BLACK NODE ―確定されなかった都市―

もちうさ

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プロローグ 観測されない波

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 東京湾沿岸の夜明け前。
 海から吹きつける冷たい風が、湿り気を含んだ空気を運んでくる。波の音だけが静かな水面に反響し、倉庫群の錆びた壁に、かすかな影を揺らしていた。街灯はまだ灯らず、舗道も建物も眠ったまま。都市は完全な静寂に包まれ、微細な波の存在に気づく者はいない。

 だが、その波には不自然な周期があった。
 わずかな間隔──偶然ではない、意図の痕跡。

 自然現象でも、機械の誤作動でもない。
 ただ、「ここに在る」と告げているだけの信号。

 灰色の雲が海と溶け合い、夜の残像を残した空に、わずかな朝の光が差し込む。光は水面に弱々しく反射し、倉庫のガラスや古びた看板の隙間に、断片的なきらめきを生んだ。

 微弱な信号の振動は、澄みきった朝の空気に、かすかなパルスを刻む。
 それは騒がず、主張もせず、ただ静かに世界の秩序を揺らしていた。
 誰も、気づかない。
 その波は、長い眠りから覚める時を待っている。

 一九八三年。
 東京湾臨海部の地下施設で、極秘裏に行われた通信プロトコル実験があった。超長波と中波を組み合わせた、当時としては異例のハイブリッド方式。だがプロジェクトは突如中止され、データは廃棄、関係者は解散し、技術そのものが「なかったこと」にされた。

 それでも――。

 港に停泊する古い貨物船の甲板に、微かな金属の振動が伝わる。
 波は都市をすり抜け、あらゆる物質に触れ、わずかな反応を返させる。港湾の倉庫、鉄橋、堤防の照明柱。すべてに微細な揺らぎを生み、目に見えない線で都市の骨格をなぞるように流れていく。

 長いあいだ忘れ去られていた技術の残滓が、都市の奥底で、静かに呼吸を始めた。
 建物の影、港の沈黙、潮の匂い。すべては自然な秩序を装っている。だが、その内側に潜む波は、不自然そのものだった。

 波は、待つ。
 呼びかけもせず、命令もしない。
 ただ、届く者を。

 都市の誰か。
 技術を知る者。
 あるいは、偶然それに触れてしまった者を。

 その瞬間、初めて波は応答する。微細な揺らぎは増幅され、都市の空気を震わせ、秩序の表層に、わずかな亀裂を刻む。

 静まり返った倉庫群の狭間で、波は形を変えぬまま拡散していく。金属の共鳴、海面の微細な波紋、空気の振動。誰にも認識されない異常が、確かに「何かが動き始めた」ことを示していた。

 そのとき、物語はようやく動き出す。
 波の微弱なパルスは、都市の深層で確実な接触を求める。過去と未来の狭間で、見えない糸が結ばれ、長い年月の封印が、ゆっくりと解かれていく。

 誰が応答するのか。
 何が起きるのか。

 答えを知る者はいない。
 ただ、波だけが――静かに、確実に、揺れ続けていた。

 ──URAYASU-83、再起動。
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