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第15章
新たな関係
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レイスは、ときどきうなされているようだった。
浅い呼吸と、わずかに寄せられた眉を見て、胸の奥がきゅっと痛む。
(……やっぱり、迷惑だよね)
部隊長さんと食堂であったときにレイスさんの見舞いを頼まれたけれど、
こういうのは、好きな人とかが来たほうがいいはずで――。
(……あれ?
レイスさんが好きなのって、私……?)
そこまで考えて、顔が一気に熱くなる。
慌ててぶんぶんと頭を振り、
雑炊作りに意識を戻した。
部隊長さんの言葉が、頭の中でよみがえる。
最近のレイスは、明らかに仕事を詰めすぎている。
それは完全に、私に振られたと思い込んでいることが原因だから、
――そんな言い方だった。
(いつか飽きられるのは、ほぼ決定事項だし……
好きな人に嫌われるのは、絶対に避けたい)
レイスさんは、きっと「巫女の私」の幻想から抜け出せていないだけ。
それを逆手に取るみたいで、すごくずるい気もする。
でも……。
あまりにも低すぎる、
レイスさんの女性への認識を引き上げる責任が、
私にはある気もして。
ため息をつき、
氷枕の替えを持って寝室へ向かう。
まだ赤い顔で眠っているレイスさんを見て、
思わず足が止まった。
こうしてじっくり顔を見るのは、久しぶりだった。
不謹慎なのに、妙に色っぽくて、
見れば見るほど女としての自信が削られていく。
(……でも、このままじゃだめだよね)
本当に、幸せになってほしいと思っているから。
そっと額に手を伸ばそうとして――
そのとき、氷嚢がすでに置かれていることに気づいた。
***
冷たさで、意識が浮上する。
レイスは、ぼんやりと天井を見つめてから、
家の中の空気に神経を集中させた。
……誰か、いる。
敵意はない。
だが、看病をしてくれるような相手に心当たりはなく、
眉をひそめる。
怠い体を起こそうとした、その瞬間。
足音が近づき、ドアが開いた。
「れ、レイスさん……!
よかった、大丈夫ですか? すごくつらそうで……」
その声を聞いた瞬間、思考が止まった。
一番、そばにいてほしい相手が、目の前にいた。
「あ、あの……ごめんなさい。勝手に入って……
レイスさんが具合悪いって聞いて、部隊長さんに……
その……迷惑でしたよね、突然押しかけて……」
美桜は、最後はうつむいてしまう。
「……違います」
レイスは、慌てて首を振った。
「いると思わなかっただけで。
余計なこと言ったのは、隊長でしょう。
美桜に迷惑をかけました。……もう、大丈夫ですよ」
なるべく気を使わせないように、柔らかく笑う。
美桜は少し安心したように息を吐いてから、
「リゾット、作ったんです。食べられそうですか?」と尋ねてきた。
――苦しい。
美桜の、何の曇りもない親切が。
叶わないと悟った、あの日から。
忘れるために、
ひたすら仕事に没頭してきた。
その結果が、この体調不良だ。
「……正直に言います」
少し間を置いて、レイスは言葉を選ぶ。
「今回は、本当にありがたいと思っています。
でも……その気もないのに見舞いに来られると、
俺も……きついです」
美桜の顔が、また真っ赤になる。
何度か口を開きかけてから、
やっと言葉が零れた。
「……あの……ゆっくりで、いいですか?
私、恋人とか……そういうの、本当に縁がなくて……
だから、いきなり奥さんとか、難易度が高いというか……」
一度、息を吸って。
「でも……私なりに、頑張ります。
レイスさんが望んでくれるなら……
奥さんでも、何でも……なれたらって……」
夢かと思った。
レイスは、古典的だが自分の頬をつねる。
――夢じゃない。
「……美桜」
逃がす気はなかった。
その手を、強く握る。
「その言葉、もう聞かなかったことにはできません」
びくりとしたあと、
美桜はゆっくり顔を上げる。
その表情があまりにも可愛くて、
理性が簡単に飛んだ。
腕を引き寄せ、
そのまま抱きしめる。
「……嫌でしたか?」
「ち、違……。
その、私……こういうこと本当になくて……
好きな人に触れられるとか……」
言葉にならないまま、首を振る。
「……嫌、じゃないです」
「……すごい殺し文句ですね」
レイスは小さく笑い、
額と頬にそっと口づける。
そして、風邪を引いていることを思い出し、
名残惜しそうに腕をほどいた。
「……すごい顔ですよ」
美桜は触れられた場所を押さえたまま、固まっていた。
「さっきの言葉……もう、なかったことにはしません」
真剣な視線に、美桜も逃げずに言う。
「……ちゃんと、奥さんになれるように頑張ります。
だから、その……よろしくお願いします」
一瞬、目を見開いてから、
レイスは心からの笑みを浮かべた。
「こちらこそ。よろしく」
そう言って、美桜の頭にぽん、と手を置く。
しばらく見とれてから、
美桜は慌てて思い出す。
「……あの、ごはん、少し食べられそうですか?」
「ええ。
一週間で治さないと、隊長に叱られますから」
「はい。早く元気になってください」
※あとがき
この物語は、ここで一区切りとなります。
二人のその後については、別作品として後日談を書く予定です。
浅い呼吸と、わずかに寄せられた眉を見て、胸の奥がきゅっと痛む。
(……やっぱり、迷惑だよね)
部隊長さんと食堂であったときにレイスさんの見舞いを頼まれたけれど、
こういうのは、好きな人とかが来たほうがいいはずで――。
(……あれ?
レイスさんが好きなのって、私……?)
そこまで考えて、顔が一気に熱くなる。
慌ててぶんぶんと頭を振り、
雑炊作りに意識を戻した。
部隊長さんの言葉が、頭の中でよみがえる。
最近のレイスは、明らかに仕事を詰めすぎている。
それは完全に、私に振られたと思い込んでいることが原因だから、
――そんな言い方だった。
(いつか飽きられるのは、ほぼ決定事項だし……
好きな人に嫌われるのは、絶対に避けたい)
レイスさんは、きっと「巫女の私」の幻想から抜け出せていないだけ。
それを逆手に取るみたいで、すごくずるい気もする。
でも……。
あまりにも低すぎる、
レイスさんの女性への認識を引き上げる責任が、
私にはある気もして。
ため息をつき、
氷枕の替えを持って寝室へ向かう。
まだ赤い顔で眠っているレイスさんを見て、
思わず足が止まった。
こうしてじっくり顔を見るのは、久しぶりだった。
不謹慎なのに、妙に色っぽくて、
見れば見るほど女としての自信が削られていく。
(……でも、このままじゃだめだよね)
本当に、幸せになってほしいと思っているから。
そっと額に手を伸ばそうとして――
そのとき、氷嚢がすでに置かれていることに気づいた。
***
冷たさで、意識が浮上する。
レイスは、ぼんやりと天井を見つめてから、
家の中の空気に神経を集中させた。
……誰か、いる。
敵意はない。
だが、看病をしてくれるような相手に心当たりはなく、
眉をひそめる。
怠い体を起こそうとした、その瞬間。
足音が近づき、ドアが開いた。
「れ、レイスさん……!
よかった、大丈夫ですか? すごくつらそうで……」
その声を聞いた瞬間、思考が止まった。
一番、そばにいてほしい相手が、目の前にいた。
「あ、あの……ごめんなさい。勝手に入って……
レイスさんが具合悪いって聞いて、部隊長さんに……
その……迷惑でしたよね、突然押しかけて……」
美桜は、最後はうつむいてしまう。
「……違います」
レイスは、慌てて首を振った。
「いると思わなかっただけで。
余計なこと言ったのは、隊長でしょう。
美桜に迷惑をかけました。……もう、大丈夫ですよ」
なるべく気を使わせないように、柔らかく笑う。
美桜は少し安心したように息を吐いてから、
「リゾット、作ったんです。食べられそうですか?」と尋ねてきた。
――苦しい。
美桜の、何の曇りもない親切が。
叶わないと悟った、あの日から。
忘れるために、
ひたすら仕事に没頭してきた。
その結果が、この体調不良だ。
「……正直に言います」
少し間を置いて、レイスは言葉を選ぶ。
「今回は、本当にありがたいと思っています。
でも……その気もないのに見舞いに来られると、
俺も……きついです」
美桜の顔が、また真っ赤になる。
何度か口を開きかけてから、
やっと言葉が零れた。
「……あの……ゆっくりで、いいですか?
私、恋人とか……そういうの、本当に縁がなくて……
だから、いきなり奥さんとか、難易度が高いというか……」
一度、息を吸って。
「でも……私なりに、頑張ります。
レイスさんが望んでくれるなら……
奥さんでも、何でも……なれたらって……」
夢かと思った。
レイスは、古典的だが自分の頬をつねる。
――夢じゃない。
「……美桜」
逃がす気はなかった。
その手を、強く握る。
「その言葉、もう聞かなかったことにはできません」
びくりとしたあと、
美桜はゆっくり顔を上げる。
その表情があまりにも可愛くて、
理性が簡単に飛んだ。
腕を引き寄せ、
そのまま抱きしめる。
「……嫌でしたか?」
「ち、違……。
その、私……こういうこと本当になくて……
好きな人に触れられるとか……」
言葉にならないまま、首を振る。
「……嫌、じゃないです」
「……すごい殺し文句ですね」
レイスは小さく笑い、
額と頬にそっと口づける。
そして、風邪を引いていることを思い出し、
名残惜しそうに腕をほどいた。
「……すごい顔ですよ」
美桜は触れられた場所を押さえたまま、固まっていた。
「さっきの言葉……もう、なかったことにはしません」
真剣な視線に、美桜も逃げずに言う。
「……ちゃんと、奥さんになれるように頑張ります。
だから、その……よろしくお願いします」
一瞬、目を見開いてから、
レイスは心からの笑みを浮かべた。
「こちらこそ。よろしく」
そう言って、美桜の頭にぽん、と手を置く。
しばらく見とれてから、
美桜は慌てて思い出す。
「……あの、ごはん、少し食べられそうですか?」
「ええ。
一週間で治さないと、隊長に叱られますから」
「はい。早く元気になってください」
※あとがき
この物語は、ここで一区切りとなります。
二人のその後については、別作品として後日談を書く予定です。
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