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23 春虎。落ちる
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火縄が小さな明りを作り、青ざめた兵士の顔を照らし出す。
辺りは暗闇に包まれているが不意打ちを狙う春虎らは篝火は焚けない。
ひと当てして建屋に逃げ込むのだ。
待てども佐竹は一の郭に攻込んでこなかった。
ドン、ドドドン。 ──
大鉄砲の砲声が鳴り響いた。
彗星のように尾を引き数本の火矢が唸りを上げ飛んでくると一の郭の建屋に突き刺さり炎を上げた。
(これが棒火矢か。くそっ)
神谷が言っていた、もう一つの使い方だ。
鉄の矢の先に火薬を仕込み大鉄砲で撃ち込む。
驚くほど飛距離の出る火矢だ。
普通の火矢は強弓でも鏃に油布を巻き付けているため、角度をつけても一町(約百十メートル)飛ばすのが精々だが、大鉄砲で撃ちだす棒火矢は、四半里(約一キロ)も飛ぶのだという。
佐竹は鉄砲も届かない三の郭から棒火矢を打ち込んでいるのだ。
一の郭の門前に兵を揃えていたところでどうしようもない。
また、轟音が鳴り響き、建屋の壁を貫いて火炎を吹き上げた。
春虎は兵を急き立て建屋の中に入った。
一の郭には地下道が幾つも掘られている。
義国が造らせたもので磯丸砦の下や南側の崖下に降りられる仕組みになっていた。
「木小屋には行きませぬのか?」
本館の大廊下を進む春虎に香丸が声を掛けた。
建物に火がついたのであろう、きな臭い匂いが鼻をついた。
「磯丸砦では御屋形様に追いつけない。崖下を使う」
磯丸砦の横に出られる地下通路は、十分な高さもあり外にでる距離も短い。
女人らを連れて行くためこの通路を使ったが、志筑城に向かうのには一度西に迂回しなければならず、既に佐竹の手が伸びている可能性もある。
春虎は本館の味噌蔵から掘られた崖下に繋がる通路を選んだ。
狭く長い通路で途中には身体を屈めながら通らなければならないが、最短距離で志筑に向える。
怖いのは南側を佐竹に押さえられていた場合だが、崖下は国府瀬川沿いに沼地や田んぼが広がっており、川を中心に左右半里(約二キロ)はある広大な湿地だ。
冬のため枯れ葦が生い茂り、夜ならば気づかれずに志筑城に行けると判断したのだ。
「佐竹はおりませぬ」
先に外にでた武者が小声で告げた。
春虎は藪の中に作られた隠し戸から顔を出し辺りを窺がった。
完全に日は落ち辺りは静まり返っている。
「声を立てるな。前の者に繋がって出よ」
春虎は後続の兵士らに声を掛け下に降りた。
手探りで崖を降りた兵士らは、炎を吹き上げる一の郭を仰ぎ見た。
「あああっ」
城の炎上に、押し殺した悲鳴が幾つも上がった。
春虎は唇を噛みしめた。
嘆いている暇など無い。
清幹に追いつかなければ、城を捨てたことが無駄になる。
兵士に隊列を組ませ田んぼの畔道を選んで進み国府瀬川の土手に辿り着いた。
国府瀬川の土手に上がり周辺を見渡す。
「左近将監様、敵です!」
川下に松明の明かりが見えた。
明りの数は五十ほど、一列で南に向かっている。
佐竹兵が志筑城に追撃を開始したのだ。
その松明が二手に別れた。
一手がこちらに向かってくるのだ。
「気づかれたぞ。急げ!」
川上の浅瀬を目指し兵を走らせたが、土手の上を進んでくる佐竹との距離はみるみる縮まった。
敵との距離は五町ほど。
まだ佐竹兵には気づかれいないようだ。
「弓隊が先に渡り布陣しろ!」
弓武者十二名が先に渡り向こう岸の土手の上に弓を並べた。
鉄砲隊、槍隊と続いて渡河を開始した。
「う、後ろにも敵が!」
抜け穴あたりに小さな灯が五、六個見えた。
その中のひとつが輪をかきくるくる回している。
発見の合図だ。
途端に川下の敵より喚声があがり攻め寄せて来た。
槍兵の大半は渡河の最中だ。
春虎は岸に残っていた二十人ほどの兵士とともに土手に折り敷き槍を構えた。
人馬のざわめきが、どんどん近づいてきた。
ひゅっ、ひゅっ、風切音が頭上から聞こえる。
弓隊が松明を持つ敵兵目掛け矢を放ったのだ。
「撃て!」
ドドン、ドン、ドン。 ──
鉄砲隊が佐竹兵に掃射を浴びせた。
「突っ込め!」
敵が浮足立った。
伏兵に驚いた佐竹勢は算を乱して逃げ去った。
「急いで渡るぞ」
ドドン、ドン。──
先頭が渡り終えたとき中央の武者数人が水しぶきをあげ川中に斃れた。
松明を消し忍び寄った敵からの発砲だ。
味方の鉄砲隊が応射をするが、敵は砲火を狙い銃撃を開始した。
川を挟んで激しい銃撃戦になり、敵の銃弾が川面に跳ねている。
春虎は渡河を諦め、渡りそこねた五人を連れて、枯れ葦に身を隠しながら更に上流にある浅瀬を目指した。
「佐竹が来ます!」
六つの松明と火縄の火がいくつか見えた。
崖下にいた敵は既に湿地の中ほどまで来ていたのだ。
「待ち伏せだ。お前らは松明を叩き落すだけいい。後は一目散に志筑に向え」
暗闇なら一人の方が戦いやすい。
当たるを幸いなぎ倒せばいいのだ。
春虎らは佐竹兵が進んでくる畔の土手に身を伏せた。
東から満月が登り始めているが枯れ葦が生い茂り影を作っていた。
松明の火が脇の枯れ葦の隙間から漏れてきた。
春虎は猛然と畔に飛び出し、
松明を持つ足軽を槍に突きたてた。
「ぎゃああ」
悲鳴と同時に五人が飛び出し、敵の松明を薙ぎ払う。
狙い通り松明は地を転がり辺りは薄暗くなった。
「て、敵だ!」
春虎は声を上げた先頭の武者を強かに殴りつけた。
武者はその場に崩れ落ちる。
春虎は槍を振るいながら突き進み、後方の足軽をなぎ倒すと、元来た崖下目指して必死に駆けた。
振り返った春虎は嘆息を洩らした。
武者を斃したのが効いたのだろう。
敵兵は追ってこなかった。
春虎は左に折れ西に向かった。
沼地進み山林の際に作られた細道に上がる。
一の郭の西側の深い森の端にある道だ。
森の中には何本かの切通の道があり集落に通じている。
春虎は辺りを警戒しながら西に進んだ。
身体が鉛のように重い。
敵の槍を受けたのだろう、首や足がジンジンと痛んだ。
辺りは暗闇に包まれているが不意打ちを狙う春虎らは篝火は焚けない。
ひと当てして建屋に逃げ込むのだ。
待てども佐竹は一の郭に攻込んでこなかった。
ドン、ドドドン。 ──
大鉄砲の砲声が鳴り響いた。
彗星のように尾を引き数本の火矢が唸りを上げ飛んでくると一の郭の建屋に突き刺さり炎を上げた。
(これが棒火矢か。くそっ)
神谷が言っていた、もう一つの使い方だ。
鉄の矢の先に火薬を仕込み大鉄砲で撃ち込む。
驚くほど飛距離の出る火矢だ。
普通の火矢は強弓でも鏃に油布を巻き付けているため、角度をつけても一町(約百十メートル)飛ばすのが精々だが、大鉄砲で撃ちだす棒火矢は、四半里(約一キロ)も飛ぶのだという。
佐竹は鉄砲も届かない三の郭から棒火矢を打ち込んでいるのだ。
一の郭の門前に兵を揃えていたところでどうしようもない。
また、轟音が鳴り響き、建屋の壁を貫いて火炎を吹き上げた。
春虎は兵を急き立て建屋の中に入った。
一の郭には地下道が幾つも掘られている。
義国が造らせたもので磯丸砦の下や南側の崖下に降りられる仕組みになっていた。
「木小屋には行きませぬのか?」
本館の大廊下を進む春虎に香丸が声を掛けた。
建物に火がついたのであろう、きな臭い匂いが鼻をついた。
「磯丸砦では御屋形様に追いつけない。崖下を使う」
磯丸砦の横に出られる地下通路は、十分な高さもあり外にでる距離も短い。
女人らを連れて行くためこの通路を使ったが、志筑城に向かうのには一度西に迂回しなければならず、既に佐竹の手が伸びている可能性もある。
春虎は本館の味噌蔵から掘られた崖下に繋がる通路を選んだ。
狭く長い通路で途中には身体を屈めながら通らなければならないが、最短距離で志筑に向える。
怖いのは南側を佐竹に押さえられていた場合だが、崖下は国府瀬川沿いに沼地や田んぼが広がっており、川を中心に左右半里(約二キロ)はある広大な湿地だ。
冬のため枯れ葦が生い茂り、夜ならば気づかれずに志筑城に行けると判断したのだ。
「佐竹はおりませぬ」
先に外にでた武者が小声で告げた。
春虎は藪の中に作られた隠し戸から顔を出し辺りを窺がった。
完全に日は落ち辺りは静まり返っている。
「声を立てるな。前の者に繋がって出よ」
春虎は後続の兵士らに声を掛け下に降りた。
手探りで崖を降りた兵士らは、炎を吹き上げる一の郭を仰ぎ見た。
「あああっ」
城の炎上に、押し殺した悲鳴が幾つも上がった。
春虎は唇を噛みしめた。
嘆いている暇など無い。
清幹に追いつかなければ、城を捨てたことが無駄になる。
兵士に隊列を組ませ田んぼの畔道を選んで進み国府瀬川の土手に辿り着いた。
国府瀬川の土手に上がり周辺を見渡す。
「左近将監様、敵です!」
川下に松明の明かりが見えた。
明りの数は五十ほど、一列で南に向かっている。
佐竹兵が志筑城に追撃を開始したのだ。
その松明が二手に別れた。
一手がこちらに向かってくるのだ。
「気づかれたぞ。急げ!」
川上の浅瀬を目指し兵を走らせたが、土手の上を進んでくる佐竹との距離はみるみる縮まった。
敵との距離は五町ほど。
まだ佐竹兵には気づかれいないようだ。
「弓隊が先に渡り布陣しろ!」
弓武者十二名が先に渡り向こう岸の土手の上に弓を並べた。
鉄砲隊、槍隊と続いて渡河を開始した。
「う、後ろにも敵が!」
抜け穴あたりに小さな灯が五、六個見えた。
その中のひとつが輪をかきくるくる回している。
発見の合図だ。
途端に川下の敵より喚声があがり攻め寄せて来た。
槍兵の大半は渡河の最中だ。
春虎は岸に残っていた二十人ほどの兵士とともに土手に折り敷き槍を構えた。
人馬のざわめきが、どんどん近づいてきた。
ひゅっ、ひゅっ、風切音が頭上から聞こえる。
弓隊が松明を持つ敵兵目掛け矢を放ったのだ。
「撃て!」
ドドン、ドン、ドン。 ──
鉄砲隊が佐竹兵に掃射を浴びせた。
「突っ込め!」
敵が浮足立った。
伏兵に驚いた佐竹勢は算を乱して逃げ去った。
「急いで渡るぞ」
ドドン、ドン。──
先頭が渡り終えたとき中央の武者数人が水しぶきをあげ川中に斃れた。
松明を消し忍び寄った敵からの発砲だ。
味方の鉄砲隊が応射をするが、敵は砲火を狙い銃撃を開始した。
川を挟んで激しい銃撃戦になり、敵の銃弾が川面に跳ねている。
春虎は渡河を諦め、渡りそこねた五人を連れて、枯れ葦に身を隠しながら更に上流にある浅瀬を目指した。
「佐竹が来ます!」
六つの松明と火縄の火がいくつか見えた。
崖下にいた敵は既に湿地の中ほどまで来ていたのだ。
「待ち伏せだ。お前らは松明を叩き落すだけいい。後は一目散に志筑に向え」
暗闇なら一人の方が戦いやすい。
当たるを幸いなぎ倒せばいいのだ。
春虎らは佐竹兵が進んでくる畔の土手に身を伏せた。
東から満月が登り始めているが枯れ葦が生い茂り影を作っていた。
松明の火が脇の枯れ葦の隙間から漏れてきた。
春虎は猛然と畔に飛び出し、
松明を持つ足軽を槍に突きたてた。
「ぎゃああ」
悲鳴と同時に五人が飛び出し、敵の松明を薙ぎ払う。
狙い通り松明は地を転がり辺りは薄暗くなった。
「て、敵だ!」
春虎は声を上げた先頭の武者を強かに殴りつけた。
武者はその場に崩れ落ちる。
春虎は槍を振るいながら突き進み、後方の足軽をなぎ倒すと、元来た崖下目指して必死に駆けた。
振り返った春虎は嘆息を洩らした。
武者を斃したのが効いたのだろう。
敵兵は追ってこなかった。
春虎は左に折れ西に向かった。
沼地進み山林の際に作られた細道に上がる。
一の郭の西側の深い森の端にある道だ。
森の中には何本かの切通の道があり集落に通じている。
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