ラストスパート

ひゅん

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強い人

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 一時間目の授業の前に星崎は藤波の席に来て言った。「藤波君のペースって短距離を走るくらい速いんだね」
 そんなわけはない、と思った藤波だが、得意げに「星崎君も途中まで凄く速かったよ」と言った。
「僕は全然駄目だな。もっと練習しないと、藤浪君に追いつけないよ」
「星崎君は根性あるんだね。疲れていても途中まで頑張っていたから」
 星崎は黙ったまま藤浪を見ていた。しばらく藤浪は星崎の言葉を待ったが何も言わないので「星崎君は走ること以外は、僕より上なんだから、もし僕が長距離で負けたら何もなくなるよ」と呟くように言った。
「そうじゃない、無くならないよ」星崎は不意に大きい声を出した。
 びっくりして目を丸くした藤浪だったが、星崎の真剣な表情をみてしばらく黙ったまま星崎が何に対してそんなに藤波のある部分に拘っているのか、考えていた。
「僕はそんなに凄くないよ」とキョトンとした顔をしながら藤浪は言った。
「ラストスパートをしているときの藤浪君は凄いんだよ」星崎は俯き加減に呟いた。
「でも星崎君は勉強ができて……」
「僕の目指しているのは、最後のところで力を振り絞れる君のような人間なんだよ」星崎は藤浪の言葉を遮って言った。
「じゃあ、勉強できなくなっても星崎君はマラソン大会で一位になる方がいいの?」
「マラソン大会で一位になりたいわけじゃないよ。僕は小さい頃からアトピーと喘息もちで、身体が弱かったから藤浪君のように最後の最後で力を振り絞れる強い人に憧れているんだ」
 藤浪はわからなかった。星崎が強い口調で言ったことの真意を計りかねた。 あの学期始めの春に突然、星崎が自宅を訪問した時から、どこか星崎は藤浪に羨望の眼差しを向けているような気がしていた。しかし、それが一体自分のどのような部分に対して向けられているのか藤浪は判然としなかった。ただ確かに藤浪は星崎にないものがあるような気がしていた。それは一体なんなのか、それを藤浪は言葉で言い表すことができなかったし、これだと言うこともできなかった。強いて言えばメンタルの何かであった。
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