消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる

豆腐と蜜柑と炬燵

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第7章

美桜の決断 ―― 戻ると決めた日

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レイスさんが現れてから、
私の心は落ち着かなくなった。

宿での仕事は、これまでと変わらない。
廊下を掃除して、食器を運び、
夜になれば疲れて眠る。

それなのに、心だけが同じ場所を行き来している。

――このままで、いいのだろうか。

あの日。
自分が美桜だと気づかれたこと。
守られて、抱き上げられて、
それでも何も言えなかったこと。

忘れようとしても、
忘れられるはずがなかった。

数日後の夕方。

洗濯物を畳み終えた私は、
宿の裏手で一人、風に当たっていた。

足音が近づく。

「……美桜さま」

その声に、胸が小さく跳ねる。

振り返ると、
そこに立っていたのは、レイスさんだった。

「少し、話せますか」

逃げ場のない言い方だった。
けれど、不思議と嫌ではなかった。

「はい」

短く答えて、
私は彼の隣に立つ。

しばらく、二人とも何も言わない。

先に口を開いたのは、私だった。

「……やっぱり、このままじゃ、まずいですよね」

自分でも驚くほど、
落ち着いた声だった。

レイスさんは、すぐには答えない。
ただ、黙って私の言葉を待っている。

「逃げてたわけじゃ、ないんです。
ただ……戻る覚悟が、足りなかっただけで」

指先を、ぎゅっと握る。

「でも、考えました。
このまま、王妃様にすら何も言わずにいるのは違うのかなって」

顔を上げて、彼を見る。

「城へ戻ります」

言葉にした瞬間、
胸の奥で、何かが静かに定まった。

「……ただし、一つだけ、お願いがあります」

「何でしょう」

「私は、もう巫女じゃありません。
力も、役目も、ありません」

一度、息を整えてから続ける。

「だから、一般人として戻りたいんです。
特別扱いも、保護も、できるだけいりません」

身勝手なお願いだと、
自分でも分かっていた。

それでも、言わずにはいられなかった。

レイスさんは、しばらく黙っていた。
視線を落とし、
何かを考えるように、静かに呼吸をする。

「……分かりました」

短い返事だった。

「ただし、俺の一存では決められません。
上に、相談します」

それで十分だった。

「ありがとうございます」

そう言ったとき、
胸の奥に重さは残っていたけれど、
後悔はなかった。

――――――――――――

翌日。

特別任務隊の三人は、
先に城へ戻ることになった。

装備の確認を終えたあと、
レイスは一人、部隊長に呼び止められる。

「……昨夜の件だが」

低く、周囲に聞こえない声だった。

レイスは短くうなずく。

「彼女は――間違いないです」

部隊長は、しばらくレイスの顔を見ていた。

「お前がそう言うなら、そうなのだろうな」

それは問いではなく、確認だった。

「はい」

一拍の沈黙。

部隊長は小さく息を吐く。

「……分かった。
この件は、私が上へ報告する」

それ以上、詮索はなかった。

「騎士団長へは私から話す。
王妃陛下へも、段階を踏んで伝える」

「ありがとうございます」

「感謝はいらん」

部隊長は視線を逸らし、
すでに馬に乗った他の隊員たちを見やる。

「他の二人には、
お前は後処理で遅れると伝えてある」

「了解しました」

「……いいか、レイス」

呼び止める声は、
上官としてではなく、
長く部下を見てきた者のものだった。

「今回は、私情と任務の境目が曖昧だ。
だが――越えていない」

レイスは、何も言わずに頭を下げる。

「行け。
城まで、無事に連れて帰れ」

命令だった。
同時に、託す言葉でもあった。

部隊長が合図を出すと、
三人の騎士はそのまま城へ向かっていった。

その背を見送り、
レイスは一度だけ、深く息を吐く。

これで、すべてが動き出した。

城へ戻る。
彼女を連れて。
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