消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる

豆腐と蜜柑と炬燵

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第14章

返事を待つ間

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お皿を洗いながら、私はレイスさんとの一か月前のやり取りを思い出していた。

あれから、レイスさんをほとんど見かけることはなかった。
もともと忙しい人だし、無理もない。

それでも、時間が経てば経つほど、
あれは私が見た夢だったのではないかと思えてくる。

夢だとしても、どうしていいかわからないのに、
現実だったとしたら、なおさらどうしていいかわからなかった。

だって、「妻」って、要するに奥さんになるってことで。

そうなれば、今までとは考えられないくらい、
レイスさんに触れたりすることもあるのだろう。

……いや、無理だよね。

だって、この前、抱き上げられただけでも
心臓が爆発しそうなくらい緊張したのに、
それ以上のことをするなんて、ありえない。

そうやって一人で想像して、
結局また顔が熱くなってくる。

二十七年間、
彼氏とか、男の人とかに
ほとんど縁のない生活を送ってきた。

それが相手が自分の大好きな人だったら、
なおさらどうしていいかわからない。

私にとってレイスさんは、
手の届かないお月様みたいな存在だ。

でも、このままじゃだめなのも、
ちゃんとわかっている。

本当は、ずっと傍にいたいし、
レイスさんのために何でもしてあげたいと思っている。

だけど、
レイスさんの望みが、
私が奥さんになることだなんて……。

私にとっては出来すぎた話で、
なんというか、犯罪みたいだと思ってしまう。

正直、この世界でも、元の世界でも、
私はかわいくもないし、美人でもない。

時々、自分の顔を見て
ため息をつくくらいだ。

レイスさんは、
以前の私の幻から抜け出せていないだけなんじゃないだろうか。

それに、
つらいことがたくさんあって、
女性に対する理想が、ものすごく低くなっているんだと思う。

きっと、
自分の価値にまったく気づいていない。

女王様からもとても期待されているし、
周りを見渡す余裕さえあれば、
きちんとした家柄の、きれいで優しい奥様だって、
いくらでも見つかるはずだ。

そんな可能性の芽を奪う権利なんて、
私には絶対にない。


________________________________________





「げほっ、ごほ、ごほごほ……」

「……おい、お前、大丈夫か?」

レイスの同僚であるビルが、
さすがに声をかけてくる。

「……なんとか」

レイスは、掠れた声でそう返した。

「いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ。
こないだの報告書だろ?
そのくらいなら、俺がやっといてもいいぞ」

「遠慮しておくよ。
どうせ、あとでろくでもないことを頼むつもりだろ」

面倒くさそうに返すと、
ビルは肩をすくめた。

「お、よくわかってるな……
と言いたいところだけどな。
そんな死にそうな顔で仕事されても、
うっとうしいだけだ」

そう言って、
ビルはレイスの手元から報告書を取り上げる。

「ほら、帰れ」

レイスは一度ビルを睨んだが、
報告書を抱えたまま自分の机に戻る背中を見て、
小さく息を吐いた。

「……隊長に許可を取ってくる。
あとは、頼む」

そう言い残し、
仕事部屋を後にする。

トリス隊長は書類から目も上げず、

「帰れ、帰れ。
治るまで来るな」

とだけ言った。

「一週間後に東の国境の偵察に行ってもらう予定だ。
それまでには、体調を治しておけよ」

釘を刺すことも忘れない。

「了解しました」

レイスはそう答え、
ふらつく身体を気力だけで支えながら、
庁舎を後にした。

帰路の記憶は、
ほとんどない。

その夜、
久しぶりに夢を見た。

母が死んだと知らされた、
幼い頃の記憶。

容姿のことで浴びせられた、
数え切れない中傷。

ただ、
闇の中を彷徨い続ける、
自分自身。

はっと目を覚ますと、
見慣れた自室の天井が視界に入った。

身体のだるさは、
寝る前よりは少しだけ引いている。

それでも、
まだ鉛を抱え込んだように重たい。

……やはり、
そういうことなのだろう。

突然あんなことを言われて、
あんな言葉を投げて。

考える時間をくれと言われた時点で、
答えは出ている。

美桜の性格なら、
これ以上、距離が縮まることはない。

むしろ、
もう話す機会すら、
ほとんどなくなるはずだ。

本来、
口にするつもりはなかった。

あれは、
ただの衝動だ。

自分でも、
やけくそだったとわかっている。

……だからだろう。

無理をして、
仕事に没頭した。

考えないように、
手を動かして。

その結果が、
これだ。

天井を見つめたまま、
レイスは静かに息を吐いた。

それでも、
後悔はしていなかった。

伝えずに終わるよりは、
よほどましだったと。

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