隊に引き上げた。
金蝶の武者は大掾本隊の前で、クルクルと輪乗りをすると義宣を睨み槍を突き上げた。
大掾勢が槍を掲げ鯨波が轟いた。
勝鬨をあげたのだ。
「おのれぇ!」
義宣は頭に血が上った。
薗部は術中に嵌ったが、佐竹が負けた訳ではない。
佐竹勢だけでも大掾など捻り潰せる。
義宣は佐竹家臣のみで大掾に攻め掛かろうとしたが、父義重より待ったが掛かった。
態勢を立て直せと言ってきたのだ。
義宣は、兵を小川城引き上げた。
ここまでなら、血気に逸った薗部が起こした失敗で済んだはずだ。
ところがこの後の攻めが遺恨残す結果になった。
ひと月ほど対峙した大掾清幹が府中に兵を引き上げると義宣は直ぐに行動を起こした。
佐竹勢を街道に配置し、大掾の軍勢を迎え撃つ態勢を取り、薗部、江戸に命じ砦を囲んだのだ。
後詰の父義重を砦の西に配置する徹底ぶりだった。
大掾清幹は兵を率いて砦に向かうも、佐竹の固い守備に阻まれ近づけなかった。
砦番将は門を閉ざしひと月ほど籠ったが、抵抗を諦め降伏を願い出た。
だが、義宣は降伏を許さなかった。
大掾清幹を引っ張り出しけりをつけるためだと誰もが思った。
ところが、義宣は大掾清幹などお構いなしに、砦の攻撃を命じた。
兵士、小者、女、こども、砦に居る者全ての皆殺しを命じたのだ。
援軍のない小砦はわずか一日で落ち、三百の骸とともに更地となった。
驚いたのは街道に陣取った佐竹の重臣らである。
大掾清幹への見せしめのためとはいえ、降伏を願い出た者に対しあまりにも無慈悲である。
ましてや女こどもまで殺すなど名門の名を汚す類を見ない残虐な行為だ。
義宣は佐竹当主の器では無いのではないか。
家臣らは囁きあった。
家臣の心が義宣より離れつつある。
父義重は重臣らに頭を下げ取り成しを計った。
「若ゆえの畜生働きじゃ。二度とさせぬ。ワシが導いて佐竹の当主に相応しく育てる」
重臣らは義重の態度に首を傾げた。
義重も砦攻めにいたのだ。
止める気になれば、いくらでも止められたのだ。
それなのに義宣を好きにさせた。
重臣らは義重も同じであることを思い出した。
義重が佐竹の家督を継いだばかりの齢も義宣と変わらない一八歳の頃の話だ。
関東管領上杉謙信の求めにより、小田氏治討伐に佐竹は参陣した。
佐竹勢は、隠居した義昭軍と義重の二軍に別れ、義昭は北条城、義重は藤沢城を攻めた。
小田氏治は上杉の攻めに耐えられず、とうに逃げ出していて、逃げ遅れた家臣らが城に篭っているという、すでに勝敗が決まっている戦だった。
謙信は無用な血を流すことを嫌い、攻め手を緩め籠城兵の降伏を促していた。
北条城を囲んだ義昭は、仲立ちして降伏させたが、義重は違った。
藤沢城近郊の村々を襲い火をかけ、容赦のない殺戮、略奪をおこなったのだ。
謙信は関東管領の名を汚す行為だと烈火の如く怒りを表した。
ところが、義重は、
「分捕りは武家の習い。敵の民に情けなど無用」
関東管領の怒りなど意にも介さなかった。
あわてた義昭は謙信に詫びを入れ不問となったが、それ以来、義重は隠居した父義昭の言いなりとなった。
鬼と呼ばれるようになるのは義昭の死後だ。
重臣らは佐竹相続のやり方だろうと、勝手に解釈し口を噤んだ。
以来、取手山砦は佐竹家中では禁句になり、重臣らは努めて触れないようにしてきたのだ。
「西国では、当たり前の仕置きですか……」
思わず忠吉は聞いてしまった。
義宣の変貌がにわかに信じられなかった。
「東国とは違い西国の名だたる大名は皆やっている。許すばかりが能じゃない」
豊臣の大名と触れ合う内に義宣は変わったのだろう。
それは佐竹家臣にとって、良い事なのか悪い事なのか、忠吉には分からなかった。
薗部勢は、後退する中央の大掾本隊に殺到した。
義宣は兵を動かさず、陣形を組んだまま薗部勢の戦いぶりを見ていた。
明らかに薗部勢が優勢だが、後退する大掾清幹に攻撃が集中し、おかしな隙間が出来ている。
「宮内大輔に、もう少し下がるようにいえ。陣形ががらがらだぞ」
近習に命じ伝令を出そうとした時、それは起こった。
森の陰から騎馬武者の一団が現れ、延びきった薗部勢の横腹に斬り込んだのだ。
大掾は騎馬武者の出現に、反転し反撃を開始した。
「踏みとどまれ! 後ろは構うな! 大掾本隊に当たれ!」
正孝は必死に体制を立て直そうとしたが、後方を騎馬武者に掻き回され、大掾本隊の猛烈な攻めにより逃げる兵を止められなかった。
「ええい。仕方なし。退くぞ」
兵に守られ後退を開始した正孝に、金色の揚羽蝶の前立ての騎馬武者が襲い掛かった。
森陰から現れた騎馬武者だ。
「鉄砲隊を前に出せ! 前進する」
逃げて来る薗部勢が目についた。
形勢が逆転されたのだ。
義宣は二町ほど兵を動かし陣形を敷いた。
薗部正孝が逃げて来るが、後ろには大掾の軍勢が迫っていた。
正孝は佐竹勢に気づくと進路も右手に逸れた。
鉄砲の線上避けたのだ。
だが、薗部の徒士武者は鉄砲の線上にいたが、構わず斉射を命じたが近習より止められた。
「それがしに御命じ下され。大掾など蹴散らしてご覧にいれる」
馬廻りの進言に義宣は頷いた。
武者は騎馬隊を率い突撃した。
「御屋形様。後方に御控え下され」
重臣が駆けてきて告げた。
どうやら本隊が前に出過ぎていたらしい。
右翼の軍勢を前に出し義宣は本隊を後方に下げかけた。
前方より喚声が上がった。
振り向いた義宣は、金の揚羽蝶を兜に頂く騎馬武者を見た。
馬廻りを打ち破り突っ込んで来たのだ。
陣形を組んだ騎馬武者の一団は、揚羽蝶の騎馬武者を先頭に遮二無二前進してくる。
下がる兵士に押され、義宣の本隊もズルズルと後退した。
「ええい! 構わぬ! 鉄砲隊、騎馬武者を狙撃せよ」
重臣の叫びに数発の銃声が轟いた。
当たらなかったが、金蝶の武者は反転すると騎馬団を率い大掾本隊に引き上げた。
金蝶の武者は大掾本隊の前で、クルクルと輪乗りをすると義宣を睨み槍を突き上げた。
大掾勢が槍を掲げ鯨波が轟いた。
勝鬨をあげたのだ。
「おのれぇ!」
義宣は頭に血が上った。
薗部は術中に嵌ったが、佐竹が負けた訳ではない。
佐竹勢だけでも大掾など捻り潰せる。
義宣は佐竹家臣のみで大掾に攻め掛かろうとしたが、父義重より待ったが掛かった。
態勢を立て直せと言ってきたのだ。
義宣は、兵を小川城引き上げた。
ここまでなら、血気に逸った薗部が起こした失敗で済んだはずだ。
ところがこの後の攻めが遺恨残す結果になった。
ひと月ほど対峙した大掾清幹が府中に兵を引き上げると義宣は直ぐに行動を起こした。
佐竹勢を街道に配置し、大掾の軍勢を迎え撃つ態勢を取り、薗部、江戸に命じ砦を囲んだのだ。
後詰の父義重を砦の西に配置する徹底ぶりだった。
大掾清幹は兵を率いて砦に向かうも、佐竹の固い守備に阻まれ近づけなかった。
砦番将は門を閉ざしひと月ほど籠ったが、抵抗を諦め降伏を願い出た。
だが、義宣は降伏を許さなかった。
大掾清幹を引っ張り出しけりをつけるためだと誰もが思った。
ところが、義宣は大掾清幹などお構いなしに、砦の攻撃を命じた。
兵士、小者、女、こども、砦に居る者全ての皆殺しを命じたのだ。
援軍のない小砦はわずか一日で落ち、三百の骸とともに更地となった。
驚いたのは街道に陣取った佐竹の重臣らである。
大掾清幹への見せしめのためとはいえ、降伏を願い出た者に対しあまりにも無慈悲である。
ましてや女こどもまで殺すなど名門の名を汚す類を見ない残虐な行為だ。
義宣は佐竹当主の器では無いのではないか。
家臣らは囁きあった。
家臣の心が義宣より離れつつある。
父義重は重臣らに頭を下げ取り成しを計った。
「若ゆえの畜生働きじゃ。二度とさせぬ。ワシが導いて佐竹の当主に相応しく育てる」
重臣らは義重の態度に首を傾げた。
義重も砦攻めにいたのだ。
止める気になれば、いくらでも止められたのだ。
それなのに義宣を好きにさせた。
重臣らは義重も同じであることを思い出した。
義重が佐竹の家督を継いだばかりの齢も義宣と変わらない一八歳の頃の話だ。
関東管領上杉謙信の求めにより、小田氏治討伐に佐竹は参陣した。
佐竹勢は、隠居した義昭軍と義重の二軍に別れ、義昭は北条城、義重は藤沢城を攻めた。
小田氏治は上杉の攻めに耐えられず、とうに逃げ出していて、逃げ遅れた家臣らが城に篭っているという、すでに勝敗が決まっている戦だった。
謙信は無用な血を流すことを嫌い、攻め手を緩め籠城兵の降伏を促していた。
北条城を囲んだ義昭は、仲立ちして降伏させたが、義重は違った。
藤沢城近郊の村々を襲い火をかけ、容赦のない殺戮、略奪をおこなったのだ。
謙信は関東管領の名を汚す行為だと烈火の如く怒りを表した。
ところが、義重は、
「分捕りは武家の習い。敵の民に情けなど無用」
関東管領の怒りなど意にも介さなかった。
あわてた義昭は謙信に詫びを入れ不問となったが、それ以来、義重は隠居した父義昭の言いなりとなった。
鬼と呼ばれるようになるのは義昭の死後だ。
重臣らは佐竹相続のやり方だろうと、勝手に解釈し口を噤んだ。
以来、取手山砦は佐竹家中では禁句になり、重臣らは努めて触れないようにしてきたのだ。
「西国では、当たり前の仕置きですか……」
思わず忠吉は聞いてしまった。
義宣の変貌がにわかに信じられなかった。
「東国とは違い西国の名だたる大名は皆やっている。許すばかりが能じゃない」
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