金蝶の武者 

ポテ吉

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20 両者。図る

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(竹原四郎左衛門を殺したのが裏目に出たか)
 義重は扇の柄を自らの膝に打ち付けた。
 大掾の要はまぎれもなく家老の竹原四郎左衛門だ。
 それを打ち取れば脆いと思っていた。
 それにわざと西を開けてある。
 江戸通重のように早々に逃げ落ちると思っていたからだ。
 騙し打ちなのだである。逃げだしても名門の名に傷はつかない。

 ところが、どうだ。
 大掾は劣る兵力で迎え撃とうとしている。
 三千の佐竹軍に対峙し引こうとしない。

(長引かせるわけにはいかぬ)
 義重は高台に夜陣を敷き、幔幕を張り軍議を開いた。

「沼地の仕掛けが解っただけでも手柄だ。又七郎、よくやった」
 拝跪する北義憲に篝火があたり、紅潮する顔を浮き上がらせた。
 敵に翻弄されただけだったが、義重はあえて褒めてみせた。
 無謀ともいえる突撃だが、義憲が見せた気概は当主義宣に必要なものなのだ。
 重臣らが床几に腰掛け神妙な面持ちで控えていた。

「明日は街道から府中城を攻める。水戸口は三郎兵衛。わしは小川口を攻める」
 居並ぶ重臣らがどよめいた。
 義重自ら指揮を執ることに驚いたのだ。

「大殿自ら出張らなくとも、大掾の兵数は七百が精々、我らだけで落とせまする」
 小場義成が熱り立ったのは、この合戦で武辺を示し西の姓を得ようとしているためだ。

 義成は甥で正式な姓は北らと同じ佐竹である。
 城から屋敷のある方角をもとにつけられた東、南、北、西の姓が一族最上位の家格であり、本家と区別するため使われる屋号擬きの姓は、外様領主から一目も二目も置かれる存在になっているのだ。

「竹原に留め置いた南方衆の手前もある。数をもって早々に片をつけるぞ」
 戦の手柄など必要ではない。
 いずれは小場義成に西を名乗らせるつもりだった。
  
 大掾勢も城に戻らず高台に夜陣を敷いていた。
 身を切るような寒風の中、篝火や焚火で団を取り対岸の佐竹勢を警戒した。

 春虎は高台を埋め尽くす灯を見ていた。
「夜襲をかけては、如何か」
 香丸が土手に立つ春虎に近づき言った。
「やめとけ。そことそこ。そこにも兵がいる」
 春虎は篝火の下の暗闇を指したが、香丸にはわからない。
 身を乗り出し暫く凝視していた。

「ああ、確かに。流石に将監様は眼がいい。こちらも伏兵を置きましょうか」
 春虎は首を振った。
「交替で寝ておけ。明るくなれば佐竹は動くぞ」
 恐らく夜襲はない。
 今日の初戦で沼の仕掛けも兵数も看破されている。
 夜襲など仕掛けなくとも、街道口を打ち破るだけの圧倒的な兵数があるのだ。

(馬鹿くせぇ戦だ。四郎叔父ならどうしたんだろう)
 大掾は、それでなくとも少ない兵を分散しなければならない。
 勝ち目のない戦は初めてではない。
 義国は五歳の当主清幹を後見して以来、佐竹や小田、薗部などに領地を削り取られながらも本貫の地は死守していたのだ。
 武辺だけではない。
 外交の才能が飛びぬけていたのだろう。
 大家に仲裁を頼み領地を諦め人質を出してまで和議を結ぶ。
 傍から見れば負け戦だろうが、そうやって府中大掾を保ってきたのだ。

 だが、今回の戦は全く違う。
 佐竹は常陸国主となり大掾を絶滅するため騙し討ちをおこなった。
 舅の真壁を頼ることを清幹に奨めているが信用は置けない。
 大掾には仲裁も逃げ込む先も無いに等しい。

(江戸重通のように他国に縁故でもあれば・・・ 他国⁉ ある!)
 春虎は本陣に出向いて清幹に会った。
 人払いをした後、二人だけになったのを確認して春虎は顔を寄せた。

「本隊を率いて城に退け」
「今、わたしが退けば兵は逃げるぞ」
 清幹も佐竹を押し返す力がないことは分かっていた。
 圧倒的な兵力を前に御屋形が城に退いたとなれば、暗闇に乗じて兵士は逃げ出すだろう。
 既に逃亡した者も何人かいる。

「逃げてぇ者は逃がしてやれ。清。おめえもだ」
「わたしが⁉ 逃げろというのか? どこに? 馬鹿を申すな!」
 清幹が怒声を上げた。
 やはり真壁氏幹を信用していない。
 頼ったところで御台や幼子さえどうなるかわからないのだ。

「上野館林だ。なに結城や古河のすぐ先らしい」
「上野国‥‥ 館林?」
 怪訝な顔を向けたが春虎は無視して己の考えを打ち明けた。

「しかし、それでは‥‥ 大掾当主として逃げるわけにはいかぬ‥‥ む、無理だ」
 全てを聞き終えた清幹は戸惑いを見せた。
 館林の地も新領主の榊原康政は清幹には縁もゆかりもない。
 春虎から徳川大納言の家来で、面会を仲立ちしてくれたと聞いていただけだ。
 頼る先として不安しかない。

「死んじまったら大掾も当主もねえ。佐竹の思う壺だ。逃げて再興を計ればいい」
 
 春虎とて江戸で何度か会っただけで親しいというほどではないが、それでも大掾の名を出せば無下には扱わないだろう。
 なにより、館林が西にあるのがいいのだ。
 府中から西に向かい山を越えれば真壁領である。
 そこで御台や侍女と別れ西に向かうのだ。
 御台は兄の真壁氏幹に庇護を求め、清幹は結城を頼ることにする。
 そして清幹は結城を素通りし館林に逃げ込むのだ。

 家康の年齢からして、秀吉との衝突はそれほど先ではない。
 家の再興の機会はいくらでもある。

 春虎の説得に清幹は渋々ながらも承諾した。

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