役目を終えたはずの巫女でした

豆腐と蜜柑と炬燵

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幕間

幕間  幸せを願う

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人々は満足している。
今年も守られた。
国としては正しい。
だが、アルトが見ているのは、
もっと近い場所だった。
理由は、分かっている。
弟に、好ましい変化があった。
 
あの子は、生まれた瞬間から、普通ではなかった。
魔力の量が、異常だった。
制御の巧拙の問題ではない。
ただ存在しているだけで、
周囲の魔力の流れを歪めるほどの量。
母は、それに耐え続けた。
胎内にいる頃から、
クロトの魔力は、母の身体を内側から蝕んでいた。
それでも、母は何も言わなかった。
生まれてきた弟を、たった一度だけ抱いて。
そして、そのまま亡くなった。
「この子を、お願いします」
それが、母の最後の言葉だった。
 
父は、もちろん弟を責めることはなかった。
だが、母を失ってからというもの、
クロトの将来を案じる言葉だけは、何度も口にしていた。
──このままでは、あの子の身体がもたない。
それは、
魔力が強すぎるがゆえの弱さだった。
 
父が亡くなったのは、
母を失ってから、五年ほど経った頃だった。
激しい頭痛の後、倒れ、
そのまま帰らなかった。
あまりにも突然で、
そして、あまりにも早すぎる死だった。
その時、アルトは十八だった。
貴族の家を継ぐには、ぎりぎりの年齢。
迷っている時間は、なかった。
クロトを守るために、
アルトは決断しなければならなかった。
 
七歳になる頃には、はっきりしていた。
クロトは「強い子」ではなかった。
むしろ、ひどく脆かった。
このままでは、身体がもたない。
騎士団に入る以前に、
制御を身につけさせる必要があった。
そこで、アルトはつてを頼り、弟を預けた。
託したのは、
引退した一人の騎士だった。
グレイヴ・ハルツマン。
クロトに次ぐ魔力量を持ちながら、
異常量ではない。
だが、力の扱い方だけは、誰よりもずば抜けていた。
 
クロトは、
七歳から五年のあいだ、
グレイヴと生活を共にした。
屋敷ではない。
王都から離れた、
小さな住まいだった。
剣を振るより先に、
薪を割る。
水を汲む。
食事を用意する。
体が弱いなら、無理をしない。
だが、何もしないことは許されない。
グレイヴは、
そういう教え方をした。
 
魔力の制御も同じだった。
溢れそうになっても、暴発させない。
反射で使わない。
必要になるまで、持ちこたえる。
「いいか。
力に使われるな。
お前は、力の器じゃない。
力は、使うものだ。
決して、力に支配されるな。
使うかどうかを決めるのは、
常に、お前自身だ。
だからこそ、
力を振るう前に、
制御することを覚えろ。
制御できない力は、
いつか必ず、
持ち主を壊す」
アルトが様子を見に行くと、
グレイヴは、そうした言葉を
クロトによく投げかけていた。
 
五年という時間は、短くはない。
貴族の子として生まれたクロトは、
その間に、
自分の身の回りのことを
すべて自分でできるようになった。
着替えも、
食事も、
体調の管理も。
誰かに任せない。
それは、
自立させるためではない。
自分の状態を、
自分で把握するためだった。
 
クロトが十二歳を過ぎる頃、
ようやく、
自分の力を制御できるようになっていた。
グレイヴは、
それを見届けるように、
ほどなくして亡くなった。
七十歳だった。
弟は、
その期間のことを多くは語らない。
だが、グレイヴに深い感謝を抱いていることだけは、
アルトにも分かっていた。
 
その後、
クロトが騎士団に入ったのは、
本人の選択ではない。
魔力量が、
国家の管理対象だったから、
既定路線だった。
異常値。
危険因子。
管理すべき存在。
そういう扱いだった。
それでも今、
国はクロトを、
頼りになる存在として認識している。
その評価が、
弟の人生の重さと引き換えであることを、
アルトだけが知っている。
 
だからこそ。
今の変化は、はっきりと分かった。
クロトが、
家族以外の誰かに、心を配っている。
立ち位置が、わずかに近い。
視線が、自然に追う。
無意識の反応が、誰よりも早い。
ほんの小さな変化だ。
だが、アルトには十分だった。
──ああ、この子は、やっと。
胸の奥で、静かに息を吐く。
巫女は、いずれ帰る存在だ。
それは分かっている。
この世界に縛りつけてはいけないことも。
それでも。
誰かを大切に思うこと。
誰かのために力を使うこと。
それを、
義務でも、
責任でもなく、
ただの感情として持てた。
それだけで、十分だった。
できれば、幸せになってほしい。
アルトは、弟をとても大切にしている。
それは、これからも変わらない。
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